STI Hz Vol.10, No.1, Part.3:(ナイスステップ)国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院人文学研究科 人文学専攻 歴史文化(考古学)  准教授 中川 朋美 氏インタビュー  -考古学がつなぐ過去・現在・未来-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00359
  • 公開日: 2024.03.21
  • 著者: 福嶋 雅彦、岡村 麻子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
国立大学法人東海国立大学機構
名古屋大学大学院人文学研究科 人文学専攻
歴史文化(考古学)准教授 中川(なかがわ) 朋美(ともみ) 氏インタビュー
-考古学がつなぐ過去・現在・未来-

聞き手:科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 岡村 麻子
企画課 国際研究協力官 福嶋 雅彦

「ナイスステップな研究者2022」に選定された中川朋美氏は、縄文時代から弥生時代の埋葬や古人骨から得られる情報をもとに、当該時代に起きた暴力についての定量的研究を進めるとともに、学際融合チームに参加し考古学資料の3次元計測に貢献し、人類の記憶・歴史を次の世代に継承していくことに尽力している注1。

インタビューでは、受傷(じゅしょう)人骨を定量的に分析し集団暴力の要因を解きほぐす研究活動から得られた知見を、どのようにして現在・未来の暴力の問題に生かそうとしているかに加えて、考古学資料の計測の進化、学際的研究領域としての考古学の発展、市民・地域との関わり、考古学資料のアーカイブ化の課題など幅広い話題についてお話しいただいた。

国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院人文学研究科 人文学専攻歴史文化(考古学)准教授 中川 朋美 氏(中川氏提供)

国立大学法人東海国立大学機構
名古屋大学大学院人文学研究科 人文学専攻
歴史文化(考古学)准教授 中川 朋美 氏(中川氏提供)

1.研究内容・なぜ考古学に関心を持ったのか

- ナイスステップな研究者に選ばれるきっかけとなった研究内容の概要について教えてください。

私の場合は研究テーマが二つあります。一つは暴力の研究で、基本的に個人研究として行っています。もう一つが考古資料の3次元計測の研究で、共同研究により進めています。

暴力の研究については、縄文時代から弥生時代の古人骨の埋葬例を研究していますが、古人骨の中には暴力によると考えられる傷が残されていたり、武器が骨と一緒に出てきたり、あるいは武器が刺さった状態で出てくる場合などがあります。これを受傷人骨と呼びますが、受傷人骨の暴力痕跡自体や、その人たちの年齢・性別・分布・数・出現頻度などを調べて、暴力がいつ起こって、その背景として何があったのかを明らかにしていく研究です。

その結果、先行研究と同様に、弥生時代から集団を巻き込む暴力が頻発することが明らかになりました。一方で、地域によって詳細が異なるため、暴力が起こった背景が異なる可能性があること、また暴力の生成・助長要因(例えば人口圧や階層化)を明らかにしました。人口圧の研究は共同研究です。

もう一つの3次元計測については、考古資料を対象とした最適化された計測手法を提案するものです。例えばレーザー計測とフォトグラメトリ注2で構築したモデルの質を比較して、どうすればレーザー機器と遜色ないデータが得られるのかを検討しています。更にそのデータを使って文化の変化を検討しているところです。

- そもそもなぜ考古学に興味を持ちましたか。

大学入学時は法学部で、当初は考古学には全く興味がなく、考古学のこの字も知りませんでした。高校では世界史選択だったので、日本の考古学に触れる機会はありませんでした。でも大学に入って歴史系の講義が面白かったので、1か月ぐらいの詰め込みで勉強して文学部に編入しました。今考えたらよく通してくれたなと思います。

- 研究をされている中で、うれしかった点や特に面白いと思っている点などはありますか。

研究で私が想定しているゴールにたどり着くのは、あと10数年はかかると思うので、例えば分析傾向が出たとか、論文が出たとか、表彰いただいたというのは、感謝はもちろんしていますが、私自身が研究でうれしいというのとは、少し違うと思っています。

ただ、研究をしていて楽しいことはすごくあります。例えば一時期、骨の見方について所属とは別の機関でトレーニングを受ける機会がありましたが、本当に学ぶのが楽しくてワクワクしながら通い、宿泊所に帰っても学んだことをひたすら手書きで書き起こしていました。非常にわかりやすく丁寧に教えてくださいました。多分これから先、何10年後もキラキラし続ける思い出だと思います。

