STI Hz Vol.2, No.3, Part.3: (特別インタビュー)Future Earth 国際本部 日本ハブ事務局 春日 文子 事務局長インタビュー 理念共鳴型 / ネットワーク型の国際協調研究と実践-Future Earthに見る国際プロジェクトの現況と今後の展望STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00034
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 斎藤 尚樹、林 和弘、村田 純一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
Future Earth国際本部 日本ハブ事務局
春日 文子 事務局長インタビュー
理念共鳴型 / ネットワーク型の国際協調研究と実践
-Future Earthに見る国際プロジェクトの現況と今後の展望

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘
特別研究員 村田 純一

 昨今の科学技術イノベーション政策を考える上で、グローバルな課題解決のためには国際連携や分野間連携が不可欠であり、その一方で、科学と社会とのつながりが深まり、その潜在的インパクトが質・量両面で拡大する中で、研究の企画・設計段階から社会・地域との連携を図ることも重要となっている。このことは環境系を中心とした社会的課題への対応を考える際に“Think globally, Act locally”と呼ばれるキャッチフレーズがよく用いられることに象徴され、こうしたコンセプトにも立脚しつつ、新時代における国際的研究連携のプラットフォームであるFuture Earthが立ち上がっている。Future Earthでは、科学と知の統合、社会との知の共創と共有、ステークホルダー間の情報共有、協働の場の提供などの活動を通じて、地球環境変化による危機に対応しつつ地球規模課題を解決し、持続可能な社会への転換を目指している。

 これまで、我が国では学際連携・分野融合や人文社会系研究者との「協働」が重要と言いながら、実際は一部参加の「分業」や、成果創出後の見解・コメント聴取のような「形だけの参加」が往々にして見受けられる。また、社会実装を進めるには、経済合理性がないと進まない。さらに、一般市民に行動変容を求めることは非常に難しい課題である。

 2013年9月発行の当研究所メディア「科学技術動向」1)において、本件構想の具体化の動きをレポートしたが、それ以降、Future Earth設立から現在に至るまでの状況と今後の展望について、グローバルな観点を中心として、国立環境研究所特任フェロー、Future Earth国際本部日本ハブ事務局長である春日 文子氏にお話を伺い、こうした新しいタイプの国際プロジェクトを進める上で鍵となる要因を探った。


春日 文子 Future Earth 国際本部 日本ハブ事務局長

- Future Earth設立の経緯:理念と、国際的なガバナンス
本日は、Future Earthの取組が今までの研究・社会実装プロジェクトと異なる点に焦点を当てながら、日本の未来のあるべき環境関連プログラムの姿についてお話を伺いたいと思います。
まずは、Future Earthの設立までの経緯を御説明いただき、その中で、準備段階から現在に至るまでに、理念やガバナンスの仕組みについての変更などがあれば御教示ください。

Future Earthは、IGBP2), DIVERSITAS3), IHDP4), WCRP5)といった、先行する地球環境変化(GEC6))研究プログラムが母体となり、国際科学会議(ICSU:International Council for Science)などの国際アカデミア組織と幾つかの国連機関などの発案により、設立されました。GEC研究では研究として優れた成果が出されたにもかかわらず、現実の地球や社会環境が一向に良くならないことを研究者コミュニティ自身が強く認識したことが、Future Earth発足の強い動機となっています。

Future Earthの特徴は、社会の課題解決を目指して、人文社会科学と自然科学の連携を主とした多分野の協働連携であるインターディシプリン(学際研究)的なアプローチと、研究計画段階から社会のステークホルダー(関係者)とのコ・デザイン、コ・プロダクション、コ・デリバリーを実践する、トランスディシプリン(超学際)的なアプローチです(図表1)。これらの概念を具体的に実践することで、旧GECプログラムを超える社会的な成果を目指そうとしています。

図表1 Future Earthのアプローチ

出典:参考文献7、8を基に科学技術予測センターにて作成

Future Earthでは、2013年に科学委員会(Science Committee)と暫定事務局が立ち上がり、2014~15年にかけて、関与委員会(Engagement Committee)、評議会(Governing Council)の陣容も整いました。最高意思決定機関である評議会には日本からSTSフォーラムが加わり、また科学委員会には安成 哲三氏、関与委員会には長谷川 雅世氏と、双方の委員会に、日本人委員が参画しています。恒久国際事務局は2015年5月、5か国の国際本部事務局(Global Hubs)(カナダ、フランス、日本、スウェーデン、アメリカ)と四つの地域事務局(Regional Centers)(中近東・北アフリカ、ラテンアメリカ、ヨーロッパ、アジア)9)という構成で、正式に稼働しました(図表2)。また、統括する事務局長(Executive Director)として、カナダのPaul Shrivastava氏が就任しました。

