STI Hz Vol.2, No.4, Part.6:(特別インタビュー)岸 輝雄 外務省参与(外務大臣科学技術顧問)インタビュー科学技術外交への期待-今後の展望と課題-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00054
  • 公開日: 2016.12.20
  • 著者: 斎藤 尚樹、栗林 美紀、中島 潤
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
岸 輝雄 外務省参与(外務大臣科学技術顧問)インタビュー
科学技術外交への期待-今後の展望と課題-

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
科学技術予測センター 主任研究官 栗林 美紀、特別研究員 中島 潤

 我が国は、「科学技術外交」の強化に向け、昨年(2015年)9月24日、初の外務大臣科学技術顧問を任命し、我が国の優れた科学技術を外交に生かすこと、及び外交を通じて各国との科学技術協力と交流の促進に本格的に取り組む体制を整えることに取り組んできた。科学技術顧問の下には、外交政策の企画・立案プロセスへの活用につなげていくための「アドバイザリー・ネットワーク」を構築し、その一環として、科学技術外交の関連分野における産学官の有識者による「科学技術外交推進会議」を開催し、トップ外交への提言を行っている。このような取組が「科学技術外交」の躍進につながると期待される一方、初めての試みであるが故の苦労や、日本ならではの課題もあることが推察される。

 そこで、初の外務大臣科学技術顧問に任命された岸輝雄氏に、この1年余りの外相顧問としての幅広い御活動を振り返っていただきながら、日本の科学技術外交に求められることや、今後の展望・課題について伺った。(インタビュー日時:2016年9月14日)

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岸 輝雄 外務省参与(外務大臣科学技術顧問)

― 岸顧問は、東京大学先端科学技術研究センター長、物質・材料研究機構理事長、日本学術会議副会長などアカデミアの要職を歴任され、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」のプログラムディレクター(PD)も務められています。SIPでは、省庁の枠や旧来の分野を超えたマネジメント、戦略的な連携により、科学技術イノベーションを推進することへの意欲を示してこられました。こうした方向性は、科学技術外交の効果的な推進に当たっても、重要な視点であると考えます。科学技術顧問としての務めを果たされる中で、こうした課題(セクショナリズムの排除、分野間の連携等)にどのように取り組んでこられ、また、今後の可能性や克服すべき障壁についてどのようにお考えでしょうか。

まず、前半のSIPに関する御質問についてお答えしたいと思います。私自身は余り壁を感じたことがないのですが、科学技術分野において、省庁の壁があってはいけないと思っています。SIPでは、産学官連携は絶対条件であり、その前提として省庁連携も欠くことができません。そこでテーマも関係省庁間で相談して決めました。このような試みは、政府の大型協力プログラムでは初めてだったのではないでしょうか。また、私のプロジェクトでは国際アドバイザリーボードを導入し、海外の視点から割り切った意見なども頂いたことが、大変意義深かったように思います。このようにSIPは、壁を打ち破るという意味で、効果的だったのではないかと思います。

外務省は科学技術を扱う他の省庁とは異なる位置付けなので、科学技術分野での省庁の壁を破る場の一つではないかと思います。科学技術を外交に活用してほしい(Science for Diplomacy)というのは外務省ではメインの仕事ですが、科学技術の世界では、逆のアプローチ(Diplomacy for Science)にとても期待する人が多いのが実情です。すなわち、科学技術のための外交を何とか効果的に進めて、国際的に科学技術が伸びるようにしてほしいと依頼されます。

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岸科学技術顧問(右)と斎藤総務研究官

― 実際に顧問としての仕事を進められていく中で、国際的なカウンターパートからみた場合、我が国が、科学技術顧問を置き、科学技術外交を進めていくことへの受け止め方は、どのようなものでしょうか。

外交当局に(科学技術顧問を設置しているのは)先進国では3か国ほどで少ないということもあり、米国のヴォーン・トレキアン国務長官科学技術顧問からは、顧問が中心となって世界の科学技術を鼓舞していこうと言われております。米国では、学会の上部団体である、全米科学振興協会(AAAS)、科学アカデミー、国務省や大統領の科学顧問が科学技術外交を支えており、政権が替わってもこの仕組みは変わらないようです。日本はどういう立ち位置で、進めていくのがよいかということを考えています。

