STI Hz Vol.8, No.3, Part.3:(特別インタビュー)東京大学総長 藤井輝夫氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00301
  • 公開日: 2022.09.26
  • 著者: 佐伯 浩治、林 和弘、北島 謙生、髙山 勇人
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東京大学総長 藤井 輝夫 氏インタビュー
-対話を通じた多様性の包摂と新しい大学運営ビジョン-

聞き手:所長 佐伯 浩治
データ解析政策研究室長 林 和弘
第2研究グループ 研究員 北島 謙生
企画課 課長補佐 髙山 勇人

2021年4月に東京大学総長に着任した藤井輝夫氏。総長就任後に策定された基本方針UTokyo Compass注1では、対話を重視する方針のもと、大学の経営力を基盤とした、知をきわめる・人をはぐくむ・場をつくる、の3つの視点を持つ新しい大学モデルを掲げている。今回、御自身の活動を振り返りつつ、東京大学の総長あるいは総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)議員の立場から、若手人材の支援やグローバルな視点に基づく大学の在り方、研究デジタルトランスフォーメーション(DX)等について、幅広く科学技術・イノベーション政策に関する意見を伺った。

東京大学総長 藤井 輝夫氏(東京大学提供)略歴1988年東京大学工学部卒業、1993年同大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)。同生産技術研究所や理化学研究所での勤務後、東京大学生産技術研究所教授、同生産技術研究所長、同大学執行役・副学長、同理事・副学長を経て、2021年4月より東京大学総長。2021年3月より総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)。専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学。

東京大学総長 藤井 輝夫氏(東京大学提供)

略歴
1988年東京大学工学部卒業、1993年同大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)。同生産技術研究所や理化学研究所での勤務後、東京大学生産技術研究所教授、同生産技術研究所長、同大学執行役・副学長、同理事・副学長を経て、2021年4月より東京大学総長。2021年3月より総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)。専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学。

- 最初に、御自身の研究や、今の東京大学(以下、東大)の若手人材に関してお伺いします。今の学生は、昔に比べるとITを使ってはるかに多くのデータや情報を得ており、グローバルな問題意識が強いように思えます。御自身の若い頃を振り返りつつ、今の学生に対する印象をお聞かせください。

私の若い頃と今とでは、大きく二つの面、情報へのアクセシビリティと視野の広さが違うと思います。私たちの頃は、例えば、海外の情報は一生懸命取りに行かないと得られませんでした。今はネットを見れば、海外の大学で何をしているかすぐに分かります。今の学生たちは視野が非常に広く、グローバルな問題に対する意識も高いです。各自の興味に従って自由にいろいろな情報を収集し発信できます。一方、大学として組織的にどう情報発信し、効果的にアクセスしてもらうかという課題は、昔と今とでそれほど大きく変わっていません。個人の積極的な情報収集活動と、組織としての情報発信活動のギャップが広がらないように、若い人たちの声を聞きながら大学運営を進めることが重要だと思います。

- 学生時代の初めは相当多様な活動をなされ、その後に研究に入られていると伺いました。元々、「海」という軸があるようですが、研究者になろうと決めたきっかけは、いつ頃でしょうか。

大学入学前からずっと研究をしてみたいと考えており、特に海の中のことに興味があったため、東京大学を目指しました。学生当時にお世話になった東京大学生産技術研究所(以下、生研)の浦環先生(現名誉教授)の研究室では、NOAA(米国海洋大気庁)のダイビングマニュアルを読むというゼミが行われていました。水深100m以上の場所も調査できる飽和潜水について学んだのもその頃です。ただ、それ以外の分野にも興味はあったので、最終的に研究者になろうと決めたのは大学院受験のタイミングくらいですね。船舶工学の分野に進学し、浦先生の研究室配属となりました。当時取り組んでいた音楽活動もそうですが、自分で何かを行い、それが発表の場で評価され、「これは自分の仕事です」と言えるのはすばらしいことだなと感じていました。研究は、大学院生でも論文を書けば自分が第一著者となれますし、「これは私の研究だ」と言えますよね。学生の指導をするときは、学生自身が「これは私の研究です」と言えるように配慮してきました。

- 海中ロボットの研究を進める中で、壁にぶつかったときに、情報系の研究を取り入れる考えに至り、そこで発展があったと伺いましたが、いろいろな分野の知識を結合させて壁を突破することを自ら経験されたということでしょうか。

