STI Hz Vol.4, No.2, Part.5:(レポート)企業と大学等の連携による人材養成- Society5.0 の具現化に資する人材輩出に向けて-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00135
  • 公開日: 2018.05.31
  • 著者: 犬塚 隆志、岡本 摩耶
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
企業と大学等の連携による人材養成
-Society5.0の具現化に資する人材輩出に向けて-

第2調査研究グループ 総括上席研究官 犬塚 隆志、客員研究官 岡本 摩耶

概 要

企業と大学等の連携によるSociety5.0の具現化に資する人材の養成について調査した本稿では、具体の職業やスキルを意識した教育を行い、高い実務能力を備えた人材の養成、企業との連携による人材の養成、地域の産業活性化や個別ニーズに対応できる人材の養成の具体例に焦点を当て、国内外の取組を挙げつつ紹介する。

キーワード:人材育成,産学連携,Society5.0,ラーニングファクトリー,SBIR,COCN

1. はじめに

中央教育審議会大学分科会将来構想部会においては、大学の「強み」の強化と連携方策について議論されている。その中で、人材養成の観点から各機能を分かりやすく集約し、例えば3つの観点(①世界を牽引する人材を養成、②高度な教養と専門性を備えた先導的な人材を養成、③具体の職業やスキルを意識した教育を行い、高い実務能力を備えた人材を養成)から検討し、大学として中軸となる「強み」や「特色」をより明確にしていくことも考えられるのではないかとしている。

また、工学系教育の改革の議論では、学部等全体で教員編成を行い、産業分野の変化に応じた複数の専攻分野を組み合わせた教育課程の展開の促進、また、質保証のための措置として、企業等との連携による授業科目を開設する場合は、工学部等に置くものとされている教員に加え、企業等からの実務家教員を専任教員として置くこと等の検討がなされている。

第5期科学技術基本計画では「超スマート社会」の実現(Society5.0)が計画され、競争力向上と基盤技術の強化に資する人材育成を進めるとされている。

以下では、国内外の取組を挙げつつ、企業と大学等の連携によるSociety5.0の具現化に資する人材の養成について紹介する。

2. 企業と大学等の連携による人材養成の具体的取組

2-1 産業活性化や企業の個別ニーズへの対応を目的とした人材養成(米国・ドイツ・日本)

1994年、米国国立科学財団(NSF)はペンシルバニア州立大学が率いるコンソーシアムに補助金を支出し、世界初となる「ラーニングファクトリー」を開設した1)。これは、産業界とアカデミアが強いつながりと相互作用を持ち、学際的かつ実践的なエンジニアリングデザインプロジェクトの実施を目指したものである。1995年以降、産業界が出資する何百ものプロジェクトを支援するため、大学を挙げたインフラ整備がなされ、必要な機器と材料を備えた2,000平方メートル級の施設が設立され利用されてきた。このプログラムは全国的に認められ、2006年に全米技術アカデミーの工学教育イノベーション賞(Gordon Prize for Innovation in Engineering Education)を受賞した。この初期の取組は、産業界における工業デザインや製品設計における課題の解決などの特定のニーズを満たすために、教育研究の最前線である大学の知識と場を活用するものであった。

ドイツでは1980年代後半に、ドイツ版ラーニングファクトリーとも言える「Lernfabrik」において、コンピュータ統合製造(Computer Integrated Manufacturing:CIM)に関連する認定プログラムが行われた。この取組も産業界側のニーズに焦点を当てたものであった。

2000年代初頭になると、米国を中心に「ティーチングファクトリー」も大きな関心を集め、教育やビジネスでのパイロット活動が数多く行われた。「ティーチングファクトリー」は、医学分野での取組(特に「ティーチングホスピタル」(病院と並行して運営されている医学部で、学生に実際の経験と訓練をさせる))に由来するもので、医療分野との類似点を製造業に適用し、実務と製造教育・訓練との統合を目的としたものである。

