STI Hz Vol.9, No.3, Part.8:デザインアプローチの政策立案における可能性 -EBPM とデザインの交差点-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00346
  • 公開日: 2023.09.25
  • 著者: 村木 志穂
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デザインアプローチの政策立案における可能性
-EBPMとデザインの交差点-

データ解析政策研究室 客員研究官 村木 志穂

概 要

政策の質を高めることを目的に、近年国際的にも我が国政府においてもEBPMの考え方が実務に取り入れられてきた。しかしながらEBPMも万能では無く、たとえば、定量データがとれない問題の扱いや、課題のフレームそのものを定義し直す、などについては十分な対応ができない面があった。探索的・統合的な考え方の体系である「デザイン」とくに「デザインアプローチ」は、こうしたEBPMの課題を補完し、より多角的かつ課題の本質をとらえた政策立案に寄与できると考えられる。そこで、本稿では、「デザインアプローチ」の、政策立案における活用について、概念や実践について概略した上で、EBPMの課題や限界を補完する観点で、政策立案におけるその価値と可能性を論じる。

キーワード:デザインアプローチ,EBPM,政策立案

1. はじめに

複雑に絡み合い、変化し、先が見えない、多義的な課題が山積する今日の社会において、行政においても、政策の質を高めるために政策プロセス・政策の作り方をアップデートするべく、様々な試行錯誤がなされてきた。その中で、より広範な知見やデータを活用し、客観的根拠をもとに政策の質を高めようという動きが、エビデンス・ベースド・ポリシーメイキング(EBPM)である。さらにより最近、別の切り口から注目されるようになってきた動きとして、政策立案におけるデザインアプローチの活用がある。

EBPMはデータや知見を活用した論理的な積み上げを重視するものであり、効率性、予測可能性や信頼性、手続きの公平性、平等性といったことが重視されがちな行政組織において、少なくともより効果的な方法を探すためのひとつの「理想論」としてコンセンサスが取れている手法である。しかし、EBPMも万能ではなく、例えば、現在議論の俎上に上っているもの以外の様々な可能性を多角的・立体的にとらえ、様々な観点を統合的に結び付けて解決策を紡ぎだすことは、必ずしも得意ではない。

一方で、昨今注目を集めているデザインアプローチは、そうしたEBPMに欠けがちな点を得意とする探索的・統合的なアプローチであるが、とりわけ日本においては政策実務者の間で必ずしも価値を理解されていないことも多く、現状では政策立案の中心的な手法のひとつとしてコンセンサスが取れている段階までは至っていない。しかし、先行研究は、デザインアプローチを、「Wicked Problem(厄介な問題)注1」が山積する社会において、重要なアプローチであると指摘しており34)、デザインアプローチは国際的に注目され、世界中の多くの政府が、政策立案の主要な手法のひとつとして活用するようになってきている567)

EBPMとデザインアプローチとを関連させながら相互の機能・価値が論じられることは、これまでほとんどなかったが、両者を補完しあう関係性のものとして位置付けることで、EBPM、デザインアプローチそれぞれが内包する限界を超えて、政策プロセスにより寄与できる可能性がある。本稿では、このような問題意識から、まずデザインアプローチの概略を紹介した上で、EBPMの特徴と限界について触れ、EBPMとデザインアプローチの関係性について論じ、デザインアプローチが政策立案において、より価値あるものとして広く活用できるものになる可能性を提案したい。