それが科学者・研究者としての面白さや醍醐味(だいごみ)とも思っています。異分野においては最初は門外漢ですが、自分なりに参入した分野に貢献できることがあります。私の場合はエンジニアリングが専門ですが、具体的な問題を解決するときにはいろいろな要素を取り入れる必要があります。海中ロボットを例に挙げますと、ロボットの自動制御を行うための運動モデルを作るには、多大なコストをかける必要がありました。例えば、水槽を1週間から2週間借り切って模型試験をするのですが、ものすごくお金がかかります。さらに、少しでもロボットの仕様を変えれば、試験は一からやり直しになり、追加で経費が発生します。そこで、ロボット自身が賢くなり、自分で泳げるようになる方法を考えようと研究の手法を切り替え、ニューラルネットワーク、今でいうAI(人工知能)の分野に入っていきました。当時、こうした研究をする人は余りいなかったので、自分なりの貢献ができたように思います。

- 海中ロボットの研究を始めたのは1990年代かと思いますが、その後の東大や外部の研究機関での経験を踏まえて、東大の現状に対する認識をお伺いできればと思います。

当時の東大では、それぞれの学部学科で個別に研究が行われている状況でした。理化学研究所で新しくマイクロ流体力学の研究を始め、その後、1999年に生研に戻ってきましたが、その頃から徐々に国のプロジェクトとして各研究分野に横串を通すような、分野融合型の活動が行われるようになりました。

本学でも五神前総長の時代に、連携研究機構という学内の複数の部局が連携し、分野横断的研究を行う枠組みができました。その結果、他の研究科と連携して行う研究の提案が、学内のいろいろな研究科から自然と出てくるようになりました。私も総長就任以来、それぞれの分野で研究を極めつつ、人類共通の地球規模課題には大学全体で取り組もうとお話しています。最も典型的なのは、博士課程学生を対象としたSPRING GX(グリーントランスフォーメーション(GX)を先導する高度人材育成プログラム)です。元々GXというと理工系の研究分野というイメージがあるかもしれませんが、このプログラムは分野を問わず、全ての研究科から参加できるもので、実際にほぼ全ての研究科から学生が参加しています。

- GXを実現していくためには、技術だけでなく、マインドセットも変えて社会実装していく必要がありますね。

GXなどの目標を達成するための手段として技術は重要です。一方で、私たちが対応しなければならない大きな課題の多くは、社会全体を巻き込む性質のものです。このような課題解決のためには、社会全体のシステムを変えることにより、人々の行動変容を促していくことが重要です。UTokyo Compassでは、多様な人々がそれぞれの立場で問いを立て、その問いを共有しながら一緒に考えようと提唱していて、これを「対話」と呼んでいます。個々の専門性は深く追究しつつ、大学全体としてどのように人類全体に貢献していくのか、対話を通じて考えることが大事だと考えています。

- 対話に関しては、コロナ禍という非常に難しい状況で、出会いの場、プラットフォームをどう作っていくかを模索されてきたと思いますが、その現状と課題についてお伺いできますか。

残念ながら対面での対話は難しかったのですが、対面活動が制限された結果、最近はオンラインツールを自然に使える状態になってきています。UTokyo Compassを作る過程では、“総長対話”と称する学内構成員との計18回の意見交換会や、経営協議会等を通じた学外の方々との意見交換会をオンラインで行いました。その後もテーマを決めて、学内外の幅広いコミュニティと対話を続けています。今後は、直接顔を合わせて対話できればと思いますが、コロナ禍の期間でも可能な範囲で何とか活動が展開できたことは良かったと思います。

また、大学の中にはすばらしい先生方がいて、良い活動をたくさん行っているにも関わらず、それらを社会にうまく伝えられていないという課題もあります。社会に存在する組織体として、大学が学外に積極的に関与する機能は重要ですので、「コミュニケーション機能強化」と称して、情報発信力の強化にも取り組み始めています。

- 異分野との出会いの場が必要な一方で、自分の好奇心に従って突き詰めていく志向性と、視野を広くする志向性が、合致しないこともあるのではないかという気がしますが、いかがでしょうか。

私は必ずしもそうではなく、自分の興味があるところに入り込み、突き詰めていくことによって、その先にものすごく広い視野を持つようになると思っています。ですから、ひたすらものごとを極めるような方も、コロナのような人類共通の課題について何かお考えがあるはずです。大学も社会の中の存在として、貢献することが求められていますから、そうした知を結集することで、アカデミアとしてできることを考えるべきだと思います。異なる分野でも、共通の問いや課題に向き合ったときに、点と点が結ばれると、新たな可能性が広がることは往々にしてあることですね。Connecting the Dotsの発想のように、多様な人々がキャンパスでの活動に参加し、新しいことが生まれる、UTokyo Compassを公表した昨年から、そのような場を構築できるか挑戦しているところです。

