STI Hz Vol.8, No.4, Part.4:(特別インタビュー)富士通株式会社 執行役員 EVP CSO 梶原 ゆみ子氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00311
  • 公開日: 2022.12.20
  • 著者: 須藤 憲司、髙山 大、小倉 康弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
富士通株式会社 執行役員 EVP CSO 梶原 ゆみ子 氏インタビュー
-イノベーションを駆動するダイバーシティ&インクルージョン-

聞き手:総務研究官 須藤 憲司
第2研究グループ 主任研究官 髙山 大
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 小倉 康弘

近年、研究開発によるイノベーションの創出においては、研究開発からその成果を社会に実装するまでの一連の活動における多様なステークホルダーの動員の必要性や、背景としての持続可能な社会の実現という視点の重要性が増している。今回の特別インタビューでは、内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の有識者議員である富士通株式会社(以下、富士通)執行役員の梶原ゆみ子氏に、御自身のこれまでの経験を踏まえ、ダイバーシティ・インクルージョンの観点から、科学技術イノベーション政策への期待やイノベーションに関するお考えを伺った。

富士通株式会社 執行役員 EVP CSO (兼)サステナビリティ推進本部長梶原 ゆみ子氏(富士通株式会社提供)略歴国際基督教大学教養学部語学科卒業、富士通株式会社入社。以来、モバイルフォン事業本部知財戦略推進部長、同・新市場開発戦略統括部長、法務本部長、常務理事 法務・コンプライアンス・知的財産本部副本部長、理事 人事本部副本部長(人材開発担当)などを歴任し、2022年4月より現職。この間、ダイバーシティ推進室長(2018年より)やサステナビリティ推進本部長(2020年より)を兼務する。また、(一社)産業競争力懇談会実行委員(2016年より)、総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)(2018年より)も務める。

富士通株式会社 執行役員 EVP CSO (兼)
サステナビリティ推進本部長
梶原 ゆみ子氏(富士通株式会社提供)

略歴
国際基督教大学教養学部語学科卒業、富士通株式会社入社。以来、モバイルフォン事業本部知財戦略推進部長、同・新市場開発戦略統括部長、法務本部長、常務理事 法務・コンプライアンス・知的財産本部副本部長、理事 人事本部副本部長(人材開発担当)などを歴任し、2022年4月より現職。この間、ダイバーシティ推進室長(2018年より)やサステナビリティ推進本部長(2020年より)を兼務する。
また、(一社)産業競争力懇談会実行委員(2016年より)、総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)(2018年より)も務める。

- サステナビリティ担当役員を置き、企業としてこの課題に取り組む意義を改めてお聞かせください。

富士通ではCSO(Chief Sustainability Officer)を昨年4月に設置しました。これは第6期科学技術・イノベーション基本計画の策定時期と重なります。また、COVID-19の世界的な感染拡大や気候変動などがあらゆる国へ影響を及ぼす課題となりました。医療物資・ワクチンの国家間獲得競争が激化し、社会の分断・格差が強調されるなど、国際社会において協調と競争がせめぎあう中、企業として望ましい在り方とは何かという課題も突き付けられました。

この状況下、シェアホルダー資本主義からステークホルダー資本主義への動きが世界的に加速しました。弊社でも地球市民の一員としての新たな価値創造に向けた経営の変革、SDGs(Sustainable Development Goals)の達成及びその先の持続可能な世界に貢献するサステナビリティ経営、社会的責任を意識したレスポンシブルビジネスを推進しています。企業の持続的な価値提供・創造は持続可能な社会を前提としており、あらゆるステークホルダーとの信頼関係の維持、中・長期的視点での事業戦略の重要性が増しています。

CSOとして、サステナビリティを成長の源泉と捉えて事業に取り込み、サービスの競争力強化、価値の向上、お客様の評価の向上、社員のエンゲージメント向上という好循環を生む変革の後押しをしています。弊社とステークホルダーとの間で理解と共感を培うため、社員と向き合い、お客様と対話を行い、サステナビリティと事業の接点を強化する役割を担っています。

