STI Hz Vol.2, No.1, Part.5:( ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)一橋大学 大山先生STI Horizon

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  • DOI: http://dx.doi.org/10.15108/stih.00013
  • 公開日: 2016.03.25
  • 著者: 池内 健太,池田 雄哉,小柴 等
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.02, No.01
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流

一橋大学イノベーション研究センター
大山 睦 准教授インタビュー

聞き手:第1研究グループ 研究員 池内 健太、 池田 雄哉
科学技術動向研究センター 研究員 小柴 等

科学者が形成する労働市場は、一般の労働市場と比較した特異性から、しばしば経済学の研究対象となる。科学者は能力や所得への選好だけでなく、「科学への好奇心」という非金銭的な報酬も重要視するからである。このような特性を有する科学者のキャリア選択を分析することは、若い科学者が自身のキャリアパスを描く上で貴重な示唆を与える。しかしながら、これまではスター科学者の成功事例の紹介といった定性的な議論が多く、理論やデータに裏付けられた一般性のある議論が求められていた。

大山氏は科学者のキャリア選択を分析する新たな経済理論モデルを提案した。研究の成果として大山氏は、どのような科学者が企業ではなく大学等の研究機関に進み、応用研究ではなく基礎研究に従事するのか、またキャリア選択の結果として生じる生涯所得の違いはどうなっているのか、といったことについても明らかにした。本研究に関する大山氏の研究成果は経営学分野の著名な国際学術誌“Management Science”に採録されるなど高く評価されており、科学者の労働市場を説明するための体系的な理論として将来の研究への応用可能性が高いものである。

大山氏のこれらの顕著な研究業績をたたえ、当研究所は科学技術イノベーションにおいて顕著な貢献をされた若手研究者に贈る「ナイスステップな研究者2015」に大山氏を選定した。「ナイスステップな研究者」の顕彰は2005年に開始し本年で10年目となるが、社会科学分野からの選定は大山氏が初めてとなる。

技術と社会の関係がより密接になっている中で、社会科学が果たす役割も今後ますます大きくより身近になっていくと考えられる。そこで大山氏に、受賞の感想や今後の研究の方向性についてお話を伺った。



大山 睦 一橋大学イノベーション研究センター 准教授

- 「ナイスステップな研究者」として社会科学の分野から初めて選出されたことについて感想をお聞かせください。

大変光栄に感じています。正直この賞自体を知らなくて、どのような賞かと思い少し調べたのですが、“工学や生命科学といった自然科学の人が受ける賞”という印象がありました。経済学はデータを見たりモデルを構築したりするので、そういった点では比較的自然科学に近い学問だと思います。人や企業の行動を研究対象とする経済学は、自然科学に比べれば曖昧かもしれませんが、科学的に厳密なプロセスを経て多くの有用な知見が生み出されています。そういった意味で、社会科学系の人間を選出いただいたことは、若い研究者が社会科学的な観点から研究に取り組むモチベーションを与えるものですし、研究成果をどのようにして社会に還元するかを考えるきっかけになると思っています。

- 今回の受賞対象となった研究のきっかけや評価されたポイントを教えてください。

研究のきっかけは、私がアメリカ国立科学財団 (NSF: National Science Foundation)の整備している科学者データベース (SESTAT: Scientists and Engineers Statistical Data System)を使って、高度人材のアントレプレナーシップを研究していたことです。SESTATには博士だけでなく、科学の分野であれば学士を取得した人材のデータも含まれています(図表1)。そうした高度人材のうち、どのような人が事業を始めるのか、また、どのような人が事業に成功あるいは失敗するのか、人的資本のデータをうまく使って明らかにしようと考えていました。しかしSESTATが対象とする科学者の範囲は広すぎて、何度データを見返しても何らのパターンも出てきません。そこでより科学的な職業である研究者に対象を絞って、どのような人が大学での研究を選択し、どのような人が企業での研究を選択するのか、という科学者のキャリア選択にテーマが落ち着きました。


図表1 アメリカにおける科学者の分布

出典:Agarwal, R and Ohyama, A. (2013) “Industry or Academia, Basic or Applied?: Career Choices and Earnings Trajectories of Scientists,” Management Science, vol.59を基に第1研究グループにて作成

データをつぶさに見ていくと、企業では科学者の給料の賃金プロファイル注1が一致しているのですが、大学の科学者では全く一致しません。企業では基礎科学者と応用科学者の属性が似ているのではないか、大学よりもシナジー効果が強いのではないかと考えたのですが、既存理論と照らし合わせてもうまく説明できない。こういったデータや私自身、また交友のある科学者・研究者の方たちから聞く話などを併せて考えてみますと、科学者の労働市場は通常とは少し違う部分があって、恐らく“非金銭的な理由で科学者になる”という方もたくさんいると推察されます。“非金銭的な理由”、例えば社会に貢献したいという気持ち、あるいは知的好奇心から職業を選ぶ、というのはやはり科学者に強い傾向だと思います。

