STI Hz Vol.6, No.3, Part.10:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)北海道大学 工学研究院 機械・宇宙航空工学部門 機械材料システム分野 佐藤太裕教授インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00228
  • 公開日: 2020.09.25
  • 著者: 大場 豪、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
北海道大学 工学研究院 機械・宇宙航空工学部門
機械材料システム分野 佐藤 太裕 教授インタビュー
-竹が「軽さ」と「丈夫さ」を併せもつ理由の
構造・材料力学的解明-

聞き手:企画課 国際研究協力官 大場 豪
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

佐藤太裕教授は、工学的視点から「円筒状のもの」の曲がりやすさや折れやすさの研究をしている。その中で、自然界に存在する「竹」の特異な構造形態に着目し、独自のアプローチで竹の硬さ、強さの秘密を理論的に検証し、「節の分布」、「維管束の分布」が力学的に極めて巧妙な仕組みをもつことを明らかにした。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、この成果に着目し、佐藤氏を2019年に「ナイスステップな研究者」として選定した。今回のインタビューでは、佐藤氏に研究成果までの道のりと研究概要、今後の展開、若手研究者へのメッセージなどを詳しく伺った。

佐藤 太裕北海道大学 工学研究院 機械・宇宙航空工学部門機械材料システム分野教授(佐藤 太裕 教授提供)

佐藤 太裕
北海道大学 工学研究院 機械・宇宙航空工学部門
機械材料システム分野教授
(佐藤 太裕 教授提供)

- どのようなきっかけで研究者の道を選んだのでしょうか。

現在は機械工学の分野に身を置いておりますが、学生の頃からつい1、2年前までは土木工学分野の所属でした。父が私と同じ北海道大学(以下、北大)工学部の土木工学科で教授をしており、私自身も父の講義を受けていました。実家は北大から近く、ずっと大学のキャンパス内を行き来していました。父は土木工学の中でも橋梁(きょうりょう)工学を専門としつり橋などの研究をしており、私が子供の頃から自宅に電子計算機を持ち込み、紙を広げて、数値解析をしていました。その様子を日頃から目の当たりにしていた私は、「面白そうだな」と思っていました。それが研究者を目指すきっかけの中にあったと思います。研究者を目指すことを決めたのは、私が修士課程に在籍していたときです。土木工学の場合、基本的にはインフラ整備のエンジニアや、国や地方自治体の技術職に進む学生が多いです。私自身も国家公務員として国のプロジェクトに携わるか、あるいは研究者になるかの二択で修士論文を執筆しながらいろいろと考え、自分の人生で後悔しない道はどちらかと思い研究者を選びました。

- ナイスステップな研究者に選定されるきっかけとなった研究の内容や経緯について、詳しく教えてください。

竹やパイプインパイプなどの筒状の材料・構造の魅力

私は構造力学を専門としておりますが、土木工学だけでなく、「工学の様々な分野で構造力学をベースに構造・材料をどのように設計していくのか」、「力が掛かってそれに対して対象となる構造物がどのように変形せずに抵抗するのか」、「構造物内部に生じる力は、どのようなメカニズムで発生するのか」を考えます。

その中で、当初から筒状の構造物の研究をしようと思ったわけではありません。ただ、円形断面は力学的に安定しやすく、様々なものづくりにおいて筒状のものが使われています。私が最初に研究したのは「水中浮遊式トンネル」であり、恩師である三上隆先生(現北海道大学名誉教授)から与えていただいたテーマでした。海を渡る手段としては橋やトンネルがありますが、例えば海の深い所を通す場合、トンネルを掘るのも橋脚を架けるのも大変です。それに対し「水の中をトンネルで通せたらいいね」というアイディアがあり、今でも世界各国で研究が行われています。それが私の学位論文のテーマでした。その後、北大で助手として採用され、在外研究で英国の大学に1年間滞在する機会もありましたが、滞在先の研究室で携わった研究テーマも海洋パイプラインでの使用を想定した筒状のパイプインパイプ(二重管構造)でした。帰国後にはナノスケールの炭素材料であるカーボンナノチューブの力学挙動研究にも取り組むなど、気が付いたら円筒構造物の力学特性を研究しているということが多かったのです。