― 本年(2016年)に入り、岸顧問の下で、いろいろな取組・活動が進められてきました(G7茨城・つくば科学技術大臣会合注1、G7主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)注2、第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)注3、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注4等)。特に、科学技術大臣会合の「つくばコミュニケ」で重点項目の一つとして取り上げられた「オープンサイエンス」について、例えば、科学に関するデータ・情報が広く提供され、市民の科学技術活動や政策プロセスへの参画も拡大していくと思われます。このような社会の潮流は、今後の科学技術外交の展開にどのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。

G7では、公的研究をオープンにしようという方針を打ち出しており、これはオープンサイエンスの考え方に当たります。しかし、それをオープンイノベーションにつなげるところは技術流出の問題が絡むので、余り踏み込んでいないように思います。本当は、この点がこれからの大きな課題でしょう。私自身も、データ・エビデンスによる科学技術や医療の分野で国際協力をもっと進めていくことについて申し述べてきましたが、その際に大切なのは、信頼あるデータを一緒に作る、解析するというところにまで踏み込むことです。G7の報告書でもデータ科学の国際連携について直接的・間接的に触れていると思います。

TICADでは、人材育成と科学技術を社会実装することを日本が大いに支援すると表明しておりますが、国際協力機構(JICA)などのシンポジウムに出席すると、感染症や気候に関してはアフリカ域のデータ蓄積が重要だと実感します。気候変動のデータについても、衛星利用は別として、日本だけのデータだとアフリカと比べても変化が乏しいと言えます。これらのことから、日本がアフリカなど途上国と同じ目線で、協力して実践できるところを実施する、手分けして一緒にデータを収集・解析して、これらの分野の科学技術を作っていく時代になると感じています。

ケニア中央医学研究所(KEMRI)視察(2016年8月 ケニア)

提供:外務省国際科学協力室

このような活動の優れた例が、科学技術振興機構(JST)とJICAとの連携によって進められているSATREPSです。SATREPSの対外的な紹介・情報発信も、積極的に進めていきたいと考えています。また、e-ASIA注5のプロジェクトは、日本の成功事例と言えるのではないかと思います。e-ASIAでは参加国共通の難しい課題について、皆で一緒に取り組んでいるところです。最初の3、4件の課題を作成するのも大変だったのですが、今は課題も20ぐらいに増え、協力活動として定着してきました。東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議でも高い評価を受けており、日本は、SATREPS、e-ASIAと新興国等との協力活動を順調に進めてきています。この背景にあるのが、オープンサイエンスやインクルーシブ・イノベーションの考え方であり、こうした基本的な考えをしっかり持っておかないと、実際の協力活動をうまく実践することができないでしょう。

JICA主催シンポジウム(「アフリカにおける科学技術協力の意義と課題」)出席(2016年8月 ケニア)

提供:外務省国際科学協力室

― 日本がアジアとの関係で果たしていくべき役割として、何が重要になってくるでしょうか。アジアの次世代リーダーの人材を育成すること、あるいは、日本人が現地に行ってリーダーシップを取ることでしょうか。

アジアは大事な領域であり、中国との関係においても重要と考えます。

内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)主導で進められている「SIP」「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」は、我が国における産学官連携、省庁連携の典型的な大型プロジェクトですが、日本がどういう方向に進んでいるのかをもっと世界に知らせなければならないと考え、私の発案で、内閣府と外務省が一緒になって、活動を紹介するキャラバンを始めています。「日本は、このようなことをできます。一緒にやれます。」と各国に置かれる日本大使館を通じ、講演を行っています。2016年6月にベルリンを訪問し、10月にウィーン、パリ、ロンドン、来年(2017年)にはタイを訪問する予定です。タイではe-ASIAとも連携し、他のアジア諸国からも参加者を呼び込んでいくつもりです。

― 当研究所の第10回科学技術予測調査では、グローバルな視野に立って日本の戦略を検討していくための視点として「リーダーシップ(日本の強みを生かし、国際拠点を形成しイノベーションをリード)、国際協調・協働(グローバルな課題解決に貢献)、自律性(日本の弱み・課題を克服し、国の社会・生活の存続基盤を確保)」という三つの方向性を抽出しました。これらの視点を戦略としてブラッシュアップし、実際の活動・取組につなげていく上で、重要なポイントや留意すべき点は何だとお考えでしょうか。

