STI Hz Vol.6, No.2, Part.7:(ほらいずん)CO2排出削減に貢献する科学技術の未来予測STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00216
  • 公開日: 2020.06.25
  • 著者: 河岡 将行
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
CO2排出削減に貢献する科学技術の未来予測
-第11回科学技術予測調査より-

科学技術予測センター 特別研究員 河岡 将行

概 要

パリ協定を踏まえ、我が国では長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指すとしている。文部科学省と経済産業省を共同議長とした『エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会』では、脱炭素社会の実現に向けてCO2の大量削減に貢献する技術として、水素、CCUS(二酸化炭素回収・利用・貯蔵技術)、再生可能エネルギー・蓄エネルギー、パワーエレクトロニクスを挙げている。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施したデルファイ調査の結果からも、関連する科学技術トピックの重要度の高さが伺えた。水素関連技術では、水素社会の普及には官民が一体となった取組が求められている。CCUS関連技術では、社会的実現年が比較的長い年月を要すると見られており、長期的な研究開発を継続していくには、人材の確保・育成が求められている。再生可能エネルギー・畜エネルギー関連技術では、電池関連が圧倒的に重要度が高く、パワーエレクトロニクスに関しては、個別のデバイスのみならず周辺機器を含めたトータルシステムとしての競争力強化が課題として挙げられた。

キーワード:脱炭素社会,水素,CCUS,再生可能エネルギー・蓄エネルギー,パワーエレクトロニクス

1. はじめに

パリ協定を踏まえ、我が国では長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指すとしている。それを受けて『エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会』(以降、検討会とする)では、脱炭素社会の実現に向けてCO2の大量削減に貢献する技術を特定している。具体的には、水素、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:二酸化炭素回収・利用・貯蔵技術)、再生可能エネルギー・蓄エネルギー(以降、再エネ・畜エネとする)、パワーエレクトロニクス(以降、パワエレとする)であり、2019年6月の報告書1)では、これらの技術の課題、実用化を見据えた長期的な研究開発等の方向性、実用化に向けた研究開発の在り方が記されている。

一方で、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施した第11回科学技術予測調査2)においても、上記の技術に関連する科学技術トピックが取り上げられており、実現見通しや実現に向けた政策手段について専門家へのアンケート調査を実施、その結果が公表されている。

本報では、検討会で挙げられたCO2の大量削減に貢献する技術(水素、CCUS、再エネ・蓄エネ、パワエレ)に関して、NISTEPで実施した予測調査結果を示し、脱炭素社会の実現に向けた取組について考察する。

2. エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会について

エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会とは、文部科学省と経済産業省を共同議長とし、脱炭素社会の実現に向けて、特にCO2大量削減に貢献する技術について議論する会である。CO2の削減ポテンシャル・実用化の観点から現在の研究開発・実用化状況を確認し、基礎基盤研究から社会実装までのボトルネック課題を抽出した上で、実用化に向けた長期的な研究開発の方向性等について議論された。

検討会では、CO2の大量排出源とその原因を示した上で、既存技術を代替しうる革新的な技術例から、水素、CCUS、再エネ・蓄エネ、パワエレについて特に着目し(図表1)、その現状、削減ポテンシャル、実用化に向けたボトルネック課題などを検討している。

図表1 CO2大量排出セクターと技術領域の関係図表1 CO2大量排出セクターと技術領域の関係

出典:経済産業省(第9回エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会資料)

3. デルファイ調査について

NISTEPでは科学技術予測調査として、科学技術全般にわたる中長期的な発展の方向性について、専門家の知見を得ることを目的としたアンケート調査(デルファイ調査)を1971年から約5年ごとに継続実施している3)。11回目となる科学技術予測調査では、2040年をターゲットイヤーとしつつ、2050年までの30年間を展望する設計とした。

すべての科学技術を俯瞰すべく、7分野(①健康・医療・生命科学、②農林水産・食品・バイオテクノロジー、③環境・資源・エネルギー、④ICT・アナリティクス・サービス、⑤マテリアル・デバイス・プロセス、⑥都市・建築・土木・交通、⑦宇宙・海洋・地球・科学基盤)において702の科学技術トピック(2050年までの実現が期待される研究開発課題)を設定し、各トピックに関して重要度、国際競争力、実現見通し、実現に向けた政策手段について、アンケート調査を実施し、各分野の専門家5,352名から回答を得た4)

本稿では、702の科学技術トピックのうち、検討会で注目されたキーワードを中心に、水素、CCUS、再生可能エネルギー・蓄エネルギー、パワーエレクトロニクスに関連する科学技術トピックを抽出し、アンケート結果の概要を紹介する。