図表2 Future Earthの運営体制について

出典:参考文献10、p.6の図

― Future Earthの特徴・全体の活動状況
これまでの国際協力プログラムの事務局設置に際しては、一極集中型の組織のため候補地間で熾烈な誘致合戦が行われてきましたが、Future Earthは理念共鳴型・ネットワーク型の先進事例として捉えられると思います。従来型のプログラムに比べ、リソースが分散することで弱点が生じることはないのでしょうか。

2013年にFuture Earthの恒久国際事務局の公募が行われ、日本は、日本学術会議が中心となって立候補しました。フランスで開かれた誘致会議では、提案国が一緒に一つの事務局を作るという発想が自発的に生まれ、その後の準備期間を経て、前述のような多国・多地域分散型国際事務局が誕生しました。日本では、国際本部日本ハブ事務局を日本学術会議と東京大学などを中心とした日本コンソーシアムが担い、アジア地域事務局を総合地球環境学研究所(地球研)が担当することになりました。国際的な課題に対する大きなプログラムを一つの国で担うことはかなりの負担となります。一方、5か国共同体制は、民主的ですが一元的な管理でないので日々の運営は大変です。しかし、取組の幅が広がり、一国に過度な負担が集中するリスクも避けられ、結果的にはプラスになると思っています。グローバルな規模の課題、幅広い分野連携に取り組まなければいけませんし、お互いの多様性を認めることが重要です。そのために、時間がかかる非効率性は克服すべき課題でもありますが、ある程度は仕方がないと考えています。

国際本部事務局と地域事務局の役割は分けています。国際本部事務局はグローバルな共通機能を中心に取り組み、地域事務局は地域の支援に関わっています。

一方で、地球規模の取組であるにもかかわらず、国際本部事務局が北半球に集まっていることには批判もあります。立候補した国で作ってきたという事情があるのですが、立候補できなかった国・地域に対してどう配慮するかが求められています。実際には、サハラ以南のアフリカと、広いアジアの一部はカバーできていません。そこで、現在、地域内組織としての地域拠点オフィス(Regional Offices)を、インド、ルワンダ、南アフリカに設置するように手続が進んでいます。

研究・取組の状況については、現在、世界中で5万人以上の研究者、20以上の各国ネットワーク、八つの知と実践のためのネットワーク(KAN: Knowledge-Action Networks)12)、20以上の国際研究プロジェクトが実施されています(図表3)。研究プロジェクト間やステークホルダーとの具体的な連携の場であるKANの現在の注目分野は、水-エネルギー-食料のつながり、健康、都市、自然資産、持続可能な開発目標、生活様式の変容、海洋、金融・経済ですが、今後テーマを広げていく予定です。

図表3 Future Earthプロジェクトの状況

出典:参考文献11を基に科学技術予測センターにて翻訳

― 本プログラム推進に向け、2016年春に日本学術会議が発表した提言10)の主なポイントを教えてください。

日本学術会議の提言は、日本学術会議のフューチャー・アースの推進に関する委員会が、2016年4月に発出したものです。そこでは「学際・超学際研究推進のための研究・教育体制を構築する」、「国際的リーダーシップを果たすための体制を構築する」、「我が国として取り組むべき具体的研究課題を提示する」という柱が示されています。我が国の実績と強みを生かしつつ、国際的に推進すべき研究課題も例示されています。

Future Earthはグローバルな展開を目指していますが、具体的な対策では国や地域ごとの課題を解決していく積み重ねが重要です。多様な課題への対応には、日本にも組織が連携する場となるFuture Earth日本委員会を作ることが必要です。そこでは研究者だけではなく、行政をはじめ様々なステークホルダーも含めて、国を代表する委員会を目指します。さらに、東京と京都に置かれた国際ハブと地域事務局が協力して日本がリーダーシップをとり、アジアにおける協働・連携のモデルを世界に提案していくことが重要です。

― マネジメント戦略
Future Earthは当初10年の期限で発足しましたが、社会実装を視野に入れると、研究して提言を出して終わりということではなく、実装をにらんで各主体が活動を持続していくことに意味があると思われます。こうした観点から、持続性ある形で研究活動とマネジメント組織を構築していくための戦略はありますか。

