STI Hz Vol.2, No.4, Part.13:(レポート)オープンイノベーションのHorizon(前編)STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00061
  • 公開日: 2016.12.20
  • 著者: 新村 和久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
オープンイノベーションのHorizon(前編)
-コンソーシアム型オープンイノベーションに対する大学の取組-

第2調査研究グループ 上席研究官 新村 和久

概 要

 現在、大学等において企業等との共同研究・受託研究等が促進される仕組みの整備・強化が求められており、大学では関係規程の整備や国の施策としてのコンソーシアム型の産学官連携が進められている。しかし、オープンイノベーションの主体は企業であり、企業がどのような目的でオープンイノベーションの提携相手として大学を捉えているかにより、大学としての産学連携への取り組み方が異なると考えられる。そこで、オープンイノベーションを自由参加のコンソーシアム型と戦略的提携型の2種類に分類し、戦略的提携型を知識の流れる方向により、更に技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)に分類する定義を用いて、国内での大学が関わるオープンイノベーションの最新動向について洞察を行った。

 その結果、コンソーシアム型においては、共創の場を構築するためには、非競争領域と競争領域を明確化し、企業間の緩やかな連携促進と開発競争参加へのインセンティブの付与の仕組みが重要であること、大学におけるライセンス収入の最大化の指向は企業誘引の阻害要因となり得ること、大学における組織レベルでのマネジメント体制構築や共同研究等の制度の整備が重要であること、などが明らかとなった。

キーワード:オープンイノベーション,ユーザーイノベーション,産学連携,知的財産権,コンソーシアム型

1. はじめに

現在我が国では、組織内外の新たな発想や知識・技術を活用するオープンイノベーションの推進によってイノベーション力を高めることに期待が持たれている1)。このオープンイノベーションとは、企業組織内部のイノベーションを促進するために、企業は社内資源のみに頼るのではなく、外部の大学や他企業のアイデアを積極的に活用し、有機的に結合することとで新たな価値を創造すること、としてチェスブロウ博士により提唱された概念である2)。この概念の解釈に当たっては、様々な捉え方があり、経済協力開発機構(OECD)ではオープンイノベーションに関するケーススタディを含む議論を行い、チェスブロウ博士による定義を含む八つの定義を併記し、観点によって様々な定義があるとしている3)

さらに近年では、近年の産業構造の変化によるオープンイノベーションの概念の変遷を踏まえて、イノベーションを促進するためのオープンイノベーション創出の手法を「インバウンド型」「アウトバウンド型」「連携型」の三つの分類4)、知識の流れる方向(インバウンド、アウトバウンド)と金銭的取引の有無の二つの要素の組合せによる分類5)、株式会社ナインシグマ・ジャパンによる自由参加のコンソーシアム型と戦略的提携型の2種類に分類し、戦略的提携型を知識の流れる方向により、更に技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)に分類する定義6、7)(図表1)などが提唱されている。いずれの定義においても、カテゴリ分類上の差異であり、企業が主体としてイノベーションを促進するための方策であることには変わりはない。

図表1 オープンイノベーションの定義

出典:参考文献6

また先行研究においては、オープンイノベーションの対象が、研究開発から商用化、ビジネスモデル、最終的にサービス領域へと拡大していることや、イノベーションを実行し構築するための要素を「10の類型」として示し、どのような組合せがあるのかを、業種や業界を考慮した分類がなされており8、9)、企業のイノベーションの推進方法の多様性が示されている(図表2)。

図表2 Ten Types of Innovation

出典:Doblin社HP

本レポートでは、こうした企業のイノベーションの多様化を踏まえながら、日本国内での特徴的な取組について、大学等の関与に着目した分析を行う。分析に当たっては、コンソーシアム型と個別の産学連携の分離が可能な株式会社ナインシグマ・ジャパンの提唱する定義を用いる。これは、現在、大学等において企業等との共同研究・受託研究等が促進される仕組みの整備・強化のため、関係規程の整備やコンソーシアム型の産学官連携が進められているが、企業がどのような目的でオープンイノベーションとして大学を提携相手として捉えているかにより、大学としての産学連携への取り組み方が異なると考えられるためである。