- 研究プロセスの中で苦労される点を教えてください。

振り返ってみると苦労した点は余り思い浮かびません。強いて言うなら3次元計測をする調査時の荷物の重さでしょうか。機材だけで20キロぐらいです。途中、人ごみで荷物を抱えるのがつらくなって半泣きになりながら帰った覚えがあります。後から考えればもう笑い話なのですけれど。調査自体はすごく楽しいので、多分興奮しすぎているのでしょうね。

- 年間何か月くらいフィールドワークに出かけますか。

考古学では、主に現場で発掘調査をすることをフィールドワークと言います。学生もすごく忙しくて()き時間がなかなか取れないので、1回の調査当たり2週間ぐらいでしょうか。あとは、資料の所蔵機関に出向いて資料を拝見する場合もあります。私の場合は国内ですが、ほとんど家にいない月もあります。博士研究のときも、2から3週間、家にいないこともありました。

2.暴力への関心

- 何がきっかけで暴力を対象として研究しようと思われたのでしょうか。

きっかけは偶然でした。博士課程のころ、指導教員だった岡山大学の松本直子教授が、人は本能的に暴力性を持っているのかという切り口で共同研究をされようとしていました。そのときに私は、縄文の墓を研究しており、研究にお誘いいただきました。

ただ、その後、暴力を博士研究のテーマにしようと思ったのは、自分でも思うところがあったからです。私が子供の頃に9.11がありましたが、そのときの映像や周りの大人の反応を見るにつけ、自分は子供だから何もできないという不甲斐(ふがい)なさを感じました。あのときどうすれば良かったのか、今も答えは出ないですが、わからないのなら突き詰めてみようと思い研究テーマを変えたという経緯があります。

- 縄文時代には受傷人骨はなかったのですか。

縄文時代にも受傷人骨はあります。しかし、1遺跡で1例とか2例程度が基本で、時空間的にかなり散在的に分布しています。そのため、集団を巻き込む暴力ではなかったと考えています。一方、弥生時代では北部九州や近畿、青谷(あおや)上寺地(かみじち)遺跡といった特定の空間・時期にまとまっている。そう考えると、やはり地域・遺跡ごとに何かしら共通の背景の下で、集団的な殺傷が起こっていると考えるのが合理的だと思います。

- 骨を対象とする研究はどのようなものでしょうか。

日本の土壌は骨が残りにくいと言われますが、土に触れない埋葬方法などをしていると比較的残りが良い地域もあります。骨の残りが悪いものに関しては、わからないということになりますが、私の場合は残存している部分を観察し、年齢や性別、暴力痕跡の有無とその状態から暴力自体やそれを受けた人について研究しています。

実際は、各地に収蔵してある資料で見せてもらえるところは見せてもらって、暴力の痕跡を観察する。その他、報告書など、これまでの研究資料を片端から(あさ)って検討します。そして、暴力痕跡が残る事例や暴力を受けた可能性が高い事例から、暴力の時空間動態を明らかにしています。更に他の考古資料とも突き合わせることで、集団的な暴力の生成要因を明らかにしています。

- なぜ弥生時代には集団的な暴力が増えたのでしょうか。定量的な検証により何が分かりましたか。

これ自体はものすごく長い分厚い研究史があり、弥生時代に集団を巻き込んだ暴力が起こってくるというのは長い間指摘されていました。加えて生成要因についても幾つかの説が出されていて、農耕の開始、これに伴う定住化、富の貯蓄や集中、人口増加に伴う資源の不足など、いろいろな説が出されています。

これらは基本的に定性的に検討されていたため、暴力の発生範囲や規模をどう捉えるのかなど、研究者で見解が一致していませんでした。より定量的に、かつ受傷人骨の分布を列島全域で見ることで、そのあたりがクリアになったかと思います。

- 現代の暴力の問題に対して何か言えることはありますか。

具体的な戦争とか紛争に対して、どうするのかというのは言えないのですが、暴力自体が人類史の中で何度も繰り返されてきたことであるのは、一つ重要なポイントです。つまり、繰り返すということはそれを引き起こす要因の規則性のようなものがあるのではないかと考えています。その規則性から暴力を抑止する要因が見えてくるのではないかと。人類史という俯瞰(ふかん)的な視点で見ることで、暴力の抑止要因を提起できればと思いますし、夢を語ると、防災的観点のように、暴力防止の観点を共有できる世の中になると良いなと思います。

