STI Hz Vol.7, No.2, Part.7:(ほらいずん)経済協力開発機構(OECD)グローバル・サイエンス・フォーラム事務局 田村 嘉章 政策分析官インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00256
  • 公開日: 2021.06.25
  • 著者: 岡村 麻子、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
経済協力開発機構(OECD)グローバル・サイエンス・
フォーラム事務局 田村 嘉章 政策分析官インタビュー
-OECDグローバル・サイエンス・フォーラムからの提言-

聞き手:科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 岡村 麻子
データ解析政策研究室長 林 和弘

概 要

経済協力開発機構(OECD)は、様々な政策領域において、国間で共通する課題や良好事例を共有し議論することにより、解決策を見いだす政策プラットフォームとしての機能を果たしている。2021年4月より第6期科学技術・イノベーション基本計画が開始され、Society 5.0の実現を目指して多様な政策が打ち出されているが、ここで認識されている政策課題の多くは、日本だけの課題ではなく、多くのOECD加盟国とも共有できる課題である。科学技術やイノベーションに関わる幅広い政策課題を対象とする科学・技術・イノベーション局の中でも、グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)事務局は、大学や公的研究機関における基礎研究に関する政策課題などを取り扱っている。今回、GSF事務局の田村政策分析官に、社会的課題解決へのアプローチとして注目を浴びるトランスディシプリナリー研究や、デジタル人材の育成、研究インフラの運用等、日本の科学技術イノベーション政策の検討において示唆の大きいと思われる活動を紹介いただいた。

キーワード:トランスディシプリナリー研究,デジタル人材,研究インフラ,研究者雇用,ハイリスク・ハイリウォード研究

田村 嘉章 OECDグローバル・サイエンス・フォーラム
事務局 政策分析官(田村氏提供)

田村 嘉章 OECDグローバル・サイエンス・フォーラム
事務局 政策分析官
(田村氏提供)
<略歴>
平成19年文部科学省に入省。これまで、未来社会創造事業、ムーンショット型研究開発プログラムなどハイリスク・ハイインパクト事業の立ち上げや研究インフラの自動化・ネットワーク化などに従事。令和元年からOECDグローバル・サイエンス・フォーラム事務局に出向。

- 経済協力開発機構(OECD)とグローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)について概要を教えてください。

OECDは、Organisation for Economic Co-operation and Development の略称で、日本語で経済協力開発機構といいます。OECDは、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関で、「世界最大級のシンクタンク」とも呼ばれています。初等中等教育段階における児童・生徒の教育到達度を国際的な尺度によって測定する学習到達度調査(PISA)や幸福度指標(well-being indicators)の開発などが有名ですが、経済のデジタル化によって生じる租税問題に対処する国際的な枠組みの議論など、幅広い政策課題に取り組んでいます。その中でも、グローバル・サイエンス・フォーラム(GSF)が属する科学・技術・イノベーション局は、伝統的な鉄鋼・造船産業の取決めなどの産業政策に加え、科学技術やイノベーションに関わる幅広い政策課題を対象として、最近では産業科学技術分野のデジタル化などを所掌しています。

科学技術イノベーション政策の中でも、特に大学や公的研究機関における基礎研究をGSFは対象としており、加盟国・キーパートナー国を合わせると35か国が参加しています。1992年に設置されたメガサイエンスフォーラムが前身となっており、当初は各国の電波望遠鏡を連携させることを目的とした電波干渉計(ALMA)計画など大規模な国際研究プロジェクトを扱っていました。1999年に現在のGSFに改組されてからは、国際研究プロジェクトにおける研究不正問題、災害等緊急時における科学的助言の在り方、ファンディングシステムの在り方など、複雑な政策課題にも取り組むようになりました。近年は、GSF参加国からの関心が高いデジタル化、研究人材の育成確保、ファンディングシステム、研究インフラのマネジメント、社会課題解決などに関する各国の政策を分析しています。定期的に開催されるGSF会合において、参加国の意見を聴取し、合意されたものからプロジェクトが開始されます。プロジェクトごとに、国際的な専門家会合を立ち上げ、それぞれのプロジェクトで取り組む政策課題に関し、各国における取組事例や国際的に取り組むべき政策について議論を行い、通常1年半ほどかけてレポートを作成しています。

日本は立ち上げ当初からGSFに任意拠出金を拠出しており、GSFの日本人議長や副議長、日本人スタッフを長年派遣してきました。最近は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)/研究開発戦略センター(CRDS)との連携を深めており、先進各国の政策に関する情報収集や専門家とのネットワークづくりに役立っています。今回は、2020年~2021年に出版されたGSFのレポートを簡単に御紹介したいと思います。

