STI Hz Vol.10, No.1, Part.6:(ほらいずん)地域ワークショップin 島根 開催報告 - 2050 年カーボンニュートラルを目指す島根版サーキュラーエコノミー-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00362
  • 公開日: 2024.03.21
  • 著者: 横尾 淑子、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
地域ワークショップin島根 開催報告
-2050年カーボンニュートラルを目指す
島根版サーキュラーエコノミー-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 専門職 横尾 淑子、特別研究員 蒲生 秀典

概 要

島根大学との共催によりワークショップを開催し、カーボンニュートラルの実現に向けて、2050年の島根の社会について検討を行った。「持続可能なものづくり」、「ブルーカーボン」、「グリーンカーボン」、「MaaS」、「次世代観光」をグループ別対話テーマに設定し、島根地域の実現させたい未来社会像とその実現方策を議論した。その結果、未来社会像として、変化し続ける市場に柔軟に対応するものづくり、豊かな海・水産資源、世界モデルとなる有機農業、地域コミュニティも共に担う新しい公共交通サービス、誰もが楽しめる周遊観光が挙げられた。島根の強み・弱みを踏まえた取組など地域特性に見合った議論を行うことの必要性が挙げられ、地域を対象とした検討の必要性が改めて認識された。

キーワード:科学技術予測,未来社会,地域,カーボンニュートラル

1. はじめに

科学技術予測・政策基盤調査研究センターでは、科学技術及び科学技術と未来社会との関わりを見通すため、5年ごとに実施する大規模な科学技術予測調査1)をはじめ、テーマや分野を絞った検討や手法開発など、幅広く予測活動に取り組んでいる。その一環として、多様な地域性及び多様な属性の視点を取り入れて地域の未来を検討する地域ワークショップを2009年度から開催している。本ワークショップの特徴は、当該地域に在住あるいは当該地域を良く知る企業、大学、研究機関、行政、金融等の関係者や市民の参加を得て、それぞれの立場からの意見やアイディアを共有しつつ対話を進めること、並びに、望ましい未来社会像だけでなく、その実現に向けた取組や留意事項を含めて検討を行うことである。2021年度までに国内17地域(都道府県又は市町村)を対象としてワークショップを開催2~6)し、地域創生、高齢社会、低炭素社会などをテーマに掲げて幅広い議論を行ってきた。

このワークショップでは、未来社会に影響するであろう共通する社会課題を中心に取り上げて検討している。地球温暖化をはじめとする地球環境や、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を経て人々の価値観、行動様式、社会の仕組み等が変化したことから、2022年度よりカーボンニュートラルをテーマとする検討を開始した。その目的は、将来の地域課題等を踏まえて2050年の地域のありたい姿を描き出し、カーボンニュートラルとの両立に向けた方策を議論することである。2022年度は、北海道と徳島県を対象として検討を行い、その概要については既に報告済みである7)。本稿では、2023年10月に実施した島根県での検討結果の概略を紹介する。

2. ワークショップの実施概要

2-1 テーマ設定

カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの人為的排出量から、植林、森林管理などによる人為的吸収量を差し引いて排出量合計を実質的にゼロにすることである8)。気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」を受け、我が国では、2020年10月に「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことが宣言され、2021年10月に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」9)が発表されている。

こうした背景を踏まえて共催機関である島根大学と協議し、島根県の地域特性を最大限活用できるような、「持続可能なものづくり」、「ブルーカーボン」、「グリーンカーボン」、「MaaS(Mobility as a Service)」、「次世代観光」をグループ別対話テーマとして設定した。「ブルーカーボン」とは、藻場・浅場等の海洋生態系に取り込まれた(captured)炭素のことである。2009年10月に国連環境計画(UNEP)の報告書において命名されCO2吸収源対策の新しい選択肢として提示された10)。「グリーンカーボン」とは、陸地にある森林などが吸収・貯留した炭素のことで、主に森林や山林・熱帯雨林などがグリーンカーボンに該当する11)。「MaaS」とは、スマートフォンやPC等で利用可能なアプリケーション等により、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通機関や公共交通機関以外の移動サービスを最適に組み合わせて、検索・予約・決済等を一括で行う、新たなモビリティサービスである12)

