STI Hz Vol.7, No.1, Part.4:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)カリフォルニア大学バークレー校 准教授/NTTリサーチ サイエンティスト/東京大学大学院 経済学研究科 グローバル・フェロー 鎌田 雄一郎氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00244
  • 公開日: 2021.03.22
  • 著者: 福島 光博、齋藤 経史
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
カリフォルニア大学バークレー校 准教授/NTTリサーチ
サイエンティスト/東京大学大学院 経済学研究科
グローバル・フェロー 鎌田 雄一郎 氏インタビュー
-ゲーム理論の研究で米国と日本をつなぐ-

聞き手:企画課 係員 福島 光博
第1調査研究グループ 上席研究官 齋藤 経史

鎌田雄一郎准教授は、米国のカリフォルニア大学バークレー校でゲーム理論を研究している。ゲーム理論の応用であるマッチングデザインの研究にも従事しており、待機児童を減らすための児童と保育園とのマッチングのアルゴリズムを開発するなど、社会問題の解決に資する制度設計への応用研究にも取り組んでいる。また、一般向けの書籍の執筆やオンライン会議の主催を行うなど、経済学の裾野を広げるアウトリーチ活動も精力的に行っている。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、この成果や活動に着目し、鎌田雄一郎氏を2020年に「ナイスステップな研究者」として選定した。今回のインタビューでは、鎌田氏の研究概要に加えて、コロナ()におけるゲーム理論的な思考法の活用、農学から経済学への転向や海外留学の経緯、アウトリーチ活動に対する考え方などについて尋ねた。

カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院 准教授/NTTリサーチ サイエンティスト/東京大学大学院経済学研究科 グローバル・フェロー 鎌田 雄一郎 氏

カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院 准教授/NTTリサーチ サイエンティスト/東京大学大学院
経済学研究科 グローバル・フェロー 鎌田 雄一郎 氏
(Photo by Jim Block)

ゲーム理論の研究やその応用について

- 「ゲーム理論」の専門家である鎌田様の研究について紹介ください。

今回の「ナイスステップな研究者」の選定に当たっては、私の研究のうち、「ゲーム理論自体の研究」とゲーム理論の応用先である「実地に使えるマーケットデザインの研究」の2点に注目していただいたと考えています。

前者のゲーム理論の研究について、様々な研究を行っていますが、特に私が力を入れている研究は、時間の経過が組み込まれたゲームにおいて人々がどのような意思決定をするかを分析する理論研究です。時間の経過がないゲームとは、例えば「じゃんけん」のように全てのプレイヤーが同時に行動選択を行う状況を指しますが、時間の経過が組み込まれたゲームとは、あるプレイヤーの行動結果やその予測を踏まえて次のプレイヤーが行動を考える、といったことが順々に起きる状況を扱います。時間の経過が組み込まれたゲームの応用例としては、選挙戦や株式市場での戦略形成が挙げられます。相手の候補者がこれからどのような選挙活動をしてくるのかを予測しながら自らの選挙活動を決めたり、自身による株式売買の行動によって今後どのような取引が起こるか予測したりといった状況をモデル化して分析しています。

後者のマーケットデザインの研究やその応用について、特に私が力を入れている領域は「マッチング」に関する分析です。マッチングについては、例えば研修医のマッチングを想像してください。医学部を卒業した学生は研修医として病院で働くことになりますが、研修医と働く病院とを組み合わせるマッチングを行う必要があります。実際に日本では、研修医側と病院側からそれぞれ「どの病院(若しくは、どの研修医)とマッチしたいか」に関する希望を募って、それをもとにマッチングさせています。私はマーケットデザインとして、各研修医と各病院にとってより良い組合せが存在しないような、ある意味最適な配属が、どのような手順でマッチングを行うと得られるのかといった研究を行っています。このマッチングの理論分析は研修医制度に限ったものではなく、子供と学校とのマッチングや、児童と保育園とのマッチングにも応用できます。日本では待機児童が問題になっていますが、待機児童を減らすためのアルゴリズム開発を行って論文として公表しています。

- 児童と保育園とのマッチングを紹介いただきましたが、もう少し具体的に教えてください。

まず、現行の日本における児童と認可保育園のマッチング方法についてお話しします。日本では、各自治体単位で児童の入園先の認可保育園が決められます。各自治体は、児童の保護者が提出する入園希望先保育園の順位を示した希望表と世帯属性等の情報を照らし合わせてマッチングを行うのです。多数の自治体では、個々の世帯の情報を確認し、Excelなどを使った手作業でマッチングをさせていると伺っています。

