STI Hz Vol.2, No.1, Part.4: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学 二瓶先生STI Horizon

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  • DOI: http://dx.doi.org/10.15108/stih.00012
  • 公開日: 2016.03.25
  • 著者: 斎藤 尚樹,相馬 りか,髙橋 安大
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.02, No.01
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流

東京大学大学院農学生命科学研究科
二瓶 直登 准教授インタビュー

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
科学技術動向研究センター 上席研究官 相馬 りか
企画課 係員 髙橋 安大

当研究所では、2005年より毎年、科学技術イノベーションの様々な分野において活躍され、日本に元気を与えてくれる方々を「ナイスステップな研究者」として選定しており、これまで合計110名・組の方々を選定してきた。「ナイスステップな研究者」には、山中伸弥氏(2006年)や天野浩氏(2009年)といった、後にノーベル賞を受賞した方々や、113番元素を発見し昨年末に命名権を獲得した森田浩介氏(2012年)もおられる。選定開始から10年が経過したことを受け、本誌では「ナイスステップな研究者」のその後の御活躍ぶりや現在の状況について、インタビューを連載することとした。

今回御紹介するのは、2007年に「地域・産学連携・イノベーション部門」で選ばれた二瓶直登氏である。当時二瓶氏は、福島県農業総合センター作物園芸部畑作グループに所属し、植物への有機態窒素(アミノ酸)の吸収に関する研究を行っておられた。その後東京電力福島第一原子力発電所事故を機に、農作物による放射性セシウムの吸収を減らす研究を行うため、2013年6月に東京大学大学院農学生命科学研究科に所属を移されて御活躍されている。



二瓶 直登 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授

- ナイスステップな研究者に選ばれたことがキャリアパスに及ぼした影響をお聞かせください。

震災の前は、福島県農業総合センターで、有機質肥料に含まれているアミノ酸が植物にどのように吸収されるかをテーマに、14Cなどの放射性同位体を用いて研究をしていました。これは、福島県が有機農業を推進していたことがきっかけで始めた研究で、研究成果の講演を農家の方にもさせていただき研究成果を還元してきました。福島県で仕事をしながら週末に社会人学生として東京大学大学院農学生命科学研究科へ通い研究を続け、ナイスステップな研究者に選定されたときも社会人学生でした。その後、この研究成果をまとめて学位を取得しました。ナイスステップな研究者に選ばれたことは、学位取得において自信になったと思っています。農業総合センターで学位を持っている人は全体の10%ほどで、その半数くらいは社会人になってから学位を取得していました。

その後福島第一原子力発電所事故が発生し、農産物に含まれる放射性セシウムが問題になりました。私自身セシウムを研究対象として扱ったことはありませんでしたが、14Cを用いた研究をしていたことから放射線や放射性同位体については知識があったため、アミノ酸をセシウムに置き換えればこれら放射性物質について、自分がもっている知識を生かすことができると思いました。

また、この頃、農作物に含まれる放射性物質への県民の不安に対応する、県庁窓口に異動となりました。県民の農産物に対する不安な声を聞くうち、農作物のセシウムを減少させるために、自分で研究を行いたいという思いが強くなりました。ちょうどそのようなとき、かつて研究を行っていた東京大学大学院農学生命科学研究科に5年間の任期付きのポジションの募集がありました。数年待てばまた試験場に戻る可能性もありましたが、今やらないと絶対に後悔すると思って応募しました。県から数か月間大学に研修に行く制度はありましたが、数年間という長期の出向制度はなかったので、県の職は辞職しました。東大に移った今も、放射性セシウムを使った実験など大学でしかできない研究を東京で実施しつつも、夏は週に1、2度は実フィールドである福島の圃場に行って、研究成果を適用した試験栽培を行っています。できるだけ成果を福島に還元したいと思っています(写真1)。

写真1 福島県内のダイズ現地圃場

提供:二瓶 直登 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授

放射性セシウムで汚染した土壌にて、品種間の違いやセシウム移行のメカニズムを検討。
野生サルやイノシシによる被害(主に食害)がひどく、電柵を張り巡らすなどの対策が重要。

- その後の大学での研究はどのような状況ですか。

基盤的経費が削減されてきており、東大でも教授・准教授の枠は年々減らされ、何名もの研究者が待ちポストにいる状態です。大学教員の研究時間の減少も指摘されています。ただ、大規模な研究室をもっている教授たちとは異なり、私は自分の研究に比較的多くの時間を使える方だと思います。