ラーニングファクトリーでは、目的に応じた講義や訓練、あるいは研究活動が行われ、その結果、日々、新しい能力の開発や技術革新が起こる可能性を秘めている。また、ドイツでは、イノベーション創出のみでなく、ラーニングファクトリーにおいて一連の工程を俯瞰することができることから、マネジメント人材の育成が可能であることが報告されている2)

我が国においても類似した取組事例が存在するので、そのうちの一つを紹介する。2016年度から17年度にかけて、産業競争力懇談会(COCN)では、Society5.0超スマート社会の一翼を担うため、「「人」が主役となる新たなものづくり」を推進テーマの一つとして活動を行ってきた3)。変種変量生産への対応力が強化され、差別化技術を保有し機動力のある中小企業との新たな生産連携が図られ、人の柔軟性と機械の正確性を生かしフレキシブルに人と機械が協調する「人」が主役となる新たなものづくりシステムを提言するとともに、その社会実装に向け、産官学が協力し、基盤技術開発、普及活動や人材育成のための「ものづくり革新拠点構想案」を提言した(2018年2月最終報告書)。「ものづくり革新拠点構想案」では、工場モデルラボにおけるAIとものづくりの融合、地域特性を勘案した「ものづくり革新地域拠点」、社会実装を支える高度人材育成についての大学・高専との連携、品質保証・作業者等のエラーを考慮した作業者の適応(人と製造技術とのインターラクションの考慮、QoW(Quality of Working)の活用等)等の具体化を目指している。

今後、これらのラーニングファクトリーを効果的に評価できるように、その取組や成果を簡単かつ有効な方法で測定するための指標の作成と、それを利用した網羅的な調査の実施が期待される。

2-2 企業への人材の輩出に直結した人材養成(韓国)

韓国では2007年に「産業教育振興及び産学研協力促進に関する法律」の改正により、企業と大学が契約を結び、大学に「契約学科」として学科そのものを設置して運営することが可能となった4)。そのモデルケースとして、成均館大学半導体システム工学科が挙げられる。これは、サムスン電子が成均館大学と契約して「世界最高水準の半導体分野における産学密着型の人材養成を行う」というビジョンのもと設置された学科で、半導体分野の人材確保が喫緊の課題であったサムスン電子と、比較的歴史が浅い成均館大学の大学の価値を高めたいという双方のニーズがマッチしたものである。その結果、サムスン電子は優れた自社人材の確保が可能となり、同時に成均館大学は大学ランキングで一気にトップクラスに躍り出た。所定の課程を修了した学生は、原則としてサムスン電子への就職が保証されているが、卒業には一定の語学レベル(特に英語)に達していることや教養科目等の単位取得も課され、バランスの取れた優秀な人材を輩出しているようである。

2-3 企業のニーズを捉えた人材養成(韓国)

高麗大学には、The KU Academy of Industry 4.0(KU-AI 4.0)という部門がある5)。総括責任者を筆頭に、部門の管理者、教育担当者、行政担当者、成果の分析担当者で編成され、2018年度のカリキュラムでは、学生は、スマートファクトリー、IoT、ビッグデータの3分野から選択して重点的に学べるシステムが構築されている。ここでは、地域の企業と協力した学生への実習や実務、メンタープログラムの機会を提供することにより、スキル強化やベストプラクティスの共有を推進し、労働市場の変化に柔軟に対応できる人材を育成する取組が行われている。

