STI Hz Vol.5, No.4, Part.1: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東北大学 東北アジア研究センター 学術研究員/日本学術振興会 特別研究員 大野 ゆかり 氏インタビュー-市民参加型調査「花まるマルハナバチ国勢調査」を立ち上げ、マルハナバチの全国分布データを作成-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00191
  • 公開日: 2019.11.25
  • 著者: 佐藤 博俊、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東北大学 東北アジア研究センター 学術研究員/
日本学術振興会 特別研究員 大野 ゆかり 氏インタビュー
-市民参加型調査「花まるマルハナバチ国勢調査」を立ち上げ、
マルハナバチの全国分布データを作成-

聞き手:企画課 業務係長 佐藤 博俊
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

2018年のナイスステップな研究者の大野氏は、2013年に山形大学と共同して、市民参加型調査「花まるマルハナバチ国勢調査」を立ち上げ、マルハナバチの全国的な分布調査を実施した。

花に花粉を運んで受粉させる送粉者という農業においても重要な役割を担っている「マルハナバチ」は近年減少傾向にあり、社会問題に発展しつつある。大野氏はインターネットを駆使し、ボランティアの方々に呼びかけて撮影したマルハナバチの写真を収集し、さらに、種分布モデルを用いてマルハナバチの内の6種注1の全国分布データを作成した。この活動を通じて、容易に誰でも参加できる、新たな「市民参加型の生物多様性データ収集法」を確立した。また、ステークホルダー(企業、NPO関係者、学校・教育関係者を含む)のマルハナバチ類保全への関心を高めることにも貢献している。大野氏にマルハナバチの研究に至る経緯と課題、及び研究者としてのキャリア形成について伺った。

大野 ゆかり東北大学 東北アジア研究センター 学術研究員/日本学術振興会 特別研究員

大野 ゆかり
東北大学 東北アジア研究センター 学術研究員/
日本学術振興会 特別研究員

「花まるマルハナバチ国勢調査」とは

- 机の上に何やら小箱がありますが、こちらがマルハナバチの飼育箱ですか。

こちらが私の研究対象としているマルハナバチの巣箱です。少し見えにくいですが、こちらがオス、こちらがメスになります。ハチの中でも毛がふさふさとしていて、とても可愛(かわい)らしくて女子学生のウケも良いですが、毛の微妙な違いや、体のバランスなど、種の同定には専門的な経験が必要になります。ハチの種の同定には専門的な視点が必要で、私も同定に迷うときがありますが、困ったときは、山形大学の横山潤教授に協力を仰ぐようにしております。

- マルハナバチとの出会いについて教えてください。

私は、筑波大学の大学院にいるときは理論生態学の中で主に数式を扱うような数理生物学(生物界の現象など、数理モデルを用いて解明する手法)を学んでおりました。当時、在籍していた研究室の後輩がマルハナバチを研究しておりました。これがマルハナバチとの()()めになります。

マルハナバチの巣は、皆さんがふだん想像されるような木に作られる地上の巣ではなく、地下に作られるので、発見が難しいのです。そこで、巣の在りかを、数理モデルを使って特定できたら面白いと思い、後輩と共同研究をしました。そして、九州大学を経て、東北大学の河田研究室に移ったときに、国際自然保護連合(IUCN)のBumblebee Specialist Groupに入って、日本のマルハナバチにおけるレッドリスト作成の要請を受けていました。また、学際的な研究を開始するに当たって、市民が参加する写真投稿型の調査の対象にマルハナバチがなりそうだと話を聞き、不思議な縁を感じまして、私が担当になりたいと申し出ました。もともと、環境保全に関わる調査研究をやりたいと思っていて、また、マルハナバチの生態には筑波大学のときから興味を持っていました。前述の山形大学(横山教授)と東北大学の共同研究になることに決まりまして、私が担当することになりました。

マルハナバチの説明をする大野氏マルハナバチの説明をする大野氏

シチズンサイエンスを活用したプロジェクト

- このプロジェクトは市民参加型としても注目されていますね。

ナイスステップな研究者に選定された市民参加型(図表1)のマルハナバチの研究は、河田研究室での活動がきっかけとなりました。河田研究室では山形大学の横山教授と協力して研究していましたが、認知されるようになったのは、新聞に取り上げてもらったからだと思います。

シチズンサイエンスは様々な形態がありますが、この調査では、市民が調査に参加する形(クラウドソーシング)を取り入れています。

シチズンサイエンスの在り方を考えるには、まだ始めたばかりで、手探り状態です。協力してくださる皆様には感謝しております。参加する方は、環境保全に関心のある方や、昆虫のアマチュアカメラマン、主婦など、様々な方に御協力いただいています。日々の、普通の生活の一部に調査を取り入れていただくことで、環境保全に貢献できるような形が、私の理想とするシチズンサイエンスです。

市民参加型の研究が初めてだったもので、子供も参加するなら子供にもわかりやすいものが作れないかと思い、このようなキャラクター(図表2)も作りました。結果として調査に参加していただいたのは、大学生、一般成人の方が多かったのですが、親しみやすくはなったかと思います。

図表1 市民参加型調査の例図表1 市民参加型調査の例

出典:2019年6月26日 講演会「近未来への招待状 ~ナイスステップな研究者2018からのメッセージ~」(第2回)講演資料

図表2 市民参加型調査のイメージキャラクター(キャラクターデザイン 大野 ゆかり 氏)図表2 市民参加型調査のイメージキャラクター(キャラクターデザイン 大野 ゆかり 氏)

出典:2019年6月26日 講演会「近未来への招待状 ~ナイスステップな研究者2018からのメッセージ~」(第2回)講演資料

多様な研究成果の発信方法や評価

- プロジェクトの成果発信や評価はどのようにされていますか?

