STI Hz Vol.5, No.4, Part.2: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)早稲田大学 理工学術院 Edgar Simo-Serra 専任講師インタビュー-日本の陶芸を愛する若きAI研究者のチャレンジ-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00192
  • 公開日: 2019.11.25
  • 著者: 玉井 利明、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
早稲田大学 理工学術院
Edgar Simo-Serra専任講師インタビュー
-日本の陶芸を愛する若きAI研究者のチャレンジ-

聞き手:企画課 課長補佐 玉井 利明
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

Edgar Simo-Serra(エドガー シモセラ)専任講師は、2015年にスペインで学位を取得後、かねてより関心があった日本に来られた。早稲田大学では、AI(人工知能)の一つの手法である深層学習を用いた画期的な画像処理技術として、イラストやアニメのラフスケッチに対して高精度かつリアルタイム編集が可能となる技術や、モノクロ画像を自動的にカラー画像に着色する技術などの開発(図表)により、ナイスステップな研究者2018に選定された。

2018年9月に専任講師となり、研究室を構えたばかりで、研究室に配属された生徒への指導や大学の学部生への授業、指導の教育面での業務が非常に多忙な中、いろいろな企業への技術指導を進められている。まだスペースが目立つ研究室の棚には、自身で作成された絵や字で彩られた陶器が数多く飾られており、単なる趣味にとどまらず、日本の伝統芸能の後継者問題にも関心を持ち、その解決に向けて、御自身の専門を生かした研究にも意欲を持っている。

今回のインタビューでは、日本を選ばれたきっかけ、スペインと日本との違い、実用化に向けた取組、将来の研究の展望などについてお話を伺った。

Edgar Simo-Serra 早稲田大学 理工学術院 専任講師

Edgar Simo-Serra 早稲田大学 理工学術院 専任講師

図表 スマートインカー、自動着色など深層学習を用いた画像処理技術の開発

図表 スマートインカー、自動着色など深層学習を用いた画像処理技術の開発
図表 スマートインカー、自動着色など深層学習を用いた画像処理技術の開発
図表 スマートインカー、自動着色など深層学習を用いた画像処理技術の開発
出典:早稲田大学 理工学術院 Simo-Serra専任講師御提供資料

米国やスペインよりも日本が合っていた

- 今回選定された研究を日本でやることになったきっかけは何ですか。

米国で生まれ11歳でスペインに引っ越しました。そのため、自分の国という概念がありません。5歳の頃までは、アジア人、主に韓国人のコミュニティにいて、初めて覚えた外国語も韓国語でした。日本人や中国人の友人も多く、それもあって、パーソナリティが影響されたのだと思います。日本の芸術が好きで、高校時代に一度日本語の勉強をしましたが、途中であきらめました。しかし、博士課程入学後に足の小指を骨折して動けなくなり、やることがなくなったため、日本語の勉強を再び始めました。スペインでは、友人に誘われて博士課程に進学し、コンピュータビジョン(注:コンピュータによる視覚を実現する技術)の世界に入りました。そこで、機械学習、いわゆる人工知能に魅力を感じて研究を始めました。

博士課程在学時から日本に行きたいと思っていたところ、たまたま早稲田大学石川博研究室の研究員公募がありました。日本であり、また専門分野が合致したので応募しました。応募当時は修了前で博士論文はまだ書いていませんでした。たしか公募が2014年12月にあり、着任時期は2015年4月でしたので、必死で博士論文を仕上げ、手続が終わる8月から働くことになりました。

選定された研究は、石川先生の部下で私の同僚であった、コンピュータグラフィックが専門の飯塚里志先生(現在は筑波大学助教)と2人で始めたものです。そこで、研究のアイディアというよりもアプリケーションを紹介していただき、進めました。私はもともと趣味で陶芸をやっており、クリエイティブなことが好きだったのですが、研究室にイラストを書いている学生がいて、イラストの問題を紹介してもらったことがきっかけで、ラフスケッチの線画化の研究に至りました。その後、画像変換の方に進んでいく中で研究費を獲得していきました。

