STI Hz Vol.10, No.1, Part.4:(ナイスステップ)芝浦工業大学 工学部 機械機能工学科 准教授 吉田 慎哉 氏インタビュー  -飲み込み型デバイスの研究開発  飲むだけで身体の調子や体内環境を測定できる未来を目指して-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00360
  • 公開日: 2024.03.21
  • 著者: 中村 龍生、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
芝浦工業大学 工学部 機械機能工学科
准教授 吉田 慎哉 氏インタビュー
-飲み込み型デバイスの研究開発 飲むだけで身体の調子や
体内環境を測定できる未来を目指して-

聞き手:企画課 中村 龍生
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 特別研究員 蒲生 秀典

「ナイスステップな研究者2022」に選ばれた吉田慎哉氏は、機能性材料の形成技術、微細加工技術、微小電気機械システム(MEMS)、電子回路の技術に基づき、ヘルスケアへ応用する微小デバイス開発を行ってきた。本インタビューでは、研究の内容や今後の展望のほか、研究者の道に進んだ経緯やキャリア形成についての考え等や、コンセプト着想時の自問から花開くまでの流れ、着実に成果を生む研究スタイルなどを伺った。

芝浦工業大学 工学部 機械機能工学科准教授 吉田 慎哉 氏(吉田慎哉氏提供)

芝浦工業大学 工学部 機械機能工学科
准教授 吉田 慎哉 氏(吉田慎哉氏提供)

- 選定の対象となった飲み込みセンサの概要について御紹介ください。

私の研究室では、電子回路や微小電気機械システム(MEMS)と呼ばれる技術を使って、小さいものを作ります。小さくて役に立つものを作るというのがコンセプトで様々なテーマを進めており、その中の一つが飲み込みセンサの開発です。小さなサイズなのに機能がたくさん詰まっていて、すごく賢く動きます。飲み込みセンサでは、材料・デバイス・通信機能などを含むシステムの各階層の機能を考慮して、全体的に設計する必要があり、技術的にも非常に複雑で面白いです。飲み込みセンサの大きさは1cmから2cm程度で、センサ内の部品として使われている素子はミリオーダー、素子に実装されているMEMSや集積回路はマイクロオーダーあるいはナノオーダーです。使用されている材料はナノメートルから原子レベルで制御されています。

飲み込み型ですので、飲み込んでも人体に影響がない材料で作ります。センサの外側を包んでいる皮膜、つまり人体に直接触れる部分は、不活性な生体適合性樹脂を使用します。私の研究室において、最も開発が進んでいる「飲む体温計」は胃酸発電を利用したものです。この場合は、マグネシウムと貴金属の電極のみが体液に触れることになりますが、マグネシウムは体に必要な金属ですし、貴金属も不活性です。それ以外の部分は不活性樹脂で覆いますので、人体に影響はありません。錠剤のようにデバイスを飲み込むと胃の中で充電し、その後は測温と通信を間欠的に繰り返しながら腸の中を流れていきます。最終的には身体の外に排せつされます。

測定データは、10MHz近傍の磁場を使って体を透過させて体外に設置してある受信器に送られます。無線LANやブルートゥースなどの高周波の電磁波は人体で遮断されやすいので、低周波磁場に情報を載せて通信します。センシングデバイス自体は、普通のプリント回路基板に、種々の電子部品を搭載し、最後に樹脂で封止します。

私自身はシリコンウェハーを加工する前工程と呼ばれるプロセスが元々の専門分野なのですが、この飲み込みセンサは後工程や部品実装のプロセスが重要です。ここは私の専門ではなかったのですが、国家プロジェクトでこの企画を担当することになり、かなり勉強しました。また、チーム内の実装に詳しい方に御協力いただきながら開発してきました(図表参照)。

図表 開発した飲み込みセンサの概要図表 開発した飲み込みセンサの概要 (吉田慎哉氏提供)

(吉田慎哉氏提供)

- 研究分野に対する先生の夢を教えてください。

現在研究を進めているMEMSやデバイス、マイクロシステムを用いて、医療機器や低侵襲医療などの分野に進出したいと思っています。人間の体内に簡単に導入して病気を診断又は苦痛を与えずに治療する機器を創りたいです。技術が発達し、体と機械が溶け込んでいく、あるいは共存する未来が、もうすぐ訪れると感じています。ロボティクスは私の専門ではないのですが、機械と共生したり、機械がパートナーになったり、機械が体の一部になることによって人の不幸がなくなる世界を実現できる可能性にワクワクしています。

- 現在の研究を目指すようになった経緯について教えてください。

飲み込みセンサを手がけるきっかけは、国家プロジェクトCOI-STREAM(革新的イノベーション創出プログラム)です。東北大学が拠点で採択されたテーマ「さりげないセンシング」技術で、人々のバイタルデータをとって健康増進するプロジェクトです。プロジェクトの一つのテーマに、飲み込みセンサ、デバイスの研究開発がありまして、そのチームに私が参加することになったことが研究を始めたきっかけです。

