- PDF:PDF版をダウンロード
- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00405
- 公開日: 2025.06.02
- 著者: 荒木 寛幸、半谷 政毅、磯部 敏宏
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.2
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
レポート
英国における研究動向の調査研究
-UKRIを事例とした共起ネットワーク分析から見る研究動向-
英国における研究動向を調査するため英国研究・イノベーション機構(以下「UKRI」という)のファンディング情報(2018年~2023年の6年間の採択課題)から研究動向の調査を行った。ARAKIシステム1)を用いたデータ分析及び共起ネットワーク分析の結果を考察したところ、UKRIにおける2018年~2023年の6年間のうち2021年~2023年の直近3年間の採択課題はAIや環境に関するキーワードの研究が多いことが分かった。またライフサイエンスに関するキーワードの研究課題が増加していた。中でも「病原体」「気候変動」などのキーワードは6年間の採択課題の中でも中心性が高く、研究のハブ・キーワードとなっていた。
キーワード:科学技術動向,EBPM,ARAKIシステム,政策立案,データサイエンス
1. はじめに
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、国内外の研究動向を把握するための調査を行っており、EBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング。証拠に基づく政策立案)を推進するためビッグデータを活用したデータサイエンスによる調査研究にも取り組んでいる。第2調査研究グループでは、科学研究費補助金の採択データや学会発表の抄録等の情報を用いた国内における先端研究動向調査として、研究助成プログラムの分析と可視化を目的としたAdvanced Research Analysis in Keen-keyword Investigationシステム(以下「ARAKIシステム」という)を開発し、研究動向など状況把握を行ってきた1)。
しかし、第6期科学技術・イノベーション基本計画2)中にあるグローバルな課題の克服への貢献等を進めるためには、国内の研究動向ばかりではなく海外の状況を把握する必要がある。そのため、これまで海外における研究動向調査として米国国立科学財団(以下「NSF」という)におけるファンディング情報から研究動向の調査を行った3)。この結果は、R5年度の研究開発戦略(研究開発ストリーム)の策定過程で活用され引き続き同様の方向性で調査研究が継続している。さらに、R7年度は欧州の研究状況について調査4)が行われている。そこで今回は、英国における研究動向を調査するため英国研究・イノベーション機構(UKRI)のファンディング情報から研究動向の調査を行った。
2. 調査方法
今回はARAKIシステムを用いてUKRIの採択データから共起ネットワーク図を作成し研究動向を調査することとした。
UKRIの採択データは、UKRI Introducing the Gateway to Researchのウェブサイト注1から情報を取得し、UKRI採択課題リストを作成した。今回は試行のため、2018年~2023年に採択された6年間のデータを利用している。
UKRIの採択データにはキーワードとなる単語が付与されていない。そこで今回はNSFの分析を行った時と同様の手法3)で、各課題に対し国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のJST科学技術用語シソーラスに準拠したキーワードの付与を行った5)。ただし、採択課題にキーワード付与をするためabstractに記述のある採択課題を対象としたキーワードの付与を行った。
それらのデータを加工した後、ARAKIシステムに組み込んだ。
共起ネットワーク図の作成については、NSFの分析3)を行った際にはKHCoder6)を利用していたが、今回の分析ではKHCoderを参考に研究動向の調査を行うための分析プログラム注2を別途開発し、ARAKIシステムで共起ネットワーク図の作成を行った。
3. 基礎データ
2018年~2023年に採択されたUKRIの課題について調べた。
採択件数は18,745件(2018年~2020年:8,980件、2021年~2023年:9,765件)、うちabstractに記載がありキーワードの付与ができた採択結果は16,539件(2018年~2020年:7,997件、2021年~2023年:8,542件)であった(図表1)。
UKRIの採択課題数を地域別に確認したところ、Scotlandは2,377件、Northern Irelandは287件、Walesは549件、Englandは15,222件であった。Unknownは310件であった(図表2)。
UKRIの採択課題の研究費は2018年~2023年の6年間の総額は126.16億ポンドであった。2018年~2023年の6年間の最大値は1.53億ポンドと高額な採択課題もあることが分かった。また、6年間の最小値は0ポンドと研究費の無い課題もある。
2018年~2023年の6年間における1課題当たりの平均は673.03千ポンドで、中央値は346.26千ポンドであった(図表3)。
UKRIの採択課題の研究費をファンディング機関である研究会議注3別に確認したところ、AHRC(芸術・人文学研究会議)は2018年~2023年の6年間の総額は40.63百万ポンドであった。1課題当たりの平均は31.33千ポンドで、中央値は11.76千ポンドであった。BBSRC(バイオテクノロジー・生物科学研究会議)は6年間の総額は1355.90百万ポンドであった。1課題当たりの平均は444.41千ポンドで、中央値は422.19千ポンドであった。EPSRC(工学・物理科学研究会議)は6年間の総額は3852.99百万ポンドであった。1課題当たりの平均は902.76千ポンドで、中央値は397.59千ポンドであった。ESRC(経済・社会研究会議)は6年間の総額は884.73百万ポンドであった。1課題当たりの平均は659.26千ポンドで、中央値は296.95千ポンドであった。MRC(医学研究会議)は6年間の総額は1747.48百万ポンドであった。1課題当たりの平均は803.81千ポンドで、中央値は552.15千ポンドであった。NERC(自然環境研究会議)は6年間の総額は1321.37百万ポンドであった。1課題当たりの平均は623.88千ポンドで、中央値は263.62千ポンドであった。STFC(科学技術施設会議)は6年間の総額は806.64百万ポンドであった。1課題当たりの平均は593.12千ポンドで、中央値は167.45千ポンドであった(図表4)。




