第5章 科学技術とイノベーション

 科学技術の成果を、イノベーションを通じ、新たな価値創造に結びつける取組が、近年、強く求められている。そのため、科学技術がイノベーションに及ぼす影響を示す指標が重要になっているが、そのような影響を把握することは困難を伴い、現時点での定量データは少ない。
 この章では、技術の国際的な競争力を示す技術貿易と研究開発集約産業の全体的な状況を見るハイテクノロジー産業貿易及びミディアムハイテクノロジー産業貿易についての指標を示し、次に商標のデータとパテントファミリーのデータにより、各国の国際的な事業展開の方向を考察する。また、主要国のイノベーション調査結果に基づき、企業のイノベーション活動の国際比較を試みる。

5.1技術貿易

ポイント

  • 日本の技術貿易収支比は1993年に1を超えた後、継続して増加傾向にあり、2015年の値は6.55と、高い数値を示している。英国は1991年以降の技術貿易収支は一貫して出超となっている。2000年代後半から米国を上回っており、2015年では1.93である。
  • 系列会社間の取引を差し引いた技術貿易を見てみると、日本は2000年代後半から1を超え、増加し始めたが、2013年以降減少しており、2015年度では2.1となった。このことから、相対的な日本の技術競争力は近年失速している可能性があると考えられる。米国は4前後で推移しており、2015年では4.1である。

5.1.1技術貿易の国際比較

(1)主要国の技術貿易

 一般に、技術等を利用する権利(1)を、対価を受け取って外国にある企業や個人に対して与えることを技術輸出といい、逆に、対価を支払って外国に居住する企業や個人から権利を受け取ることを技術輸入(技術導入)という。これらをあわせて技術貿易と呼ぶ。技術知識の国際的な取引状況を示す技術貿易額は、一国の技術水準を国際的に測る指標としても用いられ、特に技術輸出額(受取額)の技術輸入額(支払額)に対する比(技術貿易収支比)は技術力を反映する指標として用いられる。各国の技術貿易の状況や条件は異なるので単純には比較できないが、ここでは国毎の技術輸出額と技術輸入額の相互の関係や経年変化に注目して考察する。
 主要国の技術貿易額(図表5-1-1(A))を見ると、各国の傾向は一様でないが、概して増加の傾向がある。国別に見ると、日本は、技術輸出額が技術輸入額を大きく上回っている。2015年の技術輸出額は3兆9,498億円、技術輸入額は6,026億円である。なお、技術輸入額は2007年度をピークに減少傾向であったが、近年は微増している。
 米国は技術輸出額が世界の中で圧倒的に多く、2015年では13兆4,125億円である。技術輸入は9兆1,127億円である。長期的に見ると、多少の増減はあるが、技術輸出入ともに増加している。
 ドイツは、技術輸出額、技術輸入額ともに日本を上回っている。2015年では、技術輸出額が8兆5,914億円、技術輸入額が6兆4,264億円である。経年変化を長期的に見ると、技術輸出入額はともに増加傾向にある。
 フランスは、技術貿易の元データであるINPI(国立工業所有権機関)によって実施されていた技術貿易調査が、2006年以降実施されていないため2003年までしかない。
 英国は、2003年までさかのぼってIMF国際収支マニュアル第6版(BPM6)に基づいたデータを掲載しはじめた。具体的には、これまでと比較してオーディオ・ビジュアル製品の流通に関連する取引が除外されている。英国の技術輸出額を見ると、2000年代後半から増加していたが、最新年は減少している。2015年の技術輸出額は4兆54億円、技術輸入額は2兆759億円である。
 韓国については技術輸出と比較して技術輸入額がかなり大きい。この傾向は他国と異なる。最新年の2014年を見ると、技術輸出額は1兆2,098億円、技術輸入額は1兆9,254億円である。