保育園マッチングは実は複雑なのですが、その要因は、国の基準で保育士と児童の比率が決められているということです。例えば、保育士一人に対して、0歳児なら3人、1-2歳児なら6人、といったように定員が決められています。現行方式では、この定員の制約が満たされるように、保護者の希望にかかわらず、各保育園で児童の年齢ごとの定員をあらかじめ定めています。この年齢ごとの定員に従ってマッチングを行うため、希望にそぐわないミスマッチが生じたり、待機児童問題が助長されたりしてしまいます。例えば極端な話、0歳児と1-2歳児それぞれに定員枠を設けていた保育園に1-2歳児の入園希望者しかなかったとしても、使われていない0歳児の枠を1-2歳児に譲ることができないので、そのぶん入園できない1-2歳児が出てしまう可能性があるのです(図表1)。

私と東京大学の小島武仁教授で開発したアルゴリズム注1では、年齢ごとの定員をうまく動かすことで国の基準の保育士と児童の比率を満たした上で、よりマッチ率を上げたり、高順位の保育園とのマッチングを可能にしたりできます。理論的にこの事実を証明し、さらに、シミュレーションで実証実験も行いました。例えば山形市の匿名データを用いたシミュレーションによると、第一希望の保育園とマッチできる児童の数が14%増加することが確かめられました。また、この開発したアルゴリズムを実装することで、不幸なミスマッチが解消されるだけでなく、これまで各自治体の職員が時間をかけて行っていた手作業をわずか数秒で終わらせることができます。

図表1 待機児童を減らすための児童と保育園とのマッチングのイメージ図図表1 待機児童を減らすための児童と保育園とのマッチングのイメージ図

出典:鎌田 雄一郎氏 提供資料
- 児童と保育園とのマッチングのような制度設計に当たり、政府などに期待することはありますか。

私は、社会実装を念頭においた研究活動を行う東京大学マーケットデザインセンターの研究員の立場も持っています。日本政府や公的機関には、データの公開や提供、研究者との対話や社会実装につなげる仕組みをより推進してほしいと思います。

データを提供いただき、研究者との対話を進めることで、アルゴリズムの改善や社会実装を進めることが期待できます。経済学者と対話を行い、構築されたアルゴリズムを活用する公的機関や自治体が増えるとうれしいです。

アルゴリズムの改善案の開発には実地による検証が必要ですが、この点で世界各国に比べて日本では遅れていると感じます。米国では、研修医マッチングや学校マッチングに実際に使用されているアルゴリズムの設計に経済学者が関わっています。マーケットデザイン研究の応用に当たっては専門家の知見が不可欠ですので、研究者との対話の機会を増やすなど社会実装に向けて連携していただきたいと思います。

- ゲーム理論の研究における最近のトレンドを教えてください。

最初に紹介した時間の経過が組み込まれたゲームについては、解析が難しいということがよくあります。この種のゲームを解くための工夫が様々な研究者によってなされてきましたが、直近20年ほどで脚光を浴びている考え方として、「連続時間」という概念に基づく解析があります。時間の経過が組み込まれたゲームをモデル化する際には、一つには、離散時間(時刻1で行動Aを行い、時刻2で行動Bを行う、といった非連続的な状況)に沿ったモデル解析があり得ます。これに対し、時間を連続的なものと捉え、その中で意思決定がなされるというようなモデル化もあり得ます。これら2つのモデルのどちらがより現実を的確に表しているかは議論の分かれるところですが、実はこの連続時間を用いてゲームをモデル化することで、問題が解きやすくなるということが、近年分かってきました。実際に私の、時間が組み込まれたゲームの研究の大半では、連続時間で問題を解いており、先ほど挙げた選挙戦や株式市場の分析もその一例です。この連続時間の例のように、手法を変えてこれまでの問題に再アプローチすることがトレンドの一つであると感じます。

また、ゲーム理論の応用先であるマーケットデザインに関しては、実社会からのフィードバックによるモデルの検証がホットトピックだと思います。先ほど研修医や待機児童の例を挙げましたが、国や地域によってマーケットや制度の特性は異なっており、ベストなマッチングを行うアルゴリズムはマーケットごとに変わってきます。経済理論家が構築した理想的なモデルをそのまま個別の問題に適用しようというのではなく、最近では実社会にある問題を起点としてモデルを構築し、今までの理想的なモデルとの差異を検証することで問題解決の糸口を探るという逆向きのアプローチがトレンドになっているように感じます。また、実際に開発したアルゴリズムを実社会に適用し、実証を繰り返して理論を洗練していくということもできます。この動きが日本でもより盛んになるとうれしいです。