3.考古学の進展:計測の進化

- 日本の考古学の特徴はどのようなものでしょうか。

記録という観点で言えば、日本考古学は、世界的に見ても少し特殊な形態を取っています。各都道府県、市町村に調査の専門家がいます。民間会社が調査することもありますが、基本的には公務員である専門職員が発掘調査や遺跡の保存・管理に携わっています。調査件数は年間約1万件、写真や実測図と呼ばれる2次元記録を取得し、調査の報告書を公開します。世界的に見ても膨大な記録データが既に蓄積され、かつその調査手法は精密です。

こういった今まで蓄積したデータの取得方法と3次元計測では全く情報の取り方が違うので、今までの研究成果と3次元データをどのように整理し合わせて研究していくのか、そもそも考古学者は3次元計測に何を求めるのか。このあたりは要検討だと思います。

- 3次元データ計測はどのように発展しているのでしょうか。課題は何でしょうか。

3次元計測の方法については、機器にしろ、ソフトウェアにしろ、ここ10年ぐらいでものすごく早い展開で進んでいます。本来であれば土器を半分に断裁するなんて無理ですが、データ化・数値化することで、断面の形を分析したり、実物だと計測しづらい曲線の部分や傾き、少し細かな模様や調整の仕方等、解析できたりするのが一つのメリットです(図表参照:3次元計測(SfM/MVS注3)の様子)。

考古学が研究対象とするモノは、経年劣化します。また、遺構といった土の中に掘りこまれている状態のものはそのまま持って帰れません。失われていく情報の記録・共有の手段の一つとして、3次元計測の利便性が高くなってきていると感じます。他にも、保存や修復にも一役買いつつあります。例えば、罹災(りさい)後の文化財修復では罹災前の3次元モデルから旧状を把握し、修復に役立てています。熊本の石垣修復はその例の一つです。普及については金銭的な問題もあるのですが、機関で徐々に取り入れている状況です。

一方で、これは国外でも似た状況ですが、機器の進展が早い分、機器や計測条件をどのように相互検証していくのかは、まだまだ国内外で追いついてないのが実際です。欧州や米国では、データの質をどのように考えるのかといった報告書が最近出されていたりもします。加えて、考古学者は自分で機器の開発・制作をしているわけではないため、将来的に機材が廃盤になるといったことも想定できます。今の機器の相互検証は今しかできないでしょう。どうしたら次の世代がやりやすい形で引き継いでいけるのかは目下の課題です。

図表 3次元計測(SfM/MVS)の様子図表 3次元計測(SfM/MVS)の様子 愛媛県埋蔵文化財研究センター所蔵 道後町遺跡(中川朋美氏撮影)(中川氏提供)

愛媛県埋蔵文化財研究センター所蔵 道後町遺跡
(中川朋美氏撮影)(中川氏提供)

4.学際的研究としての考古学

- どういった研究領域とコラボレーションをしているのですか。

考古学自体がそもそもかなり学際的な学問分野です。考古学の目的は、人類の痕跡、過去のいろいろなものを対象に、過去の歴史を復元していくことですが、ものすごく広いテーマです。

例えば発掘調査するときに土を見るには地質の知見が必要です。実際に考古学の基礎(論理構造)の中に含まれています。他にもその当時の人たちがどういう環境下で暮らしているのかを見るために環境学、生物学、動物学とか、いろいろな分野の知識が必要ですし、骨なら形質人類学で、モノ自体の分析は考古学、文字が出てきたら文献史学が必要です。最近だと認知心理学とかを取り入れながら研究されている方などもいます。

3次元計測の研究で言えば、むしろ学際的なコラボレーションがないと成立しなかったと言えます。新学術領域のプロジェクト(出ユーラシアの統合的人類史学-文明創出メカニズムの解明注4)の、分析班であるC01班(3次元データベースと数理解析・モデル構築による分野統合的研究の促進)で3次元計測の手法について研究を進めています。C01班のリーダーは哲学の方ですし、ほかにも生物学(形態測定)、数理解析、考古学や文化財科学の研究者が集まって研究をしています。私の立ち位置は考古学と形質人類学の双方向的な視点から貢献するという形です。いろいろな、得意なところがある人が寄り集まってデータを皆で取りに行ってガヤガヤ言いながら分析・議論しています。研究自体が実はコラボレーションの結果です。