4. 調査結果

4-1 重要度、国際競争力、実現時期

重要度と国際競争力については5段階評価で「非常に高い:+2、高い:+1、どちらでもない:0、低い:-1、非常に低い:-2」として計算した。また実現見通しについては「実現済み、2025年以前、2026~2030年、2031~2035年、 2036~2040年、2041~2045年、2046~2050年、2051年以降、実現しない、わからない」を選択肢とした。

7分野計702の科学技術トピックのうち、水素関連8、CCUS関連6、再エネ・畜エネ関連11、パワエレ関連6トピックを選択し、各アンケート結果を重要度順に整理したものを図表2~5に示す。

水素関連トピックにおいて、8トピック中の半数が重要度指数1.0以上であり、重要度が高いものは国際競争力も高い傾向が見られた。その中でも最も重要度が高いと評価されたのは、「貴金属使用量が10分の1以下になる燃料電池」であり、コスト低減の必要性が求められている。水素関連の社会的実現年は、2030年から2036年の間になっている。

CCUS関連トピックでは、6トピック中4トピックが重要度指数0.93以上と高かった。CO2還元による再資源化と大気からのCO2回収技術に関しては、社会的実現時期が2039年となっており、実現が遅い傾向となった。

再エネ・畜エネ関連トピックでは、重要度指数が0.41から1.50と、トピックによるばらつきが大きかった。重要度の上位には二次電池や太陽電池が占めており、電池に関しては、国際競争力も高い結果となった。一方で、「洋上風力発電、海洋エネルギー資源利用発電、偏西風や潮流を利用した発電」に関しては、国際競争力指数が0に近く、競争力の強化が課題と認識された。社会的実現時期は2033年前後であった。

パワエレ関連トピックでは、重要度指数が0.76から1.24と比較的高く評価されている。また、高効率パワー半導体や電池・パワーデバイスのオペランド構造物性解析などの国際競争力は高い。社会的実現時期に関しては、2030年付近が多く、他よりも若干早い実現予測となった。

各トピックの重要度と国際競争力の関係を図表6に示す。今回取り上げたトピックは、概ね相関傾向が見られた。水素関連のトピックは、全体的に重要度と国際競争力が高い結果となった。次に高い傾向としてはCCUSとパワエレ関連のトピックであった。再エネ・畜エネ関連のトピックは、ばらつきが大きいものの、全トピックの中でも重要度が高く評価されているトピックがある。

図表2 水素技術関連トピックの調査結果(重要度順)図表2 水素技術関連トピックの調査結果(重要度順)

図表3 CCUS技術関連トピックの調査結果(重要度順)図表3 CCUS技術関連トピックの調査結果(重要度順)

図表4 再エネ・蓄エネ技術関連トピックの調査結果(重要度順)図表4 再エネ・蓄エネ技術関連トピックの調査結果(重要度順)

図表5 パワエレ技術関連トピックの調査結果(重要度順)図表5 パワエレ技術関連トピックの調査結果(重要度順)

図表6 重要度と国際競争力の関係図表6 重要度と国際競争力の関係

4-2 実現に向けた政策手段

実現に向けた政策手段は、「人材の育成・確保、研究開発費の拡充、研究基盤整備、国内連携・協力、国際連携・標準化、法規制の整備、倫理的課題への対応、その他」を選択肢とし、その中から複数選択可として実施し、回答者の選択割合を集計した。技術群ごとの平均値で比較した結果を図表7、8に示す。

技術的実現では、全般的に研究開発費の拡充が最も多い。一方、社会的実現では事業環境整備が最も多く、回答者の55~65%が必要と答えた。また、社会的実現では技術的実現に比べて法規制の整備が必要と答える割合が多くなっている。全トピックの平均値と比較すると、技術的実現、社会的実現ともに人材育成とELSI対応への回答が少ない傾向があった。

図表9~14には、技術的実現に必要な各政策手段において回答者の割合が多かった上位5トピックを示す。「人材育成・確保」(図表9)では、パワエレ、再エネ・畜エネのトピックで64%以上の高い回答を得た。「研究開発費/事業補助」(図表 10)、「研究基盤/事業環境整備」(図表 11)では、共通するトピックも多く、電池関連のトピックが上位を占めた。「国内連携・協力」(図表 12)では、分散電源制御技術が69%と高い回答を得た。「国際連携・標準化」(図表 13)では、CCUS に関するトピックが上位に挙げられ、CO2 の回収利用に関しては、世界的に取り組む必要性が強調された。「法規制の整備」(図表 14)では、パワエレと水素の関連トピックが挙げられた。この政策手段に関しては、技術実現よりも社会実現に必要と回答する人の割合が多かった。

図表7 技術的実現に必要な政策の選択割合      図表8 社会的実現に必要な政策の選択割合図表7 技術的実現に必要な政策の選択割合 図表8 社会的実現に必要な政策の選択割合

