STI Hz Vol.9, No.1, Part.4:(ほらいずん)EUにおける戦略的フォーサイトの取組STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00322
  • 公開日: 2023.03.20
  • 著者: 岡村 麻子、佐伯 浩治
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
EUにおける戦略的フォーサイトの取組
-ESPAS(European Strategy and Policy Analysis System) 2022会議参加報告-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 岡村 麻子
所長 佐伯 浩治

概 要

欧州連合(EU)ではEuropean Strategy and Policy Analysis System(ESPAS)を通して戦略的フォーサイト(strategic foresight)に取り組んでいる。「地政学の再来:変化と衝撃の世界におけるEUの方向性」をテーマに2022年11月にESPAS会議が開催された。同会議では、ロシアによるウクライナ侵攻及びそれに付随したエネルギー危機等の事象に対する、欧州の危機感を色濃く反映して、地政学的危機、民主主義と資本主義の未来、社会課題別トレンドや技術の未来等のセッションが設けられたほか、政策担当者のツールとしてのフォーサイトについてセッションが開催され、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の活動を紹介した。フォーサイトは予測ではなく、集合知を活用して人々が新たな考え方を身につけ、よりよい将来に向けて備え、変化へ応答する(かじ)取りのために重要なツールであることが改めて共有された。また、不確実性や複雑性への対処としてフォーサイトの参加者のさらなる多様化を図ることや、政策形成では各政府の文脈を重視して取り組んでいくことの重要性等が指摘された。

キーワード:戦略的フォーサイト,地政学,EU,ESPAS

1. はじめに

未来への不確実性・複雑性を増す社会において、フォーサイト注1の重要性が高まっている。なかでも、意思決定・戦略形成への貢献を強く意識した戦略的フォーサイトが、企業や多くの政府・国際機関等で行われている。本報告では、EUで2010年代から進められている戦略的フォーサイトの取組について、2022年のESPAS会議の内容を中心として紹介する。

EUは戦略的フォーサイトを、「戦略的計画、政策立案、準備に有用な洞察を得るために、トレンド、リスク、新たな問題、及びそれらの潜在的な影響と機会について予見(anticipate)する」ものであると定義している。より実務的には、欧州委員会の「Better Regulation toolbox」の改訂に伴い、欧州委員会の新たな取組の設計や既存の政策の見直しに情報を提供するものと位置付けている。ここで重要なのは、戦略的フォーサイトとは、未来を予測する(predict)ことではなく、様々な可能性のある未来を、それらがもたらすかもしれない機会や課題とともに探求することである。最終的には、望ましい未来を形成するために、現在の行動の助けとなるとしている注2

欧州委員会における初代の戦略的フォーサイト担当として副委員長(Maroš Šefčovič氏)が指名されており、事務総局及び共同研究センター(Joint Research Centre:JRC)が実務を担当している。対象とする政策分野は全領域である。欧州委員会では戦略的フォーサイトネットワークを形成し、全総局間の長期的な政策連携の強化を狙っている。ESPASを筆頭として、EU他機関とのフォーサイト協力・連携を進める他、EU加盟国や域外の国際パートナーとの協力関係を構築している。

2. ESPASの概要

ESPASは、EU機関注3間の行政レベルでの協力及び協議のための枠組みであり、2010年に欧州議会が主導するパイロットプロジェクトとして活動を開始し、準備期間を経て、2014年以降に本格始動した。その目的は、i)EUに関連する中長期的トレンドを特定し、政策立案者のために主要な問題において起こり得る結果について共通分析を提供する組織間システムを提供すること、ii)これらのトレンド分析に従事する様々なEU機関間の作業協力を緊密にすること、iii)幅広い視点や戦略的思考を養うため、学者やシンクタンク等に働きかける等、EU機関に定期的に情報を提供すること、iv)他国や組織と連携し、彼らの専門知識を活用するとともに、自らの専門知識を提供すること、v)市民がアクセスしやすいように、「グローバル・リポジトリ注4」を構築・維持し、世界中の長期的トレンドに関する他のウェブサイトとリンクさせること、である。

