STI Hz Vol.8, No.2, Part.6:(特別インタビュー)東京大学大学院経済学研究科 教授 柳川 範之 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00295
  • 公開日: 2022.06.27
  • 著者: 赤池 伸一、齋藤 経史、竹内 聡志
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東京大学大学院経済学研究科 教授 柳川 範之 氏インタビュー
-新しい資本主義経済における科学技術・人材-

聞き手:上席フェロー 赤池 伸一
第1調査研究グループ 上席研究官 齋藤 経史
企画課 課長補佐 竹内 聡志

我が国は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義の実現を目指している。その実現に向けて、コロナ禍というピンチをチャンスに変え、我が国の明るい未来を切り拓いていく新しい経済社会のグランドデザインを示すために内閣総理大臣を議長とする「新しい資本主義実現会議」を2021年に設置した。東京大学大学院経済学研究科教授の柳川範之氏は、主に法律や制度が経済活動に対して、どのような影響を与えるかを分析しており、「新しい資本主義実現会議」の有識者も務めている。本インタビューでは、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)顧問であり、「新しい資本主義実現会議」に有識者として参画している柳川範之氏に、新しい資本主義における科学技術イノベーションの役割、イノベーションを創出する環境、基礎研究と社会実装を結ぶ人材の育成などについて伺った。

東京大学大学院経済学研究科教授 柳川 範之 氏(柳川氏提供)略歴東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。1983年大学入学資格検定試験合格、1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、1991年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。1993年慶應義塾大学経済学部専任講師、1996年東京大学大学院経済学研究科助教授、2007年東京大学大学院経済学研究科准教授、2011年東京大学大学院経済学研究科教授。総合研究開発機構理事、日本応用経済学会理事、法と経済学会理事、経済財政諮問会議民間議員、新しい資本主義実現会議有識者構成員、文部科学省科学技術・学術政策研究所顧問等を務める。

東京大学大学院経済学研究科
教授 柳川 範之 氏(柳川氏提供)

略歴
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。1983年大学入学資格検定試験合格、1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、1991年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。1993年慶應義塾大学経済学部専任講師、1996年東京大学大学院経済学研究科助教授、2007年東京大学大学院経済学研究科准教授、2011年東京大学大学院経済学研究科教授。総合研究開発機構理事、日本応用経済学会理事、法と経済学会理事、経済財政諮問会議民間議員、新しい資本主義実現会議有識者構成員、文部科学省科学技術・学術政策研究所顧問等を務める。

- 現在、成長の果実をしっかりと分配し、次の成長の実現につなげる「成長と分配の好循環」が求められています。その中での科学技術の果たすべき役割について、どのようにとらえ、その役割を果たすために、我々にはどのような対応が必要になってくると考えますか。

基礎研究をはじめとする科学技術の役割としては、大きく二つの側面があると考えています。一つは産業の成長や経済発展の土台となる部分をつくるという側面です。科学技術という土台がしっかりしていることで、経済が発展して社会や国の成長につながっていきます。もう一つは土台を超えて、イノベーションや新しい投資を生み出していくという側面です。近年の科学技術はすぐに産業化されており、産業化と科学技術が一体となって進められているものも現れてきていることから、後者の側面が大きくなっていると感じます。これは科学技術の産業化の進展とともに産業化に関する活動が科学技術にフィードバックされることにより、科学技術の発展にもつながります。

科学技術の産業化については、これまでは大企業が投資により行っているものというイメージが強かったですが、最近では研究者自身がスタートアップ企業を立ち上げたり、研究者個人レベルで行われたりするものも出てきています。このため、個々人による付加価値の創出や生産性の向上が重要となるでしょうし、個々人が科学技術を付加価値の創出や生産性の向上に直接結びつけることができる能力を養っていくことも重要と考えます。

- 日本の生産性を高めるための観点から、海外と比較した課題は何でしょうか。また、これを克服するために、どのような仕組みが必要と考えますか。

科学技術は生産性向上の鍵となりますが、日本では科学技術に対しての資金投入が少ないと言われています。これに対しては、科学技術全体の底上げの観点からも、政府からの資金の投資のみならず、寄附金の受入れや民間による投資などからも科学技術に対しての資金投入が行われていくことが重要です。

また、スタートアップ企業等が、産業化の手前の科学技術に関する研究を進める機会がより一層あれば良いのですが、米国等に比べ日本ではこのような動きが不足しています。

こうした状況に対して、これまでは、大学では基礎研究を行い、企業では応用研究や製品化を行うというように研究が分かれていましたし、大学か企業かのどちらか一方にしか所属しないため、所属により行う研究がはっきりと分かれていました。しかし、最近では、基礎研究から産業化まで一体的につながるため、大学においては社会活動、企業では大学の研究を把握することが重要となってきていることから、兼業や副業により大学及び企業ともに所属されている方もよく見受けます。