科学技術的実現に向けた政策手段(複数回答):人材の育成・確保、研究開発費の拡充、研究基盤整備、国内連携・協力、国際連携・標準化、法規制の整備、倫理的課題(ELSI)対応、その他
社会的実現に向けた政策手段(複数回答):人材の育成・確保、事業補助、事業環境整備、国内連携・協力、国際連携・標準化、法規制の整備、倫理的・法的・社会的課題(ELSI)対応、その他

図表9 人材育成・確保の回答が多いトピック図表9 人材育成・確保の回答が多いトピック

図表10 研究開発費/事業補助の回答が多いトピック図表10 研究開発費/事業補助の回答が多いトピック

図表11 研究基盤/事業環境整備の回答が多いトピック図表11 研究基盤/事業環境整備の回答が多いトピック

図表12 国内連携・協力の回答が多いトピック図表12 国内連携・協力の回答が多いトピック

図表13 国際連携・標準化の回答が多いトピック図表13 国際連携・標準化の回答が多いトピック

図表14 法規制の整備の回答が多いトピック図表14 法規制の整備の回答が多いトピック

5. 考察と今後の取組

検討会では、水素関連技術について、水素製造・輸送・貯蔵の低コスト化と水素利用の拡大が重要な課題として挙げられている。これらの課題を解決し、実現するための政策手段としては、事業環境整備や国内連携、法規制の整備が求められており、水素社会の立ち上げ、実現には、官民が一体となった取組が重要との認識がされている。

CCUSはIEA(International Energy Agency:国際エネルギー機関)報告書5)においても、CO2を大量回収・貯留する抜本的な方策として、2060年までの世界の累積CO2削減量の14%をCCSが担うことが期待されている重要な技術であるが、CCUSの社会的実現年は2031から2039年と比較的長い年月を要すると見られている。長期的な研究開発を継続していくには、人材の確保・育成が重要とのことから、他の技術群に比べると人材育成の選択割合が高い。また、現在CO2の貯留(CCS)に関しては海洋環境保護などの観点から、国内外で様々な規制67)がかけられているが、今後も安全性や社会受容性を高めるための政策として、国際連携やELSI対応についても求められている。

再エネ・畜エネに関しては、二次電池や太陽電池、燃料電池といった電池開発に関して、早期実現が望まれている。電池開発は、電気自動車や燃料電池車などとも関連して国際競争力も高く評価されており、日本が世界で存在感を発揮できる技術と期待されている。検討会でも指摘されているように電池開発、普及の最大の課題は低コスト化であり、予測調査で使用した科学技術トピックでもコストと性能を意識した問いかけとなっている。コストの低減を含めた実現のための政策支援としては、人材育成、研究開発費、研究基盤、国内連携など多方面での支援が求められており、2030年頃の実現に向けて、総合的な推進が望まれている。

パワエレに関しては、次世代半導体(SiCやGaNなど)のデバイス開発の重要度と国際競争力の高さが認められているが、周辺機器を含めたトータルシステムとしての国際競争力については評価が低い。実現のための政策手段としても、国内連携・協力が他の分野に比べても多く選択されていることから、技術開発と社会実装の推進のためには、産官学がこれまで以上に連携を取りやすい仕組みづくりが必要と考える。

6. おわりに

2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指すには、現時点で削減ポテンシャルが高い技術について集中的に取り組むと同時に、革新的な科学技術の研究開発も継続支援していく必要がある。また、研究者や企業の科学技術に対する取組のみならず、社会インフラの整備や市民の意識改革等も必要になってくる。地球温暖化防止という課題に対して、市民、研究者、企業、国、世界が有機的につながることが望まれる。

今回の結果を踏まえて、NISTEPでは今後シナリオを作成する予定である。国際競争力が高い結果であっても必ずしも国際連携が求められているとは限らない結果が見られたことから、環境や政策、そして社会的背景も考慮して、俯瞰的に検討したシナリオを作成していく。


* 所属は執筆当時

注 同一回答者に同一設問を繰り返し、回答者の意見を収れんさせるアンケート手法。2回目以降は前回の集計結果を示して、回答者に再考を求める。

参考文献・資料

1) 文部科学省、「エネルギー・環境技術のポテンシャル・実用化評価検討会」報告書について
https://www.mext.go.jp/a_menu/kaihatu/kankyouene/detail/1417737.htm

2) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書」、NISTEP REPORT No.183、科学技術・学術政策研究所(2019年11月):https://doi.org/10.15108/nr183

3) 科学技術・学術政策研究所、「デルファイ調査検索」 https://www.nistep.go.jp/research/scisip/delphisearch

4) 「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書」、報道発表_説明資料_参考(2019年10月):https://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.201

5) 国際エネルギー機関(International Energy Agency)、ETP (Energy Technology Perspectives) 2017

6) 外務省、「ロンドン条約及びロンドン議定書」、2018 https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ge/page23_002532.html

7) 環境省、「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」(海洋汚染防止法)
https://www.env.go.jp/water/kaiyo/ocean_disp/1hourei/zenbun.html