STI Hz Vol.8, No.4, Part.8:(ほらいずん)未来科学技術の20年後評価STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00315
  • 公開日: 2022.12.20
  • 著者: 黒木 優太郎、横尾 淑子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
未来科学技術の20年後評価
-科学技術予測調査で取り上げたトピックの実現状況-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 研究官 黒木 優太郎、専門職 横尾 淑子

概 要

実施から20年が経過した第7回科学技術予測調査(2001年)の中で取り上げた科学技術トピック(中長期的に実現が期待されていた研究開発課題)が実際どの程度実現しているかについて評価を行った。全体では約7割のトピックが実現しており、分野別に見ると、情報・通信分野、環境分野、製造分野の実現割合が高く、保健・医療分野の割合が低かった。新型コロナウイルス感染症流行前の調査であるが、感染症及び新しい生活様式に関するトピックが取り上げられていた。感染症関連では、新興・再興感染症に関するトピックは少なく、また全般的に実現していないトピックが多かった。新しい生活様式関連では、デジタル化・自動化・遠隔化のトピックが取り上げられており、実現と評価されたトピックが多かった。

キーワード:科学技術予測,デルファイ,新興・再興感染症,新しい生活様式

1. はじめに

科学技術庁(当時)は、1971年に科学技術発展の中長期展望に関する「科学技術予測調査」注1を開始した。科学技術・学術政策研究所は、5回目の調査(第5回調査と記す。以降同じ)(1992年)から調査を担当し、2019年に第11回調査1)結果を公表した。

社会変化、科学技術動向、政策ニーズなどに対応して、調査回ごとに新しいアプローチを取り入れているが、その中で唯一継続的に実施しているのが「デルファイ調査」2)である(図表1)。「デルファイ調査」とは、専門家アンケートにより科学技術の中長期発展を展望する調査で、質問を繰り返して意見を収れんさせるデルファイ法を用いている。具体的には、向こう30年間に実現が期待される研究開発課題として科学技術トピック(以降、トピック)を数百件設定し、専門家にそれらの重要度や実現時期などを尋ねるアンケートを2回繰り返して再考を促し、確度を高める。

当センターでは、2021年9月~2022年3月、調査実施から20年以上が経過した第5回調査(1992年)3)、第6回調査(1997年)4)、第7回調査(2001年)5)を対象として、当時取り上げたトピックの実現状況評価を実施した。本稿では、第7回調査の評価結果を中心に紹介する。

図表1 科学技術予測調査の歴史図表1 科学技術予測調査の歴史

2. 調査方法

評価対象は、第6~7回調査の全トピック及び第5回調査の未実現トピック(2009年に実施した実現状況評価において「未実現」と評価されたトピック)である。同一あるいは修正して複数回取り上げたトピックを第7回調査トピックで代表させる形で整理し、評価対象トピック1596件を設定した。

実現状況については、評価実施時点で「実現済」、「一部実現」、「未実現」の3段階評価とし、それぞれの理由も尋ねた。一次評価(インターネット検索による情報収集)、二次評価(専門家ネットワーク注2を活用したアンケート)を経て、直近の第11回調査の分野別分科会委員を中心とする専門家パネルが評価を確定した。ただし、第7回調査トピックで代表させたため、第5回調査及び第6回調査については、実現状況が確定できないトピックが一部存在する。なお以降では、「実現済」及び「一部実現」を合わせて「実現」と呼ぶ。

3. 全体概要

各調査回の実現状況

第7回調査の全トピック1065件のうち実現したトピックの割合は72%、2021年までの実現が予測されていたトピック993件(全トピックの約9割)に限定すると実現割合は74%である。

図表2は、調査実施から20年後の各調査回の実現割合である。第1~5回調査までは実現したトピックの割合は6割程度であるが、第6〜7回調査では7割を超えた。2000年代に入り、着実な科学技術進展が見られたと推察される。

図表2 各調査回の実現割合(20年後評価)図表2 各調査回の実現割合(20年後評価)

各分野の実現状況

第7回調査の各分野における実現したトピックの割合を図表3に示す。2021年までの実現が予測されていたトピックのうち実現したトピックの割合が最も高い分野は、情報・通信分野(95%)であり、次いで、環境分野(92%)、製造分野(92%)の実現割合が高い。一方実現割合が低いのは、保健・医療分野(42%)である。

図表3 各分野の実現割合図表3 各分野の実現割合

未実現トピック

第7回調査全トピックのうち「未実現」と評価されたトピックは303件で、その6割に当たるトピックについて「技術的問題」が未実現の理由として挙げられている。分野別に見ると、エレクトロニクス分野及び保健・医療分野では、未実現トピックのうち9割のトピックについて技術的問題が挙げられている(図表4)。該当トピック数は少ないが、「社会的問題」が多く挙げられたのは環境分野であり、次いで製造分野、経営・管理分野、サービス分野でも比較的多く挙げられている。「コスト等問題」については、海洋・地球分野、都市・建築・土木分野、交通分野が、「ニーズ小」については流通分野、経営・管理分野が比較的多い。

