STI Hz Vol.8, No.4, Part.7:(ほらいずん)タイ及び中国上海市におけるフォーサイト活動STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00314
  • 公開日: 2022.12.20
  • 著者: 横尾 淑子、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
タイ及び中国上海市におけるフォーサイト活動
-政策立案との関係性に着目して-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 専門職 横尾 淑子、フェロー 浦島 邦子

概 要

当センターでは、手法、多様な関係者の関与、政策立案との関係性に着目し、諸外国・国際機関が実施しているフォーサイトに関するセミナーを3回シリーズで開催した。その中から、政策立案と緊密な関係を持つフォーサイトを長年実施しているタイ・アジア太平洋経済協力(APEC)及び中国上海市の事例を紹介する。

タイでは、新型コロナウイルス感染症収束後の政策立案に向け、シナリオ手法を用いたフォーサイトが実施され、結果は国の政策審議会に報告された。また、APEC技術予測センターでは、参加国間の科学技術イノベーション協力につなげることを目的として、サーキュラーエコノミーをテーマにしたフォーサイトを開始した。

中国上海市では、グローバルイノベーション都市という上海市の目標実現に寄与するキーテクノロジーを特定するため、ミッション指向のフォーサイトを実施した。社会や技術の動向分析と共に多様なデータを収集・分析するプラットフォームを活用して検討を進め、シナリオを作成、ミッションを設定した。

セミナーでの講演を通して、政策的要請の的確な把握とそれに対応した分析の重要性が改めて認識された。

キーワード:フォーサイト,タイ,中国,シナリオ

1. はじめに

1990年代に欧州で本格化したフォーサイト活動は、その後、世界各国や国際機関において多様な展開を見せている。近年では、政策立案の議論を下支えするため、多様な手法の組合せ、多様な関係者の参加、戦略・計画策定との緊密な連携などの取組が見られるようになった。

当センターは、1971年に開始された科学技術予測調査(フォーサイト)を第5回調査(1992年)から引き継ぎ、2019年に第11回調査を公表した。次回の調査に向けて示唆を得るため、手法、多様な関係者の関与、政策立案との関係性に着目し、諸外国・国際機関で実施されているフォーサイトの新しい取組について知見を得るためのオンラインセミナーを開催した。

本稿では、2021年度講演の中から、特にタイ・アジア太平洋経済協力(APEC)及び中国上海市のフォーサイト活動について紹介する。

2. セミナーの対象国・機関の全概要

フォーサイトの歴史、目的、手法、政策的位置付けは国により様々であるが、2021年度は以下の観点から各回2本の講演を設定し、計3回のセミナーを開催した(図表1)。

図表1 2021年度セミナー実施概要図表1 2021年度セミナー実施概要

第1回は、日本や欧州と比較して後発組であるものの、積極的な取組が見られるロシアとエジプトの事例を取り上げた。ロシアの国立研究大学高等経済学院(HSE)は、専門家の国際ネットワークを構築して知見を得つつ高度化を進め、現在では世界最大規模のグループを形成して国家戦略に資する活動を行っている。エジプトの科学研究・技術アカデミー(ASRT)は、国内外の関係機関と協力しつつフォーサイト活動を活発化させ、アフリカ地域のフォーサイトのハブとなることを目指している。

第2回は、政策立案との緊密な関係を持つタイと中国の事例を取り上げた。タイの国家高等教育科学研究イノベーション政策審議会事務局(NXPO)は、同審議会(NXPC)の議論に資する活動を行うと共に、APEC技術予測センター(APEC-CTF)の活動をAPECの政策提案につなげようとしている。中国の上海市科学学研究所(SISS)は、地域の政策立案側の意向を取り入れた活動を行っている。

第3回は、多様な関係者、特に市民参加に積極的に取り組む欧州の事例を取り上げた。欧州では、欧州委員会の研究イノベーション総局(RTD)や共同研究センター(JRC)を始め、いつくかの総局等がフォーサイトを実施している。自ら実施・助成するプロジェクトや公募プロジェクトなど、その位置付けは様々であるが、市民参加は大きなテーマの一つであり、先進的な事例が見られる。

