STI Hz Vol.6, No.1, Part.6:(ほらいずん)科学技術イノベーション政策関連シンクタンクの専門家ワークショップ(実施報告)STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00204
  • 公開日: 2020.03.23
  • 著者: 黒木 優太郎
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
科学技術イノベーション政策関連シンクタンクの
専門家ワークショップ(実施報告)

科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎

概 要

科学技術イノベーション政策に関連するシンクタンクは多数存在しており、これらのシンクタンクのこれまで以上の連携が望まれていた。また、昨今は科学技術の領域そのものだけでなく、その社会との関わりの検討も求められている。そこで、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心に科学技術イノベーション政策に関連するシンクタンクから専門家が参集し、共通して重要であると考える科学技術領域と、その社会実装に向けて必要な制度等をワークショップで検討した。

ワークショップでは、各シンクタンクが示す重要テーマを事前に抽出し、AI関連技術でクラスタリングしたものを検討材料に用いた。重要テーマとなる仮領域を設定し、それぞれに、コアとなる科学技術や社会実装上のボトルネック等の検討を行った。

キーワード:シンクタンク連携,ワークショップ

1.はじめに

米国ペンシルバニア大学の統計によれば、2018年時点で、「シンクタンク」と呼ばれる組織は世界中で8,100を超え、アジアには1,829の、日本には128のシンクタンクが存在するとされる注1。ここでシンクタンクとは、公共政策の調査分析組織であり、国内及び国際的な問題に関する政策指向の調査・分析・助言等を行い、政策立案者や一般市民が、これらの情報に基づいた決定することを可能とする組織とされる1)。これらに加え、科学技術イノベーション政策に関連するシンクタンクも科学技術・学術政策研究所(NISTEP)だけでなく、民間も含め多数存在する。その一方で、これらの多数のシンクタンクについて、これまで以上のシンクタンク間の連携を望む声もあった。

また昨今は、ゲノム編集やAI等、科学技術が社会を変革する事例も増え、科学技術の発展に伴って生じる倫理的、法的、社会的課題(ELSI : Ethical, Legal and Social Issues)の重要性も増しており、科学技術の社会実装に当たっては、科学技術そのものだけでなく、社会との関わりについても十分検討する必要がある2)

そこで今回、科学技術イノベーション政策に関連するシンクタンクから専門家が参集し、共通して重要であると考える科学技術領域と、その社会実装に向けて必要な制度、課題等を検討するため、ワークショップを実施することとした。なお、本ワークショップの結果は、2019年11月6日に開催した「NISTEPフォーサイトシンポジウム」にて別途報告しており、その際の資料についても掲載しているので別途参考にされたい3)。また、本ワークショップはシンクタンク連携による試行的検討であり、ワークショップ結果の領域は飽くまで仮のものである。

2. 検討体制

検討に当たっては、オブザーバーを含め、以下の体制でワークショップを実施した。また、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に加え、オブザーバーも含めた各参加者は専門家として議論に参加し、発言そのものに所属組織としての責任を負わないこととした。

【参加者(19名)】

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター(JST/CRDS)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 技術戦略研究センター(NEDO/TSC)

【オブザーバーとして検討に協力(10名)】

内閣府、文部科学省、日本学術振興会(JSPS)、政策研究大学院大学(GRIPS)SciREXセンター、公益財団法人未来工学研究所注2、株式会社三菱総合研究所注2

3. 領域の検討

検討に当たり、既に各シンクタンク(NISTEP、JST/CRDS、NEDO/TSC)において重要テーマに類する文言を含む報告書4~6)が発表されているため、事前にこれらを取集し、AI関連技術(自然言語処理等)を用いてクラスタリングした。同様の手法によるクラスタリングは、過去、NISTEPにおける「未来につなぐクローズアップ科学技術領域」の検討においても用いられているため、併せて参考にされたい4)。検討の全体概要について、図表1に示す。

まず、各シンクタンクの既存資料より、重要テーマ及びそのテーマの概説に相当する文言を抽出した。NISTEPについては、「クローズアップ科学技術領域」より、横断的領域(8つ)及び軸足を持つ領域(8つ)を対象とし、合計16のテーマを抜粋した。JST/CRDSについては、「研究開発の俯瞰報告書」における今後の展望・方向性の章から適宜抜粋し、合計38のテーマを抜粋した。NEDO/TSCについては、「重点技術領域の探索・分析手法の高度化に係る調査」における重要技術領域を対象とし、合計50のテーマを抜粋した。なお三機関から抽出したテーマについては、必ずしも「重要」という言葉で特筆されているとは限らない(例えばJST/CRDS俯瞰報告書のナノテクノロジー・材料分野であれば、「10のグランドチャレンジ」から抜粋した)。その後、それらを用いてAI関連技術により16のクラスターを生成し、さらに、それらのクラスターを組み合わせて検討の対象となる科学技術領域を設定し、ワークショップで検討を行った。16のクラスターの一例を図表2に示す。

図表2は、「テーマの概説」の文字列を基に自然言語処理等でクラスタリングした結果である。それぞれ、ロボットや自動化といった技術的分類だけでなく、人間との共生や協働といった社会実装の面でも類似しており、シンクタンクがそれぞれ共通したテーマに着目し、類似した課題意識を持っている場合があることがわかる。

上記のような16のクラスターを組み合わせて検討の対象となる科学技術領域を設定した後、ワークショップでは、4つの視点(国際社会、安全・安心、経済的価値、知的探究)からの社会課題への貢献度評価や科学技術関連用語(キーワード)の抽出、必要となる制度的対応等の具体化を行い、最終的に図表3に示すフォーマットを埋めたものを領域ごとに作成した。

