STI Hz Vol.6, No.3, Part.2:(ほらいずん)デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」都市・建築・土木・交通分野-新型コロナウイルス時代の新しい課題に向けインフラ科学技術が果たす役割-城西大学 藤野陽三学長インタビュー:STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00220
  • 公開日: 2020.08.25
  • 著者: 白川 展之、大竹 裕之
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:
都市・建築・土木・交通分野-新型コロナウイルス時代の
新しい課題に向けインフラ科学技術が果たす役割-
城西大学 藤野 陽三 学長インタビュー

聞き手:科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之
公益財団法人未来工学研究所 政策調査分析センター 主任研究員 大竹 裕之

概 要

約半世紀の歴史がある科学技術予測調査では、分野別分科会等において日本有数の各分野の専門家の英知を結集して調査の質問項目・内容が作成され、調査結果の分析が行われている。調査結果のみならず、その検討過程についてより深く理解をいただくため、第11回科学技術予測調査デルファイ調査における分野別分科会の座長インタビューを連載していく。連載初回となる本稿では、多くのナショナルプロジェクトの代表者などの公職を務め、土木工学、橋梁(きょうりょう)工学等で日本を代表する研究者である都市・建築・土木・交通分野の座長、城西大学学長藤野陽三氏に話を伺った。

キーワード:インフラ,デルファイ調査,座長インタビュー,都市・建築・土木・交通分野,ELSI

藤野 陽三 城西大学 学長出典:城西大学藤野学長提供

藤野 陽三 城西大学 学長
出典:城西大学藤野学長提供

1972年 東京大学工学部土木工学科卒業、1974年 同修士課程(土木工学)修了、1976年 ウォータールー大学(カナダ)博士課程修了(Doctor of Philosophy)、ウォータールー大学博士研究員、東京大学地震研究所助手、筑波大学構造工学系助手・講師を経て、1982年 東京大学工学部助教授、1990年 同教授、2013年 東京大学名誉教授、2014年 横浜国立大学先端科学高等研究院上席特別教授、2020年4月より城西大学学長。2007年 紫綬褒章、2019年 日本学士院賞受賞。Raymond C. Reese Research Prize (2007)、R. H. Scanlan Medal (2011)、George Winter Medal (2015)、Moisseiff Award (2020)、George W. Housner Medal (2020) (from Amer. Soc. Civil Engineers)、IABSE Award (2014)、Honorary Member (2017) (from Int. Assoc. Bridge and Struct. Engineering)、T. Y. Lin Medal (2012) (from Int. Assoc. Bridge and Maint. Safety)、Aftab Mufti Medal (2019) (from SHMII)など受賞多数。文部科学省科学官、日本学術会議連携会員、日本学術振興会主任研究員、戦略的イノベーションプログラム(SIP)第Ⅰ期「インフラの維持管理・更新・マネジメント技術」プログラムディレクター等の公職も多数務める。

第11回デルファイ調査:都市・建築・土木・交通分野

- 都市・建築・土木・交通分野の特徴を教えてください。

「都市・建築・土木・交通」分野におけるデルファイ調査では、幅広い科学技術を扱いました。このために、分野の中では我々が細目と呼ばれるサブフィールドを9つ設定しました(図表1)。

前回調査(第10回科学技術予測調査)で設定した細目を踏襲して大きく変わりません。しかし、本調査では新たに「建設生産システム」と設定したことが特徴になっています。これは、「i-Construction」に代表されるように、この分野でも進むICTの全面的な活用に係る細目として新たに設定したものです。

図表1 「都市・建築・土木・交通」分野の細目及びキーワード図表1 「都市・建築・土木・交通」分野の細目及びキーワード

出典:調査資料292 第11回科学技術予測調査 デルファイ調査 図表II-6-1

社会基盤施設(インフラストラクチャー)の未来

- 今回の調査を通じて見えた都市・建築・土木・交通分野の今後の方向性はいかがでしょうか。

都市・建築・土木・交通に関連するこの分野は、広い意味での社会基盤施設(インフラストラクチャー)と呼ばれます。我々の経済活動、生活などを支える重要な文明の装置です。インターネットを通じて、情報が世界中を瞬時に回る時代の中で、人、モノの高速移動を支える社会基盤施設の要求が高くなります。一方で、膨大な量のストックが、人口減少や高齢化する我が国では、社会基盤施設の災害や経年劣化に対する脆弱(ぜいじゃく)性が高まりつつあります。持続性とレジリアンスがますます大きな課題となっています。

また、自然災害では地震による被害がこの半世紀は突出していました。しかし、最近では、地球温暖化の影響を受け、豪雨による災害も急激に増加傾向で、新しい災害にも対策が求められるようになっています。

このように様々な課題、要求の中で、また、人口減と高齢化する人口構成という制約の中で、持続的でレジリアントな社会基盤施設の形成に科学技術の果たす役割と期待は非常に大きいものがあります。

インフラストラクチャー関連の予測結果の特徴

- 調査の結果から見えてきたことは何でしょうか。
社会にとっての重要度と研究開発の拡充が求められる項目

細目別の科学技術トピックの重要度は、「社会基盤施設」、「建設生産システム」、「交通システム」、「防災・減災技術」、「防災・減災情報」の5つの細目で「重要」と評価されたトピックが複数ありました。また、トピックの国際競争力では「防災・減災技術」に対する評価が高いことが目立ちました。