3. タイ及びAPECにおけるフォーサイト活動

本節では、タイ及びAPECにおける最近の取組事例を取り上げる。実施機関は、高等教育科学研究イノベーション省(MHESI)傘下の国家高等教育科学研究イノベーション政策審議会事務局(NXPO)である。NXPOは、タイ政府の出資により1998年に設置されたAPEC技術予測センター(APEC-CTF)の運営にも携わっている。政策提案のパブリックコメント収集をプロセスに取り込むなど、政策立案との距離が非常に近い。

3.1 タイにおけるポストコロナ政策シナリオ

NXPOでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)収束後の政策立案に向け、シナリオ手法を用いたフォーサイトを実施し、2020年11月に結果を公表した。

3.1.1 検討プロセス

NXPOによるポストCOVID-19シナリオの検討プロセスを図表2に示す。最初の工程は、シナリオ作成の基となるトレンド等の把握と整理である。まず、国際機関やシンクタンク等による公表資料から情報を収集すると共に、インタビューや会合を通じて、専門的知見に基づく見解を収集した。こうして得られた情報を基にSTEEPV(Social, Technological, Economic, Environmental, Political, Values)の枠組みを用いてトレンド分析を行うと共に、変化の推進要因、ウィークシグナル、不確定要因の検討を行った。

次にシナリオ作成を行った。タイのCOVID-19流行状況(制御/継続)と経済状況(回復/低迷)を軸として設定し、4本のシナリオを作成した。

最終工程は、戦略の検討と提案である。まず、作成したシナリオに基づき、ポストコロナ社会における中核戦略と行動アジェンダを策定した。続いて、関係者による会合や国民への説明会を開催してパブリックコメントを収集した。最後に、これらの活動で得られた結果を審議会に報告した。

図表2 ポストCOVID-19シナリオの検討プロセス図表2 ポストCOVID-19シナリオの検討プロセス

出典:講演資料
3.1.2 シナリオ概要

図表3にポストCOVID-19シナリオの概要を示す。右上は、感染が抑制され、完全な回復に向けて前進するベストシナリオである。①流行が制御され、人々はニューノーマルの生活に順応していること、②デジタル基盤が普及していること、③順調に経済が回復し、ビジネスのレジリエンスが構築されていること、④通常の教育スタイルに戻っていること、などが描かれた。

一方左下は、感染が続き、経済が低迷するワーストシナリオである。①感染症流行が繰り返されること、②ロックダウンによる経済的負荷が弱者に重くのしかかり、犯罪がまん延すること、③サプライチェーンや輸出が停滞すること、中小企業が撤退すること、④適切な発育のための教育が失われること、などが描かれた。

このシナリオ分析を踏まえて中核戦略が策定された。それは、人間の安全を最優先、GDPを超えたバランスの取れた成長、教育と人的資本の再構築、誰も取り残さない、開かれたレジリエントな社会の構築、の5項目から構成されている。

図表3 ポストCOVID-19シナリオ図表3 ポストCOVID-19シナリオ

注:横軸はCOVID-19流行状況、縦軸は経済状況。             出典:講演資料を基に著者作成
3.2 APECにおけるサーキュラーエコノミーフォーサイト

APEC-CTFは、自己資金によるサーキュラーエコノミー(CE)フォーサイトをAPEC科学技術イノベーション政策パートナーシップ会合(PPSTI)に提案、2021年10月にプロジェクトを開始した。その目的は、①CE発展のための技術ロードマップ作成、②CE技術の世界的需要と市場機会の探索、③科学技術イノベーションのAPEC内協力の方向性探索、である。

このプロジェクトの前提となったのが、2019年からNXPOが実施したタイ国内のCEフォーサイトである。まず、STEEPV分析により推進要因や実現を可能にする要因を特定した。次に、それらのインパクトや不確実性の検討を基にシナリオプランニングを実施、好ましいCEシナリオ(持続するビジネス、持続可能性が第一、グリーン経済・社会、持続する社会)に向かうための検討を行った。最後にバリューチェーンごとに目指す方向性の検討を行った。こうした活動の結果、タイ政府は、バイオ/サーキュラー/グリーン・エコノミー(BCG)モデルを国の重要課題として取り入れた。