- 最近発刊されたGSFのレポートについて教えてください。

トランスディシプリナリー研究(学際共創研究)の活用による社会的課題解決の取組(2020)

国連(国際連合)が掲げる17の目標であるSDGsについては、日本でかなり認知されるようになってきました。SDGsのような社会課題を解決するためには、技術開発に加え、法律や社会制度など様々な政策手段を組み合わせることが必要になります。同様の問題がOECDでも認識され、自然科学と人文・社会科学の融合、科学者と地域社会やNGO、民間企業などステークホルダーとの協働を実現するために有効な研究手法を調査するため、本プロジェクト「トランスディシプリナリー研究(学際共創研究)の活用による社会的課題解決の取組」が開始されました。

本プロジェクトには11か国が参加し、日本からはJST/CRDSの有本建男上席フェローが共同議長として参画されました(写真参照)。複数回の専門家会合と国際ワークショップを開催し、各国における様々なプロジェクトを分析しました。

パリでの専門家会合
パリでの専門家会合 (右から3人目が有本共同議長、右端が田村氏)(田村氏提供)

(右から3人目が有本共同議長、右端が田村氏)(田村氏提供)

2019年には東京で国際ワークショップを開催し、日本からは、京都大学の日ASEAN科学技術イノベーション共同研究拠点、東北大学の災害科学国際研究所などが良好事例として取り上げられました(写真参照)。

東京での国際ワークショップ(2019年)東京での国際ワークショップ(2019年) (田村氏提供)

(田村氏提供)

最終報告書では、各国の良好事例からトランスディシプリナリー研究(学際共創研究)プロジェクトを設計する上で重要なポイントが整理され、地方自治体や住民を含めたステークホルダーが研究プロジェクト立ち上げ時から議論に参画することや、学際共創研究を促進する研究者の評価システムを大学内で構築することが必要であるとの提言が盛り込まれました。専門家会合では、科学技術政策における人文・社会科学分野の位置づけについて議論がなされ、人文・社会科学を含め科学政策を包括的に議論することが重要であるとの共通認識が確認されました。日本においても、令和2年の科学技術基本法改正において、人文科学が科学技術基本法の対象に加えられましたが、本報告書「トランスディシプリナリー研究(学際共創研究)の活用による社会的課題解決の取組」が、今後、具体的な事業を検討する上で参考になると思います。本報告書はCRDSにより翻訳され、インターネットからダウンロードすることが可能です1)

データ集約型科学に必要なデジタル人材の育成(2020)

第6期科学技術・イノベーション基本計画の検討に合わせ、日本では研究データの管理・利活用、スマートラボ・AI等を活用した研究が議論されましたが、OECDにおいても産業科学技術分野におけるデジタル化が長年議論されてきました。特に科学分野では、オープンサイエンスに向けた様々なプロジェクトが欧州で開始され、The European Open Science Cloud(EOSC)などのインフラが整備されてきました。

このような中、インフラ整備だけでなく、データを管理することができる人材が不足していることが各国で認識され、本プロジェクトが開始されました。特に、デジタル分野では、AI技術などが注目されていますが、AIのようなコンピュータサイエンスを研究する研究者だけでなく、その他人文科学分野を含めたすべての研究分野においてデジタルデータを扱う人材が必要となることが予想されています。

本プロジェクトには、日本を含めた12か国の専門家が参加し、各国の取組の分析や今後の政策の方向性について議論しました。欧米において、デジタル人材を育成するための活動が様々な形で行われており、世界中の研究者に対し、データサイエンスに必要な教材やカリキュラムを提供しているCarpentriesの取組などが報告書で紹介されています2)。また、報告書には、個別の良好事例の紹介に加え、キャリアパスの形成や、コミュニティの形成、国際的な活動のネットワーク化など包括的な施策が必要であるとの提言が盛り込まれています(図表参照)。

図表 デジタル研究人材を育成するための5つの主要なアクションと目標図表 デジタル研究人材を育成するための5つの主要なアクションと目標

出典:参考文献2)に掲載されている図表を田村氏が訳出
国レベルの研究インフラの運用と利用の最適化(2020)

これまで、GSFでは多国間で運営される国際的な研究インフラを多く扱ってきました。他方、各国内で管理されている研究インフラについては、運営する機関や予算がバラバラであったり、民間を含めた外部利用者からのニーズが多様化したりするなど、新たな課題が顕在化しています。そのため、本プロジェクトでは、研究インフラのマネジメントを最適化するための手法について調査分析を行いました。日本を含め14か国の専門家が本プロジェクトに参加し、複雑化している研究インフラのポートフォリオ管理や利用方法の最適化について検討を行いました。