4. 分析結果
今回付与したキーワードについては、2018年~2023年の6年間の1課題当たりの平均キーワード数は22.8個(2018年~2020年:23.1個、2021年~2023年:22.4個)であった。1課題当たりのキーワード数の中央値は22個であった(図表5、図表6)。
これらのキーワードを使った共起ネットワーク分析により媒介中心性(以降「中心性」という)及び共起パターンの変化(直近3年間との相関)について図を作成した。キーワードの出現数は最小出現数を238に設定、251個のキーワードが該当した。このキーワードを用いて共起ネットワーク分析を行った結果、Node数153、Edge数251の図が作成できた。この図から考察を行う。


4-1 《中心性》 図表7
UKRIの6年間の採択データのうち中心性の高いキーワードを確認すると「病原体」や「農業」などのキーワードが中心性が最も高く、広く使われていることが分かる。つまり、これらのキーワードがハブとなる研究が行われていることが分かる。
次いで「家畜」や「気候変動」、「地球」などのキーワードが中心性が高い。環境に関するキーワードの中心性が高いことが分かる。

4-2 《共起パターンの変化》 図表8
共起パターンの変化は、キーワードと採択年度の相関係数を計算し、そのキーワードが2021年~2023年の直近3年間に正の相関があれば赤く、負の相関があれば緑になっている。
ここでは、「機械学習」や「人工知能」などのキーワードが赤くなっており、2021年~2023年の直近3年間の採択課題はAI関連の研究が行われていることが分かる。次に、「気候変動」や「炭素」、「排出量」などのキーワードが赤くなっており、環境関連の研究も盛んに研究されている。また、「ヒト」や「タンパク質」、「細胞」などのキーワードが赤くなっており、ライフサイエンスに関する研究も増えているようだ。
英国の研究開発政策動向に関してはJST研究開発戦略センター(CRDS)が報告書を公開しており、2023年版には研究開発戦略が詳細にまとめられている7)。英国においては環境やAIをテーマとした研究やライフサイエンスに関する研究開発にも力を入れていることが分かり、本分析結果と合致している。

5. まとめ
本研究では、ARAKIシステムを用いた分析結果による共起ネットワーク図から研究動向の考察を行った。共起パターンの変化で2018年~2023年の採択課題のキーワードを確認できた。
要約すると、2021年~2023年の直近年の採択課題はAIや環境、ライフサイエンスに関するキーワードの研究が多く見て取れ、「病原体」「気候変動」などのキーワードがハブとなった研究が多いことが分かった。この結果はCRDSの報告書7)に記載されていた英国の政策動向に沿った内容が得られたと言えるだろう。
データのオープン化が進み、科学技術に関するデータもウェブからの入手が容易となったが、それらデータは膨大で人力で確認することはもはや不可能な量となってきた。そこで今回のようなテキストマイニングを用いた分析によりビッグデータ、特に文章データの解析を行うことで俯瞰的な考察を行っている。テキストマイニングの分析では専門用語の揺らぎが大きく、一般的な手法では総花的な結果になりがちであるため、より良質な分析結果を得るために科学技術の動向分析では、専門用語のコントラストを明確に浮き彫りにする手法の開発が重要不可欠である。つまり、分析対象のデータから抽出する単語が重要であり、特に科学技術に関する分析となれば、それに相当する単語に特殊性があるため、科学技術用語を整備しているJST科学技術用語シソーラスがなければ今回のような結果を得ることができない。日本における科学技術政策のためのビッグデータの分析には、こうした用語辞書をはじめ、各種科学技術に特化した辞書整備が重要な役割を担っていると言える。また、科学技術は日々進歩しており、それに対応するためにも切れ目ない継続した整備が今後も求められる。
* 所属は執筆当時
注2 統計解析向けのプログラミング言語のR version 4.2.3 for Windowsにて解析した。
注3 研究会議は、英国政府の代表的なファンディング機関であり、分野・ミッション別に芸術・人文学研究会議(AHRC)、バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)、工学・物理科学研究会議(EPSRC)、経済・社会研究会議(ESRC)、医学研究会議(MRC)、自然環境研究会議(NERC)及び科学技術施設会議(STFC)の7つの領域に分かれている。また、UKRIには、7つの領域別に設置された研究会議以外に、主に産業界や企業におけるイノベーション活動を支援するInnovate UK、および大学の研究評価やグラントの配分、産学連携推進の機能を有するResearch Englandがあるが、今回はその他として計算している。
参考文献・資料
1) 荒木寛幸.EBPMのための研究プログラムの分析(科研費を事例として)-Advanced Research Analysis in Keen-Keywords Investigation-.文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP).2020,STI Horizon, Vol.6, No.1 https://doi.org/10.15108/stih.00208
2) 内閣府,第6期科学技術・イノベーション基本計画.2021
3) 荒木寛幸.米国における研究動向の調査研究-NSFを事例とした共起ネットワーク分析から見る研究動向-.文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP).2022,STI Horizon, Vol.8, No.1 https://doi.org/10.15108/stih.00288
4) 文部科学省,令和6年度科学技術調査資料作成委託事業 研究開発戦略立案に向けた海外研究開発の動向調査並びに調査分析文書の検索システム構築業務 <委託業務成果報告書>.2025
5) 科学技術振興機構 知識基盤情報部,JST科学技術用語シソーラスの改訂.情報管理.2015, vol. 58, no. 1, pp. 70-73. http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.58.70
6) 樋口耕一.テキスト型データの計量的分析-2つのアプローチの峻別と統合-『理論と方法』.数理社会学会.2004,19(1),pp.101-115.
7) 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター.研究開発の俯瞰報告書 主要国・地域の科学技術・イノベーション政策動向(2024年).CRDS-FY2023-FR-01.2023.