STI Hz Vol.7, No.3, Part.3:(レポート)新型コロナウイルス感染症パンデミックが科学技術の未来に与える影響を探るSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00263
  • 公開日: 2021.08.25
  • 著者: 黒木 優太郎、横尾 淑子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
新型コロナウイルス感染症パンデミックが
科学技術の未来に与える影響を探る

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 研究官 黒木 優太郎、専門職 横尾 淑子

概 要

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが科学技術の未来に与える影響を知り、ひいてはそれらの科学技術が作り出す社会を知る手掛かりとするため、科学技術の発展見通しの変化について調査を行った。具体的には、第11回科学技術予測調査(2019年)で取り上げた科学技術を対象として、その重要度や実現可能性の変化について専門家の意見を収集・分析した。その結果、感染症や働き方(自動化、遠隔化等)に関する科学技術の重要度が高まったことがわかった。また、それらの実現時期の予測に前倒しの傾向が見られ、特に早めの実現が予測されていた場合にその傾向が強かった。今般のパンデミック後の社会を見据え、法規制などの社会的要件まで含めて総合的に検討し、関連する科学技術を推進する必要がある。

キーワード:新型コロナウイルス感染症,パンデミック,科学技術予測

1. はじめに

2019年11月、科学技術予測センター(現、科学技術予測・政策基盤調査研究センター)は「第11回科学技術予測調査」1)(以降、第11回調査)を公表した。これは、科学技術の発展をベースとして、2040年頃の社会の在り方について検討を行った調査である。具体的には、まず、社会の未来像検討において、目指す姿として50の社会像と4つの価値を抽出し、並行する科学技術の未来像検討において、2050年までの実現が期待される科学技術として科学技術トピック(以降、トピック)702件を設定し、その実現見通し等に関する専門家の意見を収集した。続いて、これらの情報を基に、2040年に目指すべき社会「人間性の再考・再興による柔軟な社会」を描いた。

しかし、2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック発生により、社会の状況や人の行動様式・価値観は大きく変化した。それに伴い科学技術へのニーズが変化する一方、科学技術により新しい暮らし方・働き方がもたらされた。科学技術と社会は不可分であり、科学技術は、社会との相互作用を繰り返しながら、新しい社会を形作る一翼を担うと考えられる。

そこで、今般のパンデミックが科学技術の発展見通しにどのような影響を与えたかについて調査を行い、そうした科学技術の変化が社会に与える影響について考察した3)。なお、今回の調査は、回答者規模や属性等が異なることから、第11回調査結果を書き換えるものではない。

2. 調査方法

2-1 COVID-19パンデミックが科学技術の未来へ与える影響の調査

今般のパンデミックによる科学技術の未来への影響を調査するため、第11回調査結果(2019年2月~5月にアンケート実施)を所与としたとき、トピックの重要度と実現予測時期がどの程度変化したかについて、専門家の意見を収集した。アンケートの実施概要を図表1に示す。

図表1 アンケート実施概要図表1 アンケート実施概要

*科学技術的実現とは技術的な環境が整うこと、社会的実現とは実現された技術が製品やサービス等として利用可能な状況となることを指す。
2-2 COVID-19関連トピックの分析と考察

COVID-19に関連するトピックを抽出し、それらの重要度、実現予測時期変化、国際競争力、政策手段の特徴を分析した。

関連するトピックの抽出には、今般のパンデミックに関するプレスリリース(2020年3月~7月中旬の約3万件)との類似度を基にした自動抽出と目視抽出を併用した。その結果、情報通信関連(構成比27%)、健康・医療関連(同20%)、社会インフラ関連(同19%)など計279件が抽出された。自動抽出と目視抽出は客観性や意味解釈の点から相補的であり、双方から重複して抽出されたトピック(114件)は、COVID-19との関連の確度が高いと考えられる。

3. 調査結果

3-1 重要度への影響

重要度とは、「30年後の望ましい社会を実現する上で、日本にとっての重要性」と定義され、当該トピックに対する期待やニーズを反映している。

重要度指数の高いトピック上位10件を図表2に示す。自動化・電子化関連が5件、感染症関連が2件、災害関連が2件挙がっている。第11回調査では、自動化、インフラ管理、災害、高齢化などに関連するトピックが上位10件に挙がっていた。次に、第11回調査と比べ重要度指数が上昇した上位10件(図表3)を見ると、感染症関連が6件、働き方関連が2件、サイバー空間利用が2件である。

感染症に直接関連する事項に加え、今般のパンデミックを契機とした社会における自動化・電子化・機械化の進展が望まれていることが示唆された。

図表2 重要度指数の高いトピック例図表2 重要度指数の高いトピック例

図表3 重要度指数が大きく上昇したトピック例図表3 重要度指数が大きく上昇したトピック例

3-2 実現予測時期への影響

実現予測時期の変化を見ると、今般のパンデミックの大きな影響は見られず、科学技術的実現、社会的実現とも、±0.5年の変化にとどまるトピックが全件数の約6割を占める。

第11回調査の社会的実現予測時期の区分ごとに実現予測時期の変化を見たのが図表4である。全体的に、早い実現が予測されていたトピックは実現が前倒しされ、遅い実現が予測されていたトピックは実現が更に遅れる傾向が見られる。

図表5に社会的実現が大きく前倒しされると予測されたトピック例を示す。感染症に直接関連するトピックが5件、仕事の遠隔化や自動化等に関連するトピックが5件と半数ずつを占めている。重要度指数上位トピック(図表2)とは4件、重要度指数上昇上位トピック(図表3)とは7件が同一である。

一方、0.5年を超えて実現が遅れるとされたトピックは、全件数の約2割弱を占める。その内訳は、宇宙、海洋、エネルギー変換などであり、第11回調査において遅い実現が予測されていたトピックであった。