2. デザインアプローチ

2.1 デザインアプローチの概略

「デザイン」という言葉は、多義的である。「デザイン」は、モノの見た目(意匠)といった狭い文脈で使われることもあるが、より広く、あるサービスを取り巻く体験そのものの企画・設計や、より大きな目的を達成するための仕組み、システムの構想についての企画・設計といった文脈で使われることもある2)。これは、デザインの扱う領域が、視覚的シンボルのデザインから、産業におけるモノのデザイン、サービス(行為と相互関係)のデザインそして、システムのデザインと、時代とともに広がってきた8)という経緯を反映しており、その経緯はデザインの概念の発達とともにあった2)。そして、近年では、「デザイン思考」がイノベーションの実現に寄与するものとして、ビジネス等の現場でも注目されるようになっている9)。「デザイン思考」も、「思考」という表現はされているが、「イノベーションの実現」に寄与することを志向する概念であることからもわかる通り、デザインが物事にアプローチする際の考え方や姿勢を、サービスデザイン(なお、デザインの文脈でいう「サービス」は、ビジネスとしてのサービスだけに留まるものではなく、政策等も含むような広い概念として使われている)やシステムデザインといったデザインの実践において具現化することで、これまでになかったものを生み出すことにつなげようとする行為まで視野に入れたものとして、実践・活用されている。このように、1. デザインの物事にアプローチする際の考え方や姿勢と、2. そうした考え方や姿勢がどのような行為を行うことにより具現化され、機能するのか、という点は一体的なものであり、政策立案におけるデザインの活用について検討するにあたっても、包括的に見る必要がある。本稿ではこうしたことから、考え方と実践を一連のものとして捉え、その両方にまたがる議論をしていることを明示的に表現するため「デザインアプローチ」という用語を用いる。

2.2 デザインアプローチの特徴

前段において、デザインアプローチを、デザインの考え方と実践の両方を念頭に置いた表現として定義した。では、デザインアプローチとは、具体的にどのような考え方から、どのような実践をすることであり、それによりどのような価値が生み出されるのだろうか。

まず、「サービスデザイン」における概念整理をもとに、デザインアプローチにおいて重視される考え方を簡単に紹介する。サービスデザインの基本原則は、1. Human-centered、2. Orchestration、3. Holistic、4. Tangible、5. Co-creativeという5つの要素で整理される10)注2。サービスデザインが指し示す「サービス」は幅広い概念であり、この5要素の引用元では具体的なウェブサービス等を念頭に置いた説明がされているため、このサービスデザインに関する5つの要素を、より汎用的な形で、本稿で説明するデザインアプローチの要素として整理しなおすと、以下のようになる。

① Human-centered: ある課題やサービスに関連するあらゆる人間が実際にどのような体験(行動・感情)をしているのかといった詳細に着目する

デザインの最も代表的な考え方のひとつに、「人間中心(human-centered)」という考え方がある。これは、ある課題やサービスに関連する人間、例えばサービスのユーザーが、どのように使いがちなのか(「使う(べき)ものか」という規範的な考え方ではなく、実際にどのように使っているのか)、どのような気持ちになるのか、といったことについて、寄り添いながら具体的かつ詳細に把握するというものである。そのために、具体的なユーザーを仮定してその人の感情を想像・共感したり、ユーザーにインタビューをしたり、ユーザーの行動を観察して本人が無意識的にしていることまで含めて把握したりする。ここで重要なのは、そうした個別の状況を把握することは、それらに直接依拠して、あるいはそれだけをもとに解決策を導き出すことを旨として行っているわけではないという点である。プロセスにおいて、特定の人間について深堀をすることは多いが、それは、「問題の切り口」を見つけるためのものである5)。つまり、これまでの経緯や定量的なデータ等では見えてこないようなインサイトを抽出するためのものであり、したがって、特定のユーザーだけを見るのではなく、関連する様々な人間、例えばユーザーの周りの人やサービス提供者等についても目を向ける。それが、「ユーザー中心」ではなく、「人間中心」という語を充てる意図である(Seven tenets of human-centred design – Design Council注3)

② OrchestrationとHolistic: ある課題やサービスに関連するあらゆる要素を調和させ、無理なく全体として上手く機能するように、統合的・包括的に考える

デザインアプローチは個々のユーザーのみに着目するのではなく、全体として無理のない形になっているかも重視する。そのため、最適なサービスを提供するために、全体の様々な要素やプロセスをどのように整合させるべきかを常に検討する10)。例えば、学校現場において子供たちのメンタルヘルス問題が起きていることに対処する方法を考える際に、「子供たちにとって最善と思われること」だけに着目するのではなく、親や教員や教育委員会や国の事務体制や予算等の様々な観点から全体を包括的に考えて、無理なく現実的な解決策になっているだろうか、ということまで考える。さらに、それらの人たちの体験を、特定のサービスとの接点の1点のみで見るのではなく、一連の体験の中でとらえる。例えば、「育児休業を取得する」ということを、育児休業を取得する行為だけで見るのではなく、育児休業中のサポートや育児休業を経て職場に復帰した後のキャリア上の問題、周りの職員との関係性なども含め、統合的・包括的な観点から見ていく。また、デザインアプローチでは、こうした統合性・包括性を、時間軸を超えて広げることもある。例えば、デンマークにおける若者が強く生き抜くことができるような社会の変革を目指したプロジェクトでは、どのような未来が起こりうるのかを具体的に想像して、そこから得られるヒントも重視しながら検討が進められている11)