インターネットに見やすいページを作って成果をアピールしていますが、認知されるきっかけとなった新聞や、書籍など既存の様々な媒体を活用するのも大切だと思います。成果をメディアに取り上げられることも大学には成果として見ていただいていると思います。

また、研究者としては、もちろん論文としてジャーナルに投稿します。単に市民と参加したというだけでは新規性はなく、また、市民から得られたデータの信頼性についても論じないといけません。このように手間と時間のかかる研究のため、論文を短期間にたくさん書くのは難しいかもしれません。

市民参加型調査のデータ精度が低いと言われていることもありますが、それを、逆手に取ることもできます。例えば実際に、市民参加型調査のデータの精度が低くても、精度が低いデータから、いかに正確に推定するのか、というのは、理論研究の分野では重要なテーマになります。

また、市民参加型調査のデータは地理的な偏りや参加者の努力量の偏りなどがあり、それらの偏りを軽減する手法に着目して研究を進めると、論文にしやすいのではないかと思います。

AIや博物館の活用の可能性

- 今後の研究と研究環境の整備維持についてお聞かせください。

既に始めておりますが、今後の研究の取組としては、送ってもらった写真からAIなどを用いて自動的に種の同定と分布データをできる仕組みを作りたいと思います。

また、研究環境については、私の研究が自然を対象としているものなので、生物標本や様々なデータを保存・管理している博物館には大変お世話になっております。過去の生物情報を記録している標本などを保存・管理している博物館はとても重要な研究資源です。最近は、どの博物館も運営資金が厳しいようなので、貴重な標本などを維持管理している博物館や種の同定や標本の作製などの職人技を持つ方への更なる支援も必要だと感じております。デジタルデータベース化することへの助成も、もっと増えるといいと思います。海外では、このような標本や過去の分布のデータベース化が進んでいて羨ましく思うときがあります。

市民参加型調査は、研究者のほかに、博物館の方々も多く取り組まれています。また、市民参加型調査に関わらず、研究者の社会貢献の場、アウトリーチの場としても、博物館は効果的かつ魅力的なので、様々な面からも博物館の方々との協力体制を築いていきたいと思います。

研究キャリアや研究者の流動性を高める取組や女性研究者に対する支援

- 観点を少し変えて先生のキャリアパスについてお聞かせください。

私は、筑波大学で博士号を取得しました。その後、九州大学で学術研究員。次に、東北大学にいる間、博士研究員、特別研究員(PD)、研究支援者、特別研究員(RPD)、現在は学術研究員です。独立行政法人日本学術振興会(JSPS)から支援を受けている時期もあり、特別研究員制度(PD/RPD)に助けられ、産休からの研究に復帰するときもJSPSの支援を活用して乗り越えられました。

研究支援者の時期は、自分の研究も細々と続けながら、主に震災で影響を受けた海洋生態系のデータ解析など、研究を支援していました注2

子育てと研究時間の両立は正直苦労もあります。純粋な研究時間を確保するためには、いろいろな工夫が必要で、女性研究者のライフサイクルに応じた更なる支援も期待したいと思います。また、東北大学では、キャンパス内に保育園がありますが、そうではない大学もまだ多くあります。大学キャンパスに保育園があっても、勤務時間が短いと子供を保育園に入られなかったり、保育園に預けられる時間が短くなったり、自分の研究時間が確保できない場合もあります。男女を問わない保育への理解と更なる支援があるとうれしく思います。

私の研究は、資金が余りかからないように設計しています。ネットやクラウドを使うことで、場所を選ばず研究を続けられるので、家族の生活圏の変化にも柔軟に対応できますし、家族を第一に考えています。地理的な移動は、新しい環境や人と出会うことになり、良い刺激になりえると考えます。

- 研究者としてのモチベーションはどのように維持されていますでしょうか?

母の立場から10年、20年先のことを考えることが多くなりました。子供が大人になったときマルハナバチが飛び、自然に作物が実る自然であってほしいと考えながら今の研究をしています。子供に良い環境を残すというのは強いモチベーションになっています。

マルハナバチのいる風景マルハナバチのいる風景

出典:2019年6月26日 講演会「近未来への招待状 ~ナイスステップな研究者2018からのメッセージ~」(第2回)講演資料
- 研究者を目指す人に一言お願いします。

是非、自分の道を見つけてください。どんな状況でも研究を続けている人が研究者であり、やめなければずっと研究者です。経験上、ライフサイクルで多少、休むときもあるかもしれませんし、周りの人が優秀だと見えるときもあるかもしれませんが、そこで自分は駄目だと諦めることなく続けることで、研究者であり続けることができると思います。


注1 トラマルハナバチ、コマルハナバチ、オオマルハナバチ、クロマルハナバチ、ミヤママルハナバチ、ヒメマルハナバチ

注2 令和2年度の文部科学大臣表彰では研究支援賞を新設