図表4 社会的実現予測時期の変化(実現予測時期区分ごとの平均値)図表4 社会的実現予測時期の変化(実現予測時期区分ごとの平均値)

注1)左縦軸(棒グラフ):区間内に含まれるトピックの割合、 右縦軸(折れ線グラフ):区間内トピックの変動年平均
注2)実現予測時期の変化:大きく早まる(-5.0年)、早まる(-3.5年)、やや早まる(-1.5年)、変わらない(0.0年)、やや遅れる(+1.5年)、遅れる(+3.5年)、大きく遅れる(+5.0年)として年を算出

図表5 社会的実現が前倒しされると予測されたトピック例図表5 社会的実現が前倒しされると予測されたトピック例

4. COVID-19関連トピックの特徴

ここでは、COVID-19に関連するトピックの特徴を、今回のアンケート結果及び第11回調査結果から概観する。以降、自動又は目視により抽出されたトピックを「関連トピック」、そのうち自動及び目視により重複して抽出されたトピックを「重複トピック」、抽出されなかったトピックを「その他トピック」と記す。先述のとおり、いずれの手法でも抽出された重複トピックは特にCOVID-19との関連の確度が高いと考えられる。

4-1 重要度

関連トピック群の重要度指数の分布を図表6に示す。その他トピック群と比較して、関連トピック群、特に重複トピック群の重要度が高く、それらへの期待やニーズがうかがえる。重要度高(指数1.0超)のトピックの構成比は、その他トピック群7%に対し、関連トピック群では25%である。重要度指数上位10件(図表2)、及び重要度指数上昇上位10件(図表3)のうち9件は、関連トピック群に含まれている。

図表6 関連トピックの重要度指数図表6 関連トピックの重要度指数

4-2 実現予測時期の変化

関連トピック群の社会的実現予測時期の変化を見ると、±0.5年の変化にとどまるトピックの構成比は、その他トピック群63%に対し、関連トピック群では52%である。さらに、重複トピック群では37%にとどまり、実現が0.5年以上早まるとされたトピックが61%を占める。社会的実現が前倒しされると予測された上位10件(図表5)は、関連トピック群に含まれている。

第11回調査の実現予測時期区分ごとに算出した社会的実現予測時期の変化を図表7に示す。COVID-19との関連性有無によらず、実現予測時期が早いものは更に早くなり、遅いものは更に遅くなる傾向が見られる。関連トピック群では、前倒しとなる傾向がより強い。

図表7 関連トピックの社会的実現予測時期の変化(群ごとの平均値)図表7 関連トピックの社会的実現予測時期の変化(群ごとの平均値)

4-3 国際競争力

第11回調査における関連トピック群の国際競争力指数の分布を図表8に示す。関連トピック群において、国際競争力指数分布が低めの傾向が見られる。国際競争力の低い(指数0.0以下)トピックの構成比は、その他トピック群5%に対し、関連トピック群では16%を占める。

図表8 関連トピックの国際競争力指数図表8 関連トピックの国際競争力指数

* 非常に高い(+2)、高い(+1)、どちらでもない(0)、低い(-1)、非常に低い(-2)として指数化。
4-4 実現に向けた政策手段

図表9は、日本での社会的実現に向けた政策手段について、第11回調査においてそれぞれを選択(複数選択可)した者の割合を示したものである。

COVID-19との関連性有無によらず、人材育成・確保、事業補助、事業環境整備が三大政策手段となっている。法規制整備及び倫理的・法的・社会的課題(ELSI)対応は関連トピック群において比較的多く選択されており、特に法規制整備は、国内連携・協力とともに四番目の政策手段となっている。

図表9 関連トピックの社会的実現に向けた政策手段(群ごとの平均値)図表9 関連トピックの社会的実現に向けた政策手段(群ごとの平均値)

5. おわりに

第11回調査で取り上げたトピックの重要度や実現予測時期に今般のパンデミックがどの程度影響を与えたかに関する専門家アンケートを実施した。

その結果、科学技術については、COVID-19に関連する感染症関連や働き方関連のトピックの重要度が高まったこと、それらの実現予測時期に前倒しの傾向が見られたこと、特に元々早い実現が予測されていた場合にその傾向が強いことがわかった。一方、第11回調査結果から、COVID-19に関連するトピックの中には国際競争力が低いものが見られること、実現に向けて法規制整備やELSI対応の政策が求められることが明らかとなった。また、COVID-19との関連性有無によらず、第11回調査において早い実現が予測されていたトピックは実現が早まり、遅い実現が予測されていたトピックはその実現が遅れるとの傾向が示された。科学技術全般の発展を遅らせないため、実現までに長期間を要する領域への支援など、今般のパンデミックとの関連性有無によらず、長期的視野に立った検討が求められる。

また、上述した重要度が高まったり実現時期が前倒しになったりした科学技術は社会と密接に関わるものが多く、ポストコロナ社会における感染症の検知、感染拡大防止・治療などの感染症対策の進展や、パンデミックを契機とした自動化・無人化などの進展が示唆された。こうした社会の実現に向けては、法規制等の社会的諸要件の検討も含めて、関連する科学技術の推進策を講じる必要がある。

参考文献・資料

1) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 総合報告書」、NISTEP Report No.183(2019年11月):
https://doi.org/10.15108/nr183

2) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 デルファイ調査」、調査資料―292(2020年6月):
https://doi.org/10.15108/rm292

3) 科学技術予測・政策基盤調査研究センター、「コロナ禍を経た科学技術の未来-第11回科学技術予測調査フォローアップ-」、調査資料―309(2021年4月):https://doi.org/10.15108/rm309