③ TangibleとCo-creative: ある課題の解決策やサービスの改善策を考えるにあたって、具体的に形にしたり、関係者と共創しながら検討する

デザインアプローチは、解決策を検討する過程の早い段階で具体的な解決策を仮置きして実際に形にする。すなわち、プロトタイプを作り、そのプロトタイプを、試しては壊して、試しては壊すことを繰り返しながら、アジャイルに検討を進めていく。デザインアプローチは、こうしたことを通じて、考えたものを実際にカタチにすることで思考を深化させ、様々な小さな失敗を沢山積み重ねる中で新たな変化や改善、革新可能性を生み出すことを志向する、正しい答えがひとつに定まらないような場合に効果を発揮するものである1213)。また、デザインアプローチにおいては、検討を進めるにあたって、関係者と共創することも重視する。例えば、前述のデンマークにおける若者が強く生き抜くことができるような社会の変革を目指したプロジェクトでは、若者支援に関係する人たちや行政の関係者がワークショップを一緒に行いながら、新しい社会の形をデザインしている11)

ここまで見てきたように、デザインアプローチは、「木を見るか森を見るか」で例えると、いわば「木と森の両方を見ながら、森全体としてよりよい方向性に向かうための可能性を広げていく」行為である。より具体的には、森の中の個々の木や生き物を多角的に見るとともに、木や生き物同士の関係性・ルールや森全体の姿にも目をやり、「そもそも森の全体像は今見えている姿で十分とらえられているのだろうか」「森や森の中のルールは森の木や生き物が無理なく自然に幸せに生きることに資するものになっているだろうか」「森の木や生き物が幸せに生きるとともにこの森が全体としてより豊かに生命力あふれるものになるにはどのようなことが必要なのか」といったことを、木や生き物たちも巻き込みながら、「始めた時点ではまだはっきりとは定まっていない『より望ましい方向性』に全体として向かっていくための方法を具体的に試行錯誤する行為」である。

こうしたデザインアプローチを実践する際のプロセスは、イギリスのデザインカウンシルが提唱している「ダブルダイヤモンド」(図表1)でモデル化されているように、発見、定義、開発、提供の4つの過程において、探索的に発散と収束を繰り返すことから成る。まず前半(図中左)のダイヤモンドでは、デザインリサーチにより課題を探索・発見して定義していくプロセスが、後半(図中右)のダイヤモンドでは、その課題へのアプローチとして、様々なコンセプトを探索・発展させ、実際に試作やテストをしながら、最終的なアウトプットとなる解決策を創り出すプロセスが表現されている。このプロセス全体を通して、デザインアプローチは、課題を解決する手段を直接検討するのではなく、「もし〇〇だったら、どうなるだろう」といった問をもって(例えば文献14)に多数、問の例が紹介されている)、一旦、「機会」、すなわち、ある課題の解決の方向性に関する様々な可能性・選択肢に置換し、そこから課題を解くための解決策を探索する2)

ダブルダイヤモンドの図中でも破線で示されているように、これらのプロセスは、必ずしも単線的に進むわけではなく、推論的な仮説を仮置きして試すことを繰り返し、アブダクションによりインサイトやアイデアを生み出して、それらを探求・精緻化しては崩す、という形で、行ったり来たりを繰り返しながら進んでいく15)。こうしたデザインアプローチによるプロセスを進めるにあたっては、それぞれの段階やプロジェクトごとの状況に合わせて、デザインの様々なリサーチの手法、潜在化していない要素の可視化や全体像の俯瞰をするためのツールキットが活用される。例えば、当事者の経験や感じたことを定性的にとらえる「ユーザーリサーチ」、関係者同士の関係性を見る「ステークホルダーマッピング」、当事者等の感じたことに共感する「共感ツール」、当事者が特定の行為をする前後を含めた一連の経験をとらえる「ユーザージャーニーマッピング」、サービス提供者側を含めサービス提供全体を俯瞰してみる「サービスブループリンティング」、実際に試行してみる「プロトタイピング」、未来を想像する「シナリオライティング」など、様々なツールキット1617)が必要に応じて用いられる。