図表4 各分野の未実現理由図表4 各分野の未実現理由

4. 新興・再興感染症及び新しい生活様式に関する考察

ここでは、未実現トピック数が多かった保健・医療分野のうち、特に感染症関連トピックについて考察する。また、それに関連し、近年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を受けて注目される、新しい生活様式に関わるトピックについても考察する。

トピック例

まず、感染症及び生活様式に関連する第7回調査トピックを概観する。第7回調査を実施した2001年当時はCOVID-19の流行は起きていないが、感染症や生活様式はいずれも以前からトピックとして取り上げられていた。特に、2002~2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行等を受け、以後、新興・再興感染症に関わるトピック数が増加した。例えば直近の第11回調査(2019年)6)もまたCOVID-19流行前の実施であるが、感染有無・感染性等を検知・判定する超軽量センサー、網羅的感染症サーベイランスシステムによる流行予測、新興感染症のヒトへの影響予測・評価システム、細胞内オルガネラ間移動を標的とした新規感染制御技術、人獣共通感染症病原体等の動物体内からの排除技術、高度な室内健康環境モニタリング、気候変動に起因する感染症等に関する情報システムなどが取り上げられている。

ヒトの感染症に関する第7回調査トピック例を図表5に示す。新興・再興感染症に関するトピックは1件である。全体的に未実現のトピックが多い。

生活様式のうち、特にCOVID-19の流行後に「新しい生活様式」としても着目されたデジタル化・自動化・遠隔化に関するトピック例を図表6に示す。実現したと評価されたトピックが多いが、遠隔医療の普及は未実現とされた。

図表5 感染症関連トピックの例図表5 感染症関連トピックの例

図表6 新しい生活様式関連トピックの例図表6 新しい生活様式関連トピックの例

実現又は未実現の理由

続いて、実現又は未実現の理由について、二次評価(専門家ネットワークを活用したアンケート)における自由記述回答の事例を見る。飽くまでも事例であり、コストやニーズ等、その他の理由も十分あり得ることには留意されたい。

実現の事例

図表7に実現の事例を挙げる。デジタル化、自動化、遠隔化といった新しい生活様式については、政策的取組のほか、COVID-19の流行が実現を促進する要因となったことが伺える。

図表7 実現理由の事例(自由記述回答から抜粋)図表7 実現理由の事例(自由記述回答から抜粋)

未実現の事例

図表8に未実現の事例を挙げる。個々の技術は進展している一方で、治療薬や医療機器としての普及等の社会実装におけるハードルの高さがあるほか、社会的理解や人の移動などの社会的要因が伺える。

図表8 未実現理由の事例(自由記述回答から抜粋)図表8 未実現理由の事例(自由記述回答から抜粋)

5. おわりに

第5~7回科学技術予測調査で取り上げたトピックの実現状況評価を行った。調査実施から20年が経過した第7回調査では、全トピックの9割に当たる993件のトピックが2021年までに実現すると予測されていたが、そのうち7割が実現していると評価された。

第1回調査(1971年)を見ると、COVID-19流行により大きく進展したトピックや直近の第11回調査でも継続して取り上げられたトピックが見られる(図表9)。近年、科学技術や社会の長期展望がますます難しくなっているが、顕在化しつつある、あるいは今後想定される社会の諸課題に対応するとともに、どのように長期的視点を取り込んで不確実な未来に対応するかが今後の検討課題である。

よりよい未来をつくるため様々な未来の方向性や在り方について検討する調査研究活動において、出現する確率は低いが出現した際のインパクトが大きい事象をワイルドカードと呼ぶ。COVID-19流行はその一事例であった。一方、例えば感染症関連では、HIVを根治させる治療法について核酸ワクチンに対する期待が挙げられるなど、実現の兆しとも言える専門家の意見が得られた。こうしたワイルドカードやブレークスルーの可能性など不連続な事象に関する情報がトピック設定やアンケート集計処理の中で失われることのないよう、今後も引き続き動向を注視する必要がある。

図表9 第1回調査トピックの例図表9 第1回調査トピックの例


注1 第1~7回調査までは「技術予測調査」、第8回調査以降は「科学技術予測調査」であるが、本稿では「科学技術予測調査」を総称として用いる。

注2 当センターが運営する、科学技術等の専門家から動向や見解等を収集するための2,000人規模のネットワーク。

参考文献・資料

1) 第11回科学技術予測調査:
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-foresight-and-science-and-technology-trends

2) デルファイ調査検索:https://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch/start/

3) 第2調査研究グループ、「第5回技術予測調査」、NISTREP Report No.25(1992年11月):
https://hdl.handle.net/11035/538

4) 技術予測調査研究チーム、「第6回技術予測調査」、NISTEP Report No.52(1997年6月):
https://hdl.handle.net/11035/613

5) 科学技術動向研究センター、「第7回技術予測調査」、NISTEP Report No.71(2001年7月):
https://hdl.handle.net/11035/596

6) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 デルファイ調査」、調査資料-292(2020年6月):
https://doi.org/10.15108/rm292