STI Hz Vol.10, No.1, Part.2:(特別インタビュー)株式会社みずほフィナンシャルグループ 特別顧問 佐藤 康博 氏インタビュー  -科学技術の社会実装を実現する政策と人材育成、総合知: 日本が国際的な競争を勝ち抜くために-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00358
  • 公開日: 2024.03.21
  • 著者: 中津 健之、渡邊 英一郎、北島 謙生
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
株式会社みずほフィナンシャルグループ
特別顧問 佐藤 康博 氏インタビュー
-科学技術の社会実装を実現する政策と人材育成、総合知:
日本が国際的な競争を勝ち抜くために-

聞き手:総務研究官 中津 健之
第1調査研究グループ 総括上席研究官 渡邊 英一郎
第2研究グループ 研究員 北島 謙生

2022年、株式会社みずほフィナンシャルグループの特別顧問に就任された佐藤康博氏。2021年からは総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の議員として、金融業界での長年にわたる経験を背景に、産業界の立場から科学技術・イノベーション政策に関する切れ味鋭い提言を発信されている。科学技術に対する投資の在り方、経済安全保障の枠組みで考えた科学技術、及び科学技術の社会実装は我が国の重要な政策課題である。博士人材を含む人材育成、量子イノベーション、総合知の在り方まで幅広く御意見を伺った。

株式会社みずほフィナンシャルグループ特別顧問 佐藤 康博 氏(株式会社みずほフィナンシャルグループ提供)

株式会社みずほフィナンシャルグループ
特別顧問 佐藤 康博 氏
(株式会社みずほフィナンシャルグループ提供)

(略歴)
東京大学経済学部卒業、株式会社日本興業銀行入行。以来、株式会社みずほコーポレート銀行常務取締役、同・取締役副頭取、同・取締役頭取、株式会社みずほ銀行取締役頭取、株式会社みずほフィナンシャルグループ取締役兼執行役社長(グループCEO)、取締役会長を歴任し、2022年6月より同・特別顧問。また、一般社団法人日本経済団体連合会副会長(2020年より)、総合科学技術・イノベーション会議議員(2021年より)も務める。

- CSTIの議員に就任する前の日本の科学技術や関連政策に対する印象と、実際に議員に就任して感じたことを教えてください。

私のキャリアは金融業界にあり、金融は幅広い産業分野にかかわりを持ちますから、CSTIの議員のお話を頂いたとき、産業界全体を俯瞰しつつ政策について意見を申し上げることが自分の役割だろうと考えました。科学技術をどのように社会実装するのか、そして技術が社会全体にどのような影響を与えるのか、自然科学の関係者のみでは俯瞰的な視点が十分でない場合がありますので、人文・社会のバックグラウンドを持つ者として意見を申し上げることが有意義だと考え、CSTI議員の役職をお引受けしました。ところが、いざCSTI議員に着任してみると、日本の科学技術や教育における様々な課題を正確に把握できていないことに気付きました。私自身、今日の日本の科学技術が有する国際競争力は、米国や中国、欧州と比べて相当劣後してしまっているのではないかと想像していました。日本における「失われた30年」は、産業構造の転換に失敗したことも一つの要因かもしれませんが、私自身は、米国やドイツ、中国などと比べると、設備投資や人への投資が欠けていたことも大きく影響したのではないか、このために日本の科学技術のレベルは相当低下してしまったのではないかと考えていたのです。

確かにマクロな統計指標で見てみると、日本経済は過去30年の間に伸び悩んでいる状況が見て取れます。しかし、CSTIで活動する中で、科学技術の分野では日本が世界のトップクラスで戦っている様々な分野があり、なお高い国際競争力を有していることを認識しました。例えば、マテリアル、半導体、量子、バイオです。その一方で、国家的な戦略として勝てる分野を選んで推進しているかといえば、必ずしもそのような状況にはないのではないか。限られたリソースをもとに、競争力ある分野、将来の競争力につながる分野をきちんと分析した上で、戦略を持って投資を行うことが必要だと思います。また、行政においても、複数の省庁が類似の政策課題に取り組むケースが見受けられます。いわゆる縦割り行政を改善することで、政策の効果的な推進を図ることも求められていると思います。