- 今般のコロナ禍における諸問題の解決について、ゲーム理論の考え方は応用できるでしょうか。

どのレベルで理論モデルが「活用できた」と感じるかは人それぞれであるため、ここで明確な回答を出すことは難しいとは思います。しかし、例えば、日本でもマスクなどの買占めが問題となりましたが、「ほかの消費者が買占める前に自分が買占める」という行動を分析して政策立案につなげるには、他者の行動を予測するゲーム理論の考え方が活用できると思います。

また、他者の行動を予測して考えるというゲーム理論の考え方は、感染リスクを考えて行動を改めることの一助にもつながるのではないでしょうか。外出自粛が呼びかけられる中、どのような人が外出しているかを考えると、外出によって得られる利益(ベネフィット)が感染してしまうというコストを上回っている人が外出していると予想されます。もちろん、外部要因から外出せざるを得ない人、外出するベネフィットが非常に大きい人が外出しているということも考えられますが、平均的には外出に対するコストを小さく見積もっている人、つまり危機意識の薄い人が多く外出していると考えられます。このように他者の行動を考えた場合、自分が外出した際に接触する可能性が高い人は危機意識の薄い人であり、その中には実際に感染している人が含まれる可能性も高いと予想されます。外出するか迷った際は、このようなゲーム理論的な考え方を通じた意思決定を行っていただければと思います。

このほかにも、マーケットデザインの研究がコロナ禍へ応用できると考えています。人工呼吸器不足が問題になっていますが、どういった人に優先的に割り振ったら良いかという話は、正に必要としている人と限られたリソースとのマッチングであり、マーケットデザインの専門家は盛んに議論しています。

海外での研究生活について

- ゲーム理論の研究を始めたきっかけや、海外へと挑戦の場を変えた経緯をお聞かせください。

大学では農学部に所属しており、緑地環境学を専攻して公園の設計などを勉強していましたが、もともとやりたかったこととの乖離(かいり)を感じていました。そのような折に、たまたま空きコマを利用して受講した経済学の授業でゲーム理論に触れ、その魅力に取り付かれて授業の担当教授のゼミに入り、経済学への転向を決めました。ゼミへの参加は学部4年生からでしたが、大学院のミクロ経済学の授業を先取りで受けたり、ゲーム理論の論文を執筆したりと熱心に勉強していました。

私が当時関わっていた東京大学の経済学分野では、学生が研究者を志す場合、海外の大学院に留学するというのがスタンダードでした。実際、東京大学の経済学分野で(きょう)(べん)を執っている研究者の多くが、かつて海外の大学院での留学を経験しており、大学院での海外留学を学生にも勧めています。そのような背景があり、大学院での海外留学に対しては必要なものとして自然に考えていました。

ただ、経済学分野で研究者を志す学生は、日本の大学での修士課程修了後に海外の大学の5–6年制の博士課程に進学することが一般的です。日本での修士課程修了は、海外大学院の博士課程における出願要件ではありませんが、良い修士論文を書くことでそのことを推薦状に書いてもらい、より良い海外の大学院試験の結果につながる、という有益な面もあります。しかし、私はそのようなキャリアパスを思い描いていた最中、修士課程の入学試験に落ちてしまいました。どうしたものかと困りましたが、海外の大学院に出願したところ運良く合格し、そのまま博士課程へと進学しました。当時私が書いていた論文が留学先であるハーバード大学の教授の目に留まり、非常に良いリアクションを頂いていたので、こういった縁があったのではないかと思います。

- 海外へ留学するキャリアパスが標準的とありましたが、教授からの推薦のほか、どのような理由があるとお考えでしょうか。

優秀な学生の多くが米国へ留学するという流れが確立されていると思います。大学院の魅力として教授陣も重要な要素だとは思いますが、やはり優秀な同級生が集うということは大きなメリットです。私もハーバード大学の同級生たちと共著論文を幾つか執筆する中で、それを実感しました。米国の大学には、日本を含めた世界中の大学から優秀な学生たちが集まるので、その中で切磋琢磨(せっさたくま)できることは非常に良い経験になります。