- 船に例えますと、小さなクルーザーでしたら比較的ぱっと進路を変えられますが、巨大なタンカーでしたら難しいように思います。船が進むアプローチとしては、タンカーの中にあるいろいろな小さな塊が各々広がっていくイメージなのか、それとも船長がこっちだと引っ張るイメージでしょうか。

船長が引っ張るやり方は難しいでしょうね。大学を大きなタンカーに例えるなら、乗組員である大学の構成員はいろいろな方がいて、それぞれ好きな方向を向いています。個々の在り方としてはそれで良いのですが、タンカーとしては同じ方向に進もう、つまり、大学全体としてはUTokyo Compassで示した方向に進んでいきましょう、というのが本学の目指す方針です。音楽に例えるならば、ポリフォニー、すなわち多声の協奏です。それぞれの奏者は異なるメロディーを奏でているけれど、全体としては調和がとれている状態が良いのだと思っています。皆で同じメロディーを歌ってしまうと、深く豊かな音は生まれてこないでしょう。

- 若い方が視野を広げることによって、今後スタートアップなどの新しい挑戦を含む選択肢が増えていくように思います。一方で、スタートアップの成功率は必ずしも高くないので、東京大学でどのように具体的に支援していくのかというお考えがあれば、是非教えていただきたいと思います。

在学中に、いろいろな形でスタートアップに関する現場経験が積める機会を作っていきたいと考えています。その一つが、全学体験ゼミナールのディープテックアントレプレナー養成講座です。学部1・2年生が1学期かけて作ったビジネスプランのプレゼンテーションを聴く機会がありましたが、どれも非常にすばらしいものでした。プレゼンの場には企業の方々も来られていて、いろいろな質問やアドバイスをしてくださいます。こうした経験を通じて学びを深め、可能であれば在学中に起業もしていく。そうした機会につながるように、学生を後押ししたいと考えています。進学や就職といった日本の仕組みには時間的な多様性が少なく、これを変えたいという思いがあります。10年前、私自身が総長補佐をやっていたときに、FLY Program(初年次長期自主活動プログラム)を立ち上げました。このプログラムでは、学生が1年間特別休学して、自ら立てた計画に沿って国内外で活動しますが、その活動期間中も大学も様々なサポートをする、というプログラムです。1年間という比較的長期に渡り、海外も含めた実社会での経験を積む機会を経て、学生自身が改めて何を学びたいかを考えることにもつながり、大学における学びの在り方がより主体的なものとなることを期待するものです。

- 視点を変えて、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の議員としてのお話を伺いたいと思います。総長として見る日本の姿と、議員として見る日本の姿の間では、何か違いはありましたでしょうか。

もともと日本の科学技術全体に対して抱いていたイメージはありましたし、それはCSTIに加わってからもそれほど大きくは変わっていません。ただ、CSTIの場合は、政策に近い場所での議論ですので、大学としてあるべき姿は何か、という議論とは少し違うわけです。私がCSTIの場に加わることによって、これらの違いを、私の視点から申し上げていくことになります。例えば、アカデミアの持つ長期的な視点や、グローバルな視点などが挙げられます。人類社会全体をよりよい方向に向けていく上で、日本がどう貢献していけるかを考えていければと思っています。

若い人たちの中には、グローバルな視野を持ち、社会のために何かしたいという人がたくさんいます。そうした若い人たちをどう支援するか、スタートアップ支援も含めて、そうした活力の源泉がある場所が大学です。地域との関係性を考えても、地域を元気にしていく上でも若い人たちの力が大きいですから、大学は地域振興に資するポテンシャルがあります。それは政府の議論とも符合する話で、地域の課題や特性に合わせたユニークな活動に関しては、大学の活用の在り方を議論することで国全体にも活力が出てくるものと考えています。

- 現在、特に高いポテンシャルを有する大学に注目し、日本の社会全体に裨益(ひえき)するような効果を目指して重点的な支援を行う大学ファンドが注目されています。このようなトップの大学に対する集中投資と合わせ、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学の機能強化が重要とも議論されていますので、それらを踏まえたお考えを紹介いただければと思います。