- 企業としての新たな価値創造に向けた意識が理解できました。その一方で科学技術イノベーションがサステナビリティにもたらす貢献について御意見をお聞かせください。

SDGsを達成するためには、キーとなる新しい技術・イノベーションの出現が必須と認識しています。弊社ではSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)に関する動向把握のため、本年2月にForrester Consultingに委託し、世界9か国の経営層・意思決定者を対象に調査を行いました。その結果、デジタル・データがSX遂行に不可欠であり、SXの成熟度はDX(デジタル・トランスフォーメーション)の成熟度と相関が高いという結果を得ました注1。DX・SXがイノベーションのベースラインにあり、相互に作用しています。他方、日本でDX・SXの普及が進展しない理由に社会の受容性の課題があり、科学技術の用い方が問われる面もあります。価値観や目標を共有するパートナーシップに基づく科学技術イノベーションの推進が必要です。

なお、イノベーションの創出には、失敗を認めてその経験から次に()かす要素を抽出することが必要です。研究の場では失敗を糧にして次に進めることが通常ですが、日本全体では、加点主義より減点主義が色濃いのではないでしょうか。イノベーションが起こらない理由の一端に、失敗を活かすことができない状況もあるように感じます。

- 御自身の経験から、ダイバーシティ・インクルージョンが事業・企業経営に好影響をもたらした例についてお聞かせください。

3つの事例・観点を述べたいと思います。

電子カルテの医療現場での使用者には女性が多く、開発者とお客様との対話担当を女性が担うことで、操作において男性では気づきにくい視点からシステムの改善につながったとの評価を得ました。

また、川崎市立(ろう)学校の子供たちとのワークショップを通して、通学が楽しくなる「エキマトペ」という音の視覚化装置を開発し、実証実験を行いました。多様な人を動員し、業務改善や生活を楽しくする取組を行っています。

企業経営の面では、現時点で執行役員の約3割を社外から招へいしています。黄金の3割という言葉が示す通り、それによって、実際に経営の変革が加速していることを感じています。当たり前の企業文化を疑って、変革を生み、加速させるためには、外部の血も重要だと実感しています。

- これまでの経歴の中でも、ダイバーシティ・インクルージョンの認識に対する大きな社会的変化があったと推察します。印象的な経験はありますか。

海外の企業との仕事に従事していたときには男女差を感じることは少なかったのですが、一方で、国内のお客様にプレゼンを行った後に男性幹部からの説明を要望されたことや、女性の育成を難しく感じる男性社員の存在等から、日本の根強い男女の役割分担意識を実感しました。

ダイバーシティの普及には多くの人のマインドセットの変化・価値観の更新を伴い、時間を要しますが、その先にイノベーションの果実が生まれる可能性が高くなると考えます。異質なコミュニティだからこそ、対話により互いを理解し、新たな考えの受容・気づきを得ることでイノベーションの土台ができるのではないでしょうか。この際、インクルージョンという質的な向上が必要です。弊社では、今年度から公平・公正の観点を明示的に含めるため、ダイバーシティ・インクルージョンに「エクイティ注2」の要素を加えました。個性を活かし、誰もが生きやすい社会というSDGsの実現のためにも重要な要素と考えます。

社内で女性を対象に研修やワークショップの募集を行うと、自ら手を挙げる社員もおり、事後アンケートでも明らかに意識や考え方に変化が出ています。ただし、共感を持てるようなロールモデルの存在・働き方等、女性社員への情報提供についてはまだ工夫の必要を感じます。また欧米のグループ企業では更に取組を進めていて、海外と日本とでなかなか差が縮まらない面もあります。女性に限らず、男性も含めた働きやすさ・育児休暇に関する多様な認識を把握し、魅力的な働き方を目指していく中で、男女の役割分担の旧来型認識を転換できれば良いと考えます。

- 国においても女性研究者の増加の重要性を指摘してきていますが、女性研究者に関してはどのような所感をお持ちでしょうか。

研究者にもライフイベントの際に男女の役割分担の弊害があるかも知れません。長時間労働が前提となるような研究であっても、働き方の変化が必要だと感じます。男性はライフイベントの影響が少なく研究生活を維持可能な一方、女性は研究状況の変化が生じる傾向が高いと承知しています。育児休暇の取得等における男女間の差異を取り払い、研究助成獲得上の男女差を解消する必要があります。企業でも同様で、ライフイベントが原因で手を挙げられない場合には、その後にもチャンスがあることが必要だと考え、実践しています。