【図表5-1-1】 主要国の技術貿易
(A)技術貿易額の推移

(B)技術貿易収支比の推移

注:
<日本>年度のデータである。
技術貿易の種類は以下のとおり(商標権は除く)
 ①特許権、実用新案権、著作権
 ②意匠権
 ③各技術上のノウハウの提供や技術指導(無償提供を除く)
 ④開発途上国に対する技術援助(政府からの委託によるものも含む)
<米国>2000年まではロイヤルティとライセンスのみ。2001~2005年では研究、開発、検査サービスを加え、2006年以降は産業のプロセスに関連したロイヤリティとライセンス、企業様式フランチャイズ料金、商標、その他無形資産、研究開発とテストサービス、コンピュータとデータ処理サービス、建築、工学とその他技術的なサービス、産業の技術サービスを含む。2015年は暫定値。
<ドイツ>1990年までは旧西ドイツ、1991年以降は統一ドイツ。1985年までは、特許、ライセンス、商標、意匠を対象とする。 1986年からは、更に技術サービス、コンピュータサービス、産業分野の研究開発を含む。2013年からの値はIMF国際収支マニュアル第6版に基づいている2015年は暫定値。
<フランス>2003年までのデータ。フランスの技術貿易の元データであるINPI(国立工業所有権機関)によって実施されていた技術貿易調査が、2006年以降、実施されていないため。
<英国>1984年から石油企業の分を含む。1996年から特許、発明、ライセンス、商標、意匠、技術に関連したサービス及び研究開発を含む。2003年値からIMF国際収支マニュアル第6版に基づいている。2015年は暫定値。
<韓国>2014年は暫定値。
購買力平価換算は参考統計Eを使用した。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国、ドイツ、フランス、英国、韓国>OECD,“Main Science and Technology Indicators 2016/2”

参照:表5-1-1


 技術貿易収支比(技術輸出額/技術輸入額)について見ると(図表5-1-1(B))、日本の技術貿易収支比は1993年に1を超えた後、継続して増加傾向にあり、2015年の値は6.55と、高い数値を示している。米国は長期的には減少傾向にあり、2002年から日本を下回り、2015年では1.47の出超となっている。
 ドイツは2003年に技術貿易収支比が1を超え、その後は漸増で推移している。
 英国は1990年代に入ってから、順調に伸びて、1991年以降の技術貿易収支は一貫して出超となっている。2000年代後半に入ると、その伸びは失速しているが、2015年では1.93である。2000年代後半から米国を上回っている。
 韓国の技術貿易収支比については入超が続いており、2014年は0.63である。


(2)日本と米国の親子会社以外あるいは関連会社以外での技術貿易

 技術貿易に関するデータを見る際、国外の系列会社間との技術貿易など企業グループ内での技術移転が、国家間の技術貿易のかなりの部分を占めていることが往々にしてある。系列会社間での技術貿易は、技術知識の国際移転の指標ではあるものの、技術の国際的な競争力を示す指標という性格は薄い。各国の技術力の指標として技術貿易を用いる際には、企業グループ内での技術移転は除外して考えるほうが自然である。そこでデータが利用可能な日本と米国の技術輸出額・輸入額について、系列会社間とそれ以外の技術貿易を比較する。
 日本(2)の調査では「親子会社」を、技術輸出先または技術輸入元との資本関係について、出資比率が50%を超える場合と定めて、親子会社間及びそれ以外の技術貿易を調査している。
 図表5-1-2(A)を見ると、2015年度の日本の親子会社以外の技術輸出額は1兆円である。推移を見ると、増加傾向にある。ただし、親子会社間の方が輸出額も大きく、同時期の伸びも著しい。
 技術輸入額については、2015年度の親子会社以外の技術輸入額は4,665億円であり、2005年をピークに減少傾向にあったが、近年は微増している。
 米国のデータでは「関連会社」を、直接または間接に10%以上の株式あるいは議決権を保有している会社等と定義して、関連会社間とそれ以外の技術貿易を示している。
 米国の2015年の関連会社以外の技術輸出額は、4兆7,969億円であり、増加傾向にあったが、近年横ばいに推移している。米国も関連会社間の技術輸出額の方が大きいが、日本ほど、関連会社間とそれ以外の技術輸出額の差はない。技術輸入額については、2015年の関連会社以外の技術輸入額は1兆1,620億円である。日本の技術輸入額のほとんどが、親子会社以外の取引であるのと比較して、米国の技術輸入額は関連会社間の取引の方が多い。
 次に、親子会社以外あるいは関連会社以外の技術貿易収支比を見ると(図5-1-2(B))、日本は2000年代後半から1を超え、増加し始めたが、2013年以降減少しており、2015年度では2.1となった。このことから、相対的な日本の技術競争力は近年失速している可能性があると考えられる。米国は4前後で推移しており、2015年では4.1である。
 日本、米国で親子会社あるいは関連会社の定義が異なるため、単純な比較はできないが、技術貿易という観点から見たこのデータは、米国の技術力が日本を上回っていることを示すと解釈される(日本と米国の親子会社の定義については図表5-1-2(C)を参照のこと)。