竹に着目するまでの経緯

構造力学的には、材料の力学特性は硬さ、強さだけでなく、形による影響も大きくなります。長さやスケールは違いますが、パイプインパイプやカーボンナノチューブといった筒状の構造物の研究を通して円筒形状を有するものの力学的合理性を考えていく中で、自然界に存在する円筒形の植物に着目すると面白いのではと考えるようになりました。植物は、それぞれの種を保存していくために進化の過程で、力学的にも合理的な形をそれぞれに作り出しているのだろうと思い、内部に空洞を有する代表的な植物である「竹」に着目しました。本州では竹林は珍しくはありませんが、札幌ですと少なくとも自生した竹は北大植物園などでみられる程度です。そのため竹は生まれも育ちも札幌の私にとって身近な存在ではなかったのですが、竹は筒状というだけでなく節(図表1)もあり、「これは力学的に何かあるな」と思っていました。しかし、研究を開始した2014年頃は正直ここまで竹が力学的に優れた仕組みをもつとは考えもしませんでした。

図表1 竹の節配列と断面維管束分布/図表1 竹の節配列と断面維管束分布

(写真はいずれも佐藤氏の共同研究者の近畿大学農学部 井上 昭夫 教授撮影)
出典:佐藤 太裕 教授提供資料
強くて軽い竹の構造の力学的解明

まずはじめに、竹の節の力学的役割について私なりに構造力学の言葉を使って理解してみようとやってみました。植物全般に言えることですが、植物が生きていくためには様々な機能を持たなければならない。その中で1番重要なのは、折れて死んでしまわないようにすること。そうならないように植物は周囲の環境に適応しながらうまく自身の体を支える機能が工夫されているだろうと考えました。中でも空洞を有する竹は、節の役割が自身を支える機能に大きく寄与しているという仮説を立てました。実際に節の間隔を調べるために、長野出身の当時研究指導していた学生さんに、竹林を含む山を所有しているご親戚を紹介していただきました。現地にて節の間隔を調べてみたところ、節の間隔が全く一様ではなく、竹の下部と上部に節が密に配置されていて、中央部ではその配置間隔が大きくなっていました。北海道以外の方は経験的に御存じなのかもしれませんが、私自身は知りませんでした。竹のような片持ち構造では、力が掛かる際に、支える側により大きな負担が掛かります。下の節の間隔が狭くて、上に進むに連れて間隔がだんだん広がるのであれば分かるのですが、上も間隔が狭くなることがうまく説明できません。そこで、厚さや直径などとの兼ね合いで節の間隔がうまく決まっているのではないかと考え、その力学的意味を説明することができました。

また、竹をカットして断面の厚さや直径を調べる過程でその断面をよく見ると、中に入っている繊維(維管束)の分布が外側で密、内側で疎となっていることに気づきました(図表1)。維管束が水分や養分を運ぶだけでなく、竹断面を補強する機能を担っているのはよく知られた事実ですが、繊維の分布に差がある上に分布の仕方を見ていくと先端、中央と根本の部分で分布の仕方には違いが見られました。この違いにも恐らく何かあるだろうと予想し、この維管束分布を曲げ剛性(曲がりにくさ)の観点から検証しました。そうすると、高さによって維管束密度が変化していく中で、最も曲げ剛性を高めるように維管束を配置していることが分かりました。竹に潜むこの巧妙な力学的仕組みを知ったことは、私がこれまで研究をしてきた中で1番の驚きだったかもしれません。新しい力学的な視点で軽さと硬さ、丈夫さを兼ね備えた竹の驚くべき性質の根源に迫ることができたと思っています。

これらの竹の研究を公表すると、諸方面から反響がありました。北大の科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)からは、市民向けイベント「サイエンスカフェ札幌」にゲストとして呼んでいただき、「竹取工学物語。~自然のモノをよろづのことに使ふには~」というタイトルで講演させていただきました。参加された市民の皆さんはどなたでも円筒体で節のある竹の形はイメージをもっています。その中で、私自身がこれまで気づかなかったような様々な疑問、反応を頂きました。一般の皆さんにも身近に感じてもらえる研究は面白いと、改めて認識させられました。

- 先生の研究の現状と今後の展開についてお聞かせください。

研究の現状についてですが、私にとって竹はあくまで研究対象の1つであり、自分自身を竹の研究者とは思っておりません。合理的な形や構造を考えていく中での竹であって、今は竹以外のこともいろいろと取り組んでおります。現在は、樹木や植物全般に目を向けて、植物自体が体を支える仕組みを紐解く研究です。そして、そうした中から「プラントミメティクス(植物形態模倣技術)」つまり植物の中で植物の合理性がいわゆる合理的なものづくりに生かされるようなアイディアをうまく引き出す研究をこの先数年は進めていきたいと考えています。

