STI Hz Vol.5, No.4, Part.4:(特別インタビュー)政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター(SciREX センター)顧問 黒田 昌裕氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00194
  • 公開日: 2019.12.20
  • 著者: 多田 真希子、黒木 優太郎、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター(SciREX センター)顧問 黒田 昌裕 氏インタビュー
科学技術イノベーション政策の未来への期待
-歴史認識とEBPMによる検証の必要性-

聞き手:企画課 係員 多田 真希子
科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎
上席フェロー 赤池 伸一

昨今、根拠に基づく政策(Evidence-Based-Policy-Making)(以下、EBPMという)推進の重要性が高まっている。黒田 昌裕 慶應義塾大学名誉教授、政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)顧問は、これまでSciREX事業において、EBPMのための実践的な研究プロジェクトを実施するとともに、SciREX事業に関係する大学、機関のプロジェクトを取りまとめ、事業を通して得られたデータ、ノウハウなどの知見を集約、発信に務めてこられた。経済と科学技術の発展に関する歴史認識とEBPMによる過去の政策の検証の必要性についてお話を伺った。

黒田 昌裕 慶應義塾大学名誉教授、政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター(SciREX センター)顧問1941年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。1964年慶應義塾大学経済学部卒。1969年同大学大学院商学研究科博士課程満期取得退学、1982年同大学商学部教授、1991年同大学産業研究所所長、1992年博士(商学)(慶應義塾大学)、2001年慶應義塾常任理事、2008年東北公益文科大学学長、2010年研究開発戦略センター上席フェロー、2011年SciREX推進委員会主査、2014年政策大学院大学客員教授、2016年SciREXアドバイザリー委員会主査。主な著書に『実証経済学入門』(日本評論社、1984年)、『一般均衡の数量分析』(岩波書店、1989年)、共著に『日本経済の一般均衡分析』(筑摩書房、1974年)、『入門経済学』(東洋経済新報社、2001年)。1983年慶應義塾大学福澤賞、2002年日本統計学会賞、2016年瑞宝中綬章を受章。

黒田 昌裕 慶應義塾大学名誉教授、政策研究大学院大学
科学技術イノベーション政策研究センター
(SciREX センター)顧問

1941年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。1964年慶應義塾大学経済学部卒。1969年同大学大学院商学研究科博士課程満期取得退学、1982年同大学商学部教授、1991年同大学産業研究所所長、1992年博士(商学)(慶應義塾大学)、2001年慶應義塾常任理事、2008年東北公益文科大学学長、2010年研究開発戦略センター上席フェロー、2011年SciREX推進委員会主査、2014年政策大学院大学客員教授、2016年SciREXアドバイザリー委員会主査。
主な著書に『実証経済学入門』(日本評論社、1984年)、『一般均衡の数量分析』(岩波書店、1989年)、共著に『日本経済の一般均衡分析』(筑摩書房、1974年)、『入門経済学』(東洋経済新報社、2001年)。1983年慶應義塾大学福澤賞、2002年日本統計学会賞、2016年瑞宝中綬章を受章。

1. エビデンスに基づく政策について

- 昨今、EBPM推進の重要性が盛んにうたわれるようになってきましたが、先生としてはEBPMについてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

EBPMも段階があるように感じられます。与えられた政策目標に対し数字をはめるだけではEBPMではなく、ある政策についてその効果を検証することもEBPMの果たすべき大きな役割であると思っています。前者の役割はエビデンスを与えるものですが、後者の役割はエビデンスが生まれるロジックを詰めるものですので、これらは相反するとも言える役割を持っているように思います。政策を後押しするだけの手段にはならないように、政策を打ったときの検証と、打たなかったときの検証を行う、そうした力をつけていくべきだと思っています。

2. SciREX事業について

- EBPMにおけるSciREX事業の役割とはどういったものでしょうか。

科学技術の進展とは、知識ストックとしての無形固定資産の形成です。その効果は、すべてが目で見られるものではありません。そのため、過去を振り返り、対象の政策に対して、目指したシナリオと実際の結果を比較・検証し、その問題をエビデンスとして蓄積していくことが重要です。エビデンスを俯瞰し、個々の政策を検証することが、SciREX事業の役割です。

- 若手行政官は、EBPMについてどのような勉強が必要でしょうか。

例えばSciREXセンターが行っている政策と研究の共進化に向けた取組として、SciREXセンターや拠点大学の研究活動と実際の政策形成・実施の現場をつなぐ役割を担う「政策リエゾン」というプログラムがあります。このプログラムは若手から中堅クラスの国家公務員の方々に、プロジェクトへの参画とともに政策立案と検証の試行訓練の場を提供しています。これを通じて、参加者が共進化を実現することの難しさを理解できることはとても良いことだと考えています。なぜ難しいのか、何が原因で進まないのかが分かることで、研究者と政策担当者との共進化を進めることができると思います。

若い人ほどフランクに、広い視野から現状を把握することができますので、若いうちから視野を養うことが大変重要です。いわゆる官僚的な思考パターンがつく前に研修を行うことで、柔軟な発想のもと、社会のニーズに合う政策立案ができるようになります。SciREX事業の制度で勉強した若者たちが、現状の問題を解決し、未来を切り開く人材になってくれることを期待しています。