2-2 実施概要

ワークショップの実施概要を図表1に示す。グループ編成に当たっては、参加者の専門性や関心とあわせ、各グループに多様な属性の関係者が含まれるよう配慮した。

当日は、開会挨拶から始まり、趣旨説明及び島根地域の人口推移や将来計画などの情報共有を行った後、対話に進んだ。まず、2050年の望ましい暮らしの姿を全体で検討し、その後テーマ別に分かれて議論した。最後にテーマ別結果を全体で共有して意見交換を行った。

最初の全体対話では、暮らしの中の様々な活動(住む、働く、遊ぶ、学ぶ等)を想定し、2050年の望ましい暮らしの姿を検討した。あらかじめテーマ別に座席を用意したが、参加者全員がすべてのテーマを検討できるよう、自分のグループのみならず、各テーマのテーブルを巡回して対話を行うワールドカフェ形式により、全員が全テーマについて意見出しを行った。この形式をとると、参加者は様々なテーマを検討でき、アイディアに幅が広がる。

次のグループ別対話では、全体対話で出された意見の中から注目される暮らしの姿を選び出し、それらについて①カーボンニュートラルの観点からの重要度、②地域の観点からの重要度、③挑戦度(実現が難しく挑戦的取組が必要)について、各グループのメンバーが投票を行った。この結果を踏まえ、カーボンニュートラル及び地域の観点から重要とされた暮らしの姿を「実現させたい未来社会像」として特定した。続いて、その未来社会像の実現に向けた方策の検討を行った。まず、島根地域に好影響・悪影響を及ぼすと考えられる外部環境(機会・脅威)及び島根地域の内部環境(強み・弱み)の検討を行った。これを前提として、実現に必要な科学技術や社会システム等、ステークホルダー別役割、留意点・懸念点を検討した。

図表1 ワークショップ実施概要図表1 ワークショップ実施概要

3. 各テーマの検討結果

A. 持続可能なものづくり

グループメンバーが注目して選んだ暮らしの姿のうち、地域及びカーボンニュートラルの双方の観点から重要とされた姿は、多様な場面でのロボット活用、波浪と太陽光によるハイブリッド発電であった。一方、地域の観点から重要とされた姿は若者の定着、カーボンニュートラルの観点から重要とされた姿は人口減を補うAI導入であった。そのほか、移住者の経済的安定や専門家とのネットワーク構築なども重要とされた。これを踏まえ、未来社会像は、「縁(えにし)で繋ぐ!はったりのないものづくり」とまとめられた。具体的には、地域内外の人的ネットワークを基盤として新しい起業家が輩出され、変化し続ける市場に柔軟に対応している姿などが挙げられ、あわせて、ものづくりの省エネ化が進み、エネルギー自給が実現しているとされた。

実現に必要な取組として、科学技術については、ハイブリッド発電や省エネ関連技術とともに、プロトタイピングや成功事例創出が挙げられた。社会システム等については、製造業の研究開発型への転換促進や研究開発ベンチャーの誘致、税免除・資金支援等の起業支援、省エネものづくり特区等のシステム関連、高度人材育成や移住促進、外部人材とのネットワーク構築など人材関連、地域の持つ強みの情報発信やプロモーションなど魅力発信の仕組みが挙げられた。

留意点・懸念点としては、技術等の秘匿性の確保、失敗に対する資金や責任の問題など、新たな取組に付随する可能性のある項目が挙げられた。また、国際情勢や市場動向など外部環境の不透明性の拡大やキーパーソンの存在(キーパーソンの不在、あるいは逆にキーパーソンに頼りすぎる)なども挙げられた。

B. ブルーカーボン

グループメンバーが注目して選んだ暮らしの姿について、地域の観点からの重要度とカーボンニュートラルの観点からの重要度はおおよそ相関していた。双方の観点から重要とされた暮らしの姿は、山や流域の管理が進むことにより海や水産資源が豊かになっている姿であった。また、重要度は若干低いが、海洋ごみ減少による美しい景観の実現も注目された。これを踏まえ、未来社会像は「半林半漁で豊かな島根スタイル」とまとめられた。具体的な姿としては、高価値の水産物を大市場にすぐ届けるロジスティクスが整備されて島根の水産業が認知され、海の豊かさを守ることが経済的にも成立している姿や、海と山の深い関係を子供から大人までが理解し、水産業及び林業に関心が高まり、従事者が増加している姿などが描かれた。

実現に必要な取組として、科学技術については、海洋プラスチックごみのリプロダクト、海藻養殖、化石燃料を使用しない船(水素燃料等)などの海洋に関わる技術が挙げられた。社会システム等については、ブルークレジット導入、海洋ごみの国際規制、プラスチック使用規制などの制度整備とともに、コミュニティが担う美しい海岸の維持が挙げられた。また、海に関する学習・体験、メディアによる情報発信など認識向上や担い手育成などの人に関わる取組が挙げられた。