図表2は、私の考える研究のビジョンですが、サイエンス、デザイン、エンジニアリングという柱があります。図表2中の「○○の力学」の括弧は共同研究を一緒にやっている方々のバックグランドを示しています。例えば「竹の力学」では、構造力学的なアイディアは私が出しますが、森林科学の方や物理学の方と一緒に議論しながら、ここの部分の理解を深めております。竹の力学から横に書かれている竹の構造を模倣した材料に関する研究としては、竹の木質部はそのまま使って維管束配置部をうまく別の物質に置き換える新しい構造材の開発があります。繊維配列の力学的な優位性を活かしつつ、その部分を何かに置き換えれば非常に合理的な、また力学性能を制御できる新しい構造材ができるのではないかとの発想に基づいた研究です。これは化学工学の方と一緒に取り組んでいる研究です。このような形で、サイエンスからデザインを経由してエンジニアリングまでやれるようなことを考えたいというのが一つの大きなビジョンです。しかし、私自身としてはサイエンスの縦軸、私は工学の人間ですが理論的な構造力学をベースにサイエンスの視点を重視したいと思っています。私の思考としては、サイエンスとデザインが掛かっている部分で、樹木、カーボンナノチューブ、維管束植物(茎)、波状路面の力学といった縦のライン、つまり植物に見られる形、あるいはもう少し広くすると自然界に見られる様々な形をうまく力学的に捉えたいのです。茎の例ですと、単子葉類と双子葉類で維管束の分布が全然違います。維管束が強化繊維であると考えると、そこには意味があるのだろう、そのようなことを独自の視点で考えたいと思っています。正直、竹の研究をやる前はこのようなことを研究するとは夢にも思っていませんでした。しかし、竹を研究してみると、こんな世界が広がっているのだと気づかされました。

このように、私は専門の違う方と協働して研究していくのですが、私の分野で常識であることが別の分野ではそれが全く知らないことであったり、その逆もあります。専門用語の使い方1つにしても違っていて大変な部分があったりしますが、逆にそれを理解しあうことは楽しいことでもあります。そういった見方をお互い共有しながら進めていくことは、これから研究を進めていく上で極めて重要なことだろうと思いますので、これからも垣根を作らずにやっていこうと思います。

図表2 構造・材料力学をベースとする学際的研究領域の開拓図表2 構造・材料力学をベースとする学際的研究領域の開拓

出典:佐藤 太裕 教授提供資料

- プラントミメティクスの今後の展望についてお聞かせください。

先ほども触れましたが、竹に関しては繊維配列をうまく使って、繊維部分を別な物に置き換えて新しい工学材料を作る研究をやっております。材料的に優れたバイオマスとして付加価値をつけて面白い構造材料にできないかと共同研究者の方々と一緒に考えております。しかし、プラントミメティクスを考える上で、私が絶対に大事にしたいと考えているのがあくまでサイエンスに基づく理論の部分です。科学的な裏付けがあって、その有用性や合理性をきちんと明確にした上でものづくりに結び付けたいと思っております。

プラントミメティクスという言葉自体は過去にまとめられた本などもありますが、概念としてはまだまだ定着していません。これから深まっていくのではないかと思います。私自身としては図表2のうち、私の興味としてはあくまで左側のサイエンス寄りの方ですが、いろいろとこういったところに面白い研究領域があるよということを1つずつ研究発表していきながら、また仲間を増やしていって、新しい学術分野を確立できればいいなと考えております。

- 最後に若手研究者へのメッセージをお願いします。

それぞれの方が自分の研究分野を極めるまでしっかり深めることが重要ですが、それと同時にこれからはもう少し横をしっかり見て、自分の周辺分野ないしは自分と離れた分野の勉強をしっかりしていただきたいと思います。自分の分野だけに閉じこもるのではなく、いろいろな分野で自分の培ってきた技術や考え方を生かし展開することが、これからの時代では重要になります。そうした視点で異分野の研究を見てもらうと、自分の研究が広がります。その点を是非心掛けてやっていただきたいなと思います。私の専門である構造力学は、先人達によって理論としてはほぼ完成された分野ですが、それを他の分野で生かしていくことを考えていけば、研究することは山のようにあります。高校生から「研究なんて新しいことがないのではありませんか」と聞かれたことがありますが、そんなことは全然なくて、見方を変えればもう分からないことだらけです。その意味で是非自分の分野を深めることと、視野を広くもって自分の知識や技術を生かせる分野をしっかり見極めていくことが重要だと思っております。

佐藤先生には、コロナ()の最中、オンラインインタビューにて話を伺った。現状では学生と対面できなかったり、フィールド調査もなかなかできなかったりと大変な部分が正直あるが、理論研究であるため研究を何とか進めていくことができている、との話をされていた。遠隔での授業や研究などで大変お忙しい中、感謝申し上げる。