5.4研究開発とイノベーション

ポイント

  • プロダクト・イノベーションの実現割合は、研究開発活動を実行しなかった企業より、実行した企業の方が高い。
  • 各主要国におけるプロダクト・イノベーション実現企業割合を1として、企業規模別の状況を見ると、ほとんどの国で大規模企業における数値が高い傾向にある。このことは中小規模企業より大規模企業においてイノベーションが起こっていることを示唆している。
  • 日本の大学の民間企業等との共同研究等にかかる受入額(内訳)と実施件数の推移を見ると、受入額が最も大きいのは「共同研究」であり701億円、実施件数は2.8万件であり、いずれも増加し続けている。
  • 日米英の最新年度の大学における知的財産権収入を見ると、日本は59億円である。英国は317億円であり、日本の最新年度と比較すると約5倍の規模を持っている。また、米国になると3,076億円と桁違いの規模を持っている。
  • 日本は開業率、廃業率共に、他の主要国と比較して低い。また、起業無関心者の割合は他の主要国と比較して高い水準で推移している。

5.4.1主要国における企業のイノベーション実現状況

 イノベーションの定義は、「オスロ・マニュアル(イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のためのガイドライン)」に基づいている。「オスロ・マニュアル」は、1992年に初版が公表され、その後、1997年、2005年にそれぞれ改訂版が公表され、2018年10月に公表された第4版が最新の「オスロ・マニュアル2018」である。
 「オスロ・マニュアル」第3版でのイノベーション実
現企業とは、「自社にとって新しいものを導入すること」、「他社が導入していても、自社にとって新しければ良い」ことを前提にし、4類型のイノベーション(①プロダクト、②プロセス、③組織、④マーケティング)を導入した企業を指した。
 「オスロ・マニュアル2018」では、一般的な「イノベーション」の定義がされている(4)とともに、企業部門におけるイノベーションを実現するための“プロセス”としての「イノベーション活動」が、「企業によって着手された、当該企業にとってのイノベーションに帰着することが意図されている、あらゆる開発上、財務上及び商業上の活動を含む」と定義されている。企業におけるイノベーション活動、すなわち「ビジネス・イノベーション活動」について、その構成要素を図表5-4-1に示した。なお、第3版での4類型のイノベーションのうち②、③、④の3類型が、第4版の「ビジネス・プロセス・イノベーション」とおおむね対応するものとなっている。
 この節では、プロダクト・イノベーションに着目し、主要国における企業部門のイノベーション実現状況を紹介する。なお、ここでの「単位」は「企業」である(従業者数等で考える企業規模にかかわらず、1社は1単位である)ことから、企業数の多い相対的に規模が小さい企業の状況が反映されるとともに、プロダクト・イノベーション実現が、市場に導入された新たな1つの製品に対応しているわけではないことに留意する必要がある。