こうしたプロセスを通じて、デザインアプローチは、これまで光が当たっていなかった観点に光を当て、検討する際の選択肢の幅を広げ12)、凝り固まった前提をも問い直し718)、問もリフレーミングしながら6)、これまでの延長線上には必ずしもないような、新しい価値ある何かを生み出すことに寄与する。これは、単に検討当初に想定していた課題に対して、想定していた解決策のひとつを実現に至らせるということではなく、検討当初に想定していた課題を多角的観点から見なおして抽出した本質にアプローチするために、しばしば当初想定していなかったような解決策、あるいは当初想定していた解決策だとしてもそれそのものとは異なるような観点も取り入れたものを実現に至らせることを目指すものである。デザインプロセスが行うことは、“Plan for action”ではあるのだが、それがthat planの実現とは限らないのである4)

図表1 デザインのダブルダイヤモンド図表1 デザインのダブルダイヤモンド

出典:UK Design Council

3. EBPMとデザインアプローチ

では、こうしたデザインアプローチは、政策立案において、どのような「これまでにない価値」を創出しうるのだろうか。この点について、EBPMとの関連性の中から見ていくにあたり、まず、EBPMがどのようなことを志向しているもので、どのような限界を持っているのかについてみていきたい。

EBPMは、より効果的で客観的根拠に基づく政策を追求するイニシアチブとして、世界中の様々な政府において実践・推進されてきた。日本においても、特に2010年代後半からEBPMに向けた取組みが本格化してきた。日本における政府全体としてのEBPMの推進としては、行政改革の文脈で議論が行われてきた経緯があり、その場限りのエピソードベースでの政策立案ではなく、入手可能な様々な客観的根拠を活用しながら政策立案を行うべきである、という考え方を背景とし、主に統計的データの活用等とも関連付けながら推進体制が構築された(「統計改革推進会議 最終取りまとめ」(平成29年5月19日統計改革推進会議決定)。

政策を立案する際、行政官は様々な政策課題について、可能な限りの情報収集をしつつ、自分の担当している所掌分野・内容に照らして、また、必要に応じて他の担当課や外部の組織等とも連携し、さらに場合により政治的な影響を受けながら、時間的・予算的・実施体制的制約等も加味した上で現実的に貢献可能な政策を立案する。こうした検討は新しい政策課題を定義するところから始まることもあれば、すでに実施してきた政策の流れがある中で、引き続き存在している課題に対しての新たな、あるいは、更なるアプローチを検討するといった形となることも多い。

そのような政策形成過程においてEBPMは「政策プロセスに不足しているものは入手可能な最善のエビデンスにアクセスして活用することで克服できる」という考え方の元、政策プロセスにおける不確実性を緩和するための努力として理解されてきた1920)。ここでいう不確実性は、「本当にその政策をそのように実施して効果があるのか」という不確実性である。すなわち、現在までに積み上げられ、明らかになってきたことをもとに導出された問題意識に基づき、現時点で明らかになっていないがデータや蓄積されてきた知見を用いると説明がつくと想定される部分について、データや知見を用いて明らかにする、あるいは、その解明を示唆する既存研究を活用する。EBPMは、もっぱら、そうしたことを通じて、ある政策を決定するにあたってのロジックの足りない部分を埋め、自信をもって政策を作るための取組みとして理解されてきた。具体的な行為としては、例えば、統計データや、実験的手法(例えば、ランダム化比較実験)の知見により、すでにある程度見えている論点と選択肢から、どれがより良い選択肢か、その選択肢をどのように実行するのが効果的か等を吟味して選ぶ、あるいは、より幅広い意味で、何が有効かのみならず、問題の性質は何か、なぜ起こるのか、どう取り組めばよいかについて、これまでの研究等で明らかになっていることから探求し、それを様々な形で意思決定に生かすより多様な一連の活動まで幅広く様々な取組みがされている21)。しかしながら、どの行為についても基本的に「検討の観点や選択肢はある程度固定した上で、今明らかになっていること・明らかにできそうなことから検討の精度を上げていく」志向性を有していると言える。