【図表5-1-2】 日本と米国の技術貿易額の推移(親子会社、関連会社間の技術貿易とそれ以外の技術貿易) 
(A)技術貿易額

(B)技術貿易収支比
(親子会社、関連会社以外の技術貿易)

(C)資本関係による親子会社(関連会社)の定義と技術貿易額

注:
日本と米国の親子会社(関連会社)については定義が違うので国際比較する際には注意が必要である。両国の違いについては以下のとおり。
 ①日本の親子会社とは出資比率が50%超の場合を指す。
 ②米国の関連会社とは直接または間接に10%以上の株式あるいは議決権を保有している関連会社等を指す。
<日本>
1)技術貿易の種類については図表5-1-1と同じ。
2)年度の値である。
<米国>
1)技術貿易の種類は①Industrial processes ②Computer software ③Trademarks ④Franchise fees ⑤Audio-visual and related products ⑥Other intellectual property
2)年の値である。
購買力平価換算は参考統計Eを使用した。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国>U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, U.S. International Services

参照:表5-1-2


(3)貿易額全体に対する技術貿易額

 図5-1-3は貿易額全体に対する技術貿易額の割合である。物やサービスの貿易額全体と比較することにより、技術貿易額の水準を見る。以下では、技術輸出額が、輸出総額に占める割合を「技術輸出割合」と呼び、また、技術輸入額が輸入総額に占める割合を「技術輸入割合」と呼ぶ。
 技術輸出割合が最も大きいのは米国(2015年:5.8%)である。次いで、英国、ドイツ、日本と続く。時系列を見ると、全ての国で増加している。
 技術輸入割合を見ると、最も大きいのはドイツ(2015年:4.1%)である。次いで、米国、英国、韓国と続いており、日本は0.6%である。時系列を見ると、日本を除いた全ての国で増加している。また、最も伸びているのは米国である(2005年:1.6%から2015年:3.2%)。日本の技術輸入割合は2005年で1.1%、2015年で0.6%に減少している。


【図表5-1-3】 貿易額全体に対する技術貿易額の割合

注:
1)技術貿易の種類については図表5-1-1と同じ。
2)技術輸出入額は図表5-1-1と同じ。
3)日本の2015年の全貿易額は推計値。
資料:
<技術輸出入額>図表5-1-1と同じ。
<全輸出入額>OECD,“Aggregate National Accounts”

参照:表5-1-3


5.1.2日本の技術貿易

ポイント

  • 日本の技術貿易について産業分類別に見ると、技術輸出額が最も多い産業は「輸送用機械器具製造業」であり、2015年度で2兆3,277億円と全産業の半数以上を占めており、2010年度以降、増加傾向にある。一方、技術輸入額では、「情報通信機械器具製造業」が継続して最も大きい産業であったが、2015年度では、「医薬品製造業」が1,758億円と最も大きい産業となった。
  • 親子会社以外の技術輸出に関しては、2002年度において「輸送用機械器具製造業」と「医薬品製造業」で全体の半数近くを占めていた。その後、「情報通信機械器具製造業」が漸増し、2015年度では2,866億円と最も大きな値となった。