- 学際的なコラボレーションでは共通言語がないことがハードルとよく言われます。考古学ではどうなのでしょうか。

先ほど考古学がもともと学際的な分野だと言いましたが、中間をつなぐ人がいるところが考古学の良いところだと思います。考古学だけでなく、他の分野のことも理解できる人を一定数育てることが今後も必要だと思います。

5.市民・地域との関わり

- 市民・地域との関わりにはどのようなものがありますか。

考古学の場合、我々は歴史をつないでいく使命があります。それは大学の考古学者だけではできません。行政や博物館、市民の人々も巻き込んで、一緒に考古学を支えていかないと、どうやっても次にはつなげていけない、維持もできない、お金もないしマンパワーもありません。そのため、市民・地域の方へ歴史をつないでいく重要性を伝える活動を考古学ではかなり重視しています。調査の成果や過程を現場で説明したり、市民講座を開いたり、博物館などで展示をしたりもします。学会では、高校生が調査結果を発表する場合もありますし、調査前には地域の歴史に詳しい方にお話を伺うときもあります。

6.考古学資料のアーカイブ化

- 考古学資料の継続的なアーカイブ化においてどのような課題がありますか。

考古学全体の話に引きつけて話してみると、考古学資料をどう保管して、それをどう後の世代にパスして公開していくのかは、場所、金銭面、人員といった点で多くの機関で課題になっています。

3次元データの保管については個別の研究者の立場では限界もあります。我々のプロジェクト班は取得した3次元データを、資料の所蔵機関に基本的には全部お渡しするようにしていますが、機関によっては金銭面や機材の限界があるのも事実です。機関がデータを保管していけるよう、もう少し構造的なサポートが必要だと思います。幾つかの機関ではプラットフォームのようなものを整えていますが、今後それをどう維持していくのかとか、どうやってデータを保管していくのかは、なかなか難しいところもあると思います。

7.今後の研究の方向性

- 今後どういった研究をしたいと思われていますか。

研究したいことが多くて、人生が足りないという感じです。一つは暴力の研究で、今まで話したのは経済的な要因が多いのですが、先行研究では他の要因も挙げられています。このあたり、実証的に明らかにしていけたらと思います。3次元計測の研究では、現状では頭蓋骨と土器の(かめ)しか対象にしていないので、もう少し資料を広げて、それぞれの資料形状に合わせてどう計測方法に差が出てくるのか分かれば、現場の人や民間の人も使いやすくなると思います。

20年後30年後まで広げると、暴力の生成要因・助長要因を明らかにして、社会がどういう影響を受けるのかの一連の流れを明らかにしたいです。ここからどの要因を断ち切れば良いか分かると良いなと思いますし、更に学際的に研究をできたら良いなと思っています。100年200年かかるかもしれないので、寿命が足りるのか心配しています。

8.考古学の意義

- より良い社会に向けた、考古学の意義についてどのようにお考えですか。

考古学は最近の時代まで含むような本当に広い時間幅を対象としている学問分野です。人類が歩んできた歴史の中で、暴力、格差、文化変化、交流の変化など、今と似たような出来事もあります。こうした事象ではポジティブな面もありますが、ネガティブな面をどう防止していくのか、どう止めたら良いのかは、現代の情報だけではデータが足りないところも出てくると思います。いろいろな類例を探すときに、考古学や歴史学とかがその一つになり、そこから提起できるものがあれば、それは学問分野としての役目を一つ果たせると思います。あとは、歴史は人の記憶だと思うので、そうした記憶をできる限り次につないでいきたいと思います。

(キーワード:考古学,3 次元計測,集団暴力,考古学資料のアーカイブ化,市民・地域との関わり、インタビュー日:2023 年12 月1 日)


注1 ナイスステップな研究者2022講演会における中川朋美氏の講演は次のURLで視聴可能。
https://www.youtube.com/watch?v=ZALSggRuUwQ)

注2 被写体を多数の視点から撮影した画像を解析して3次元データを作成する方法。

注3 Structure-from-Motion/Multi-View-Stereo(SfM-MVS)。

注4 「文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究(研究領域提案型) 2019年度~2023年度 出ユーラシアの統合的人類史学 – 文明創出メカニズムの解明 -」(https://out-of-eurasia.jp/