大学における研究成果を基にしてスタートアップ企業で産業化を試し、その結果について大学における研究にフィードバックしていくように、大学や企業の境目なく研究を進めることが研究者個人にとっても、社会全体にとってもメリットがあります。両者をシームレスにつなぎ、個人や研究チームが産でもあり学でもあるような研究の体制を構築し、基礎研究について企業で応用してトライアンドエラーを繰り返していくことができるように研究の進め方を変えていくことが重要です。こうしたことを進めていくためには、規制改革といった大きな制度変更のみならず、手続きやプロセスといった業務の進め方を変えるなど、様々な進め方が考えられます。

- 基礎研究と社会実装を結ぶ人材の育成は重要ですね。そのような人材の育成のための、日本の高等教育や企業の課題についてのお考えを教えていただけますでしょうか。

基礎研究と社会課題両方について、ある程度分かっているという人材が日本には少なすぎると感じます。かつてはどこの国でも単一分野の専門家が多かったと思いますが、欧州や米国において、ダブル・ディグリーが当たり前になり、自然科学も社会科学も分かるという人材が育ってきて、これらの人材が企業の中枢にいるような状況です。一方、日本では今でも自分は文系なので理系のことは分からない、あるいはその逆という人材が多い状況です。

大学の課題としては、文理融合人材を育成していくことは確かに重要ですが、それぞれ専門の柱を持ち融合の分野も分かるという人材の育成が重要です。日本でも文理融合を目的とした学部ができてきていますが、融合に主眼を置きすぎる余り、専門性が不十分な学生が育つ可能性もあると思います。

また、企業の課題としては、実践を進めていく必要があると思います。最近、イノベーション人材、デジタル・AI人材が必要と言われていますが、どこの企業に聞いてみても自分の会社にはそのような人材はいないと答えます。では、本当に資金や労力をかけてそのような人材の育成に取り組んでいるかというと、まだそこまでは踏み込むことができていません。全員ではなくても、営業の現場にいる人に2~3年くらいの時間をかけて、デジタルやAIについて学ばせれば、その道のプロフェッショナルになるというのは難しいですが、ある程度の知識の習得をした人材を育てることはできると思います。企業においても中長期的に投資を行い、科学技術と社会の両方を分かる人材を育てていくべきだと思います。企業の中にそのような人材が多く育っていくことが科学技術イノベーション戦略全体の底上げにつながると考えています。

- 科学技術が発展することによって、職の喪失等の社会的な不安定を生むこともあるのではないかという意見もあります。科学技術の発展と社会との関係について、どのようにお考えでしょうか。また、行政に求められることはどのようなことでしょうか。

科学技術の発展を人々の生産性にどう結びつけていくかという観点で、社会をうまく回していくことが重要になります。そのためには若い世代の科学技術への理解や、産業化されたものが人々の間でどのように使われていくかということも重要です。

科学技術が人々の所得等に大きなインパクトを与えることが想定されるときには、狭く短期的な科学技術・イノベーションに対する視点だけでなく、その科学技術をどう社会に波及させていくかという広く長期的な視点での科学技術イノベーション政策が必要となります。科学技術が稀有(けう)な人たちのためのものではなく、より広く多くの人のためのものになっていくことが大事です。その結果、それを()かせる人が増えれば、結果として、生産性の向上につながっていきますし、日々の生活に活かしていくことによって、よりよい生活につながると思いますし、それがさらに、多くの人に使われることにつながります。

行政も、大学などと同様ですが、科学技術でできることや潜在的な可能性と社会的課題を結びつけることが求められます。昔であれば1人の人が全てを分かっていて全部仕切るということがありえましたが、社会課題の複雑化等により今はそのような形にはならないと考えます。そのような背景を踏まえ、科学技術とニーズを結びつけるマッチングを行政で行っていくことが必要です。そのためには、単純なペーパレスを超えた行政のDX化を進め、高度なマッチングが行われるような仕組みが構築されることも必要です。

- 科学技術とニーズのマッチングにより、イノベーションの創出が期待されますが、そのためにどのような環境が必要でしょうか。また、そのような環境の醸成に向けて、どのような取組が必要とお考えでしょうか。

社会課題及びその課題の解決のニーズについて一番敏感に察知している民間企業の活力やエネルギーをうまく使っていくことが重要です。そのためには、単純に大企業と大学が連携していくだけでなく、その場にベンチャー企業等、新しい知恵を持った人材に入ってもらうことが重要です。最近は世界的にベンチャー企業が増え世界を席巻(せっけん)するようになっていますが、これは伝統的な知見等よりも新しい知恵の方が花開くといった側面があるように感じます。

また、そのような場において、いろいろな人を集めてつなぐといった際には、共通の目標や課題に向かって、協働作業を行うような仕掛けが必要です。集団の中に分野の専門家ばかりでなく、違ったマインドやカルチャーを持った人が入ることにより、化学反応が起き、うまく進むことがあります。