また、「ICTメンタリング」という韓国政府の人材養成の取組もみられる6)。これは、2004年から始まった人材養成事業で、科学技術情報通信部が支援し、情報通信技術振興センター(IITP)が主管している。大学生(メンティー)がICT企業の専門家(メンター)とチームを組んでプロジェクトを実行することにより、ICTの実務能力を向上させるという韓国のICT分野の代表的なメンタリングプログラムである。学生は、様々なICT分野の企業の専門家から指導を受けることによりICT技術の変化に適合する実務能力の向上が期待できるとともに、企業側は、優秀な人材の採用と従業員の再教育コストの削減が可能となる。このほかにもプロボノ的なプロジェクトや理工系女子大生と女性起業家との共同プロジェクトを支援するものなど、様々な人材育成支援プログラムが用意されている。これらのプログラムで特筆されるべき点は、支援内容もさることながら、年間のプロジェクト実行数や養成メンティー数、及びメンティーの就職率等のデータが公開されていることである。

2-4 中小企業・事業化支援施策における起業家支援(米国)

米国政府によるSmall Business Innovation Research(以下、SBIR)は、1982年に年間1億ドル以上の研究開発予算を持つ11の機関が参加し、各省庁が定める重点研究分野においてイノベーションを創出する可能性がある中小企業にグラントを提供する省庁横断型のプログラムとして成立した。SBIRプログラムは、研究フェーズから商業化への間に存在するとされる「死の谷」を越え、イノベーション創出に至る起爆剤として、英国では2000年(SBRI)、我が国でも1999年に中小企業技術革新制度7)として導入されている。

以下では、米国保健福祉省(HHS)を事例にその傘下の起業家支援プログラムについて紹介する注1

SBIRプログラムには、フィージビリティスタディの期間である「フェーズⅠ」、本格的な研究開発段階である「フェーズⅡ」、商業化ステージの「フェーズⅢ」の3つのフェーズがある。米国国立衛生研究所(NIH)では、中小企業の技術リスクを低減し、価値の提案を高めることに重点を置きつつ商業化に向けた支援が行われている。主としてI-CorpsTM、Niche Assessment Program(NAP)、Commercialization Accelerator Program(CAP)等が提供されており、対象となる中小企業の事業化段階に応じたシームレスな支援制度が整備されている(図表1参照)。

図表1 NIHの商業化支援プログラムの全体像図表1 NIHの商業化支援プログラムの全体像

出典:The 19th Annual SBIR/STTR ConferenceにおけるLili Portilla氏(Director,
Office of Strategic Alliance, NCATS)の発表資料
(1) I-CorpsTM

I-CorpsTMは、NSFから広まった制度であり、フェーズⅠの中小企業を対象とし、技術を商業化するための知的財産権及び規制上のリスク評価や金融手段の特定等のメンタリング、及びネットワーキングの機会を提供するプログラムである。カリキュラムの中では、市場における自身の製品や技術を検証するために潜在的な顧客やその他のステークホルダーにアプローチし、8週間で100回以上のインタビューを実施し、顧客が必要としているものと必要ないもの、顧客の日常業務で困っている点等のコアとなる顧客のニーズと、商業化に必要な具体的な手順を理解する。図表2及び図表3を見ると、ビジネスモデルに係る知識、ライフサイエンスの商業化に係る知識水準などが受講前後で明らかに向上しており、プログラムの実施効果が現れていることが分かる。

図表2 ビジネスモデルに係る知識図表2 ビジネスモデルに係る知識

出典:The 19th Annual SBIR/STTR ConferenceにおけるLili Portilla氏(Director,
Office of Strategic Alliance, NCATS)の発表資料より

図表3 ライフサイエンスの商業化に係る知識図表3 ライフサイエンスの商業化に係る知識

出典:The 19th Annual SBIR/STTR ConferenceにおけるLili Portilla氏(Director,
Office of Strategic Alliance, NCATS)の発表資料より
(2) Niche Assessment Program(NAP)

Niche Assessment Program(NAP)は、フェーズⅠの中小企業とフェーズⅠのファストトラックの中小企業の商業化を促進するため、Technology Niche Analysis®(TNA®)を行う。TNA®の平均所要期間は2〜3か月である。TNA®には、エンドユーザーのニーズと懸念、競合製品、開発する技術の競争上の優位性、市場規模と潜在的市場シェア、市場参入の障壁(価格、競争、規制、製造上の課題等)等が含まれ、フェーズⅡの申請に必要な商業化計画の準備に役立つ。