ESPASの活動の一環として、年次大会が毎年秋に開催されている。そこでの議論やその他行われるワークショップや分析等を内容として、戦略的フォーサイトレポートが毎年刊行されている。2022年版はTwin digital and green transitionsをテーマとして発刊された。

3. 2022年次大会の概要

2022年の年次大会は、「地政学の再来:変化と衝撃の世界におけるEUの方向性」をテーマに、11月17日、18日に開催された(図表参照)。2022年2月に勃発したロシアのウクライナ侵攻等の様々な危機の中で、政策立案者は複雑性や不確実性の中でいかに最良の意思決定を行うかを問題意識とし、計14セッションに50名程度のスピーカーが現地またはオンラインで参加した。オンラインで2000名程度の視聴者数があり、セッション録画はオンラインで公開されている注5

14のセッションは、i)安全保障・地政学的危機、ii)民主主義と資本主義の未来、iii)エネルギー・食料・健康などの課題別トレンド及び技術の未来、iv)政策担当者へのツールとしてフォーサイトに注目したセッションに大別される。以下にその概要を紹介する。

図表 開催概要図表 開催概要

i)安全保障・地政学的危機

ロシアによるウクライナ侵攻や、中国の台頭による米中対立などの地政学的リスクが現実のものとなった中、ロシアへのエネルギー依存や、中国へのレアアース・太陽光パネルなどの資源・資材依存は、欧州にとって大きなリスクとなっている。このような状況で、欧州における戦略的自律性(Strategic autonomy)をいかに高めていくか、そのためにはどのような新たな同盟が必要か議論された。

クロアチアとギリシャの首相らがオンライン/ビデオ参加したオープニングに続き、NATO事務次長とEEAS(European External Action Services)事務総長による「欧州の安全保障に向けた協働:EUとNATOの会話」と題したセッションが開かれ、ロシアによるウクライナ侵攻がgame changerとなり、NATO、EU及び各国の安全保障の在り方を大きく揺さぶっている状況をテーマに議論された。軍事面だけではなく、サイバー、偽情報、エネルギー、移民、通商、経済制裁等へと安全保障概念が拡張しており、中国の脅威の現実化と併せ、欧州の防衛力の強化と供給網の多様化が重要とされた。欧州の安全保障維持のためには、大西洋横断同盟とNATOが不可欠であるとともに、日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、シンガポール等の太平洋地域の「価値観を共有する国(like-minded countries)」との協力の必要性が指摘された。

続く「欧州の戦争:ウクライナの勝利と永続的な安全保障に向けて」セッションでは、ウクライナの前防衛副大臣、NATO関係者、EU関係者等が参加した。ウクライナ前防衛副大臣により、ウクライナの戦況とともに、欧州の安全保障概念の再考や長期的インパクトについて紹介された。パネルディスカッションでは、EUの2030年を見据えた安全保障・防衛計画であるStrategic Compass注6が紹介されるとともに、近隣の不安定性は戦後も継続し、EUの安全保障の枠組み・秩序の移行は簡単ではなく、ウクライナへの確固たる支援とともに、中長期的不安定性を想定したレジリエンスの構築が必要であることが議論された。米国への依存が再認識される中、欧州における戦略的自律性を高めていくことが重要であるが、加盟国がどれだけ真剣に防衛能力を高めていくことができるか等が課題であるとの指摘もあった。

さらに、「インド太平洋地域における大西洋横断協力:中国の上昇への対抗となるか?」をテーマに、米国、日本、ドイツ等の識者によるセッションが行われた。米中対立激化や、NATOの方針が明確になる中、欧州が今後取りうる対応について議論されるとともに、日本における状況が報告された。欧州における対応・態度にも現時点では国間での濃淡があることが(うかが)われた。また、台湾有事においては、当初の攻撃を(しの)ぐとともに欧州も含め国際社会の対応が鍵となる旨の指摘もあった。