図表1 検討の概要図表1 検討の概要

図表2 ワークショップで用いた各シンクタンク重要テーマの例図表2 ワークショップで用いた各シンクタンク重要テーマの例

図表3 発表フォーマット図表3 発表フォーマット

4. 検討結果

最終的に得られた結果について、図表4に示す。先述のとおり、これらは全てワークショップの結果として得られた仮の領域であることに留意されたい。

領域1は、自然災害への備えや、万が一被災した場合の復興に関する領域である。NISTEPより「自然災害に関する先進的観測・予測技術」、JST/CRDSより「異常気象と温暖化影響の関連性解明」、NEDO/TSCより「建築物・インフラ補修の完全自動化」等が重要テーマとして挙がった。

領域2は、完全な人間の思考を再現可能な全脳AIと、それを搭載したロボットと人間との調和に関する領域である。NISTEPより「人間社会に溶け込みあらゆる人間活動を支援・拡張するロボット技術」、JST/CRDSより「人間・機械共生」、NEDO/TSCより「人間協働型ロボット」等が重要テーマとして挙がった。

領域3は、個別医療・先進医療の浸透及びそのプラットフォームに関する領域である。NISTEPより「プレシジョン医療を目指した次世代バイオモニタリングとバイオエンジニアリング」、JST/CRDSより「個別化・層別化医療」、NEDO/TSCより「検査・診断の自動化システム」等が重要テーマとして挙がった。

領域4は、先進的な計測技術や、それを可能とする高度シミュレーション技術、及びそれらにより可能となる複雑な製造システムに関する領域である。NISTEPより「先端計測技術と情報科学ツールを活用した原子・分子レベルの解析技術」、JST/CRDSより「オペランド計測・プロセス統合」、「多機能・複雑系の材料設計」等が重要テーマとして挙がった。

領域についての詳細は参考資料3)、それぞれの重要テーマについての詳細は参考資料4)5)6)をそれぞれ参照されたい。

制度的対応や課題等については、各領域おおむね一貫して以下のような意見が得られた。どの領域を実現するに当たっても、データ共有や寡占防止、ELSIの対応は特に重要な課題と認識された。

(1)寡占や格差に対する対応

・ IT等のグローバル企業による独占・寡占に対する対策

・ 本来は格差を埋める技術であるはずの科学技術が、格差を助長しないような社会制度

(2)データの管理・利活用における信頼とインセンティブ

・ 公平かつ安全なデータ保有(第三者機関の活用等)

・ データの囲い込みの解消・共有に向けたインセンティブ(研究データに限らず、ライフログ等の提供を含む)

(3)倫理的・法的・社会的問題(ELSI)への具体的対応

・ 科学技術の社会実装における社会的なコンセンサス作りと制度化

・ デジタライゼーションに伴う新たなプライバシーの問題等への適正な規制

図表4 ワークショップによって得られた領域図表4 ワークショップによって得られた領域

5. おわりに

今回のワークショップによって、それぞれのシンクタンクが暗黙知的に得ていた重要テーマについて明らかになった。自然言語処理という機械的手段によっても、共通テーマが精度良く分類可能であったことは重要な示唆であった。一方で、それぞれのシンクタンクはそれぞれの強みや特色を有し、各ミッションに応じた活動をしているため、当然ながらその相違に留意する必要がある。重要テーマを設定する上でも、その方法等はシンクタンクによって異なるため、テーマの階層構造や規模感等はシンクタンク間で異なることが多々あり、全てが並列に語れるわけではない。そのため、これらの違いの認識は事前に十分共有しておく必要がある。

今回のワークショップを通じて確かめられた、シンクタンク連携の必要性や有効性及び留意点を踏まえて、今後も密に連携を取っていきたい。


注1 米国ペンシルバニア大学の定義に基づく調査であり、調査の実施主体によってシンクタンクの数は異なる。例えばPolicy entrepreneur(直訳すると政策起業家)が主体になった調査「Open think tank directory」には、全世界2,670機関が登録されている(https://onthinktanks.org/open-think-tank-directory/)。

注2 第5期科学技術基本計画フォローアップ調査を内閣府より受託

参考文献・資料

1) 「2018 Global Go To Think Tank Index Report」、2019年1月、University of Pennsylvania
https://repository.upenn.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1017&context=think_tanks

2) 「―The Beyond Disciplines Collection―科学技術イノベーション政策における社会との関係深化に向けて 我が国におけるELSI/RRIの構築と定着」、2019年11月、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

3) 赤池 伸一(2019)「科学技術イノベーション政策関連シンクタンクの専門家によるワークショップについて」、文部科学省科学技術・学術政策研究所
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/2-4_NISTEP-Foresight-Symposium20191106.pdf

4) 重茂 浩美、蒲生 秀典、小柴 等(2019)「未来につなぐクローズアップ科学技術領域―AI関連技術とエキスパートジャッジの組み合わせによる抽出の試み」、NISTEP DISCUSSION PAPER、No.172、文部科学省科学技術・学術政策研究所
https://doi.org/10.15108/dp172

5) 「研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2019年)」、2019年3月、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
「研究開発の俯瞰報告書 システム・情報科学技術分野(2019年)」、2019年3月、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
「研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2019年)」、2019年3月、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
「研究開発の俯瞰報告書 ライフサイエンス・臨床医学分野(2019年)」、2019年3月、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

6) 「平成30年度成果報告書 重点技術領域の探索・分析手法の高度化に係る調査」、2019年5月、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構