2014年の暮れに、「戦略的研究アジェンダ2014」13)として2025年までに達成を目指す具体的な戦略課題がまとめられました。日本語版が地球研から発表されています。優先アジェンダが62、チャレンジが8課題あります。現在、地球研では、日本の状況に対応した独自の戦略的研究アジェンダを、社会のステークホルダーと一緒に作り上げる作業を進めています。また、チャレンジ8課題を基礎として作られた前述のKANは、得られた知識を実践で利用するためのネットワークで、社会のステークホルダーとの連携のためのプラットフォームともなります。62のアジェンダや既存のプロジェクトの活動も、KANを媒介の場として、社会への実装を継続的に展開できることを目指しています。GECプログラムから継続してきたコアプロジェクトにも積極的にリーダーシップをとっていただきつつ、しかしこれまでの個々の専門的プロジェクトでは扱いきれなかった、地球環境や人間社会における多様な要素間の複雑な相互作用を包括的に取り扱うための場がKANであると御理解いただければと思います。

日本ハブやアジア地域事務局も、事務局として幾つかのKANの運営を受け持っています。さらに、KANの一つを中心として、2015年国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)に対応する取組も、Future Earthの具体的なサイエンスポリシー・インターフェースの実施例として、世界で、また各国レベルでも貢献することになるでしょう。

 このような形でFuture Earthのマネジメントを行うことで、社会への貢献を継続できればと考えています。

― 結果の公表・オープン化と人材のキャパシティ・ビルディング
ソーシャルメディアの活用は、普及・実装活動を進める上で大きな効果が期待できます。こうした活動の理念等を分かりやすく伝える上では、コミュニケーション能力やデザイン能力も必要です。大阪大学コミュニケーションデザインセンター(CSCD)のように、こうしたコミュニケーション・デザイン能力を高める教育プログラムも進められていますが、それを専門の職業として続けていくことは難しいと聞いています。

環境課題のニーズに対して、研究・取組をうまく結び付けないと、課題解決・社会実装は進みません。科学者側も、経済合理性の視点を持ち、産業界が納得できる利益のある形での取組となることを考える一方、企業も自身の存続のために、長期的ビジョンを持つ必要があります。世界的には危機管理能力を高めることは、企業にとってのインセンティブであるという認識が広がっています。「危機意識の共有が重要」との認識を広げていきたいと思っています。Future Earthではコミュニケーションに力を入れていて、ツールとしてのMedia Lab14)が2016年6月に開設15)されました。市民に行動変容を求める場合にも、コミュニケーションは重要な要素です。

Future Earthでは以前から情報発信にソーシャルメディアを活用しています。現在、世界中のどこの国・地域でもスマートフォンのような携帯端末が普及しています。携帯端末の活用による、情報の末端までの伝達、また収集のために、更なる革新的技術拡大を期待します。そしてより多くのコミュニケーション研究者・専門家にも協力していただきたいと思っています。

ICSUのWDS – IPO16)(世界科学データシステム国際プログラムオフィス)は日本に設置されています。日本事務局の取組の一環として、データマネジメントもサポートしていくことにしています。Health KANの準備会議では、健康や医療に関するデータベースのマッピングを始めることになりました。他のKANにおいても同様ですが、次の段階ではデータ共有化のためのアプローチ、利用可能なデータのオープン化の原則と、その障壁について検討されるでしょう。

科学コミュニケーションや研究マネジメント、デザインを専門の職業とすることが難しいということについては、前項のマネジメントにも関連しますが、キャリアパスの課題があります。日本では、研究プログラムのコーディネーターやマネージャーのキャリアが、キャパシティ・ビルディング戦略の一環として十分に認知され、普及するに至っておりません。大型プロジェクトのリストを見ても、既に高名な科学者がプログラムマネージャー、ディレクターになっていて、若い人の育成、キャリアパスの道筋はまだ十分でないようです。海外のFuture Earthハブのディレクターは、若いときから研究マネジメントのポストに就いています。日本人の視点では、若い人がマネジメントに関わることは、研究者として劣っているように見えてしまいがちであることに加え、研究する側としても、研究実績のある人にマネジメントしてもらう方が安心できるようです。今後は、研究マネジメントの専門性としての価値を見いだすことが重要と言えます。最近は、研究費を獲得することが、組織内外でリサーチ・アドミニストレーターとしてのマネジメント活動についての評価の対象とされていますが、彼らには、研究予算の獲得や管理だけを指向するのでなく、研究自体が円滑に、また目的に沿って進むよう、専門的にサポートしていくことが求められると思います。