私はそれまではシリコン基板をエッチングして、機能性材料を成膜する、いわゆる前工程寄りの研究を行っておりました。しかし、飲み込みセンサの開発では、基本的にはシステムや電子回路の設計や実装についての知識やスキルが要求されました。さらに、社会実装を目指すプロジェクトでしたので、製品化を狙うために、成熟した技術を組み合わせて価値のあるものを作るという研究開発方針でした。それがすごく刺激的で面白かったですね。そのチームでは、元光学機器メーカーの方がリーダーでしたので、大学とは全く違う考え方で開発を進めていくことになりました。それが非常に勉強になり、システム寄りの開発はとても面白いと感じました。元々所属していた研究室でも、実用化や社会実装は意識していましたが、それでも研究室の持つ強みの技術を伸ばすことに私はずっと集中していました。この経験をきっかけに幅広い知識が身に付き、研究の幅が広がりました。

- 飲み込みセンサは今後どのように展開していくのでしょうか。

現状の私のセンサは、体内での滞在時間は24-48時間程度を想定しており、自然にトイレにて排せつされます。近い将来、外部から体内のデバイスを自由に操作できるようになると思います。例えば、遠隔で磁場を使って操作し、病気を見つけて治療をするといったことができるようになるでしょう。また、カプセルよりも小さいミリメートルサイズのチップを消化管の中に多数設置して、多種多様なデータを取得できるようになるかもしれません。

このような世界の実現を目指し、内閣府のムーショットプロジェクト「生体内サイバネティック・アバターによる時空間体内環境情報の構造化」にて、研究開発が進められています。東京大学の新井史人教授がプロジェクトマネージャーをされており、その中の研究課題の一つに、私の飲み込みセンサに関連する技術の開発があります。このプロジェクトでは体内環境情報マップを作り、時系列データを取得することを目指しています。これにより、自宅にいながら健康モニタリングや診断ができるようになり、人々の健康増進を達成します。

- 世界における日本のバイオ系センサの研究開発はどのような状況でしょうか。

医療機器の分野は、海外に遅れを取っているのではないかと思います。日本では、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)の厳しさや、価格、保険償還のシステムなどの様々な要因によって、国内でチャレンジングなものを開発するのは容易ではありません。技術以外の要因の比重が大きいと私は感じます。例えば飲む体温計も、米国、仏国、オランダでは既に実用化されており、スタートアップが販売しております。しかし、最も早く実用化した米国の企業の製品でさえ、日本での医療機器承認はされておりません。多大な苦労をしてまで承認を得るほど、日本市場は魅力的ではないと判断されているかもしれません。また、医療機器は上市して売上げが出るまで非常に時間がかかります。かなり多くの資金を集めないと、日本でスタートアップを創業しても、途中で運転資金がなくなって干上がる可能性が高いです。米国では、シリコンバレーを中心にスタートアップエコシステムが確立しており、クレージーなアイデアにも桁違いの投資が入るようです。そのお金を使って優秀な人材を集めてチームを形成し、一気に開発をするので、スピード感が日本とは全く異なります。日本のシステムや社会構造が、超高速の開発が必要とされる現在の産業構造とは相性がよくないだけで、技術力は負けてないと思います。私の飲み込みセンサも実用化したいのですが、もし日本での上市は難しいとなったら、海外メーカーに技術移転するなども検討しようと思っています。

- 今回のナイスステップな研究者の選定で周りの方からの反応はありましたか。

周囲には喜ばれました。ナイスステップな研究者は、個性的でとがったことを行っている人が選ばれるというイメージがありました。私は、メインストリートではなく、その傍らで何だか変なことをやっているやつ、そういうふうに思われたいと思っていたので、今回の選定を大変うれしく思いました。ただ、これまでコツコツと成果を上げてきた、よい仕事をしてきたと自負していた渋めの研究ではなく、飲み込みセンサが選定対象となりまして、少々戸惑いはあります。分かりやすさやインパクトのあることをやることは重要だと感じました。飲み込みセンサ関係の研究をやりたいと言って私の研究室を配属志望する学生さんも多く、それは少々悩みの種です。既に高い完成度のテーマの延長ではなく、学生さんには別の萌芽的な研究課題にも興味を持ってほしいと思っています。

- 研究者になったきっかけについてお聞かせください。

研究が面白かったからです。修士課程のときにかなり悩みましたが、研究を続けたいと思い、博士課程に進みました。そしてせっかく博士課程に入ったのだから、研究者を目指そうと思いました。学部4年の卒業研究のときに研究が少しうまく行き、論文発表をしたところ、海外からメールが来ました。このとき、世界とつながっていることを実感し、とても衝撃を受けました。国際会議などは楽しいですし、研究の世界は閉塞的だと言われますが、そんなことはないと思いました。