- 国際的に不安定な要素が存在する中で、経済安全保障の重要性が高まるなど、科学技術・イノベーション政策に対する要請も多様化しています。その中で日本がどのように研究開発を推進していけばよいのか、日本が進むべき方向性についてお考えをお聞かせください。

日本が科学技術立国であるためには、限られたリソースの中で、戦略的に人や科学技術への投資を行う必要があります。投資を行うに当たっては、戦略的不可欠性と戦略的自律性の考え方が大切です。戦略的不可欠性としては、例えば、半導体分野では半導体製造装置でマーケットを握ることで、日本の国際競争力は高まります。また、量子技術であれば、量子コンピュータと従来型のスーパーコンピュータとのハイブリッド方式におけるアプリケーションの分野で強みを持つ可能性があります。エネルギー分野では、核融合の国内ベンチャーの育成に力を入れるなど、メリハリをつけて特定の分野に投資を行うことが重要だと思います。一方、戦略的自律性としては、例えば、食や農業の安全保障が考えられます。日本では農業の機械化の手段としてドローンの活用を進めていますが、ドローンの製造は中国がマーケットの大部分を占めています。海外に依存することは安全保障上のリスクにもなりかねませんし、グローバルサプライチェーンを再構築することで、我が国の戦略的自律性を高めることが不可欠です。

また、セキュリティクリアランス(機密情報に接する資格認定)を制度的に構築することも課題です。昨今の企業では、企業が安全保障上のリスクを念頭に置く必要性は高まっていますが、海外企業と協力するための枠組みについて日本の立場をしっかりと議論した上で、研究開発や人材の交流を推進する必要があります。2023年には、産業技術総合研究所において中国籍研究員による情報流出の問題がありましたが、研究活動の国際化やオープン化に伴う、研究インテグリティ(研究者及び大学・研究機関等における研究の健全性・公正性)の確保が求められると思います。アジア諸国の民間企業のトップと話していますと、日本に対する強い期待を感じます。日本が有する科学技術や文化をベースに経済安全保障の分野でも日本独自の意見を発信してほしいと言われます。科学技術立国を標榜する国家戦略をベースにリーダーシップを発揮して、日本が国際的な経済安全保障のルールメイキングに関与していかなければなりません。

- 日本では博士課程の進学者数が低迷し、博士課程修了後のキャリアパスの点でも課題があります。社会の幅広い場面での博士人材の活用を図るための、大学や産業界における方策についてお聞かせください。

日本では大学の役割として研究者を育成することだと考える場合がありますが、米国の例を見てみますと、博士課程に進む人材のキャリアパスは、大学の研究員に限らず、社会実装を含めた社会での多様な活躍が想定されています。つまり、アカデミアに限らず、産業界や行政分野など、多様なキャリアパスが用意されています。しかし、日本を見ると、必ずしもその状況にはありません。

これは大学側の課題であるとともに、博士人材に対する産業界の受け止め方にも課題があると思います。例えば、学士卒と博士卒の人材で企業に就職した際の処遇には大きな違いがなく、博士であることのバリューがさほど反映されていないように思います。また、就職した後も、博士であることの評価がキャリアに反映されているとは言いがたい状況です。研究開発活動に対する企業の評価を変えていかなければ、博士課程に進学する学生も増えませんし、学生にとって将来のキャリアパスを描きにくいのではないでしょうか。そのための産業界と大学とのコミュニケーションをもっと丁寧に進めないといけません。CSTIで議論を行った地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)では、地域の企業とも協力し、博士人材のキャリアパスの拡充に向けた取組も進めています。