3.2.1 APECプロジェクトの検討プロセス

APEC-CTFでは、APECに関わる地域・機関を考慮しながら、創発的なワークショップとその結果を共有するセッションを組み合わせて検討を進めることを計画した。その検討工程を図表4に示す。最初の工程では、一連のワークショップを通じて、CEに関するトレンド、推進要因、挑戦課題、解決策等の広範な検討を行う。これらは、短・中・長期の科学技術イノベーションプログラム重点化の基礎となる。次の工程では、APEC内外の専門家を交えて検討し、解決策や協力に向けた優先領域を結び付けたコンセプトロードマップを作成する。その後、APEC閣僚会議で説明を行い、コメントを得る。最終工程では、修正されたロードマップと科学技術イノベーション協力が公表される。それは、目標、必要なリソース、リーダーシップなど、プログラムやプロジェクトの基盤となる要素を含んでおり、APECあるいは外部の関係者が関与する選択肢を提供するものである。

図表4 APEC-CTFにおけるCEフォーサイトの検討プロセス図表4 APEC-CTFにおけるCEフォーサイトの検討プロセス

出典:APEC WORKSHOP 1 SUMMARYを基に著者作成
3.2.2 APECプロジェクトの進捗

2022年5月、第1回ワークショップが開催された。その目的は、情報の共有、世界的なトレンドと市場機会の明確化、APEC参加国・地域内の科学技術イノベーション協力の促進である。ワークショップは、専門家による講演及びAPEC参加国・地域内の関連機関や専門家によるブレインストーミングから構成された。健康と環境汚染、社会変化・持続的成長・共有財産、気候変動とリスク、スマート製造・消費、食の安全・資源の希少性と安定、グローバル化/ローカル化、萌芽的・変革的技術について、世界的なトレンド、鍵となる課題、解決策に関する議論が行われた。

2022年6月には、第2回ワークショップが開催された。挑戦的課題と機会、実現を可能にする要素、協力メカニズムについて議論することを目的とし、前述の7テーマについてブレイクアウトセッションで議論が行われた。

今後、APEC-CTFはこれらの結果を基にプロジェクト提案を取りまとめる予定である。

4. 中国上海市におけるフォーサイト活動

中国では、国レベルのほか、北京市や上海市など地域レベルでもフォーサイト活動が実施されている。上海市科学学研究所(SISS)は、2001年にフォーサイト活動を開始し、その後5年間隔でフォーサイトを実施してきた。SISSのフォーサイト活動では、その検討プロセスに上海市の政策決定が深く関わってきた。例えば、選定したキーテクノロジーを組み合わせて主要プロジェクトに仕立てて政府に提案し、受け入れられた段階でテクノロジー・ロードマップ作成に着手してきた。

近年上海市は、グローバルなイノベーション都市という2035年の目標の下、環境都市、イノベーション都市、人間中心都市のビジョンを掲げ、それを支える基盤として科学技術イノベーションを位置付けている。この新しい状況に対応して、SISSではビジョン実現に向けた科学技術発展の検討を行うミッション指向型フォーサイトを実施した。このフォーサイトは、俯瞰的な将来展望と体系的分析を基に、中長期戦略・計画等における資源の最適配分につなげることを意図した。将来展望では、多様な参加者による洞察や地域別技術水準評価等、体系的分析では、関連レポートの総合分析、世界の主要都市の科学技術資源評価、国内外の多様なデータの自動収集・分析等を実施した。そしてそれらの展望・分析結果を中長期科学技術発展計画(2021-2035)に展開する。

4.1 検討プロセス

SISSのミッション指向型フォーサイトの検討プロセスを図表5に示す。第1工程では、技術選定の準備として、社会や科学技術に関する動向などを基に洞察を行うと共に、主要都市の論文データ分析、国内外の科学技術レポートの分析、多様なデータからのホットテクノロジー抽出など技術関連情報の分析を行う。第2工程では、こうした情報を基にキーテクノロジーリストを作成する。第3工程では、専門家パネルやデルファイ法によりキーテクノロジーの調査と評価を行う。具体的には、各キーテクノロジーの重要度や特徴に関する調査を行い、TOP20テクノロジーを選定、併せてイノベーションにおける位置付け、先導的な国・機関等についての情報を得る。最終工程では、シナリオを作成し、提言を行う。