- 米国やスペインではなく日本を選んだ理由は何ですか。

米国人はエゴ、スペイン人は不真面目で、いずれも自分は合わないと思いましたが、一度日本に来てみたところ、日本は自分に合うと感じました。

米国では、米国国立科学財団(NSF)の研究資金獲得をはじめとして、偉くなるために競争がとても激しく、人間としてどうか、と疑問に感じる面がありました。一方、スペインでは研究するメリットが何もありませんでした。研究をしても偉くはなれませんし、頑張っても給与は上がらず、社会的にも評価されません。私はスペインが不況のときにいたので、研究費もなく大変でした。

それに比べると、私の分野は、日本では研究費はもらえますし、給与も悪くはなかったのです。環境もいいですし、自分に合うと思いました。

強いて問題を挙げれば、海外の研究室の良いところは学科レベルでサーバの共有や人の雇用をしますが、日本の研究室は独立しており、研究室を持つとなると、全部自分でやらないといけなくなります。また海外では、学生を選んで給与を支払う必要がありますが、日本はそうではなく、学生が勝手に来ます。そのため、海外では学生数は少ないですが、モチベーションは高いです。

スペインで研究者として残っているのは、私の友人の場合ですと、彼の妻が医者であるとか、家族や友人がスペインにいるといった個人的な理由になります。評価はされず、頑張るインセンティブは全くなく、仮に任期なしのポジションを取って何もしないのが一番良いといった感じです。

スペインの大学にはほぼ全員が入れるくらい入りやすいが、卒業は4割程度

- 日本とスペインの大学の違いはどういったところがありますか。

日本の大学は入るのは難しく、入ると余り勉強しない印象ですが、スペインは逆で、自然科学系だと希望者は全員入れるくらい入りやすいですが、卒業するのは相当難しいです。スペインでは、毎週40時間以上の授業の上に、宿題が出ます。試験も1科目4時間、毎週2科目ずつくらい、1か月半にわたって行います。全ての試験を通過するために、試験の3か月以上前から毎日10時間以上勉強をしています。それでも1年生の合格率は2割くらいで、何度も再履修します。半分は2年生になれません。

最近は制度が変わったようですが、当時はスペインの大学は5年制で、日本の学部と修士が一体化したような制度で、初めの3年間は日本の学部、残り2年は日本の修士のような内容でした。卒業するのは4割程度で、平均8年間かかります。そのため、卒業生はみな優秀です。

私は6年かけて卒業しました。修士課程もありますが、大学卒業後に博士課程に入れるので、博士課程に入りました。そのため、私は修士を持っていません。通常は半年ですが、私は1年かけて卒業論文を書きました。卒業論文を書くときには、半分博士課程に入っており、既に給与を研究補助者という形で数か月もらっていました。私がいた研究所はお金、奨学金をもらっていないと、そこにいられなかったのです。研究者側も、学生を逃がしたくないので、学生が奨学金を取る前に、研究補助者という形で採用しています。学生は、お金をもらっている以上、逃げられなくなります。私のときは不況だったので、奨学金を手に入れましたが、支払われたのは1年半後でした。その間はずっと研究補助者として働いていました。スペイン政府が原因で競争的な資金を手に入れても支払が遅れることも何度もありました。最近は良くなってきているようですが。

博士課程は勉強ではなく仕事、仕事扱いにしていないのは日本くらい

- 日本だとお金を支払って博士課程に行きますが、逆ですね。

博士課程は勉強ではなく、仕事ですよ。仕事扱いにしていないのは日本くらいです。日本の研究力が衰えつつあるので、現在改善しようとしています。

日本学術振興会特別研究員制度がありますが、それとは別に早稲田大学では独自の制度で、研究補助者として採用すると学費が無料になったり、学内向けの競争的な資金もあったります。私の立場は専任講師であり、大学院生の指導はできませんが、早稲田大学では、リーディングプログラムもありますし、少しずつ博士課程に行きたい学生は増えていると思います。

日本の企業は博士課程を出た学生を評価していない場合が多いですが、人工知能系はかなり評価されており、博士課程新卒で年収1000万円とか、海外には2000万円というケースもあるようです。企業がかなりお金を出しており、むしろポスドクや若い先生が企業に行くことが大学では問題になっています。

現在、人工知能ブームで、人材が求められているので、学生にはみんな頑張ってほしいです。

みんな働きすぎ、生産性を向上させて週20時間労働にできるはず

- 研究テーマにはアニメ、イラスト系が多いようにも思いますが、それらを選ばれた理由について詳しく教えてください。

研究では人と同じテーマをやるのは面白くないですし、競争にならないようにインパクトがあるテーマとして、アニメ、イラスト系といったメインストリームではないところを選びました。そうでないと、良い研究にならないですし、企業との競争にもなってしまいます。