しかし、学校教育全体を俯瞰してみると、キャリアパスに関する問題の解決を大学だけに求めるというのでは遅いかもしれません。大学入学よりも早い段階、つまり、中学や高校の教育課程から、自身が社会の中でどのように関わっていくかといった、将来のキャリアに対する考え方を教えることで、早い段階から科学技術や社会に対する見方、国際的な感覚を醸成する必要があるように思います。

- データサイエンス分野の重要性が高まっています。データの専門性を有する高度人材のニーズや、データを活用した企業の活動についてお聞かせください。

私のキャリアである金融業界では、フィンテックが重要なデータ関連分野ですが、データや量子について理解がある高度人材には非常に高いニーズがあります。金融取引を行う際も、実店舗に赴かずに、スマートフォンなどを活用してオンラインで決済する方向にシフトしています。また、データと合わせてメタバースを活用する動きも出てきています。例えばみずほ銀行では、2022年にメタバースの有用性を検証する目的で、世界最大のVRイベントである「バーチャルマーケット2022 Summer」にメタバース店舗を出展するなど、新たなビジネスを模索するべく、社内で検討を進めています。

データを素早く有効に活用した企業は顧客との取引で優位になることは明白ですし、データを活用した新たなビジネスが今後の社会で次々と登場してくるはずです。若い年齢層ほどデータに対するリテラシーも高いので、この状況を見据えたデータドリブンの金融を推進する必要があるかと思います。データ利活用に係わるプライバシー保護やデータ所有権などについての国際的ルール作り等の重要な課題が残っていますが、今後も各産業でデータサイエンスは極めて重要な戦略分野となるでしょう。

- 我が国で国際的な競争力ある分野の一つに量子技術がありますが、日本で量子技術を推進する意義についてお聞かせください。

囲碁では碁盤の四隅が要所となりますが、日本が重点化すべき分野を碁盤の四隅に当てはめてみます。四隅のうち、三つはAI、量子、核融合かと思います。もう一つは様々な議論がありますが、バイオ、通信、半導体、モビリティなどが候補です。量子の場合、米国や中国が強力ですが、日本はこれらの国々に追随している状況かと思います。日本のようなエネルギーが限られた国では、核融合を含めたエネルギーの確保が不可欠です。また、AIの利用が普及すると、電力の消費が多くなるため、その電力を確保できるかどうかがポイントとなります。米国オープンAI社のCEOであるサム・アルトマン氏は、こうした考えのもと核融合関連のスタートアップに出資しています。

量子コンピュータが持つビット数が増えていくと、その処理能力は格段に高まります。量子コンピュータの性能は日々アップしていますが、そのスピードには目を見張るものがあります。例として、金融の分野で株式マーケットの予測を考えてみます。株式マーケットの取引開始時刻と同時に、どの株がどのぐらい上がるのかを、量子のスピードで瞬時に計算すれば、誰よりも早く予測ができる可能性があります。つまり、一番優れた量子コンピュータと優れたAIを持っている人間が世界の富を独占することが可能です。したがって、量子技術のような社会を一変させる技術の開発とその社会実装化に於いてそのサプライチェーンの中で重要な地位を占めるべく、国際的な競争に勝ち抜いていく必要があります。長期的な目標を見据えたムーンショット型の研究開発のような政策に加え、進展の速い競争的な分野に対する資源の重点的配分も重要です。

- 量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII)注の会長を務められていますが、日本における量子技術の普及を推進する上で必要なことは何でしょうか。QIIでの取組と併せてお聞かせください。