産業化と科学技術について近い分野もあれば、離れている分野もあります。離れている分野に関しては両者を拙速に結びつけるのではなく、産業成長や経済発展の土台としての科学技術という側面も踏まえ、両者をつないでいく道筋をしっかりと考えていくことが重要です。基礎研究でやっていくことは何かをしっかりと考え、それをどのように実装していくかということを研究機関が考えることが重要です。

このような全体のデザインを政府が進めていくことが求められます。これまで最先端の研究で大事な分野に対して、政府主導でその分野の研究を進めていくことになりがちです。それは国家戦略として大事ですが、政府主導で進めるということと、政府や公的機関が全て行うあるいは全ての資金を出すということは別のことです。民間主導で若い人材を使いうまく連携をとって進めていくための活用の仕組みの計画やそのような仕組みの構築の障害となるようなものを取り除くといった方に主眼を置いた取組が今正に政府に求められるものだと思います。政府の資金として支出されると、研究機関や研究者が縛られる面も出てきます。そのような観点からも政府が全てを行うという考えから切り離して進めていくことが重要です。

- 「国家戦略として行うことと、政府が全て行うということは、別のことである」というお考えは、欧州など世界でも見られます。そのような中で、日本の社会状況についてどのようにお考えでしょうか。

日本は失敗を許容できない、あるいは積極的にチャレンジを評価しない風土がある社会だと感じます。何か失敗をするとそこでバツがついていくという評価システムになっています。ただ、トライアンドエラーを繰り返していくことで良いものが生まれるので、チャレンジを評価できる仕組みを構築していくことが重要と考えます。そのような評価軸となっている原因は規制の面にもあると思いますが、社会の価値基準によるところも大きいと思います。問題が起きないような製品やサービスだけを許可し、リスクのあるものは認めないという傾向は強いように感じます。

人体や財産等に影響があるものについてはリスク管理をしっかりと行う必要がありますが、そのような分野でも小さな失敗を許容するあるいは生命や財産に関わらないような失敗に関しては許容できるよう、マインドを変えていく必要があると思います。これは規制改革に当たり求められることだと思います。

また、研究プロジェクト支援として、良い成果を上げているプロジェクトが評価されるのは当然ですが、少し失敗したプロジェクトがそれだけでずっとバツをつけられてしまうというのは、もったいないことだと感じます。研究開発に対する評価の仕方も規制改革という大きな話と構造的には似ていると思いますので、そのようなところにも改善の余地はあると思います。成果や成功はごく一部であり、失敗したものやチャレンジ自体を評価するといった制度改革も重要であると考えます。

- 独学で大学検定を取得し、通信制大学を卒業し、現在は東京大学教授として活躍されています。独学のモチベーションはどのようなところにあったのでしょうか。また、日本は失敗を許容する風土がないとのお話もありましたが、海外での御経験も踏まえ、日本の教育システムについてお考えを教えてください。

努力のモチベーションが高かったというよりは、少なくとも高校や大学の卒業資格をとっておかなければならないという最低限の社会的プレッシャーを感じていました。逆に言えば、現状の学校では『来週までに宿題をやってきなさい、来月試験を行います』といった短期的なプレッシャーを与え続けるシステムになっています。これがモチベーション管理の観点で最適な方法かは分からないと思います。もちろん短期的な目線で見ると、その短期間は管理されますが、長い目で見ることも含めて、プレッシャーやプロセス管理を行っていく等、学校教育においてもう少し多様性があってもよいかと思います。

私は海外生活の経験もありますが、その間は現地の学校に通っていたわけではありません。このため、その国の教育システムがどのようになっていたかまでは分かりませんが、私自身は短期的なプレッシャーから離れた所にいました。そのような自分の目から見ると、現在の日本の教育システムでも休学してどこかほかの国に行ってみるような型にはまらない考え方や生き方が重要ではないかと思います。

また、日本では落第や留年といったことに対して、ネガティブな意識が強いですが、そのような意識を変えていけば、もう少し心の余裕を持って勉強や研究を進めることができ、結果としてその方が生産的ではないかと思います。成果を求めるために追い立てるという形をとると、短期的には良い面もあるとは思いますが、長期的な弊害もあるかと思います。

(2022年3月9日オンラインインタビュー)

インタビューの様子
インタビューの様子 (左)柳川 範之氏、 (右上段から)NISTEP赤池、齋藤、竹内(NISTEP撮影)インタビューの様子 (左)柳川 範之氏、 (右上段から)NISTEP赤池、齋藤、竹内(NISTEP撮影)インタビューの様子 (左)柳川 範之氏、 (右上段から)NISTEP赤池、齋藤、竹内(NISTEP撮影)インタビューの様子 (左)柳川 範之氏、 (右上段から)NISTEP赤池、齋藤、竹内(NISTEP撮影)

(左)柳川 範之氏、 (右上段から)NISTEP赤池、齋藤、竹内(NISTEP撮影)


* 所属は執筆当時