また、技術的実現のための政策手段では、全細目で「研究基盤整備」を求める意見が50%を超えており、研究開発の拡充が望まれる結果になりました。特に、研究開発費の拡充に対する期待は最も多く「社会基盤施設」細目のトピックが2件含まれていました(「インフラの点検・診断の信頼性向上や負担軽減を図るために、現場で利用可能な非破壊検査技術」、「局地的短時間豪雨の高精度予測に基づく斜面崩壊及び土構造物のリアルタイム被害予測」)。また、社会実現に向けた「事業補助」として、国土利用・保全の細目が2件含まれていました(「破堤箇所の迅速な締切りなど、河川堤防の変状発生時の緊急復旧技術」、「流砂系の推定に基づいて山地や海岸線等の国土変化を予測し、適切に国土を保全する技術」)。

倫理的・法的・社会的な課題(ELSI)が重要視された自動運転・交通システム

研究開発の拡充とは一線を画していたものが「交通システム」です。この細目では、自動運転技術などでは、倫理的・法的・社会的な課題への対応を求める「ELSI課題への対応」、「法規制の整備」等の社会システムに係る環境条件を挙げたものが特に目立ちました。ある意味、社会との対話が社会実装への一番の鍵であることが端的にデータにも現れていました。

短期で実現する予測結果の増加:研究開発プロジェクトの近視眼化への懸念

- 調査結果のうちで気になることはございましたか。

今回の調査での回答結果の特徴は、現在から近い科学技術的実現や時期の回答が多かったことです。「防災・減災技術」、「建築」細目では、2031~2035年がピークとやや長期的な予測となっているものがありました。一方、科学技術の実現時期については、多くの細目で2026~2030年に科学技術的実現及び社会的実現時期を迎えるとした回答がほとんどでした。

もしかすると、これまでの我が国の科学技術・イノベーション政策では、社会実装や役に立つことを重視する余り、研究開発の視座が近視眼化してしまっている恐れがあります。若手研究者が夢を持てない状況にも見えるわけですから、指導的立場にある研究者には反省すべき点があるかもしれません。

質問内容(トピック)の作成の実態:幅広い専門家のネットワークを通じて知恵を結集する伝統

- デルファイ調査では、トピックと呼ばれる課題の設問を設定していくわけですが、この分野ならではの特徴が目立ったような気がします。特に課題の構成が非常にバランスの取れたものになったのではないかと思われます。また、産学官民の結びつきが強いこの分野で、関係府省の本省・国立研究所との調整が先生のお口添えもあってスムーズに進みました。その点について、何か秘訣のようなものがあるのでしょうか。

この分野は、土木、建築や交通などインフラストラクチャーに関係する幅広い分野・領域が含まれます。このため、細目と呼ばれる9つの項目に沿って専門の担当者の分担を決めて調査項目・トピックの作成を分担しました。他の先生の作成方法までは細かくは存じ上げないのですが、私の担当した防災関連の細目では、まず、全体の項目間のバランスを考えました。そこで自分なりの項目を大体のイメージを持ったら、それぞれに最も詳しい専門家、例えば、過去に科学技術予測調査の設問内容の作成に関与した専門家など、自身の専門家のネットワークを通じて聞いてからトピックを作成しました。この結果、各研究テーマで最新かつ最も重要と思われるトピックが作成できたのだと思います。

また、このための委員の人選ですが、最初に特定の学閥にこだわらず、さらに、次回以降の調査も見据えて、新進気鋭の次世代の担い手となる研究者で、デルファイ調査が続いたときには将来的には座長になっても十分な方に委員になってもらうなど、世代間のバランスにも長期的な視点から配慮をしました。

もっとも、伝統あるデルファイ調査が何でどういうものなのかということが我が国の科学者・技術者の間で広く伝承されていることが、デルファイ調査の伝統とトピック作成の質と密接にリンクしていると思います。結果的に関係府省や研究所、さらには大学・企業の専門家で形成されていることが将来を見据えた効果的な調査の実施につながったといえるでしょう。この意味でも継続性と伝統は重要だと思います。

今後に向けた抱負:ナショナルプロジェクトへの貢献と城西大学学長として

- これまで、戦略的イノベーションプログラム(SIP)第Ⅰ期「インフラの維持管理・更新・マネジメント技術」プログラムディレクターなど様々なナショナルプロジェクトにかかわられてきた中で、今後も政府に様々な助言をする立場となると伺っているところです。また、2020年4月に城西大学学長に就任とのことですが、今後の活動について抱負をお願いいたします。

城西大学は、経済学部、理学部、薬学部など5学部4研究科などからなる総合大学です。学長としては、これらの大学の総合力を発揮できるように、またナショナルプロジェクトに関しては、これまでのプログラムディレクターとしての経験などをもとに、求めに応じて誠心誠意努め、これらが相乗される形で社会の課題解決につなげていければと考えています。

おわりに:新型コロナウイルス時代の新しい課題に向けインフラ科学技術が果たす役割

- 最後に、何か一言ございましたらお願いいたします。

デルファイ調査の報告書にも書いた内容でもありますが、取りまとめの最終的な段階で、コロナウイルス感染症、いわゆるCOVID-19がパンデミック問題として浮上してきました。これだけ蔓延(まんえん)した背景には人、モノの高速大量移動、いわゆるモビリティのグローバル化があると言われています。ポストCOVID-19問題の後にどのような世界が展開されるかは、誰も分からないですが、モビリティのグローバル化は避けられない必然と考えられます。安全なモビリティを可能にする、ヘルスケアも含めたより広い社会インフラの構築という新しい課題に向け、科学技術の果たす役割は更に大きくなったと見るべきでしょう。

- 本日は、お忙しい中どうもありがとうございました。今後のますますの御活躍をお祈りしております。

(2020年3月19日インタビュー)


注 「ICTの全面的な活用(ICT土工)」等の施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図り、もって魅力ある建設現場を目指す取組のこと。
https://www.mlit.go.jp/tec/i-construction/index.html