また、これは経済学に限った話であるかもしれませんが、米国の大学で研究すると、良い意味で目立ちます。優秀な研究者が集うので、各所からセミナーに招待される機会や、自分の大学に招待された他大学の研究者と交流するという機会が多く、大きなアドバンテージがあると感じます。

- 米国で博士号を取得後もそのまま米国で研究を継続し、現在テニュアポストを得たそうですが、どうして日本ではなく米国で研究を続けようと思われたのでしょうか。

米国に留学した時点で、米国で職を得たいという気持ちはありました。その理由は、やはり優秀な研究者は米国でポストを得て昇進していくという流れがあるからです。また、経済学の分野において米国で職を得るのは狭き門で容易ではないため、当時からそのキャリアパスに挑戦してみたい、と考えていました。ただ、一度米国で職を得た後は、そのまま米国で研究を続けるケースもありますし、日本に戻ってこられた先生のケースもあります。

私も国としては日本が好きなので、いずれは日本に帰ることも考えています。日本に帰るとしたら米国で何か大きな研究を成し遂げたと実感できたとき、と漠然と考えていますが、現時点ではその瞬間には出合えていません。

将来的に日本に戻りたいと考えているのは、日本の文化が好きということもありますが、やはり生まれ育って大学生までいた日本や日本人のために何かしらの恩返しをしたいという気持ちがあります。その気持ちが現在取り組んでいるアウトリーチ活動の原動力にもなっていると思います。

- 海外での研究生活を経験し、日本と比べて優れていると思われる点、逆に日本の方が勝っていると思われる点をお聞かせください。

日本で研究職に就いたことがないため、ある程度想像で話すことにはなりますが、米国の方が様々な競争にさらされているという印象はあります。米国では次々と論文を執筆し学術誌へ投稿していかないと、同業者から相手にされなくなってしまいます。また、これは良いことかはわかりませんが、日本との違いとして、米国では学生への授業もシビアに評価され、学生からの評判が悪いと給料にも響くことになっています。特に私はビジネススクールに所属しているので、その傾向が強いと感じます。個人的には授業まで評価の対象とされることは好ましくないと考えていますが、米国では教育面でも競争にさらされていると感じています。

米国の良いところは、先ほどもお話ししましたが、良い意味で目立ち注目されるため、各所からセミナーの依頼があったり世界中の大学から優秀な研究者がビジターとして訪れたりと、研究者間の交流が盛んであるところだと思います。日本では、渡航に時間がかかるということもあり、海外から研究者を呼ぶという機会は限られていると思われます。

日本の良いところは、やはり「日本である」ことでしょうか。私は日本人なので、母国語が通じないということ、さらに、文化が違うことはストレスに感じます。これらは日本に住んでいる方にはなかなか伝わらない点なのですが、海外生活をしている当人としてはとても重要な問題です。文化の異なる者同士のコミュニケーションには、その一つ一つにちょっとした違和感があり、それが積もり積もっていますね。

研究面では、日本では目先の成果にとらわれずにどっしりと構えて、自分が本当に重要と思える研究だけに時間を割くことができる、という印象があります。ただそのためには常にモチベーションを高く保っていないと、ただの仙人になってしまうので、気をつける必要がありますね。東大をはじめとする日本の主要大学では、長い目線で重要な問題に取り組んでいる研究者の方がたくさんいるので、そういった人をお手本に、頑張りたいと思います。

- 米国に活動拠点を構えながらも日本の方々との共同研究も積極的にされていらっしゃいますが、リアルで会えない状況における研究の進め方についてお気づきの点をお聞かせください。

私自身、オンラインでの研究活動は、コロナ禍によって様々な分野で研究活動の在り方が変わり始める以前から行ってきました。これまで様々な人とオンラインで議論を重ねてきましたが、人によってやり方は異なるので、これといった画一的な手法といったものは一概にはないと思います。ただし、トータルして思うことは、オンラインで議論や作業をする方が、準備の重要性が高まるということです。そのため、リアルで会う場合よりも互いに事前準備を入念に行うという意識が働くと思います。

遠隔会議システムにて、「連続時間」について説明する鎌田雄一郎氏(2021年1月5日インタビュー中写真:科学技術・学術政策研究所(NISTEP)撮影)

遠隔会議システムにて、「連続時間」について説明する鎌田雄一郎氏
(2021年1月5日インタビュー中写真:科学技術・学術政策研究所(NISTEP)撮影)