以前はコンピュータビジョンの研究をやっていて、最終目標があいまいな研究でしたが、最終目標を考えて、機械学習の応用系の研究に変更しました。同僚の専門はコンピュータグラフィックで応用系でしたが、当時の技術は大したことはなかったのですが、逆に私は技術が優れていたので、そこがマッチした感じです。当時、イラスト系の研究は認めてもらうのが大変でしたが、トップの学会注1で採用された結果、変わりました。

子供の頃には大好きでよくやりましたが、最近はゲームに注目しています。漫画、アニメは十分な収益を生んでいませんが、ゲームでは増加傾向にあり、技術が向上していると思っています。今後、映画とのインタラクティブ等、更に発展していくと思います。

このような業界のクリエイターの皆さんは働きすぎであり、その生産性を向上させたいと思っています。50年前に比べて技術が進化したにも関わらず働く時間は減っていません。週20時間でできるはずです。北欧では8時~13時に働いて、家族との時間を大切にしています。働く時間が少なくなることで、人は幸せになれると思うので、そういった社会に向けてコンテンツ支援をやりたいと思っています。

企業へは技術指導のみで、2020年度以降共同研究を本格化させたい

- 企業との連携について教えてください。

早稲田大学は専任講師だと、立場的には教授相当だと思います。研究室を2018年9月に立ち上げたばかりで、現在は学生の教育が業務の9割以上となっているため、企業に対しては技術指導を行っていますが、現時点では共同研究は行っていません。

技術指導は、アニメのグラフィックソフトの開発会社、株式会社セルシスに対して行って、商品化にも関わりました。また、株式会社サイバーエージェントで広告のデザインの関係で顧問を務めていて、アドバイザリー契約を大学に許可を頂き、個人で結んでおり、月に数回の打合せを行っています。このほかにも、富士フィルム株式会社のメディカル部門とも医療画像の関係でやっており、ほかにも相談に乗っているところがあります。権利関係は、基本的に全て企業側で持っています。

共同研究も2020年度か2021年度には積極的にやっていきたいです。

本当は陶芸家になりたかった

- 今後の展望・目標は何ですか。

仕事の生産性向上に関わる支援をしていきたいです。一番好きなのは伝統芸能で、企業と連携して、様々なテーマに取り組んでいきたいです。主に画像処理を幅広くしたいですし、自然言語の分野にも興味があります。

日本の伝統芸能は、後継者の問題があり、技術の継承が難しくなっているため、その伝統技術を残したいと考えています。近年は、若い人は都心部に引っ越す人が多くて、伝統文化がないがしろにされる傾向があるように思います。そういった技術のAR(Augmented Reality:拡張現実注2)、VR(Virtual Reality :仮想現実注3)に興味があり、そんな研究を進めたいと思っております。

あと3年半たつとサバティカルが取れるので、1年間金沢で伝統陶芸家の弟子をやってみたいと思っております。そこでAR、VRでノウハウを残したいと思っております。

研究者ですけれど、正直なところ、本当は陶芸家になりたかったです(笑)。

- 先生も若いですが、学生や若い研究者へのメッセージをお願いします。

能力を高めて頑張ってほしいです。好きなことをやってほしいです。能力があればリスクを取った方がいいです。学生には、大手企業ではなくスタートアップ企業に行ってほしい、失敗しても勉強になります。

私のように任期なしで若くして研究室を持つのは珍しいと思います。若手の研究者は企業に行って大学に戻ってきた方が、大学にとっても新規性が生み出せます。ずっと大学にいることは良くないと思っています。

御自身で作成された陶芸品が飾られた研究室の棚の前にて/御自身で作成された陶芸品が飾られた研究室の棚の前にて 左から、蒲生、Simo-Serra専任講師、玉井

左から、蒲生、Simo-Serra専任講師、玉井


注1 SIGGRAPH (Special Interest Group on Computer Graphics)及びCVPR (Conference on Computer Vision and Pattern Recognition)

注2 人間が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術

注3 現実ではないが機能としての本質は同じあるような環境を作り出す技術