最終報告書には各国の取組に加え、ポートフォリオ管理や利用の最適化を検討する際のフレームワークが示されています。ポートフォリオ管理の面では、有期のプロジェクト経費や競争的資金を獲得しながら運営している施設において、長期的な予算計画を立案することが困難になっていることが懸念されています。このため報告書では、新規施設を計画する際には、建設・運用コスト・閉鎖コストを含めた、総合的な予算計画を建設前に検討することが重要であることが指摘されています。また、利用の最適化については、外部利用者の料金設定の在り方や研究施設で得られたデータの二次利用の在り方について提言がなされています。

本報告書は、2020年8月に自民党の科学技術・イノベーション戦略調査会で紹介されるなど、第6期科学技術・イノベーション基本計画の検討の過程で活用されました。政策的な提言だけでなく、各国の施設での取組が紹介されているため、政策担当者だけでなく施設運営者も参考にすることができると思います。本報告書はCRDSにより翻訳され、インターネットからダウンロードすることが可能です3)

研究者雇用不安の低減(2021)

日本では近年ポスト・ドクトラルフェロー(ポスドク)の不安定雇用の問題が議論され、また博士課程への進学者が減少していることが指摘されています。他のOECD加盟国においても、ポスドクの不安定雇用や研究環境の悪化が認識されるようになってきており、将来博士課程へ進学する学生が減少したり各国において最先端の研究や人材の育成を担っている大学の研究者の質が低下したりすることが危惧されています。ポスドクの雇用が不安定化した要因としては、各国ともに博士号取得者が増加したものの、大学など公的セクターのポストが伸び悩んでいることが指摘されています。特に、大学のポストについては、教授等の退職時年齢が高齢化しているにもかかわらず、大学全体の予算は伸び悩んでいます。これに加え、近年では、大学への安定的な予算に比べ短期のプロジェクト予算が増加したことにより、研究者の有期雇用化が進展したことが指摘されています。各国において、ポスドク・博士課程学生に対しキャリアガイダンスを実施するなど民間セクターへの就業を拡大するための努力がなされていますが、大幅な改善には至っていません。

当初、本プロジェクトでは研究者の雇用不安のみに焦点を当てて検討していましたが、専門家会合での議論により、短期的な成果を求められているポスドクへの過度なストレス、雇用者からの指導・支援不足、女性研究者が研究キャリアを継続する上での障害なども検討項目に加えられました。プロジェクト中に開催されたワークショップでは、各国における様々な取組が紹介され、ポスドクに対するキャリアガイダンス制度、産休や育休を取得しても昇進が遅れないようにする制度、競争的資金の長期化、会計年度をまたいだ間接経費の柔軟な活用、博士課程進学者数の需給調整などが議論されました。ワークショップの様子はOECDのホームページで公開されているため、各国の状況や政策の違いを見ることができます4)

最終報告書には、民間を含めたキャリアパスの開拓支援、民間から大学へ転職する際の障害の解消、ポスドクに対する教育プログラムの充実、ポスドクに関する統計データの収集などが提言として盛り込まれました5)

ハイリスク・ハイリウォード研究の促進方策(2021)

日本では、ムーンショット型研究開発制度や未来社会創造事業、戦略的創造研究推進事業など、ハイリスク・ハイインパクトを志向する研究開発プログラムが運営されていますが、他の先進各国でも同様のプログラムが運営されています。他方、従来のファンディングプログラムでは、短期間な成果を求めすぎたり、不確実性が高い研究提案が採択されづらかったりする傾向があり、研究者がリスクを取って独創的な研究に挑戦することが困難になっていることが指摘されています。そういった問題認識から、各国のハイリスク・ハイリウォードを志向する取組を比較分析するため、GSFにおいて本プロジェクトが開始されました。

本プロジェクトには日本を含む11か国が参加し、欧米をはじめとする様々なファンディング事業の情報を収集しました。各国のファンディング機関が参加したワークショップでは、ユニークな取組が紹介され、例えば、ベルギーからは、採択審査において無作為(ランダム)に研究課題を採択する手法を試みたところ、従来の審査手法で採択した場合と比較しても最終的な研究成果に大きな差がなかったという分析が紹介されました。また、米国からは、研究計画の内容ではなく研究者の人物評価で研究費を安定的に配分する手法などが紹介されました6)。また、プロジェクトの一環として、研究のインパクトを測る新しい指標についても検討がなされ、異分野融合、被引用回数、国際連携、科学技術予算規模の関係等が分析されました7)。本分析では、異分野との連携が研究インパクトにプラスの効果があることや、研究のインパクトを評価するに当たっては研究論文が発表されてから少なくとも7年程度待ってから被引用回数等を分析する必要があることが明らかになりました。