留意点・懸念点としては、所有者や境界線が不明で山が荒れる、住民清掃減少による海岸線のごみ集積、住民の認識が低いことなどが挙げられた。

C. グリーンカーボン

グループメンバーが注目して選んだ暮らしの姿の重要度について、地域の観点からの評価とカーボンニュートラルの観点からの評価はおおよそ相関していた。双方の観点から重要とされた暮らしの姿は、地域資源を活用した有機農業による島根のイメージアップであった。それを支えるのは、デジタル化した土地・森林管理や生態系維持に配慮した農業というストーリーへの共感に基づく消費行動であるとした。これを踏まえ、未来社会像は「島根オーガニックバレー~30年後の子どもたちが笑顔になるまち~」とまとめられた。具体的には、島根のグリーンカーボンへの取組が成功モデルとして欧州から注目され、地産地消が住民にも浸透している社会などが挙げられた。

実現に必要な取組として、科学技術については、地域資源を活用した有機肥料の開発と低コスト化、農林業の自動化・効率化、データ活用、農業由来温室効果ガス(GHG)のモニタリングなどが挙げられた。社会システム等については、有機農業への理解や環境意識醸成のための教育、生産者と消費者を直接つなぐ仕組み、などが挙げられた。

留意点・懸念点としては、例えば化学肥料企業との利害調整、他地域での取組普及による島根地域の独自性・優位性消滅などが挙げられた。

D. MaaS

グループメンバーが注目して選んだ暮らしの姿のうち、地域及びカーボンニュートラルの双方の観点から重要とされた姿は、公共交通の概念拡大による新しい交通システムであった。生活が徒歩圏内で済むことや車所有の減少はカーボンニュートラルの観点から重要とされた。一方、移動したくなる楽しめる場所があることは地域の観点から重要とされた。これを踏まえ、未来社会像は「MaaSだけじゃない。(M)マイカーが減っても、(A)自動運転になっても、(A)アクティブに暮らせる、(S)幸せShimane」とまとめられた。具体的には、都市部とは異なる形で、コミュニティの力も活用して利便性の高い公共交通システムが構築され、移動時間も充実している生活や、徒歩圏内の生活やシェアリングにより、車を所有しない社会などが描かれた。

実現に必要な取組として、科学技術については、交通資源や移動実態のリアルタイム見える化、自動運転、水陸や鉄路・道路の両用車両、脱炭素の車両・船、基盤としての通信環境整備などが挙げられた。社会システム等については、広域交通体系の見直し、マイカー規制、スマートシュリンクも含めた長期的視点でのまちづくり、地産地消(輸送エネルギーの減少)、住民参加による議論の場などとともに、観光・産業・エネルギーなど関連領域と合わせて総合的に取り組む必要性が挙げられた。

留意点・懸念点としては、自治体間や利害関係者間の調整、経済的な持続性、新技術への対応に関する住民間格差、都市部を想定した仕組みとの不適合、などが挙げられた。

E. 次世代観光

グループメンバーが注目して選んだ暮らしの姿の評価を見ると、地域の観点からの重要度とカーボンニュートラルの観点からの重要度は同様の傾向を示していた。双方の観点から重要とされた暮らしの姿は、住民の利用により地域の足である公共交通機関が支えられ、それが地域周遊観光にも利用される、住民にも旅行者にもよい状況であった。また、重要度は若干低いものの、グリーンツーリズムや陸路・海路・空路を合わせた周遊、徒歩や自転車による移動も注目された。これを踏まえ、未来社会像は「“だんだん”の輪 Tourism for ALL」とまとめられた。具体的には、すべての人が島根の移動を楽しんでいる社会、歩きたくなる、自転車に乗りたくなる街並みがあり、身体的弱者も含め皆が満足している社会などが描かれた。また、“神の国”島根は変化におっくうな県民性であるが、CO2排出減に積極的に取り組んでいるとされた。

実現に必要な取組として、科学技術については、移動におけるCO2排出減技術及びCO2排出量可視化、自動運転、旅行者の荷物を運ぶドローン、移動のエンタメ化、観光客も利用できる個人宅用自家発電EVスタンドなどが挙げられた。社会システム等については、駅前・道路整備、ノーカーDAY条例、歩いて(自転車で)めぐるイベントによる啓発、他地域に先駆けたスローツーリズムの取組などが挙げられた。