最後に、「グローバル競争の未来:ナラティブの闘争」と題して、EU関係者、ポーランド、ウクライナ、ガーナ、米国の識者が参加するセッションが開催された。ロシアや中国等による事例が明らかにしているように、偽情報(disinformation)注7が地政学的なツールとして台頭し、安全保障上の脅威となっている状況が報告された。また、政府がデジタル情報通信技術を利用して、個人や集団を監視・操作・強制することで、公共の議論をコントロールし、指導者の権力保持を図るデジタル抑圧についても言及された。技術革新のスピードに対して、規範や規制・法律の整備が遅れていることが一因とされ、デジタル領域における人権や民主主義システムを守るための規範整備に向けた努力が必要とされた。その際、グローバルかつ多面的なレベルでの事象であり個々の国や機関における対処では困難であることから、価値観を共有する民主主義国が協力することで、また、政府だけでなくメディア、大学、技術部門などとの連携をすることで、レジリエンスを持った体制を構築していく必要性がある、と議論された。

ⅱ)民主主義と資本主義の未来

「恐怖と怒りの時代における民主主義の未来」と題したセッションでは、EU関係機関、国連関係者の他、米国からの研究者が参加し、現在の民主主義が直面する課題について多様な見解が示された。市民、特に社会的に疎外された人々、高齢者、文化的・地理的に意思決定権から孤立している人々の間に民主的ガバナンスが機能不全にあるという認識が広まり、ポピュリストや反体制的政党が力を持つ状態が、選挙という民主的な手続により招かれている現状が解説された。このセッションでは、市民空間の減少-市民が政治に貢献し、政治的に組織化する手段が減少し、自分たちの声が政治に反映されることを認識できなくなっている点が繰り返し指摘された。政治的不満、永続的に続く危機(permacrisis)、市民空間の減少等は、統治階級と市民の相互の結びつき-社会契約-の分断の表れであり、民主主義の基礎となるものとして再構築が重要であるとの指摘もあった。そのためには、金銭的利得が人類の福祉を犠牲にせず、平和や安全、環境といったグローバルな公共財やコモンズを確保していくために、GDPを超えた社会的成功の手段を拡大していく必要性が提案された。また、あらゆるレベルで民主的参加を促進し、市民・社会対話に一層の重点を置くべきであることが強調され、関連する取組として「EUの将来に関する会議注8」が紹介された。一方で、政治的選好を集約する選挙政治を通じた代表制民主主義の、置き換えることができない役割についても指摘された。

「資本主義の未来と世界福祉」セッションでは、欧州機関、英国、スウェーデン、及びEU関係者によるパネルディスカッションが行われた。格差の拡大・経済構造の変化・環境問題等への対応の遅れなどにより資本主義に対する不満が高まった結果、国家による経済介入を求める声が高まり、結果として雇用と構造変化における不確実性が増大していく可能性があることが指摘され、強力で公正な制度とイノベーションの重要性が主張された。ドーナツ経済学注9の提唱者である識者は、資本主義システムの核心的問題は、無限の経済成長を求め人間や生態系を考慮しないことであり、世界福祉の観点をより重視して、資本主義を救うことではなく、絶滅の危機に(ひん)した世界を救うことに注力すべきだと主張した。このほか、無限の成長を求め続ける現在の資本主義はプラネタリー・バウンダリー注10を尊重しておらず、政治的な意思さえあれば、脱成長の考えを強化し、現状を変えていくことは可能であることも主張された。また、資本主義を語り広く読まれた書籍を俯瞰しつつその変遷を紹介し、現在は最悪ともいえるクレプトクラート資本主義注11化しているが、常に再構築が可能である資本主義は大きな利点を持つとの指摘もあった。