なお、オープンイノベーションの事例としては、多数の著書があるため、一部の代表的な事例を紹介しつつ、前編ではコンソーシアム型オープンイノベーション、後編では戦略的提携型の技術探索型(インバウンド型)と技術提供型(アウトバウンド型)について言及する。

2. コンソーシアム型オープンイノベーション

2-1 海外事例

コンソーシアム型として、古くはまず国の関与で進められた、米国政府によって1987 年に創設された半導体コンソーシアム SEMATECH(Semiconductor Manufacturing Technology Consortium)が挙げられる。

この仕組みでは、日本の半導体メーカーの競争力に対抗するために、非競争領域での企業間の連携を促し、競争の焦点を明示する国際半導体技術ロードマップ ITRS(International Technology Roadmap for Semiconductors)を作成することで、オープンな競争が行われる仕組みづくりに成功した2)。重要な点は、非競争領域と競争領域とを明確化することで、緩やかな企業間連携を促した点と、技術実用化後の市場、つまりニーズの存在を明確化することで、開発競争参加へのインセンティブを与えたことであろう。

研究機関による提携としては、ベルギーのエレクトロニクスの研究開発拠点であるImec(Interuniversity Microelectronics Center)が世界中の企業の参画するコンソーシアム化に成功している。コンソーシアム化においては、いずれの企業の参画も許容しているのではなく、まずImecでプロジェクトとして実施する技術範囲を決定し、その技術範囲のうち外部との提携が必要な範囲において、実施が可能なパートナーを探している10)。Imecの今までの蓄積された情報や成果は、コンソーシアムへの貢献度に応じて配分される規程を設けており、企業への緩やかな連携と参加意欲を高める一方、契約はImecと個々の企業とで結ぶことで、個々の企業の競争領域への開発インセンティブを高めている。この点、コンソーシアム型の形を取っている一方、競争領域での具体的な技術の実用化は後編で述べる技術探索型のコンセプトに近いと言える。

2-2 大学との関連

国内では、2015年、日本経済団体連合会からの「第5期科学技術基本計画の策定に向けた緊急提言」11)において、「新たな基幹産業の育成」に向けた本格的なオープンイノベーションの推進が言及され、特に、非競争領域を中心に複数の企業・大学・研究機関等のパートナーシップの拡大の必要性が述べられているように、コンソーシアム型のオープンイノベーションについては、更に改善の余地があるとの認識にある。

この点について、大学側での要因を考察すると、共同研究や特許権実施許諾等に関する仕組みの整備・強化が重要となるであろう。ただし、大学等における共同研究、及び特許権実施許諾件数や額は、産学連携やオープンイノベーションの進展を図る一つの指標と考えられるが、片方を増加させることが、必ずしももう片方の増加につながるとは限らない。

UCバークレーの事例においては、大学の研究成果をライセンシングすることで得られる特許使用料を最大化する従来のモデルから転換し、大学所有の特許のライセンシングを行うOffice of Technology Licensing(OTL)のほかに、企業を大学に引き込む形での提携を促すためのIndustry Alliance Office(IAO)を設けている12)。さらに企業との連携においても、参加企業がデータ利用に有利となるコンソーシアム型や、個別企業と提携するスポンサー型の研究プロジェクトなどがある。前者では企業としては非競争領域での研究促進を期待しているのであり、金銭的対価の契約条項を求めることは共同研究の阻害要因となるであろう。

著者らが実施した複数企業参加型の国内成功事例調査においても、科学技術振興機構が2006年度より実施している「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」において、量子情報科学技術基盤では、研究対象・フェーズを非競争領域として特許権の実施料相当額を一切求めない規程にする一方、市場性の確立された創薬分野の競争領域においては1対1の共同研究を重視し、医薬品の上市時におけるランニングロイヤルティ契約を締結するなど13)の違いがある。さらに、この検証として、研究開発を実施している企業のうち、過去3年以内に産学共同研究を実施したことのある企業に対しての「大学と知的財産権を共有することへの懸念」へのアンケート回答結果を産業で展開した結果(図表3)、医薬品産業を含む化学工業分野ではランニングロイヤルティ契約への懸念は他製造業よりも相対的に低い、非製造業では一時金支払の懸念が強いなど、産業によって懸念事項が異なることが示されている14)