そうした次世代の担い手が、世界の先端を切り拓き、日本が科学技術イノベーションを先導していきたいと願うのであれば、欧米を含めた文明の発展の中で、科学技術と社会がどのように開化してきたかについて、歴史認識を踏まえた議論が大変重要だと思っています。この観点は今までの科学技術基本計画に欠けているように思います。

3. 科学技術の発展と歴史認識

- 歴史と科学の関わりとはどのようなものでしょうか。

科学技術と経済は相互に影響を及ぼしながら発展してきました(図表)。18世紀、英国では蒸気力利用によるエネルギー革命が進み、産業革命が起こりました。一方で、アダム・スミスは「道徳感情論」、「国富論」の二つの著作で、人間の利己心による競争が一方で利他心と共鳴して、「私益」を「公益」に転換する道徳秩序を生み出すという、いわゆる市場原理を発見します。しかし、スミスは、自由放任の競争原理が現実の市場で政策的関与なしに、働くとは、思っていなかったように思います。19世紀に入ってのグローバル化による市場の拡大と科学技術の進化が、産業革命を更に大きくして、自由と平等を求める社会的要請と豊かさを求める経済の効率性の追及が自由放任主義の市場経済感を後押ししたように思います。そこでは、「成長」は、自由と平等な社会を保証する「豊かさ」を生み出す「手段」であったと考えられます。20世紀に入って、科学の急速な進歩は、科学技術と社会の関係を大きく変える。そこでは、豊かさを求めた経済成長は、もはや手段ではなく、目的化されているように思えます。そして、トランス・サイエンスと言われる時代の諸課題を生み出してきました。21世紀に入って、更なる情報革命が招来、グローバル化の進展は、国家間の分業構造すら大きく変えようとしています。

図表 科学技術と経済についての歴史認識図表 科学技術と経済についての歴史認識

インタビューをもとに文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)企画課にて作成
- 日本経済は今どのような状況にあると言えるでしょうか。

1990年代のいわゆるバブルが崩壊したあと、日本経済は長期停滞の局面に入ったと言われています。少子高齢化、財政赤字と国債依存、所得格差の拡大など未曽有の難題が山積しています。国際経済の環境も急激に変化しつつあり、環境問題や南北間の経済格差拡大など地球規模の持続的経済発展が危ぶまれる状況です。そうした中で、我が国経済をどのような方向に導くのか?そしてその目標を実現するために、現代の科学技術をいかなる方向に導くかは、非常に重要な課題です。そのために、国が何を担い、産業、そして個々人が何をなすべきかを、自律的に考えることが最も重要です。

- 歴史を踏まえ、未来の科学技術イノベーション政策をどのように考えていけばよいでしょうか。

1999年に「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」いわゆるブダペスト宣言で唱えられた“Science for Society, Science in Society”の真の意味を考え直すことが重要です。「科学・技術の進歩が社会にどのような変化をもたらすか?」を推測できる社会経済のシミュレーターが必要です。このシミュレーターでは、過去の科学技術に関する知識の蓄積と社会への導入が、社会をどのように変えてきたかを振り返ることからできるわけですが、将来にわたっての科学技術政策が、将来の社会をどのように変えることができるかを推察できるものでなければなりません。そこで予想される将来社会の姿が、目標とする社会と異なっているときには、科学技術政策の在り方、資源配分の在り方を変更させることが必要となります。このようなシミュレーターを作り、また繰り返し検証することにより精度を高めることが、真のEBPMに結び付くと考えています。

4. 科学技術予測調査について

- 11月に第11回調査の結果を公表したところですが、今後の活用方法等について御意見をお願いいたします。

今回本調査から科学技術発展による社会の未来像ができたわけですが、今後の進め方として、その実現に向けての一歩を考えていくことが求められていると思います。シナリオを活用していくには、過去の検証が大変有効になります。これまでの調査から導き出されたシナリオについて、予測されていた社会に対し、現実世界で達成できたところとできなかったところをまず分析します。そうすることで、調査結果と現実社会との違いを知ることができます。この違いから、実際にはどのような科学技術の開発が必要であったのかを知ることができ、この知見をエビデンスとして蓄積することが必要です。この作業についてはSciREX事業とも連携して行うことができると感じています。

- 科学技術イノベーション政策について、過去の政策が実際に社会へ与えた影響を検証する必要性を教えてください。

科学技術とは無形固定資産としての知識の蓄積にほかなりません。無形ということはその中味を見ることができません。中味の見えないものをどのようにして見えるようにしていくか、ここが難しいところで議論を深めていくべき点になります。科学技術予測調査は、科学技術の発展のために科学技術投資がなされたとき、そこにできた知識がどのような社会を作っていくかを議論している調査ということができます。知識により社会の何を動かすことができ、逆に何は動かすことはできないのかを知ることは、科学技術予測調査の活用及び精度の向上においても有効であると考えます。過去の検証を通し調査の精度を上げた上で、社会における操作可能部分を政策として動かし、社会の未来像に近づけていく方法を考えていくことができればすばらしいと思います。

黒田先生、ありがとうございました。

左から、黒木、赤池、黒田顧問、多田

左から、黒木、赤池、黒田顧問、多田


注 文部科学省の科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業の略称