STI Hz Vol.2, No.1, Part.2: (特別インタビュ−)東京大学・五神 真 総長に聞くSTI Horizon

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  • DOI: http://dx.doi.org/10.15108/stih.00010
  • 公開日: 2016.03.25
  • 著者: 斎藤 尚樹,松澤 孝明,小林 淑恵,林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.02, No.01
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


特別インタビュー

東京大学・五神 真 総長に聞く
~第5期科学技術基本計画と「東京大学ビジョン2020」に
基づく、若手を中心とした人材のポートフォリオとは

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
第1調査研究グループ 総括上席研究官 松澤 孝明、上席研究官 小林 淑恵
科学技術動向研究センター 上席研究官 林 和弘

第5期科学技術基本計画が2016年1月22日に閣議決定された。今回の基本計画の特徴の一つはイノベーションに最も適した国となることを目指し、科学技術と産業、社会との連携が一層強調されたことである。また、政府投資総額や個別政策に係る数値目標の設定、さらには政策の進捗や実効性を把握・評価するための「主要指標」を設定するなど、野心的な試みも取り入れられている。

今回、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)基本計画専門調査会委員として当基本計画策定に参画された五神真総長に、科学技術・学術政策のみならず、産学連携や高等教育の在り方など幅広い観点からお話を頂くとともに、東京大学の取組を中心に日本やアジアにおけるハブ、リーダーとしての研究機関並びに高等教育機関の展望を伺った。

- まず、CSTI専門調査会委員としてのお立場から、先日閣議決定された第5期科学技術基本計画に対する御意見、特に種々の目標・指標設定の中で、どの点に着目しているかをお聞かせください。

まず、基本計画専門調査会の終盤になって、26兆円の投入目標のためにはKPI(Key Performance Indicator)が必要という流れになったことが重要と考えます。科学技術は漠然と大事だとしても、説得力を持たせるために測れる部分については投資効果が出ているのか、そもそも必要な資金が投入されているのかを数値で見ないと、市民(納税者)に説明がつきません。測れるものをしっかり抽出する上で、これまでは苦労して指標をひねり出してきました。例えばベンチャー育成の重要性について、科学技術基本計画に沿った投資によって、ベンチャー育成が前に進んでいるかどうかのチェックを健康診断のように測る指標はこれまでほとんどありません。新規上場数(IPO)を倍にするとの目標が基本計画に書き込まれていますが、上場はベンチャーの出口の一つに過ぎず、M&Aの数も同様に大事と考えます。また、ベンチャーはたくさんできてたくさん潰れます。そういった状況で、IPOを倍にするという目標設定は、良い方向にベンチャー育成が進んでいれば上がるかもしれないというヘルスチェックのようなもので、実はKPIとは違います。KPIは本来目標そのものであって、PDCAサイクルを回すための指標です。基本計画専門調査会では、この点について最後の最後に検討を行い、計画本文では書ききれない部分について、有識者ペーパーを発表して補っています。したがって、数値が強調され過ぎることがないよう、また、自己目的化することがないように留意しつつ、各省庁の進捗管理における点検項目として注視していく必要があるのです。その上で、改めて分かりやすい活動指標を開発し、科学技術を進める側がその点を意識して運営する必要があります。そうでないと資金投入の説明責任を果たせないと考えます。

- 第5期科学技術基本計画ではTop 10%論文の2割増、大学の特許実施許諾件数の5割増など、これまでと比較して挑戦的とも言える数値目標が設定されています。現状の科学技術イノベーション政策を支えるエビデンス(データ・情報基盤・指標)の整備・提供の在り方について、理学・工学どちらの見識もお持ちである学術コミュニティのキーパーソンのお一人としてのお立場も交え、また、人文社会系の研究からの観点も含め、率直な御意見、御提言をお聞かせください。