図表3 企業にとって大学と知的財産権を共有することへの懸念

出典:参考文献14(図表に枠、コメント付記)

このように、大学と企業との提携の在り方は一律ではなく、大学において、産業の特性や、競争領域・非競争領域を区分してのマネジメントが重要となる。

また、UCバークレーが特許権のライセンスによる収入の最大化方針から転換を図ったことから読み取れるように、そもそも大学によるライセンス収入を増加させるという観点についても留意が必要となる。

日本と米国のライセンス収入は、2011年度の時点で100倍以上の差があり15)、米国における大学のライセンス収入化は進んでいるが、この日米のライセンス収入の差については、大学の技術移転に関する規制の整備に約20年の遅れがあること15)、米国も技術移転に関する法律の施行後、すぐにはライセンス収入の増加にはつながっておらず、ホッケースティックカーブを描くこと16)、から一概には比較できない。

さらに、米国大学全体におけるライセンス収入の構造として、2012年までの直近10年間でライセンス収入の上位20位に入った大学は37大学に限られること、2012年の米国の大学全体のライセンス収入は上位8大学(TOP5%)で50%強、上位16大学(TOP10%)で約75%を占めること17)から、特定大学のみがライセンスによる収入化に成功している。ただし、一般的に大学のライセンス収入は、少数の特許権のライセンス収入が柱となっており(さらにバイオ、医薬系が多いといった分野特性もある)18)、大当たりの特許権のランニングロイヤルティ契約期間に左右される要素が極めて大きいと言える。逆に、ほとんどの特許権は収入を生まないため、これらをライセンス契約により無理に収益化を図ろうとすることは企業との提携においての阻害要因となるであろう。

近年、日本での大学に企業を呼び込むための仕組みとしては、両者のトップ同士が運営判断を行える大学組織レベルでのマネジメント19)や、「インダストリー・オン・キャンパス」を標語に掲げ、企業を大学内に呼び込むための共同研究講座、協働研究所制度の創設や、企業と大学内の複数部局との連携、人材育成での連携が行われている事例がある19)

この取組の効果を支持するデータとしては、まず前者においては、産学共同研究の実施経験のある企業へのアンケート調査において、1,000万円規模の産学共同研究の社内決裁権限者は、実際に1,000万円以上の大型の産学共同研究(企業が1,000万円以上を支出する産学共同研究を大型と定義している)を実施している企業においても役員クラスとする企業が大半であり、役員クラスのコミットメントを得ることの重要性が示されている(図表4)14)

図表4 企業における産学共同研究の社内決裁権限者

出典:参考文献14(図表に枠、コメント付記)

後者においては、産学共同研究の実施経験のある企業へのアンケート調査において、大学への寄附・共同研究講座の開設経験は、大型の産学共同研究(企業から1,000万円以上を支出する共同研究)を実施経験のある企業に多く、相関性が示されたことから(図表5)14)、企業を大学に呼び込む一つのアプローチとして、寄附・共同研究講座を契機として、この仕組みを充実させることの有効性が示唆される。

図表5 企業の過去3年間での大学への寄附・共同研究講座の開設状況

出典:参考文献14(図表に枠、コメント付記)

大学が拠点となるコンソーシアム型の国内での取組としては、科学技術振興機構の「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム」20)が2016年度から開始された。そこでは、新たな基幹産業の育成に向けた「技術・システム革新シナリオ」の作成により、ニーズを明確化して産業界参加のインセンティブを促すと同時に、非競争領域での研究開発を対象としていくことを明示している。このコンソーシアム型オープンイノベーション推進においては、特許権によるライセンス料による黒字化指向ではなく、企業の呼び込みを促進するようなマネジメント体制、基礎研究、必要な知的財産権の取得及び活用が重要となるであろう。特にImecのように、参加企業から見て、事業化という視点からのメリットを最終的に享受できることが期待される仕組みの構築が求められる。