ハイリスク・ハイリウォードに関する事業については、各国が試行錯誤している状況であり、最終報告書では、複数の手法を試行しつつ有効性を検証していくことが重要であると結論付けられました8)。具体的な手法としては、採択審査において、合議制によらず一人の審査者が採択課題を選定する制度、ベテラン研究者だけが採択されることがないよう応募研究者の年齢や職位ごとにグループを分けて審査する制度、長期的な研究期間の確保、フィージビリティスタディ期間の設定、複数の研究課題をポートフォリオとしてリスク管理する手法、異分野融合の促進などが例示されています。

- 現在活動中のプロジェクトについて教えてください。

まだ非公表の情報が含まれるので、詳しくお伝えできませんが、コロナ関連のプロジェクトなど、複数のプロジェクトが進められています。特に、コロナ関連では、各国における科学的な助言やインフラや人材をはじめとする研究資源のマネジメント、国際協力に必要なオープンデータの在り方などについて分析を行う予定です。

- コロナによるOECD事務局の活動への影響について教えてください。

昨年のコロナウイルスの感染拡大を受け、OECDでは、昨年3月以降全職員がテレワークを実施しています。OECD内のデジタルインフラが充実しているため、業務に大きな支障は生じていませんが、必要に応じ、業務の進め方や役割分担を見直しながら対応しています。

コロナの影響を受け、ワークショップがオンラインで開催されていますので、日本からも積極的に参加していただきたいと思います9)

- 最後に、日本の皆さんへのメッセージをお願いいたします。

米中の対立激化や英国のEU離脱を受け、先進諸国が多国間のルールを形成する場としてOECDの重要性が増していると感じています。今後も、OECDを含めた国際機関の重要性は増すことが予想されますので、継続的に日本人職員を増やし日本人の考え方や価値観を広めていく必要があると思います。OECDで採用されるには、語学力だけではなく、様々な国籍の職員や専門家と職務を遂行した実績が求められるため、いろいろな機会を利用して経験を積むことが必要だと思います。

今回はGSFの報告書を御紹介しました。このほかにも、海外の政策に関する情報をOECDのウェブサイトに掲載していますので、日本の政府関係者も活用していただきたいと思います10)

(2021年3月29日オンラインインタビュー)

参考文献・資料

1) 経済協力開発機構(OECD). (2020). トランスディシプリナリー研究(学際共創研究)の活用による社会的課題解決の取組み. 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター.
Retrieved from https://www.jst.go.jp/crds/report/report07/CRDS-FY2020-XR-01.html?fbclid=IwAR21OMdYdQLhBC-p-QIRCfMaBUU_gc9qJgjtYFwzwJJ_ZkezbcppX5M66Os

2) OECD (2020), “Building digital workforce capacity and skills for data-intensive science”, OECD Science, Technology and Industry Policy Papers, No. 90, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/e08aa3bb-en.

3) 経済協力開発機構(OECD). (2020). 国レベルの研究インフラの運用と利用の最適化. 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター.
Retrieved from https://www.jst.go.jp/crds/report/report07/CRDS-FY2020-XR-03.html

4) OECD. (2020). Reducing the precarity of research careers | 26-27 November 2020. Retrieved March 20, 2021, from https://community.oecd.org/events/4551

5) OECD (2021), “Reducing the precarity of academic research careers”, OECD Science, Technology and Industry Policy Papers, No. 113, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/0f8bd468-en.

6) OECD. (2020). Virtual workshop on “Effective Policies to foster High-Risk/High-Reward research”, OECD Global Science Forum. Retrieved March 20, 2021, from https://community.oecd.org/docs/DOC-170560

7) Machado, D. (2021), “Quantitative indicators for high-risk/high-reward research”, OECD Science, Technology and Industry Working Papers, No. 2021/07, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/675cbef6-en.

8) OECD (2021), “Effective policies to foster high-risk/high-reward research”, OECD Science, Technology and Industry Policy Papers, No. 112, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/06913b3b-en.

9) OECD. (n.d.). OECD WEB TV. Retrieved March 20, 2021, from http://video.oecd.org/

10) EC/OECD. (2020). STIP Compass: International Database on Science, Technology and Innovation Policy (STIP). Retrieved May 14, 2020, from https://stip.oecd.org