基礎研究、学術研究が順調に進んでいるか、投資に見合った成果が出ているか、出ていないなら、何か余計なことをさせていないかを点検し、改善する必要があります。そのような「活動度」を分かりやすい形でどう評価するかが極めて重要なポイントです。例えば、日本の人社系は国際的レベルが低いかというと、QSランキング(イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社(Quacquarelli Symonds : QS)」が毎年9月に公表している世界の大学ランキング)で見ると、東京大学の人社系は20位くらいです。それは決して論文の数等だけでは測りようがないことをその分野では知られているからです。総合的な順位で見る場合は測りやすい指標が使われることになりますが、絶対的な順位、数値より昨年との比較など相対的に行う必要があります。その意味で、論文数の伸びが研究費と連動していることは明らかで、2004年以降研究費の投入が下がると日本の論文数は減り、相対的に見ると諸外国の中で地位を落としています。論文を増やすには研究資金の投入量を増やすしかないことは、エビデンスとしては明確です。しかしながら、全体的に公的資金が限られている中、今までと同じような資金投入はできないので、どうやって説明を果たしながら資金を合理的に納得できる形で回していくかを考えなければいけないと考えます。単に資金を投じればよいわけではなく、中国や欧米など他国と違った工夫が必要です。

また、国の研究力の指標として、質の良い論文の絶対数が多いことが重要です。論文を増やしても、質の良い論文の数が変わらなければ、国力は上がったとは言えず、また、論文全体の数を減らして質の高い論文が減ってしまえば、日本は世界から見えなくなります。ノーベル賞やオリンピックの金メダルの数を人口比率で見ることはないように、無から有、新しいブレークスルーを生み出した論文の絶対数を見ることが大事で、このような数は経済的にも、国際信用としても、安全保障と同じくらい国力と直結しています。こういった指標は可視化できるものが少ない中で、資金を投入する側も、活動する側も本質的に良い方向に向かわせるように、設計を周到に行っておく必要があります。その意味で今回提示した数値だけで判断するのは危険と考え、前述の有識者議員ペーパーが基本計画と併せて決定・発表されました。これは厳密にはKPIではありませんが、一つの目標数値として投資の健全性をチェックし、正しい使い方をしているかを、このペーパーに則して確認しながら進めることになりました。専門調査会の検討の終盤で急に決めた感は否めませんが、正しい使い方をしているかどうか、この5年間は、手間がかかりますが常に慎重にチェックしていく必要があります。

- 第5期科学技術基本計画の施行はちょうど東京大学の第3期中期計画と同期することになります。東京大学総長のお立場から、同基本計画を踏まえた貴学における取組、特に卓越性と多様性を実現する取組と知の協創の世界拠点との兼ね合いについて、日本やアジアの研究界のリーダーとハブの観点も含めてお聞かせください。

昨年4月学校教育法が改正されましたが、平成16年の大学法人化を機に東京大学では教授会の役割を明文化することや副学長の権限強化を含めて粛々と改善を進め、運営を続けてきました。法律を変えなければ変わらないという受け身ではなく、法人化の精神をより明確化し、大学人や社会に問いかけながら大学改革に取り組んできたことになります。

第2次安倍内閣になり、産業競争力を上げ、イノベーションに最も適した国になるためにも、大学改革に関して議論を重ねていった結果、各セクターの方々の議論に収束していきました。産業競争力会議には当初メンバーでなかった文部科学大臣も加わり、大学改革、教育改革も重要なポイントとして、下村大臣(当時)が中心メンバーの一人として文部科学省の方針をしっかり伝えられました。昨年4月の産業競争力会議では経営力戦略が議論され、国立大学といえども運営交付金だけに頼らない自律的な経営を考えることになりました。これも一つのベースとして、社会の成長のために大学というセクターに期待が集まっていることはどういうことかを考え、「東京大学ビジョン2020」を作成しました。