この件については、二つ大事なポイントがあると思っています。一つは、正におっしゃったように、国際卓越研究大学にせよ、地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージにせよ、日本全体の研究力を高めるための施策として取り組んでいるわけです。それぞれ個別の施策ではなく、総合して日本全体をどう底上げするかを考える必要があります。国際卓越研究大学となる大学には当然、地域の大学や研究所等との連携も含めて、人材交流、施設や機器の提供など、ある種の役割分担を進めていくことが求められると思います。日本の大学・研究機関には共同利用・共同研究の仕組みがあり、お互いにコミュニティでつながっているので、全体感を持って活動を進めることが重要だと思います。

もう一つは、いわゆる大学の機能拡張部分です。国際卓越研究大学は大学のファイナンスの在り方を変える契機ととらえるべきです。従来の補助金などで進めてきたプロジェクトは、数年の期間終了後、大学の自助努力により推進することが求められています。その一方で、財源の在り方に一定の制約があり、また、大学そのものの体力が落ちてしまっている状況で、プロジェクトを自走させる余裕を持つことは容易ではありません。大学ファンドは基本的に運用益で進めるわけですし、大学自体も独自の基金を作ることが求められます。ファンドによる支援を毎年使い切って終わりということではなくて、大学独自の基金造成や知の価値化を通じて大学自身が長期的にしっかりした資金を得て、その資金によって戦略的かつ機動的に様々な事業を進めていくという形に変化させるべきです。UTokyo Compassでは、最初に経営力の確立を掲げました。大学の自律的な活動を可能にするために、継続的に自由裁量が利く資金を得る手立てを持つことは極めて重要です。そうした資金調達手段の確立は、アカデミアの役割を果たす上でも重要ですし、国としてのレジリエンスにもつながっていくものです。こうした大学の在り方をUTokyo Compassでは「新しい大学モデル」と呼んでいて、東京大学はその構築を目指して取り組んでいます。

- 私ども科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)では新しい活動として研究DXを進めており、データ解析政策研究室を中心に、オープンアクセスやオープンサイエンス、研究データ基盤整備などに取り組んでおります。こうした研究DXに対するお考えをお聞かせください。

大学の研究力強化に関する議論の中で、研究時間の確保についても触れられていますが、評価疲れや申請疲れから、研究者が研究時間を確保できていない現状があります。この問題解決に、書誌情報に基づくパフォーマンスデータの活用が検討されています。従来は、研究者や研究機関の事務担当者が評価や申請のたびにデータを収集し、フォーマットを整えてパフォーマンスのデータを提出していました。研究DXによって自動的にデータが収集・集約される仕組みを作り、審査者や評価者が、蓄積されたデータに直接アクセスして評価できるようにすれば、研究者の負担を大幅に軽減することができます。さらに、必要に応じて、申請者がハイライトしたい部分を書き込めるように工夫するなどすれば、現状は随分改善されるものと期待しています。

もう一つ重要な視点として、「グローバルサウス」の国々の現状を考えたときに、データへの公平なアクセス(Equitable access)をどれだけ担保できるかという点があります。共通の知識基盤を持つことは、地球規模課題を一緒に考える対話の前提となります。アジアやアフリカを含めた諸国に、「グローバルノース」と同様にデータにアクセスしてもらう手段の確立は非常に重要だと思います。最近、“Stockholm+50”注2という会議に出席する機会がありました。地球環境の破壊の進行に対して対策を協議した、最初の国際会議であるストックホルム会議(国連人間環境会議;1972年開催)から50年()ちましたが、クライシスは途上国にも迫っている一方で、発展の恩恵をあまり享受できていない状況です。先進国が積極的に投資しスタートアップの活動やGXに資する活動などを広げて、ある程度資金が回るようにサポートすることで、途上国の発展にも貢献しうると思います。このような地球規模での循環の発想からも、共通の知識基盤の確立は重要だと思います。さらに、その先の課題は、知識基盤確立の活動に、いかに若い人たちを巻き込むかということです。“Stockholm+100”のときはどうなっているのか。何か対策をしない限りは、今から50年後に、今の大学生ぐらいの人たちが生きる社会が良くなる見通しは立ちません。そのようなスケールで課題を考えれば、我々自身はもちろんのこと、若手研究者や学生の皆さんそれぞれができることの範囲が広がると思います。

(2022年7月8日インタビュー)

インタビューを終えてインタビューを終えて (中央)藤井総長、(左から)北島、佐伯、林、髙山(NISTEP撮影)※撮影の際のみマスクを外しています。

(中央)藤井総長、(左から)北島、佐伯、林、髙山(NISTEP撮影)
※撮影の際のみマスクを外しています。


注2 Stockholm+50 https://www.stockholm50.global/