ⅲ)社会課題別トレンド及び技術の未来

「気候目的と衝突せずにEU及びグローバルなエネルギー危機をどう修復するか」と題したセッションでは、国際再生可能エネルギー機関、欧州経済社会評議会、水素エネルギー推進組織等によるパネルディスカッションが行われた。再生可能エネルギーが気候危機に対する唯一の長期的な解決策であることは広く合意されているが、移行のスピードが遅く、現在の危機を転換に向けたチャンスとすべき旨の論調が目立った。再生可能エネルギーへの移行にはより多くの投資が必要であり、同時に、社会的な転換―地域エネルギー共同体の構築―も必要であるとの意見もあった。一方で、エネルギー生産がヨーロッパから十分な土地と太陽光・風力を持つ国々(アフリカ北部や中東)へ移り、不可欠な原材料を供給できる国への依存が高まるといった予見に向き合うべきと指摘された。また別の識者は、エネルギーミックスの一部としての原子力の重要性を強調した。さらに、重要な原材料の輸入依存度を下げる方策や、投資が革新的技術開発に向かわないことなどが課題として議論された。

続いて、「世界を養う:ヨーロッパと将来の食料安全保障」と題したセッションでは、国連機関や民間、ケニヤ等からのパネリストが参加した。ウクライナ侵攻により食料問題危機が加速化し、また2030年には世界の8%が飢餓状態との最新予測もあり、SDGs目標である飢餓ゼロには程遠いとの認識が示された。紛争・パンデミック・気候変動は食料生産と消費方法に影響を与え、目下の危機はアクセスの問題だが、将来は食料供給の危機が想定され、システム全体の変革が緊急の課題とされた。また、最も(ぜい)(じゃく)な農民のための長期的な解決策への投資や、アフリカ等の小規模生産者への支援、環境に配慮した健康的な食品への公共予算配分等の必要性が指摘された。さらに、パンデミックにより不平等が拡大しており、農村部の貧困への対処や市場と食料品価格の安定化等、包括的な経済回復と成長が必要、と議論された。

この他、「EUとグローバルな健康に関するチャレンジ」と題したセッションで、世界保健機関、NGO、英国等からの参加によりパネルディスカッションが行われ、COVID-19危機で明らかになったように、健康・医療は多くの主要な政策領域と相互に結び付いており、国際システム全体に影響を及ぼしている現状と課題について議論が行われた。動物から人への感染を防ぐバイオセキュリティや行動制限下での医療へのアクセス確保が重要であること、欧州域内における食料供給も含めた全体的なシステム再構築が求められる、等の意見が示された。

「技術の未来:鍵となる供給者・新たなバリューチェーン・破壊的技術」と題したセッションでは、国連機関や、ポーランド、米国等より研究者・産業界等から参加し、戦略的資源としての半導体や、資源マネジメントを含めた技術の開発、実装について、次のような議論を行った。

パンデミック時のチップ不足が欧州の自動車産業等に与えた大打撃から、海外依存が深刻なレベルであることが明らかになり、半導体の戦略的重要性が認識された。統合されたグローバルな供給網とアジアがリードする地域特化を信頼することはできず、EUと加盟国、米国や日本の戦略も全て半導体の国内生産能力の強化に向けられている。産業の自律性を確保するために、欧州の投資は不可欠である。中国との競争、気候変動、将来のパンデミック、食料難によって提起される課題には、技術的な解決策が必要であり、それには膨大な知識と投資が要求され、欧州と米国との協力が必要となる。民間企業だけでは実現できず、競争以前の段階の研究と革新的技術の開発には公的資金が必要であり、大西洋横断的な研究プロジェクト組織が求められる。米国と日本は既に半導体チップの共同研究を行っており、欧州も参加し施設を共有することで費用対効果を大幅に改善することもできるだろう。

技術は、現代の社会的課題に対応するための重要なイネーブラーであるが、より根本的なことはパラダイムシフトであり、システム自体を修正することが必要である。利用可能な天然資源でグリーンディールを実現するには、循環型経済を通じたより効率的な資源管理と、消費者行動やモビリティなどの再考を統合した、全体的なシステム変革が必要である。