― 日本ハブ事務局長としてのメッセージ
今後、Future Earthの取組を更に進めていく上での課題、政府や科学コミュニティへの期待など、メッセージをお願いします。

Future Earthは社会のステークホルダーとの連携があってこそ、成り立つものです。産業界には、社会貢献ということだけではなく、長期展望として自らの企業戦略のためにも、主体的に参画していただきたいと思います。

政府・省庁は、政策方針決定から実行の各段階でアカデミアとの対話をとってほしいと思っています。最近は、エビデンスベースの説明が求められますが、新たな科学的エビデンスを出すには、研究の計画から成果のまとめまで、一定の期間が必要となります。その一方で、政策方針設定の段階でも、それまでに既にあるエビデンスを使うことは可能と思います。それに対応して科学者側も、政策の各段階に応えられるような準備と協力をしていくことが必要です。

Future Earthは決して純粋な基礎研究と対立的な位置にあるわけではありません。基礎研究の厚く、また長い実績の上に、新たな課題解決の展望が見えてくるものです。基礎研究の蓄積の上で初めて科学から社会への貢献ができます。そのためにも研究者の一部には常に、社会との接点を考えている集団がいるべきではないかと思います。

研究資金の面でも悩ましいことが多いです。研究者、ステークホルダーの連携については、第5期科学技術基本計画でも複数の箇所で強調されています。しかし、「連携」を柱に何かの項目の研究資金を獲得することは構造的に難しいのが現状です。国内でも国際的にも、「連携」を意識した審査・評価制度の運用を増やしていただけると有り難いと思います。

謝辞

インタビューに当たり、資料の準備など事務局の長沢 綾子様、毛利 英之様に大変お世話になりました。ここに感謝申し上げます。

参考文献

1)増田 耕一、浦島 邦子, 地球環境研究に関する国際プログラムの動向―Future Earthについて―. 科学技術動向. 2013. No. 138. p.18-25:http://hdl.handle.net/11035/2427

2)IGBP: International Geosphere – Biosphere Programme, 地球圏-生物圏国際協同研究計画 IGBPホームページ:http://www.igbp.net/

3)DIVERSITAS, International Programme of Biodiversity Science, 生物多様性科学国際協同研究計画DIVERSITAS ホームページ:http://www.diversitas-international.org/

4)WCRP: World Climate Research Programme, 気候変動国際共同研究計画 WCRPホームページ:http://www.wcrp-climate.org/

5) WCRP: World Climate Research Programme, 気候変動国際共同研究計画 WCRPホームページ:http://www.wcrp-climate.org/

6)GEC: Global Environmental Change Programmes, 地球環境科学における国際協同研究プログラム 文部科学省、科学技術・学術審議会、研究計画・評価分科会, 持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会(第1回)配付資料5:(安成哲三 主査代理 提出):
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/068/shiryo/1336155.htm

7)ICSU(2013), “Future Earth Initial design report” p.23, figure.1:
http://www.futureearth.org/media/future-earth-initial-design-report

8)文部科学省 科学技術・学術審議会、研究計画・評価分科会、持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会, 持続可能な地球環境研究の進め方について 中間とりまとめ(論点整理), p.6:
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/068/houkoku/1341083.htm

9)Future Earthの地域組織、総合地球環境学研究所web:
http://www.futureearth.org/asiacentre/ja/future-earth-regional-structure

10)「持続可能な地球社会の実現をめざして-Future Earth(フューチャー・アース)の推進-」、日本学術会議、フューチャー・アースの推進に関する委員会、2016-4-5:
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/division-15.html

11)Future Earthの取組概要:http://www.futureearth.org/media/future-earth-booklet-what-future-earth

12)知と実践のためのネットワーク:http://www.futureearth.org/knowledge-action-networks

13)戦略的研究アジェンダ2014、総合地球環境学研究所、2016、(8課題はp.6に記載されている):http://www.futureearth.org/media/zhan-lue-de-yan-jiu-azienda2014-strategic-research-agenda-2014-japanese-translation

14)フューチャー・アースMedia lab: http://medialab.futureearth.org/

15)2016年 6月 16日 NEWS:http://www.futureearth.org/news/future-earth-media-lab-launches-online

16)日本学術会議・国際活動:ICSU、WDS-IPOについて:http://www.scj.go.jp/ja/int/icsu/
WDS: World Data System, 世界科学データシステム, IPO: International Programme Office, 国際プログラムオフィス