この三つの視点は、科学技術外交を進める日本側だけではなく、相手国側にも同じ問題があるのではないでしょうか。そうすると、やはり科学技術外交を進める上で日本の優位性と課題を頭に入れながらも、同時にまた相手国の課題も考えながら進めなくてはいけないですね。そのために、相手国の科学技術の現状をもっと知りたいので、現在、在外公館に各国の科学技術に関する資料・情報を集めていただくようお願いしています。ポジティブな面とネガティブな面をはっきり把握しておかないと、前述のようなキャラバンを実施するとしても対応が変わってくるでしょう。

― Foresightの観点から、人材育成をいかに進めるかを真剣に考えていく活動をASEAN 教育大臣機構(The Southeast Asian Ministers of Education Organization:SEAMEO)が本格的に進めており、当研究所も継続的に連携・協力しています。彼らは、予測によって自国の将来の課題やグローバルな課題を明らかにした上で、その課題の解決に当たるための人材をこれから5年、10年かけてどう育てていくかの検討に予測結果を使おうとしており、ロジカルで意味のある取組だと思います。

人材に関しては、国内ではすばらしい博士人材を作ることが重要ですね。博士人材のレベルが上がれば、研究室のレベルも上がり、好循環に物事が進むと思います。論文が減ったり、サイテーション(引用)が減ったりすると、国力は落ちるでしょう。また、国際的な人材育成を進めないと、日本の科学技術が壁にぶつかります。

― 最後に、今後の当研究所を主体とした予測活動への期待、要望などございましたら、是非お聞かせください。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の成果の活用は、最近本当に増えていると感じています。「NISTEPによると」という文言を聞くようになりました。特に、サイエンスマップは興味深いです。こういうものを活用して、良いテーマを立てていかねばなりませんね。

他方、国が支援すべき領域がここからすぐに見えてくるというのは難しいことで、基礎研究に伴うセレンディピティな研究が生きることもあります。しかし、政策としては、こうしたエビデンスも手掛かりとして、どこかで決め打ちをしていかなくてはならないと思います。

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注1 G7茨城・つくば科学技術大臣会合(2016年5月15日~17日)
日本の科学技術イノベーションを世界へ展開していくため、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合した「Society 5.0」を提唱するとともに、「G7科技大臣会合」において六つの議題(1:グローバル・ヘルス−保健医療と科学技術、2:科学技術イノベーションの推進に向けての女性の参画拡大や次世代の人材育成、3:海洋の未来、4:クリーンエネルギー−革新的なエネルギー技術の開発、5:インクルーシブ・イノベーション−社会的に包摂的で持続可能なイノベーション、6:オープンサイエンス−サイエンスの新たな時代の幕開け)を共同声明として「つくばコミュニケ」を世界に向けて発信。
「つくばコミュニケ」では、それぞれの課題について、国際的ネットワークや作業部会の設置、国際協力枠組みの強化など具体的なアクションを示しており、これらのアクションを着実に実施できるよう、G7各国、国際機関及び関係省庁の協力も得て取り組んでいく旨、決意を表明。

注2 G7主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)(2016年5月26日~27日)
科学技術顧問の活動を通じ、医療データ利用で国際協力を推進することや、海洋観測の強化などの必要性を提起し、成果文書に反映された。

注3 第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)(2016年8月27日~28日)
高い技術力や人材育成支援の実績といった、日本らしさ・日本への信頼が厚いデータの活用等を重視し、「人材育成を通じたアフリカの科学技術の向上」及び「研究開発の成果の社会全体への還元」が提言として打ち出された。

注4 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)
国際科学技術協力の強化、地球規模課題の解決と科学技術水準の向上につながる新たな知見や技術の獲得、これらを通じたイノベーションの創出等を目指し、日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行う3~5年間の研究プログラム。

注5 e-ASIA共同研究プログラム
本プログラムは、東アジア地域の科学技術分野における研究交流を加速することにより、東アジア諸国の研究開発力を強化するとともに、環境、防災、感染症など、これらの諸国が共通して抱える課題の解決を目指す事業。メンバー国のうち3か国以上により実施される国際共同研究を支援する。