研究者に限らず、男性は実際のところ育児休暇を取りづらいのではないでしょうか。キャリア上の不利が生じる状況を回避するためには、育児という貴重な経験がその後のキャリアにも活かせるという考え方が広がると良いと思います。また、女性自身の役割分担の認識が根強い面もあり、周囲のサポートによる克服や多様な価値観の存在の認識を通して、性別の役割分担意識を変えていく必要があります。

梶原ゆみ子氏(NISTEP撮影)

梶原ゆみ子氏(NISTEP撮影)

- 多様性・多面的な視点の重要性は、異分野の連携の重要性につながると感じています。企業とアカデミアとの関係について、今後どういった点に期待されますか。また課題があるとすると、何が障壁であり、どのような解決法があるとお考えでしょうか。

企業の視点からは、連携の入り口でのビジョン志向・出口志向の共有が必要と考えています。複雑化した社会課題に対し、産学それぞれの専門領域の前提を超えて協調して「知」を持ち寄り、「総合知」とすることがイノベーションの活性化には重要でしょう。単なる技術レベルの協働ではなく、ルール、プラットフォーム、仕組みづくりにおいても、産学連携がオープンなハブとしての役割を果たせるのではないでしょうか。

障壁としては、人材の流動性の乏しさや互いの組織の独立性から、相互理解が十分に進んでいない点があります。ダイバーシティと同様、互いをリスペクトし、気楽に腹を割って本音で建設的な対話が可能な柔軟な環境が整えば良いと思います。産学それぞれが、相互の悩み・方向性をより気軽に相談できる関係性が持てると良いですね。その際の仲介役としてURA(University Research Administrator)の役割の強化ももっと進むと良いかも知れません。今の日本のリニアな研究キャリアの立て付けでは難しいからなのだと思いますが、学から産への移動は(まれ)です。中・長期的視点から人材の流動性を確保する取組も重要でしょう。

アカデミア側が成果の論文化に価値を置くと、産学連携のネックになることがあります。今後の連携促進においては、論文のみでない評価の視点が必要で、アカデミア側の評価システムの変革を注視しています。硬直的な業務・処遇等も見直すべきかも知れません。データの扱いに関しても、オープン志向のアカデミアとクローズ志向の企業との相違があります。

- 産学連携に限らず、異分野との融合や、そのためのプラットフォームの形成についてどのようにお考えですか。人文社会科学との評価の統合というトピックもありますが、実際にどのように行っていけば良いでしょうか。

重要なのは、「なぜ連携を行うのか」という視点、つまり連携する双方が共有するテーマ・ビジョンではないでしょうか。「どうやって」の議論の前に、テーマ設定やビジョンで「何をやるのか」を示すことが大事です。「どうありたいか、なぜそうなのか」を示すテーマがあれば、それに向かってプレイヤーが集結し、その中に多様性があるという状況になります。研究の成果を社会実装する際に、例えば、人の気持ちや感情・社会での受容性が課題となれば、自然科学系だけではなく人文社会系領域の関与も必要となります。

閉じた研究室の中だけでなく、外に出て自分の関心領域を(ひろ)げて、議論の機会を持つことが最初の一歩ではないかと思います。そうした機会が日本では少なかったのではないでしょうか。NISTEP(科学技術・学術政策研究所)による研究領域の特徴分類注3では、日本はコンチネント型(研究領域があるところで固定している状態)が多い一方、欧米はより新しい領域に踏み出している形(スモールアイランド型)になっています。個別の研究領域から出て色々な人たちと接し、自らの知を対話により拡げる中で、新しい領域の必要を認識し、多様性にもつながります。

- おっしゃる通りで、アカデミックな研究に限らず、多様な人材が関わるからこそ新しい発見があると思います。人事制度でも、上司からの指示で人をあてがうやり方から、ポスティングなど各人の意欲を活かす人中心の考え方による人事制度へ変更されましたが、効果はいかがですか。