開学138年目の東京大学は戦後70年を迎える中で、ちょうど終戦は歴史の「中間点」にあり、次の70年を考える必要があります。これまでの世界の中の日本を振り返ると、明治以来、学術、学問をもって高い経済力を達成し、世界の中で存在感のある国になったということで、世界の中における日本の役割はかなり特徴的です。今、例えば世界全体で見たときに、宗教などのいろいろな対立が際立つ中で、人間社会自体は安定しない方向に向かっています。科学技術がこれだけ進歩し、ノーベル賞をとられた大村先生の研究のように人々のQOLを向上させることに大きく貢献した成果も多数生み出されましたが、しかし、社会経済システム全体で見た場合に、人間に本当の知恵が付いたとはまだ言えません。では、どのように個々の人々が活動すべきか、その指導原理を新たに作る必要があります。その際、これまでの欧米という軸に対して、もっと多様な価値観を人類が活動するための駆動原理として含める必要があります。例えば、海外ではCreating Shared Valueのような考え方が、これまでの企業倫理を越えた形で投資を呼び込み、経済を発展させる原理として提案されています。ただし、この原理の延長が本当に正しいのかはまだ分かっていません。誰が主導してモデルを出し世界を安定的に動かしていくかを考える中で、東西融合文化を含め特徴的な進化を遂げてきた日本の役割は極めて重要です。そして、そのパートナーとなる東アジア諸国は経済力を付けてきていますが、社会システムとして見た場合の東アジアは先行き不透明な点が多いのも事実で、日本の果たす役割はこれまで以上に大きいと思います。そのイニシアチブの中心を担ってきたのが、先に述べた装置としての日本の学術です。この点を東京大学の向こう70年の出発点として考えています。

「東京大学ビジョン2020」策定においては第5期科学技術基本計画の議論が大変役に立ちました。一番考えさせられたのはステークホルダーの議論でした。産業界は、産業競争力をどう付けるかを考える中で、大学がもっと協力できる存在となるべきと考えています。なぜそういう状況になったかを調べてみると、例えば、経常収支の構造変化がここ10年くらいの間に急激に起きています。つまりモノを作って売るという日本に限らない先進国の産業モデルが明らかに変わってきています。そして、収支バランスをとる上で、知財のロイヤリティ収入に象徴されるように、知的な産業がより重要になっています。そのモデルに変わっていく中で、日本の産業競争力を付けていく必要があります。

もう一つ、人口減の視点からは、2004年以来の人口の減少は戦争の要因を除くと近代の日本では初めての経験です。明治のときに約4,000万人だった人口が3倍強になり、明治以降の経済成長が人口を特異的に増やしてきたと考えます。この人口は生産量と比例しますので、人口減少期に突入してはいますが、まだ5-10年では消えない研究・教育などのストックが存在していると見ることができます。このストックを活用して活力を生み出すという考えが重要で、成長を続けるアジアもいずれ人口の飽和が想定される中、日本が先進的に蓄積したものを活用する方向性を考えていくべきです。

ステークホルダーの議論をするならば、公的資金を使うという意味で一番のステークホルダーは、国債として1,000兆円を超える借金を背負っている未来の納税者である若者であるべきです。今の産業界の経営者は、外国資本が増えていく中で経営環境は厳しくなっていますが、大局を捉えるとすれば、最も重要なステークホルダーは未来の人材であり、若者にどういう力を付けるか、意欲をどうかき立てるかに資金を投入すべきで、それを分かりやすく説得する必要があります。昭和の終わりに5%ほどであった外国資本比率が現在30%を超えており、現役の日本企業の社長は株主からかつてないプレッシャーを感じています。外国資本が入ると経営が短期視点になるからです。日本の産業はかつて自前主義を強みとして、長期的なシーズを見て産業の種を育ててきました。人材育成も長期的視点から、学部卒、修士卒を積極的に採用し、育て上げて世界と戦ってきましたが、時間がかかるということで、結果として、大企業にかつてあった中央研究所、基礎研究所を放棄せざるを得ない状況となりました。そういう中で、どこかがこの技術開発や教育の受皿にならないと、日本が培ってきた機能を失うことになります。