過去にも科学者のキャリア選択を取り上げた先行研究は複数あって、それぞれうまく説明している部分はたくさんありました。しかし、基礎科学か応用科学か、大学か企業か、の選択を一つのフレームワークで考えているものはなく、それを人的資本の理論とマッチングを組み合わせて説明して、データできちんと裏付けできたことが評価されたのではないかと思っています。 モデルには非金銭的な要因もうまく取り入れましたが、それを強調しすぎると、一般的な労働市場と科学者の労働市場が非常に違ったものというように見えてしまうので、能力や金銭的な要因もやはり重要だと、共通する部分もあるのだということを説明できたことも良かったと考えています(図表2)。


図表2 科学者のキャリア選択とその要因

出典: Agarwal, R.“Career choices and earnings trajectories of scientists,” http://sites.nationalacademies.org/cs/groups/dbassesite/documents/webpage/dbasse_072686.pdf(最終閲覧日: 2016年3月4日)を基に第1研究グループにて作成

ただし、日本の場合は同じ分析をしても全く違った結果が出てくると思います。アメリカの科学者の労働市場は柔軟というか、いろいろな可能性があります。給与体系でも成果主義がとられていますし、「成果に関係なく歳を取っていけば教授になって給与も上がる」というような制度ではありません。アメリカの場合は、人的資本に投資をしてそのリターンがきちんと得られるシステムができているように思います。最近は変わったのかもしれませんが、日本では博士人材がスタートアップをするという話はそんなに多い話ではないですし、民間で本当に活用されているかというと疑わしい。日本の科学者のキャリア選択は、アメリカと比べるとやはり違いがあると思います。例えば、NISTEPさんで集めておられる“博士人材追跡調査注2”のデータが十分に集まってくれば、これらの点についても今後明らかにできると思います。

- 日本の若手研究者はもっと海外とネットワーキングをすべきだという議論が最近起きています。海外研究者とのネットワークの築き方とそのメリットについてお聞かせください。

イリノイ大学のポスドクだったときの指導教員がManagement Science掲載論文の共著者Rajshree Agarwalさん(現メリーランド大学ロバートH.スミスビジネススクール教授)でした。彼女はとてもコミュニティをつくるのが上手な人で、彼女の紹介をきっかけに、その後の共同研究者と知り合うことができました。またデータでつながると言いますか、同じデータベースを使っていることがきっかけで知り合うことも多いです。

海外の研究者との共同研究は効率的である一方、非効率でもあります。1人で論文を書いていると間違いに気付きにくいですし、実は大したことではない、本質的ではない課題にトラップされて無駄に労力を費やしすぎることもあります。そういうときに共著者に相談すると、「いや、それは大したことないよ」、とか「それは重要な問題だから、もうちょっと考えよう」といったアドバイスをもらえる点では効率的です。何よりも、他人に説明するとなると時間をかけて考えます。間違えないように、ロジカルに伝えないといけない。そのために真剣に考え出すと、「これは何か変だ」と自分で気付く機会も増えます。もちろん、言語の面でも扱う対象(アメリカにおける高度人材)の面でもネイティブではないので、そこにコミュニケーションをはじめとする各種のコストは発生します。その意味で短期的に見ると非効率という面もありますが、結局、長期的には効率的なのでしょうね。

その他、海外の研究者と共同研究するメリットとしては国際学術誌に載せるための「アピール(宣伝)」も挙げられます。アピールという言い方は変ですが、学術誌ごとに一種のお作法がありますし、レフェリー(査読者)がどう考えるかを考慮して、論文のすきを潰していく必要があります。その際、レフェリーが著者や論文のことを既に知っているかどうかも重要な要素になっています。ですから、「正しくアピールしておく」ことは重要で、それには国際的に活躍する研究者と協働するというのは効果的だと思います。また、私の場合、レフェリーコメントへの対応も海外の共同研究者から教わりました。

先に指摘したとおり、日本の科学者の労働市場とアメリカの科学者の労働市場には違いがありますが、国際的に活躍していく上では、今後、海外の共同研究者との連携はますます重要になりますし、海外の科学者に日本で働いていただくことも大事かもしれません。そのためにも、我が国と他国で科学者の労働市場にどういった違いがあるのか、把握しておく必要があるかもしれませんね。