こうしたEBPMの傾向(志向性)は、「エビデンス自体が活用される文脈において実態をとらえた価値あるものになっているか」という点からも、「エビデンスが政策立案にどのように具体的に寄与するのか」という点からも注意が必要である。まず、エビデンスの内容は、データをどのような観点からどのように分析するかに大きく依存する。定量的なデータであっても、誰を対象とするのか、何と何の相関・因果関係を見るのか等の設定の部分で、明らかにされることの範囲がすでに定まっている。したがって、データを分析する観点や問が、過去に積み上げられてきた研究や経緯等だけに立脚して設定される場合、これまで検討の際に考慮に入れられていなかった・関連するものと捉えられていなかった観点は置き去りにされる可能性がある。また、政策プロセスは様々な他の要素との関係性の中で進んでいくものであり、なにより、変化し続ける不確実性の高い社会の中で進行する。そうした社会の中においては、「そもそもどのような問を立てて検討を進めればよいのか」、「既存の観測範囲で見落としている重要な点(あるいは将来的に重要になるかもしれない点)はないか」、「論理的に考えて最適な解決策は、本当に課題の本質をとらえられているのか」、「解決策を実現することで新たな問題を生むのではないか」といった観点を考えることが重要であり、「問ありき」、「これまで明らかになっていないことの範囲の特定ありき」、あるいは、「エビデンスありき」で、それを活用するという発想だけでは太刀打ちできない。

探索的かつ包括的に、これまでの延長線上には必ずしもないような新しい価値ある何かを生み出すことに寄与するデザインアプローチは、ここまで見てきたようなEBPMの特徴と限界を補完する可能性を持っている。このような位置づけでデザインアプローチを活用することにより、デザインアプローチを政策立案に活用する際の「つまずき」になりがちな「網羅的にロジカルに積み上げて議論するものではない」「直感的過ぎてその正当性の説明が難しい」という部分もカバーされると考えられる。政策立案においては、政策プロセスにおいて、公平性や効率性が避けては通れないため、デザインアプローチの活用には「誰かだけを重視して進めるアプローチなのではないか」「単なる思い付きでアイデアを出しているだけなのではないか」「推論的に行ったり来たりを繰り返しながら考える検討過程は無駄に思える」といった批判的な見方もされうる。こうした批判は、デザインアプローチを独立したものとして活用・位置付けるのではなく、EBPMを補完するものとしてみることで、乗り越えられるものである。

4. 終わりに

ここまで見てきたように、デザインアプローチは、複雑な課題が山積する不確実性の高い現代社会における政策立案において、詳細を見る観点と全体としての包括的な観点を両方持ちながら、立体的に新しい価値を生み出す。これは、これまでの経緯やEBPMをはじめとした論理的な議論の積み上げでは光が当たってこなかったような部分に光を当て、新しい観点を抽出し、全体の調和にも目を向け、関係者を巻き込みながら、新しいものを生み出す力であり、EBPMの限界を超えて、課題の本質にアプローチするものである。日本における政策立案においても、EBPMとの補完関係に位置づけられることで、より活用の幅が広がることが期待される。


注1 Wicked Problemとは、Rittel and Webber(1973)が提唱した概念1)で、「解くべき問いが不完全で、矛盾し、要件が常に変化しており、一意に定めることが難しい」「社会的な複雑さのために誰もが納得できる「解決」と言えるような点がない」「課題同士が複雑な依存関係を持っているために、ひとつの問題を解決しようとしても、他の問題が顕在化したり、あるいは新たな問題が生じたりする」性質のものである2)

注2 この整理はサービスデザインに関するものだが、サービスデザインはデザインアプローチを具現化した形のひとつであり、デザインアプローチの重視する考え方を整理するのにも役立つ。

参考文献・資料

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