データ分析に当たっては、マルチデータ自動把握・分析プラットフォームを構築した。その目的は、政策(政府報告書等)、学術(論文等)、生活(ソーシャルメディア等)、メディア(伝統的メディア)、産業・経済(証券情報、ベンチャーキャピタル情報等)など、多様なデータを自動把握・分析し、ウィークシグナルを捉えることである。ホットトピックの抽出と分析(ランキング、変化追跡、新語抽出等)、地域の競争力評価、先進的研究機関・研究者の探索などが可能である。

図表5 SISSのミッション指向型フォーサイトのプロセス図表5 SISSのミッション指向型フォーサイトのプロセス

出典:講演資料を基に著者作成
4.2 上海未来都市の洞察

世界の主要都市の将来展望の情報を収集、科学技術や環境変化のトレンド情報と合わせて多様な関係者による議論を行い、未来都市に関する16の洞察を得た(図表6)。それらは、科学技術の進歩、マクロ環境変化、都市の開発トレンドの3区分から構成されている。例えば、「科学技術の進歩」の中には、「データは王様」、「健康長寿」、「脳の解明」、「材料革命」、「機械のパートナー」が挙げられている。

あわせて、主要国・都市の技術水準評価を実施した。先端技術の保有状況や技術の優位性などの分析により、上海市は全般にわたり技術発展しトップクラスにあり、世界を先導するには至っていないが、イノベーションクラスター形成の潜在能力は高い、と評価された。

図表6 16の未来都市洞察図表6 16の未来都市洞察

出典:講演資料
4.3 キーテクノロジーの選定と評価

国際的な技術レポートの分析、グローバル都市における高被引用論文分析、構築したプラットフォームを活用したホットトピックや機関間・技術間の関係性分析等を踏まえ、4領域(情報・インテリジェンス領域108件、バイオ創薬領域81件、先進製造・材料領域83件、エネルギー・環境保全・交通領域112件)+X領域(破壊的/創造的/先端的/横断的技術42件)のキーテクノロジー426件を特定した。続いて、専門家パネルやデルファイ調査によりキーテクノロジーの評価を行い、Top20を特定した。また深掘り調査として、イノベーションにおける位置付けなど技術の特徴、主要な研究機関・研究者等の詳細情報を整理した。

4.4 シナリオの作成

426のキーテクノロジーと16の未来都市洞察とを組み合わせて、上海市の2035年シナリオを作成した。まず、4つのモジュール(基礎研究、地域イノベーション、スマートシティ、市民の幸福感向上)を設定し、関与する17研究分野、54応用分野、341技術を特定した。次いで、各モジュール3シーンのシナリオを作成した(図表7)。続いて、シナリオを基に40のミッションを設定した。これらのミッションを取り込む形で、4つの科学技術開発目標(健康保護、スマートライフ、インテリジェント交通、エコシティ)を設定した。

図表7 シナリオの作成図表7 シナリオの作成

出典:講演資料を基に著者作成

5. おわりに

本稿では、タイ及びAPEC、並びに中国上海市における最近のフォーサイト活動の概要を紹介した。いずれも政策立案との強い結び付きの下でプロジェクトが実施されている(図表8)。

図表8 フォーサイト活動と政策立案との関係図表8 フォーサイト活動と政策立案との関係

タイのNXPOは、科学技術イノベーション政策の議論を行う審査会の事務局であり、あらかじめ政策形成過程に組み込まれている組織と言える。そのため、審議会への提案は無論のこと、パブリックコメント収集など政策立案に向けて重要な機能も果たしている。中国上海市のSISSは、一定の結果を得た段階で政策立案者に提案を行い、採択後に深掘り調査を実施するプロセスをとっており、途中段階での政策立案側とのコミュニケーションが有効に機能している。また、市政府の掲げるビジョン実現に向けた検討など、政策の意向に沿ったプロジェクトを実施している。

組織の立場は様々であるが、政策立案に資するフォーサイト実施に向けて、政策関係者との情報・意見交換をプロセスに織り込む努力を続けること、政策的要請を的確に把握しそれに対応した分析を進めることの重要性が改めて認識された。

参考文献・資料

1) 科学技術予測・政策基盤調査研究センター、「世界のフォーサイトの動向-コロナ禍の影響と今後の活動―」、調査資料-320(2022年10月):https://doi.org/10.15108/rm320