アウトリーチ活動について

- 一般の方々に経済学やゲーム理論を分かりやすく伝えるために書籍注2の執筆などのアウトリーチ活動も精力的に行われていますが、どのような経緯で始められたのでしょうか。

最初に岩波書店から『ゲーム理論入門の入門』を出版しましたが、当時は実は、ゲーム理論を一般の人へ広めたいという動機ではなく、親戚に読んでほしい、という思いで執筆を始めました。このように個人的な動機から始まりましたが、実際に本を書いてみて、一般の方々に研究を分かりやすく伝えることはとても重要だと感じ、その後もアウトリーチ活動を続けていきたいと考えるようになりました。そして、ほかにも本を書くようになってきました。

また、国際的に活躍されている経済学者に協力してもらい、一般の方向けに日本語で経済学の最新論文を紹介する「Zoomで経済学注3」という取組も主催しています。コロナ禍においてオンライン講演会が多く開催されるようになり、一般の方がこういった講演会に参加する際の心理的な障壁も低くなってきているかと思います。米国に住んでいると、日本の方々との関係性が薄いと感じることもありますが、この取組を通じて交流機会を創出できたといった側面もあります。

- 実際にアウトリーチ活動を行うことで見えてきた課題について教えてください。

真面目に研究を行っている経済学者は多くいますが、メディアに良く出ているようなエコノミストの中には正確でない情報を発信している場合が度々見受けられます。経済学者がうまく情報発信できていないということに常日頃から葛藤を感じていましたが、実際に書籍を出版してみて改めて痛感しました。例えば、経済学分野の本はわりと世間でも出回っている方だと思いますが、中には内容のひどいものがセールス上位となっている場合もあります。こういった誤った知識の流布をなくすことができたら良いと思います。

そのためにも、まずは情報発信を行いたいと考える経済学者が増えることを期待しています。私がいざ本を執筆したいと出版社に依頼しても断られてしまうぐらいの飽和状態になってくれるとうれしいです。私自身も研究者仲間にアウトリーチ活動を勧めていきたいと思います。

また、発信されている情報の質を見分けることができる方々が増えていくことも重要だと思います。私の書籍や「Zoomで経済学」などを活用いただき、そういった素養を育む一助としていただければ有り難いです。

- 研究者がアウトリーチ活動に参加しようとする際の隘路(あいろ)は何であると思いますか。

研究者がアウトリーチ活動へ踏み出しにくい背景には、そのような活動を支えるプラットフォームや土壌が少ないことに原因の一つがあるのではないかと思います。研究者の中には、環境さえ整っていればやってみたいと考えている人が大勢いるのではないでしょうか。うまく軌道に乗るかわからないプラットフォームの構築から自分で始めようと考える人は少数派なので、まずはその土壌を形成してあげることが重要であると思います。

また、多忙のためアウトリーチ活動を行う時間を捻出できないという声もあると思いますが、個人的には、アウトリーチ活動は研究活動にも有益であると感じます。自分の研究を一般の方にも分かるように説明するためには、研究内容や意義を改めて紐解きつつ、抽象的な理論も日本語という言葉で焼き直してあげる作業が必要になります。私自身、そういった過程によって、自分の研究の要点を改めて考える良い契機になったと感じています。たとえ自分の研究の進展だけを考えた場合でも、アウトリーチ活動は無駄にはならないと思います。

- 最後に、ゲーム理論の研究を志す学生、またこれから海外で研究を行おうと考えている学生や研究者に向けてメッセージをお願いします。

研究者の中には、若い時期はしゃかりきになって働くけれど年を重ねるごとに生産性がだんだん落ちてしまう、という人が少なくありません。私もそろそろ若くはなくなってきていますが、年を重ねて生産性が落ちてしまう研究者には絶対になりたくないと思っています。これから新しい道を歩み出す若い人たちには負けないぐらい研究を頑張っていこうと考えていますので、若い人たちにはその私の研究業績を超えるぐらいに頑張っていただければと思います。


注1 Kamada, Yuichiro and Fuhito Kojima (2020): “Fair Matching under Constraints: Theory and Applications.” Forthcoming, Review of Economic Studies.

注2 鎌田雄一郎『ゲーム理論入門の入門』(岩波書店、2019年)、鎌田雄一郎『16歳からのはじめてのゲーム理論 “世の中の意思決定”を解き明かす6.5個の物語』(ダイヤモンド社、2020年)。

注3 「Zoomで経済学」http://ykamada.com/japanese/zoom/