今の人事制度では、年功序列を排し、キャリアオーナーシップを基本的な考え方としています。自分のキャリアは自分で考え、培おうということです。研修も、自分が必要と思うものを選択できるようにメニューをそろえ、各自が望むタイミングで受けられるようにしました。逆に言えば、社員には自立性・自己責任が必要となってきています。経営において大きく変わったのは、企業がどうあるべきかの議論の際に、財務指標のみでなく、非財務指標も追いかけていることです。弊社では非財務指標として、①社員エンゲージメントに関する指標、②お客様NPS(Net Promoter Score)注4、③DX指標を掲げています。財務指標と非財務指標とを両輪で評価する経営を行うことで、長期的に安定して社会に貢献できる良い企業になるということです。社員エンゲージメントを分析すると、ポスティングを使って異動した人のエンゲージメント、特にやりがいや機会の均衡の項目が大きく向上していることが確認できます。制度変更の当初は主体的に考えて動くことに戸惑いを感じる人もいましたが、自らのキャリアを自分で選ぶことを奨励し、上司との1 on 1ミーティングで価値観や働き方について会話をすることも定着してきており、変化が出てきていると感じています。

- CSTIの議員として、研究力の相対的低下等が指摘される状況下、提言したいこと、また、NISTEPに期待することがありましたらお聞かせください。

研究力の問題は、研究者あるいは大学だけの問題ではないので、社会全体で状況認識を深める必要があります。先ほど述べたように、アカデミアと産業界がそれぞれ単独で取り組むのではなく、互いが協力し合う関係性の構築が必要です。魅力的な職業として、若い人が研究者を目指したくなるような政策を打ち出し、それを若い人に向けたメッセージとして出していければ良いと思います。課題ばかりを強調することで、研究が余り魅力的に見えないところがあるのが残念ですので、研究者を目指す人を意識して、ポジティブな見え方・見せ方にしていくことも必要だと思います。実際に若い研究者と話をすると、すごく優秀で、気概があって、現在の世界や社会の状況について、自分たちが変えていかなければ、と捉えている人たちが多くいらっしゃいます。そういう人たちをエンカレッジすることができると良いなと思います。

NISTEPについては、CSTI議員になるまでは認識していませんでしたが、議員になって以降、毎年我が国の科学技術の現状が政策につながるようにデータ・エビデンスを見せていただいています。専門的な見地からデータを分析していただくことは当然必要ですが、DXではそのデータをどう使うかが重要ですので、変革すべき部分についてNISTEPがドライブをかけてくれることを期待したいです。

またNISTEPの報告をCSTIの会合などで伺う際、ごく短時間の状況説明で終わってしまう印象があります。そこから何が見えるのか、具体的な仮説・提案を探索・提示していくインテリジェンス機能を発揮していただけると更に良いと思っています。

NISTEP自身としても多様性を確保しながら、他機関との連携や、「総合知」的なアプローチをしていただいて、従来とは違った視点からの分析・提案があると良いと思います。一例として、先ほどアカデミアの論文一辺倒の話をしましたが、論文以外の何を評価指標とするとどう見えるのかを示してもらえることにも期待しています。

(2022年9月26日オンラインインタビュー)

オンラインインタビューの様子
オンラインインタビューの様子 左:梶原 ゆみ子氏、(右段上から)NISTEP須藤、髙山、小倉(NISTEP撮影)オンラインインタビューの様子 左:梶原 ゆみ子氏、(右段上から)NISTEP須藤、髙山、小倉(NISTEP撮影)
オンラインインタビューの様子 左:梶原 ゆみ子氏、(右段上から)NISTEP須藤、髙山、小倉(NISTEP撮影)
オンラインインタビューの様子 左:梶原 ゆみ子氏、(右段上から)NISTEP須藤、髙山、小倉(NISTEP撮影)

左:梶原 ゆみ子氏、(右段上から)NISTEP須藤、髙山、小倉(NISTEP撮影)


注1 出典:2022年2月 富士通がForrester Consultingに委託して実施した調査。

注2 あらゆる人が異なる境遇にあり、状況に応じ多様なリソースや機会が必要になるということを認識し、対応すること(出典:「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン:富士通」, https://www.fujitsu.com/jp/about/csr/diversity)。

注3 出典:科学技術・学術政策研究所(2020). サイエンスマップ2018 -論文データベース分析(2013-2018年)による注目される研究領域の動向調査-, 科学技術・学術政策研究所 NISTEP REPORT No. 187, https://doi.org/10.15108/nr187

注4 企業やブランドに対して顧客が持つ愛着や信頼の度合いを数値化したもの
(出典:「非財務指標:富士通」, https://www.fujitsu.com/jp/about/csr/indicator/#anc-02)。