ⅳ)政策担当者へのツールとしてフォーサイトの取組

「欧州の未来を守るために複雑・ダイナミック・不確実な世界にどう対処するか」と題したセッションでは、フランス、米国、シンガポール、日本、フィンランドの政府機関や政策系シンクタンク等からの登壇者(日本からは科学技術・学術政策研究所(NISTEP)佐伯所長が登壇(写真))が、不確実性の高まる経済社会の中での各国・機関でのフォーサイトの取組や課題等について議論し、概ね以下のような認識が示された。

混乱・もつれ、経路依存性、突発性、予測不能性等に特徴づけられる、現在生じている複雑な事象を考えると、政策担当者にとって、今使われているものを超える、多様性を備えた探知ネットワーク構築が求められ、フォーサイトの手法も進化する必要がある。複雑なシステムは経路依存性の影響を受け、小さなことが大きな変化をもたらすことがあり、現在の状況をできるだけ網羅的に整理(マップ)し、ダイナミクスを理解することが不可欠である。予測を目的にするのではなく、分かっていることを適切なレベルでマップ化することが有用である。また、複雑性の規模が大きくなると、多様な研究領域の参加による解決だけでなく、従来の「専門家」以上の多様な人々を巻き込む必要がでてくる。国民全体を対象としたセンシング・ネットワークを利用して、危機の際にリアルタイムで対応できるようにすることも重要だろう。

フォーサイトで用いられるシナリオプランニングは、多様なバックグラウンドの専門家の知を集めることにより、鍵となる不確実性を特定することができ、課題を観察し、世界を理解するためのレンズとなる。シナリオプランニングは、特定の文脈で特定の対話を誘発するように設計されており、思考方法の変革に役立つ。他方、誤った文脈で使われると誤った方向に導く可能性があり、運用上の工夫や別なツールの必要性を指摘する意見もあった。

なお、各国でのフォーサイトの状況の説明では、佐伯所長が、科学技術予測を中心に長い経験を有する日本では、社会の変化に合わせて、科学技術の社会的側面を重視するようになってきている状況を紹介するとともに、個人のつながりを超えて、組織間など、国際的なフォーサイトネットワークから得るものが多く、様々なタイプ・レイヤーのフォーサイト活動(国内・国際、科学技術・地政学等)を行っていくことが重要であると指摘した。

最後に、フォーサイトの評価と政策への反映について、以下のような議論があった。

フォーサイトの目的は、予測自体ではなく、集合的な知性に基づいて、人々が新しい考え方を得ることにある。人々がフォーサイトから得た新しい考え方を内在化していく迄には長いタイムラグがあるため、フォーサイト自体の効果を測定することは難しい。政策形成においてフォーサイトを適用する方法も一つではなく、各政府の文脈を尊重し、適切な取り入れ方や制度化を見つける必要がある。それは、その時々のニーズにより異なり、公式/非公式どちらの方法もあり得るが、重要なことは、集合知に基づくことである。また、フォーサイトの位置付けと政策的判断の責任の所在を明らかにしながら、政策立案者が選挙サイクルを超えて考えることができるようにすることが重要である。

セッションの様子
セッションの様子

佐伯所長出典:https://espas.eu/media.html#2022Conference

4. まとめ

最後のパネルセッション「EUと戦略的フォーサイトの未来、そしてESPASの役割」及びJRC事務局長によるまとめの抜粋を紹介する。

ソビエト連邦崩壊後の30年間(1991-2021)の時代が終わり、欧州は根本的に新しい時代を迎えようとしている。世界秩序・技術優位性・人口動態・民主主義や資本主義の在り方等、様々な局面でパラダイムシフトがおこりつつあり、長期的な戦略の立て直しの準備が必要である。特に、安全保障の概念が拡張しており、サイバー・情報・食料・バイオ・エネルギー等全てのものが武器化(weaponization of everything)する世界となった。また、危機に瀕している民主主義の価値を取り戻すためには、団結した行動・連帯・会話が必要である。