QIIは、量子コンピュータの社会実装を実現するために、東京大学とIBMの連携を基礎として、様々な国内の大学や企業が集結したコンソーシアムです。QIIの一つの特色は、研究開発の用途に応じて、IBM製の量子コンピュータを実機で使用できることにあります。その運用拠点を神奈川県川崎市幸区のかわさき新産業創造センターに作りました。もう一つの特色は、メンバー同士の情報交換にあります。QIIでは毎年2、3回程度の進捗報告を行いますが、参加するメンバー同士がそれぞれの研究成果を発表し、相互に議論を深めています。いずれのメンバーも、技術の社会実装を目指す目的で参加していますので、リアリティに富んでスピード感もあり、すぐにでもサービスとして活用できるようなものが提案されています。ある企業の研究開発が先行しても、議論を通じて、他の企業への波及効果やコラボレーションといった進展があります。QIIのコンソーシアムを作り、メンバー相互の情報交換を密に図る機会を設けたことは、やはり功を奏したと考えています。

QIIが持つ更なるメリットとして、正会員と準会員ともに、量子コンピュータの使用において不明点があれば、大学の教員がメンターのような形でサポートする体制があります。スタートアップでも、量子コンピュータの利用に興味を持つ方もたくさんおられますので、QIIの広報活動も強化しつつ、ユーザーの裾野を広げていくことが必要と考えています。

- 社会課題の解決や新たな価値の創出を目指す総合知の活用が、これからの研究開発の進め方に与える影響についてお聞かせください。

「総合知」という概念は第6期科学技術・イノベーション基本計画の中で初めて出てきたものかと思います。CSTIにおいても、総合知とは何かについて突っ込んだ議論を行いました。誤解があるかもしれないのですが、例えば、デュアルディグリーのような複数の分野の博士号を所有する人材のように、人文・社会科学と自然科学の両方の博士号を持つ人材を育成することが総合知ではありません。私はむしろ、社会実装の段階で、自然科学と人文・社会科学の両方の知見を融合していくというプロジェクトの進め方のありようが総合知だと考えています。生成AIや量子など、社会を一変させる技術が次々と誕生する中で、技術的な側面だけでなく、社会実装の段階で生じる影響を見なければ、技術に対する正しい評価は得られません。

昨今注目を集める生成AIの話になると、複雑な動作のできるロボットにAIが搭載されることで、単純労働に加え、精密な複雑労働も奪われる可能性が高いと言われています。これに対して、人間がリスキリングを行うことで、成長産業において雇用を増やしていくべきという話がありますが、それは今から進めなければ間に合いません。新しい技術や製品、システムを社会実装化する前に、それが何をもたらすのかを社会科学的な観点から予見し対策すべきと考えます。私は、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)やムーンショット型研究開発制度にも携わっていますが、これらのプログラムに携わる研究者の中でも総合知の活用を意識する方は一部にとどまっているように思います。総合知の発想を持って、技術の社会実装における社会的なインパクトを議論する必要があると思います。

- 社会課題の解決に向けて、人文・社会科学に期待される役割についてお聞かせください。

技術が著しく進歩する中で、人文・社会科学が果たす役割は非常に重要です。特に生成AIの登場は大きな社会的インパクトがありました。AIによるフェイクニュースにより人々が扇動されるリスクがあります。レコメンデーションの機能により人々の触れる情報が選択されることで、人々の価値観が大きく変動する可能性があります。技術の進歩が著しい昨今において、その活用における安全保障上の課題や、人々への倫理的な影響などの分析が不可欠です。

一見、科学とは無関係に見える価値観が重要なこともあります。例えば日本人に宿る、他人を思いやる心のような倫理観が、世界から評価されることがあります。技術の面だけでなく、人文・社会科学を含めた総合的な分野で、日本が世界のリーダーになることが求められていると思います。日本社会として総合知の持つバリューに注目して、国際社会に発信していくことが有意義だと考えています。

(キーワード:社会実装,経済安全保障,国際競争力,量子,総合知、インタビュー日:2024 年1 月19 日)

(中央)佐藤顧問、(左から)北島、渡邊(NISTEP撮影)

(中央)佐藤顧問、(左から)北島、渡邊(NISTEP撮影)


注 量子イノベーションイニシアティブ協議会 https://qii.jp/