また、震災から5年を経過し、着任した当初に比べ福島復興を対象とした研究グラントは、年々少なくなっています。除染作業や復興が進み、安全であるということが明らかになってきているゆえに、研究資金が減るということが起こっています。現実には、福島の放射線の影響に関する研究は、長期にわたる継続的な支援や研究が必要です。私の研究対象であるダイズも収穫は年に一回ですし、森林などを対象とした研究では数十年のスパンで考えなければならず、数か月で次々と研究成果がでるような分野ではないため、期間の短い競争的資金での研究には限界があります。個人的には、個人にファンドする研究費の方が、異動があっても継続できる点で有り難いですが、課題解決に着目したものでは、組織にファンドする方が良いと思います。

また、東大に来て、国際的なネットワークが広がりました。中西友子先生からチェルノブイリやスウェーデンのラジオエコロジーの研究者を紹介してもらい、情報交換することができています。将来、彼らと共同研究したいと考えています。

- 今後の研究の方向性についてお聞かせください。

まずは、農作物によるセシウム吸収を減少させるための研究が最優先です。これには土壌側の問題と、作物側の問題があると考えています。土壌の問題というのは、同じ肥料(カリウム肥料)を投与しても土壌の種類によって作物への移行係数が変わるという問題で、作物側の問題というのは、作物の種類によって同じ土壌でも放射性セシウムの吸収率が変わるという問題です。これらの問題を解決するために、研究室での実験に加え、福島に借りている圃場で、研究で得られたセシウムの吸収を抑える栽培方法を試しています。

また、震災前に行っていた有機質肥料から植物へのアミノ酸の吸収の研究については、研究半ばでもあり今後も調べたいことは多数あります。例えば、植物に吸収されたアミノ酸の動態や、作物のおいしさに関するエビデンスなどの研究です。うまみの成分であるグルタミン酸を植物に与えると植物の生育は良くなるのですが、根から植物に吸収されたグルタミン酸がグルタミン酸のままで存在しているわけではなく、一度体内で分解されてその成分が根系発達や生育に利用されることが分かっています。このことから、有機農業で栽培した農作物のおいしさの秘密を考えますと、有機質肥料により供給されるグルタミン酸が植物体内で増加するのではなく、有機質肥料の利用で根がよく発達するため、微量要素の吸収が向上し、植物の味が複雑になっておいしく感じるということが示せるかもしれません。このように、有機農業の利点を客観的に示したいと思っています。また、有機農業は農業者の負担が大きく、同じ方法で実施してもうまくできる場合そうでない場合があります。その理由を明らかにして、有機農業の負担減や普及に貢献したいと考えています(写真2)。

写真2 アミノ酸の種類によるイネ幼植物の生育の違い
(上段:地上部、下段:地下部)

提供:二瓶 直登 東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授

- 今後の抱負をお聞かせください。

まずは、東大の残り2年の任期の中で農作物のセシウム低減技術に関する研究を進めて福島の復興に貢献したいため、研究成果はできる限り共有し、広く役立ててもらえればと考えています。

インタビューを終えて

二瓶氏が最優先で取り組まれている土壌-植物間の元素移行(ここではセシウムに注目)に関する研究は、福島の復興に資するのみならず、放射性物質による土壌汚染の問題において我が国が世界に貢献し得るものと思われた。また、植物への有機態窒素(アミノ酸)の吸収の研究は、よりおいしい作物の栽培方法の開発へとつながり、農業振興に資するものであり、研究の進展が期待される。

他方、二瓶氏のインタビューからは、近年の基盤的経費削減・競争的資金拡充により、任期なしポストの削減や研究費の打ち止めなど、特に長期的・継続的な実証を必要とする科学分野に悪影響が出ているという危機感がかいま見えた。

二瓶氏が土壌-植物間の元素移行に係る基礎科学的知見と実フィールドをつなぐ重要な研究課題に取り組まれている点に関し、永年にわたり二瓶氏の研究指導に当たられてきた農学生命科学研究科・中西 友子教授(内閣府原子力委員会委員)も「同氏は農学生命科学研究科の中でも、基礎科学と農業の実フィールド双方に精通した貴重な人材。この点は、学外の研究パートナーからも極めて高く評価されている」と述べ、同氏の今後のキャリア展開に高い期待感を表明されている。