(1)産業分類別の技術貿易

 日本の技術貿易について産業分類別に見ると(図表5-1-4(A))、技術輸出額が最も多い産業は「輸送用機械器具製造業」である。2015年度で2兆3,277億円と全産業の半数以上を占めており、2010年度以降、増加傾向にある。次に多いのは「医薬品製造業」(2015年度:4,771億円)である。
 一方、技術輸入額は、「情報通信機械器具製造業」が継続して最も大きい産業であったが、2015年度では、「医薬品製造業」が1,758億円と最も大きい産業となった。「情報通信機械器具製造業」は、2015年度は1,400億円であり、「医薬品製造業」に次いだ規模となっている。
 産業分類別の技術貿易額を親子会社間と親子会社以外に分類し、親子会社間の状況を見ると(図表5-1-4(B))、技術輸出に関しては、全体での取引と傾向が似ている。一方、技術輸入に関しては、全体での取引とは異なり、2010年度から「情報通信業」が大きく増加したことがわかる。
 親子会社以外の技術貿易を見ると(図表5-1-4(C))、技術輸出に関しては、2002年度において「輸送用機械器具製造業」と「医薬品製造業」で全体の半数近くを占めていた。その後、「情報通信機械器具製造業」が漸増し、2015年度では2,866億円と最も大きな値となった。なお、「医薬品製造業」、「輸送用機械器具製造業」も「情報通信機械器具製造業」と同程度の規模となっている。
 技術輸入に関しては、継続して「情報通信機械器具製造業」が大きかったが、2015年度は「医薬品製造業」が昨年度より大きく増加し、1,725億円と最も大きな産業となった。


【図表5-1-4】 日本の産業分類別の技術貿易
(A)全体の技術貿易

(B)全体のうち親子会社間での技術貿易

(C)全体のうち親子会社以外での技術貿易

注:
1)産業分類は、日本標準産業分類に基づいた科学技術研究調査の産業分類を使用している。 産業分類の改訂に伴い、2002、2008年において変更されている。
2)技術貿易の対象の種類は、図表5-1-1と同じ。
3)親子会社とは、出資比率が50%を超える場合。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表5-1-4


(2)日本と米国の相手先国・地域別の技術貿易

 技術貿易統計を日本と米国の相手先国・地域別に見ることにより、他国・地域との技術に関する関係を明らかにする。
 図表5-1-5を見ると、日本の親子会社以外の取引では、中国(2,545億円)への技術輸出額が最も多く、次に米国(2,373億円)が続いている。親子会社での取引は米国が最も多く、群を抜いている。
 日本の技術輸入額(対価を支払った額)では、米国(3,351億円)が最も多く、また、そのほとんどが親子会社以外での取引である。2位以降は欧州諸国が多いが、その額は極めて少ない。
 米国の技術輸出額を見ると、関連会社以外での取引では、台湾(5,040億円)、韓国(4,814億円)、カナダ(4,562億円)への技術輸出額が多い。なお、関連会社間の取引ではアイルランド(1.8兆円)が最も多い。アイルランドは企業の法人税がEU内で最も安い国・地域(2017年時点)であり、関連会社間での技術貿易は技術力以外の要因も含むことがわかる。
 米国の技術輸入額を見ると、関連会社以外では、英国が最も多く、関連会社では日本が最も多い。なお、米国の技術輸入については、日本と異なり、関連会社間で取引が多い。


【図表5-1-5】 日本と米国の相手先国・地域別技術貿易額 
(A)日本(2015年度)
(B)米国(2015年)

注:
日本と米国の親子会社(関連会社)については定義が違うので国際比較する際には注意が必要である。両国の違いについては以下のとおり。
 ①日本の親子会社とは出資比率が50%超の場合を指す。
 ②米国の関連会社とは直接または間接に10%以上の株式あるいは議決権を保有している関連会社等を指す。
<日本>技術貿易の種類①特許権、実用新案権、著作権②意匠権③各技術上のノウハウの提供や技術指導(無償提供を除く)④開発途上国に対する技術援助(政府からの委託によるものも含む)。
<米国>技術貿易の種類は①Industrial processes②Computer software③Trademarks④Franchise fees⑤Audio-visual and related products⑥Other intellectual property
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国>U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, U.S. International Services

参照:表5-1-5



(1)特許権、実用新案権、商標権、意匠権、著作権等の法律に基づいて与えられる知的財産権および設計図、青写真、いわゆるノウハウ等の技術に関する権利を含む。
(2)平成14年調査より、総務省「科学技術研究調査」が、日本の企業等の技術貿易データについて、親子会社間の技術貿易額とそれ以外の技術貿易額を区別して調査するようになった。