長期的な安定性を持った戦略形成に資するものとして、また、参加型ガバナンスとして、フォーサイトが重要である。ESPASは全ての政策分野を総括した組織横断的な取組であり、付加価値がある。また、ヨーロッパ域内の協力を超えて、ESPASからInternational Strategy and Policy Analysis System(ISPAS)への発展を支援していくことも重要である。

古いシステムの効率性を良くするのではなく、新しい考え方、新しい行動による新たなシステムが、いま必要とされている。フォーサイトは、集合知を活用して、よりよい将来に向けての備え・変化に対応するための、舵取りを行うツールである。EUのレベルで、国際的なレベルで、正直な対話(honest dialogue)を続けていく必要がある。

5. 終わりに(所感)

全体として、ロシアによるウクライナ侵攻及びそれに付随したエネルギー危機等の事象に対する、欧州の危機感が色濃く反映された会議であったが、社会・政治・経済・科学技術等の多様な観点から、EUが直面する中長期的なトレンド・リスク・新たな問題について広範な議論がなされ、興味深いものであった。現在の地政学的状況により、安全保障や環境・エネルギー、半導体等の多くの点で、日本を始めとした価値観を共有するアジア諸国との連携の必要性がしばしば言及されたことも特筆すべきである。

ESPASはEU域内外の関係者とのネットワーク形成も目的としており、アジア、米国、アフリカ等から多くの専門家が参加していた点も注目される。フォーサイトについては、トレンド分析に加え各国の文脈でどのように使われているかの紹介とともに、政策形成における意義を問い直す機会となっており、フォーサイト専門家からも、毎年の重要なイベントとして評価され、定着している旨言及されていた。

EU域外とのネットワークの強化としてESPASからISPASへという議論も行われたが、タイミングや信頼醸成の問題、どのレベル(政府間、シンクタンク、市民等)で協力を行うのか等、多くの課題が表明された。また、価値観を共有する国との協力が必要であるという声が上がる一方で、欧州の自律性をより重視すべき、異なる観点を持つパートナーとの共同も重要である、などの多様な発言があり、今後の行方に注目したい。

フォーサイト実施者としての日本との協力に対する期待も高まっており、NISTEPではEU-JRCとの共同研究を開始している。日本においては全政策分野を網羅する形での政府によるフォーサイトは行われていないが、NISTEPとして、科学技術予測における日本の長年の蓄積・強みを活かしながら、国際動向を把握し、時代の要請にあった活動を、柔軟性を持って行っていく重要性を認識する機会となった。


注1 フォーサイトには様々な定義があるが、未来に関する情報・インテリジェンスを体系的に収集し、参加型のプロセスにより中長期的なビジョンを構築し、未来に向けて共同で行動するための意志決定に影響を及ぼすことを狙いとした調査研究、研究領域、活動の総体である。日本語では、未来洞察・未来予測などと訳される。

注3 欧州議会、欧州委員会、欧州連合理事会、欧州対外行動庁、オブザーバーとして欧州投資銀行、地域委員会、欧州経済社会委員会、欧州連合安全保障研究所、欧州監査役会が参加している。

注5 カンファレンスの詳細はhttps://espas.eu/conference2022.html

注7 害意を以て故意に広められた、誤った文脈や詐欺的な内容、でっち上げや操作された内容の情報を指す。
https://www.spf.org/iina/articles/nagasako_01.html

注9 経済成長依存から脱却し環境や社会正義等を重視する21世紀の社会経済のあり方・モデル https://doughnuteconomics.org/

注10 人間が地球で持続的に生存していくために超えてはいけない地球環境の境界
https://www.stockholmresilience.org/research/planetary-boundaries.html

注11 収奪・盗賊政治。少数の権力者が国民・国家の資金を利用し、私腹を肥やす政治体制。