【図表5-4-1】 イノベーションに関連する内容

資料:
文部科学省科学技術・学術政策研究所、「全国イノベーション調査2018年調査統計報告」及び「STI Horizon 2019 Vol.5 No.1」


(1)プロダクト・イノベーション実現企業割合

 研究開発は、イノベーションの実現と関連している可能性が高い活動である。しかし、企業によっては研究開発活動を実行しない戦略を取る企業もあるだろうし、また、研究開発活動を実行している企業でもイノベーションを実現しているとは限らない。そこで、研究開発活動の実行の有無別にプロダクト・イノベーションを実現した企業の割合を見ると(図表5-4-2(A))、全ての国において、研究開発活動を実行した企業の方が、プロダクト・イノベーション実現企業割合が高い。最も高い国はドイツであり75.1%、次いでフランス75.0%、英国67.3%、米国64.0%、韓国57.5%、日本40.7%となっている。なお、本データの出典はOECDのInnovation Indicators 2019であるが、日本のみ「オスロ・マニュアル2018」に準拠した調査に基づく結果が掲載されている(5)。このため、日本と他国のデータについては、単純には比較できない。日本についても、研究開発活動を実行した企業におけるプロダクト・イノベーションの実現割合は2014-16年時点に比べて、約25ポイント減少した(科学技術指標2019図表5-4-2参照のこと)。これは、「オスロ・マニュアル2018」に基づく調査票では、3年間(2015-17年)の観測期間中にイノベーション非実現かつイノベーション活動の中止・継続を経験しなかった企業についても研究開発活動実行の有無を調査したためである。その結果、前回調査(2014-16年時点)と比べて、研究開発活動実行かつイノベーション非実現の企業がより多く含まれることになり、研究開発実行企業に占めるイノベーション実現企業の割合が著しく減少した。
 研究開発活動を実行しなくとも、プロダクト・イノベーションを実現した企業もある。米国、ドイツは、研究開発活動を実行しなかった企業のうち、それぞれ、16.7%、16.6%がプロダクト・イノベーションを実現しており、他国と比較すると高い数値である。最も低い国は韓国であり、6.0%と研究開発活動を実行しなかった企業は、ほぼプロダクト・イノベーションを実現しなかったことがわかる。
 なお、当該国の企業部門において、研究開発活動を実行した企業の割合を見積もると、フランスが30.1%と最も高い、次いで、米国と英国が29.7%、ドイツ26.2%、韓国20.0%、日本18.9%である。欧米で国全体としてのプロダクト・イノベーション実現企業の割合が高いのは、このように企業の研究開発活動の実行割合が高いことも要因の一つと考えられる。また、研究開発活動実行割合が比較的低い韓国においても、研究開発活動を実行した企業であればプロダクト・イノベーション実現企業割合が高くなる傾向にある。


【図表5-4-2】 研究開発活動別主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合 
(A)研究開発活動実行別プロダクト・イノベーション実現企業割合?
(B)研究開発活動を実行した企業の割合

注:
1)CIS(欧州共同体イノベーション調査)が指定した中核対象産業のみを対象としている。
2)(B)研究開発を実行した企業の割合は推計値である。
資料:
OECD,“Innovation indicators 2019”

参照:表5-4-2


 次に、各国のプロダクト・イノベーション実現企業割合を1として、企業規模別、製造業、サービス業の状況を見る。
 企業規模別に見ると、ほとんどの国で大規模企業における数値が高い傾向にある。このことは中小規模企業より大規模企業において、より多くの割合の企業でプロダクト・イノベーションを実現していることを示している。日本は他国と比べて中小規模企業と大規模企業におけるプロダクト・イノベーション実現企業割合の差が比較的大きいことがわかる。他方、大規模企業と中小規模企業における数値の差が少ないのは、米国、英国である。
 製造業ではいずれの国も1を上回っており、韓国、ドイツ、日本は比較的高い傾向にある。他方、サービス業では、日本、米国、ドイツ、フランスで1を下回っており、英国、韓国でも1に近い値である。サービス業においてプロダクト・イノベーション実現企業の割合は製造業より相対的に少ないことを示している。


【図表5-4-3】 主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合
(プロダクト・イノベーション実現企業割合を1として企業規模別、製造業、サービス業)

資料:
OECD,“Innovation indicators 2019”

参照:表5-4-3


(2)市場にとって新しいプロダクト・イノベーション実現企業割合

 前述したように、プロダクト・イノベーションには「自社にとって新しいもの」も含まれている。ここでは、プロダクト・イノベーションの新規性の程度をより詳しく見るために、「市場にとって新しい」プロダクト・イノベーションの実現企業割合を見ることとし、図表5-4-4にその状況を示した。
 日本のプロダクト・イノベーション実現企業のうち、市場にとって新しいプロダクト・イノベーションを実現した企業の割合は44.6%であり、主要国中最も高いフランス(71.2%)、米国(54.8%)に次いで、高い数値を示している。英国は43.3%と日本と同程度である。ドイツは31.5%、韓国は22.8%と他国と比較すると低い数値となっている。
 このように、プロダクト・イノベーションの実現といっても、市場にとって新しいとなると国によって異なることがわかる。