- 研究員時代の研究や経験についてお聞かせください。

一番苦しかったのは、自分自身のテーマというか看板を見つけることでした。偉大な先生方がいる中で自分の立ち位置を見つけること、つまりテーマ出しですね。優秀な人は、明確に研究したいことが学生時代からあって、オリジナリティのある独自の仕事を開始しているかもしれません。私は、先生から与えられた卒論のテーマを、博士課程修了まで継続して取り組みました。それにより、自分なりにやりきったと言える仕事ができたのですが、今度は一人の研究者としてどんなテーマをやるかとなったときに、何をしたらよいのかわからなくなっていました。大体思いつくアイデアは既に先生方や先人たちがやっていて、これは本当に苦しみました。8~10年ぐらい苦しんだと思います。その過程で、私は余り飛んだ発想ができない人間で、何か新しい概念を提案するというのが苦手なんだなと実感しました。そこで、割り切って、世の中で困っている課題に取り組もうと思いました。身近なところや産業界のニーズや要求を捉えてそれに対して応える、そういった研究開発スタイルで行こうと開き直りました。ちょっとした改良と言えるような小さい研究テーマでも、とにかくいろいろやったと思います。結果、看板が徐々にできてきたかなあと思っております。

- これまで取り組んできた研究テーマ全般と今後の展望について教えてください。

高性能な圧電薄膜、圧電関係のMEMS、超音波関係の研究も進めています。圧電MEMSを使って体の中を超音波で見る技術は、医療機器への応用を考えています。指紋の中の血管を超音波で捉える技術を用いて、生体認証をより安全にすることも目指しています。また、現在スマートフォンにたくさん搭載されている通信用高周波フィルタ関係の開発にも貢献したいと思っています。このようなテーマは産業界にはかなり直結しておりまして、産学連携も進めています。例えば、東北大学に所属していたとき、シリコン基板上に高品質のPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)をエピタキシャル成長させる技術を主に開発していました。その膜を用いた高性能超音波デバイスの可能性を実証したところ、MEMS分野で一定の評価をいただけたことはうれしかったです。この成膜技術は企業への技術移転も達成できたので、自分でも一つよい仕事ができたかなと思っています。

飲み込みセンサは、研究フェーズの新技術を盛り込んでいくというよりも、様々な成熟技術や市販の部品を組み合わせて、新しいコンセプトのデバイスやシステムを高い完成度で出す、という方向性で進めていく予定です。最も簡単な体温計から始めましたが、pHセンサやガスセンサ、他の血液センサなど、そういったものを搭載して、これまで作ってきたシステムを利活用して、水平展開していきたいと思っています。拡張性を持たせたハードウェアプラットフォームをしっかりと作りこんで、この展開を実現したいです。まずは体温計で実用化に向けた開発に集中してきましたが、今後は様々なデバイスを創り出せると思います。

- 今後目指したい方向性についてお聞かせください。

産業界に貢献するために、具体的に役に立つような研究開発をしていくことです。また、泥くさい渋いことをきちんとやる人材、学生を育成したいです。狙いを定めて、なるべく少ない労力で多くの成果を得るのがもちろんベストですが、そうなるためには、紆余曲折を経てたくさん汗をかく経験が必要だと思います。それを学生さんには伝えたいと思っています。私の恩師は実学系の先生でして、「役に立つことをやりなさい、役に立つ人間になりなさい、論文だけを目指してはいけない」と常々おっしゃる先生でした。私もその影響を受けています。私は理学者ではなく工学者ですので、論文も書いて、社会実装にもつなげるというスタイルを貫き、医療機器や健康増進に関係する研究を進めていきたいと思っています。自分の技術を実用化して雇用を生み、産業発展に少しでも貢献できれば良いと考えています。

- 今後研究者を目指す若手の方へのアドバイスをお願いします。

まず、やりたいこと、やるべきこと、看板となるテーマを見つけ出すことです。研究者として生き残るためには、先人の仕事を少し改良したインクリメンタルな論文で数を稼いでもあまり意味がない気はします。非常に現実的な話ですが、生き残っていくためには、インパクトのあることをやらざるを得ません。といっても、インパクトのある研究はそれだけ失敗する可能性も高いので、細かい仕事でも成果を出して業績を積む必要があります。論文が出ていれば精神的にも楽になりますし。ジャブでリズムを作りつつ、ストレートとか大振りのパンチを仕込んでいくという感じでしょうか。

研究者という仕事は、より競争が激化して、ハードワークが求められる大変な仕事になっていくでしょう。それでも独自のテーマを探すとか、自分自身の立ち位置、看板を作るというのは、苦しくても楽しいと思います。もしかすると他の職業では体験できないものも得られるかもしれないので、そこは楽しんでほしいです。

大学の教員や研究者を取り巻く環境は厳しく、なかなか夢を持つのは難しいのが現状です。ただ、博士課程の学生や若手研究者の支援制度も最近充実してきております。博士課程修了後やポスドクを数年行った後に企業に行って活躍する道もあるので、あまりキャリアを狭く考えない方がよいと思います。「大学の先生の方が、我々よりも好きなことができていないのでは?」ということを、企業の方に言われたことがあります。それぐらい、大学教員の研究テーマ策定の自由度は減ってきている感じがありまして、企業での研究者を目指すのもよいかもしれません。是非、若い人には研究を大いに楽しんでいろいろな分野で活躍していただきたいですし、それが受容される社会になったらよいと思います。

(キーワード:センシングデバイス,飲み込みセンサ,微小電気機械システム(MEMS),飲む体温計,胃酸発電、インタビュー日:2023 年12 月12 日)