(3) Commercialization Accelerator Program(CAP)

Commercialization Accelerator Program(CAP)は、フェーズⅡの中小企業を対象とし、NIHが資金を提供しLarta社が管理・運営する全国規模のプログラムである。CAPの技術支援・研修プログラムのメニューには、戦略・事業計画、米国食品医薬品局(FDA)の要件、技術評価、製造上の問題、特許とライセンスの問題、戦略的提携の支援、投資家とのパートナーシップの促進、個別指導・コンサルティングが含まれている。また、このプログラムの特徴は、以下に示すように、目的と成果がそれぞれ異なる3つのトラックが存在し、参加企業のニーズをうまく満たすように設計されていることである。

○商業化移行トラック(Commercialization Transition Track:CTT)

フェーズⅡの中小企業の大多数に適用される。企業の状況に応じた計画を作成し、業界の専門家からフィードバックを受けることができ、特定の技術に基づく商品化の計画(投資の必要性と見通し、戦略的パートナーシップ、ライセンスなどを含む)を評価し、確実な市場投入計画(商品化ロードマップ、戦略的行動計画)の立案を可能にする。

○高度商業化トラック(Advanced Commercialization Track:ACT)

商業化の経験を有する中小企業に適用され、技術の商業化を加速する際に発生する問題等の解決を目的とする。

○規制/償還トレーニング・トラック(Regulatory / Reimbursement Training Track:RTT)

十分な商業化の経験を有する中小企業に適用されるトラックで、規制当局の認可や保険からの償還に焦点を当てた支援プログラムである。

3. おわりに

以上、産業活性化や企業の個別ニーズへの対応を目的とした人材養成の事例、企業への人材の輩出に直結した人材養成の事例、企業のニーズを捉えた人材養成の事例、中小企業・事業化支援施策における起業家支援の事例について紹介してきた。将来構想部会の「今後の高等教育の将来像の提示に向けた論点整理(平成29年12月28日)」の中では、地域の高等教育機関が、産業界や地方公共団体とともに将来像の議論や具体的な交流等の方策について議論する「地域連携プラットフォーム(仮称)」を構築していくことが必要であり、その具体的な仕組みについても検討していくことが必要であるとしている。

今後、地域の中小企業においてAI等最新技術の導入の際に発生し得る業務プロセスの変更への従業員の適応性等の課題について、産官学の連携によりその解決が促進することを期待する。


注1 2017年11月7日から9日に米国ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催された19th Annual NIH SBIR/STTR Conferenceにおける発表内容8)等をもとに作成。詳細については、筆者らのレポートを参照のこと9)

参考文献

1) Eberhard Abele et al., Learning factories for future oriented research and education in manufacturing. CIRP Annals – Manufacturing Technology 66 (2017) 803–826.

2) Christopher Prinz et al., Learning factory concept to impart knowledge about engineering methods as well as social science methods. The Learning Factory 2016.

3) 産業競争力懇談会2017年度 プロジェクト 最終報告「「人」が主役となる新たなものづくり」

4) JST研究開発戦略センター(CRDS)科学技術・イノベーション動向報告 韓国編~2013年度版~

5) 高麗大学 KU Academy of Industry 4.0:http://kuai4.korea.ac.kr/

6) HANIUM ICTメンタリング:https://www.hanium.or.kr/portal/index.do

7) 総務省「イノベーション政策の推進に関する調査」中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)

8) 19TH ANNUAL HHS SBIR/STTR CONFERENCE PRESENTATIONS:
https://ctsi.mcw.edu/19th-annual-hhs-sbirsttr-conference-presentations/

9) 犬塚隆志 他 「米国保健福祉省(HHS)傘下の起業家支援プログラムについて−19th Annual NIH SBIR/STTR Conferenceより」医科学研究第1巻(2018)in press