【図表5-4-4】 主要国のプロダクト・イノベーション実現企業のうち市場にとって新しい
プロダクト・イノベーション実現企業の割合 

注:
プロダクト・イノベーション実現企業を対象としている。その他の注は図表5-4-2と同じ。
資料:
図表5-4-2と同じ。

参照:表5-4-4


(3)国全体でのプロダクト・イノベーションの経済効果の測定

 この節では、国全体でのプロダクト・イノベーションの経済効果を測定する2つの指標を示す。一つ目は①「国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno)(6)」である。これは、国内企業全体による、企業にとって新しい(市場にとって新しいか否かは問わない)プロダクト・イノベーションによる総売上高である。この場合、市場には既に、他社によるプロダクトが存在する可能性があり、「二番手」や「模倣品」も含まれた売上高を指す。従って、この指標は国全体の経済に占める企業によるプロダクト・イノベーションの取り組みの規模を表していると考えることが出来る。
 二つ目の②「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno)(7)」とは、国内企業全体による、市場にとって新しいプロダクト・イノベーションによる総売上高である。この場合、企業によって「市場」の指す範囲が異なるという点で留保はあるものの、国内の企業の視点に基づいて、市場において、未だ他社によるプロダクトが存在していなかったプロダクト・イノベーションによる売上高を指す。従って、この指標は国全体の経済に占めるプロダクト・イノベーションの実現の範囲の大きさを表していると考えることが出来る。
 図表5-4-5に「国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno)」を縦軸に、母集団企業数を横軸に示した。これを見ると、各国の中では米国(170.6兆円)が最も多い。これに、ドイツ(94.3兆円)、英国(89.7兆円)、日本(83.9兆円)と続いている。
 図表5-4-6に「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno)」を縦軸に、母集団企業数を横軸に示した。これを見ると、各国の中では米国(83.6兆円)が最も多い。次に多いのは日本(36.6兆円)であり、英国(35.9兆円)と同程度である。その後はフランス(22.2兆円)、ドイツ(20.6兆円)と続く。
 日本は、企業によるプロダクト・イノベーション実現の規模は、米国、ドイツ、英国に次ぐ規模を持っており、新規性の高いプロダクト・イノベーション実現の規模は、米国に次ぐことを示唆している。


【図表5-4-5】 国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno):国際比較(2014年)

注:
1)2014年の中核産業を対象としている。中核産業については、資料である報告書のp.31を参照のこと。http://doi.org/10.15108/rm277
2)日本の母集団は中核産業に含まれる常用雇用者数10人以上の企業である。
3)米国の母集団は中核産業に含まれる従業者数5人以上の企業である。
4)EU及びEFTA加盟国の母集団は概ね各国とも中核産業に含まれる従業者10人以上の企業である。
5)売上高は購買力平価を反映した値である。
資料:
池田雄哉・伊地知寛博、文部科学省科学技術・学術政策研究所、「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高:新プロダクトの市場への導入の経済効果に関する新たな指標の提案と試行的推計」

参照:表5-4-5


【図表5-4-6】 国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno):国際比較(2014年)

注:
図表5-4-5と同じ。
資料:
図表5-4-5と同じ。

参照:表5-4-5



(4)新しい又は改善されたプロダクト又はプロセス(又はそれの組合せ)であって、当該単位の以前のプロダクト又はプロセスとかなり異なり、かつ潜在的利用者に対して利用可能とされているもの(プロダクト)又は当該単位
により利用に付されているもの(プロセス)である。
(5)プロダクト・イノベーションの定義は大きくは変更されておらず、プロダクト・イノベーションの定義変更が結果に与えた影響は小さいと考えられる。
(6)“Gross National Turnover from New-to-Firm Product Innovation (GTNTFInno)”
(7)“Gross National Turnover from New-to-Market Product Innovation (GTNTMInno)”