3. まとめ

前編においては、採用したオープンイノベーションの定義に基づき、コンソーシアム型オープンイノベーションについて、企業の動機付けの観点から、大学がどのように企業のオープンイノベーションの提携相手として関与すべきかについて考察を行った。

この結果、コンソーシアム型においては、共創の場を構築するためには、非競争領域と競争領域を明確化し、企業間の緩やかな連携促進と開発競争参加へのインセンティブの付与の仕組みが重要であること、大学におけるライセンス収入の最大化の指向は企業誘引の阻害要因となり得ること、大学における組織レベルでのマネジメント体制構築や共同研究等の制度の整備が重要であること、などが明らかとなった。

謝辞

本稿作成に当たり、インタビューの御協力を頂きました、株式会社ナインシグマ・ジャパン 諏訪 暁彦氏、星野 達也氏、渥美 栄司氏、東京藝術大学 小林 克夫氏、平 諭一郎氏、富士通株式会社 法務コンプライアンス 知的財産本部 ビジネス開発部 吾妻 勝浩氏、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ストラテジーユニット シニアマネージャー 鈴木 健二郎氏、リンカーズ株式会社 坂下 理紗氏、角南 皓祐氏、藤井 彩子氏、長友 理恵氏に深く感謝申し上げます。

参考文献

1)内閣府,第5期科学技術基本計画 閣議決定, 2016

2)ヘンリー チェスブロウ, 大前 恵一朗(翻訳), OPEN INNOVATION―ハーバード流イノベーション戦略のすべて, Harvard business school press, 2004

3)内閣府 「オープン・イノベーション」を再定義する ~モジュール化時代の日本凋落の真因〜, 2010

4)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構, オープンイノベーション白書, 初版, 2016

5)L Dahlander, DM Gann How open is innovation? – Research policy 39, 2010, P699–709

6)株式会社ナインシグマ・ジャパン 諏訪氏、星野氏、渥美氏 2015.6.12 NISTEP講演会資料

7)星野 達也, オープン・イノベーションの教科書—社外の技術でビジネスをつくる実践ステップ, 2015

8)Larry Keeley, Helen Walters, Ryan Pikkel, Brian Quinn, Ten Types of Innovation: The Discipline of Building Breakthroughs, John Wiley & Sons, 2013

9)Doblin社HP(最終アクセス2016/10/13):https://www.doblin.com/

10)森本 茂雄, 坪田 高樹, 安藤 健, 欧州連合とコンソーシアムImecのイノベーション推進策~Imecおよび欧州テクノロジープラットフォームについて~, 産学官連携ジャーナル, 2010年9月号

11)一般社団法人 日本経済団体連合会, 第5期科学技術基本計画の策定に向けた緊急提言, 2015

12)国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術開発機構シリコンバレー事務所, オープンイノベーション 日本企業におけるイノベーションの可能性,2013

13)新村 和久, 渡邊 英一郎, 大型産学連携のマネジメントに係る事例調査, 文部科学省 科学技術・学術政策研究所、調査資料235, 2015

14)新村 和久, 永田 晃也,大型産学連携のマネジメントに係る調査研究, 文部科学省 科学技術・学術政策研究所, DISCUSSION PAPER127, 2015

15)文部科学省 科学技術・学術政策局 産業連携・地域支援課 大学技術移転推進室, オープン&クローズ戦略時代の大学知財マネジメント検討会, 参考資料1, 2016

16)山本 貴史, 我が国における産学連携の状況, 独立行政法人経済産業研究所, BBLセミナー資料, 2015

17)Walter D. Valdivia, University Start-Ups: Critical for Improving Technology Transfer, Center for Technology Innovation at the Brookings, November 2013

18)中山 亨, 中山 亨のシリコンバレー最前線 第8回大学の技術移転機関, DND研究所Digital New Deal(最終アクセス2016/10/28):http://dndi.jp/03-nakayama/nakayama_8.php

19)犬塚 隆志, 新村 和久, 産学連携のHorizon, 文部科学省 科学技術・学術政策研究所, STI Horizon, Vol.1, No.1, 2015:http://doi.org/10.15108/stih.00006

20)産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム HP(最終アクセス2016/10/13):
http://www.jst.go.jp/opera/