留意点・懸念点としては、主体(責任の所在)が不明確、経済面も含めた持続性(時間がたつと熱が冷める)、脱縦割り(セクターを超えた取組)、関係者への影響を軽減するソフトランディングの必要性などが挙げられた。

図表2に検討結果の概略を示す。

図表2 テーマ別の検討結果

A. 持続可能なものづくり

図表2 テーマ別の検討結果A. 持続可能なものづくり

B. ブルーカーボンB. ブルーカーボン

C. グリーンカーボンC. グリーンカーボン

D. MaaSD. MaaS

E. 次世代観光E. 次世代観光

4. 終わりに

島根大学との共催によりワークショップを開催し、カーボンニュートラルの実現に向けて、2050年の島根の社会について検討を行った。「持続可能なものづくり」、「ブルーカーボン」、「グリーンカーボン」、「MaaS」、「次世代観光」をグループ別対話テーマに設定し、島根地域の実現させたい未来社会像とその実現方策を議論した。その結果、未来社会像として、変化し続ける市場に柔軟に対応するものづくり、豊かな海・水産資源、世界モデルとなる有機農業、地域コミュニティも共に担う新しい公共交通サービス、誰もが楽しめる周遊観光が挙げられた。人的ネットワーク、コミュニティ、弱者への配慮など、人と人のつながりを鍵として、島根の強み・弱みを踏まえた独自の取組が注目された。

本ワークショップでは、ものづくり、漁業、農業、交通・輸送、観光といった産業を軸として、地域が望む暮らしや経済的な持続可能性を踏まえた上でカーボンニュートラルとの接点が議論された。それにより、地域の観点からもカーボンニュートラルの観点からも重要な未来社会像を得ることができた。これを基に、不足しがちであったカーボンニュートラルの観点をより意識した深掘りの検討が期待される。

一方、海の豊かさと関わる山(森林)、観光を支えるモビリティなど、グループ別対話テーマをまたがる議論も見られ、幅広の検討に展開することの有用性が示唆された。また、都市部を想定した議論をそのまま持ち込むのではなく、地域特性に見合った議論を行うことの必要性も挙げられ、地域を対象とした検討の必要性が改めて認識された。

謝辞

2日間にわたるワークショップに参加くださり、活発な御議論を頂きました皆様に御礼申し上げます。あわせて、本ワークショップ開催に当たり、テーマ設定や参加者選定、会場の手配等において多大な御協力を賜りました、島根大学の関係者の方々に心より感謝申し上げます。

参考文献・資料

1) 直近の調査: 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019総合報告書」、NISTEP Report No.183(2019年11月): http://doi.org/10.15108/nr183

2) 科学技術動向研究センター、「将来社会を支える科学技術の予測調査地域が目指す持続可能な近未来」、NISTEP Report No.142(2010年3月): http://hdl.handle.net/11035/687

3) 科学技術予測センター、「地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の『高齢社会×低炭素社会』~」、
調査資料-259(2017年6月): http://doi.org/10.15108/rm259

4) 科学技術予測センター、「2035年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップ in しずおか」活動報告、STI Horizon Vol.4, No.1(2018年3月): http://doi.org/10.15108/stih.00118

5) 河岡将行・蒲生秀典・浦島邦子、「理想とする2050年の姿 ワークショップin 恵那」活動報告、STI Horizon Vol.4, No.4(2018年12月): http://doi.org/10.15108/stih.00154

6) 浦島邦子・蒲生秀典・横尾淑子、「地域の未来を再考する~新型コロナウイルス感染症流行後に目指す社会及びその実現に向けた方策の検討~」、調査資料-319(2022年10月): https://doi.org/10.15108/rm319

7) 浦島邦子・蒲生秀典・横尾淑子、「地域の目指す未来社会とカーボンニュートラル」、調査資料-334(2023年12月):https://doi.org/10.15108/rm334

8) 脱炭素ポータル カーボンニュートラルとは:https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

9) パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(令和3年10月22日閣議決定):
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/chokisenryaku.html

10) ブルーカーボンとは:https://www.mlit.go.jp/kowan/kowan_tk6_000069.html

11) グリーンカーボンとは:
https://shizenenergy.net/decarbonization_support/column_seminar/blue_carbon_green_carbon/

12) 国土交通省総合政策局、公共交通・物流政策審議官部門、
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/content/001335673.pdf