- その他御研究に関連する経済学のホットイシューについてお聞かせください。

“イノベーションの研究”はホットイシューに成り得ると思います。特に「ミクロレベルのイノベーション・プロセスがどうなっているのか」というのは非常に伸びしろがある分野ですね。ただし“イノベーションの研究”は利用可能なきちんとしたデータが少ないという点で難しい分野でもあります。例えば、現状で利用可能なきちんとしたデータとして特許データが挙げられます。この特許データから得られる有用な知見はたくさんあって、実際に先行研究も豊富にあるのですが、イノベーションを研究する上で、特許データだけでは限界もあるのではないかと思います。つまり、特許データについてはこれ以上細かいところをつぶさに見ても、イノベーションに関する大きな発見は見つかりにくいのではないかと感じており、特許以外でイノベーションを測る指標をつくって、イノベーションをうまく可視化できれば非常に良い研究になると考えています。もちろん、その指標がどんなものか、どのようなデータが有用か分かれば苦労しませんが。

もう少し経済学的な話になると、インセンティブがイノベーション活動にどう反応しているのかに興味があります。

イノベーションのごく一般的なイメージは、「ユニークな人が斬新な視点で新しいものをつくって世の中に広まる」、更に砕けた言い方をすると「1人が0から100を生み出す」というものでしょう。その一方で、アメリカのベンチャーキャピタルの仕組みを見ると、インセンティブがきちんと設計されていて、それによって成果が出てくるような仕組みを作っています。適切ではないのですが、先の例との対比で言えば「100人がそれぞれ0.1から1を生み出す」仕組みがあるようなイメージです。もちろんインセンティブがうまく機能したからといって、100%の案件が成功するわけではありませんが、成功の確率を少しでも上げることができる。その意味でも、インセンティブの設計は重要なテーマです。ところで、インセンティブがうまく設計されていても、そこにいる人たちがそれに反応しない場合があるのです。そこにはもしかすると、インセンティブを削ぐような力が働いている可能性がある。それをうまく見分けて、人々が本当にどういうものにインセンティブを求め、どういうものに反応するのかを見られると、政策的にも非常に有用な話になるし、面白いかなと思っています。

また研究手法について言えば、経済学でもデータ分析や応用のウエイトが高まっているということは言えます。以前は理論的な分析が非常に多かったのですが、もう大きなブレークスルーはなくて、どちらかというとデータを見て分析しようという実証分析が増えています。テクノロジーが変わると研究手法も変わると思います。経済学では、今後大きなデータをどう扱っていくかが課題になるように感じます。そういった分野に何か新しい価値を見いだして研究する人も出てくるのではないでしょうか。

- 今後の研究の方向性についてお聞かせください。

どうしてある産業は持続的に発展して、ある産業は早々に衰退してしまうのか、という産業のライフサイクルに興味があります。その理由をスピンオフや企業結合の観点から説明できないかと考えています。新しいアイデアが出てきたとき、既存企業からスピンオフすると本来ならば潰れていたアイデアが外に出て結実することもある。その結果として、新しいサブマーケットが形成されて産業が発展するのではないか。逆に言うと、企業が結合したことによって新しいアイデアが生まれて、新しい分野を開拓することもあるかもしれない。そういったスピンオフや企業結合のプロセスが産業の発展や衰退にどのように影響しているのかを分析しています。

科学者の労働市場については、男女間の賃金格差を研究しています。やはり科学者であっても男女間で賃金の格差はあり、それが企業と大学の研究者で異なるのかどうかを分析しているところです。例えば、家族の属性、既婚・未婚、子供の有無、大学であればテニュアトラックか否か、どういうポジションにいるのか、そういった要因のうち、何が賃金の格差を生んでいるかを明らかにしたいと思っています。

インタビューを終えて

大山氏が提案した理論モデルを活用するためには、御指摘にあったように高度人材に関するデータベースの整備が不可欠である。当研究所が行っている「博士人材追跡調査」はその試みの一つであり、今後の調査結果としてデータが十分に蓄積されれば日本人科学者の労働市場分析への活用も期待される。また、インタビューではイノベーション研究のデータにも話題が及んだが、当研究所では、特許や論文等の書誌情報と「全国イノベーション調査」等の統計調査から得られた企業情報との統合を進めている。これらの調査研究から得られたデータを活用して、イノベーションが生まれるきっかけを科学的につかみ、若手を中心とした科学者のキャリアパス構築を支援するための調査研究を検討していきたい。


注1 年齢と賃金に関する一種の相関関係、“賃金カーブ”と呼ばれる曲線で表される。

注2 詳細については、科学技術・学術政策研究所編(2015)『博士人材追跡調査第1次報告書』を御覧ください
(http://hdl.handle.net/11035/3086)