一方で、起業活動についても、出資金事業のスキームを再設計するために2015年4月に調査したところ、調査当時ベンチャーは224社あり、株価時価総額は1兆~1兆3,000億くらいの規模で、思った以上にイノベーションエコシステムが根付いていることが分かりました。しかしながら、日本の企業はM&Aを活発に利用するという状況にはなっていないこともあり、ベンチャーを大規模な社会実装につなげる産業社会構造になっていません。その結果、良いベンチャーが育つと外資に買われるという現象が起きていますが、今は我慢のときと考えます。まずは良いベンチャーが育った証しとして受け止め、日本の産業構造自身を変えて強くする必要があります。そして、新しい産業構造下における強い知・技・人材を育てることを考えてみると、大学の状態・環境は法人化後12年間で明らかに悪化しています。最たる例として、元々進学率が高かった東京大学の博士課程進学数が激減していることが挙げられます。その要因として、雇用状況の悪化が挙げられます。運営交付金が漸減し、安定雇用財源がなくなっていった結果、平成18年から見ると任期なし教員を500人減らし、新たに1,500人の任期付き採用を増やしました。このように若手の雇用がいびつになった結果、長期的な研究を支え、学術研究の受皿となる大学がその機能を加速的に失ったと言え、この構造の改善が望まれます。人口減少社会に突入し労働人口が減る中で、若手人材を適材適所に配置し、どのように雇用のポートフォリオを組んでいくかが重要であり、この点について、基本計画専門調査会でも発言を続けてきました。そして、産業界で既に見えている話ではなく、その先の社会変革をうたうという観点から、Society 5.0や超スマート社会という言葉が入ったことは、良かったと思っています。

というのも、IoTという技術ベースだけで変革の方向性を考えるのは狭いからです。また、サービス業の生産効率性が悪いので上げるという議論が(基本専調で)ありましたが、そもそも第1-3次産業の区分けが意味をなさなくなっており、古い区分けのサービスに当たる第3次産業は賃金が低い職業が多いので、そこだけを効率化しようというのは極めてミスリーディングになります。今や全ての産業がサービス化する必要があります。最近のCyberとPhysicalを融合する話は、正に「第3次産業」でくくって議論することが意味のない時代に突入したことを意味していると思います。

理学的、工学的なものとは何かといった議論についても、工学は何のために作ったかを思い返すと、明治維新直後に近代社会が明確な形で見えたときの装置として工学は作られたと言えます。その当時の産業の成長の形は明確であり、機械工学、電気工学、冶金などにディシプリンを分けて教育システムを作ることができました。今、伝統的には工学では機械工学、電気工学の出身者がメインとなりますが、機械工学が必須とする4力学とは、材料力学、流体力学、熱力学、機械力学を指しており、例えば確率・統計等の数学は教養で習うことになっていますが、驚いたことに電磁気学が含まれていません。この工学の現状そのままでよいかは議論すべきであり、明治の産業のカテゴリー由来の枠組みではなく、将来を見据えて融合的に発展させる必要があります。明治時代、学部の教育でもプロフェッショナルに鍛えられた時代と今は違っているので、数学、統計、あるいは社会科学も含めて大学院教育を再編し、学理体系の再構築を行うことが極めて重要です。この学理体系の再構築の議論を大前提に、それに併せた雇用のポートフォリオをどうするかが重要ですが、このビジョンを語れる人がなかなかいません。

世界の中の日本の立ち位置を踏まえ、今の資産を生かしてどういう所に人材を配置し、雇用をどう最適化するか、そして、日本全体として賃金×雇用の積を最大化できるかという議論が重要です。この議論がまだ茫漠としていて、その中で何かひねり出さなければならない状況下で生まれたのがSociety 5.0だと私は理解しております。この難しい議論が必要であると関係者が合意し、ある方向性を出したこと自体が大変重要です。このようなビジョンがあっての教育改革でなければなりません。初等中等教育で何を教え、どう考える力を育てるかを考える際、日本人が持つ世界にない強みとは何かをもとに、日本が世界の中で果たせる役割を踏まえた教育をすべきであり、日本が貢献できることはたくさんあるはずです。このように教育を考えたときに、東京大学の誕生は今お話しした全ての要素を含んだ日本の「出発点」でした。そこで、138年にわたる歴史をしっかり捉えて見直していくことになりました。その意味で、科学技術基本計画に掲げられている項目は大くくりの方向性をサポートし合うという意味では整合するものになっていますが、中身はこれからの話で、走りながら考えていく必要があります。

更に大事なことは、変化のスピードがこれまでになく速いことです。明治の頃より難しい時代であるとも言えます。明治時代の最初の20年を見ると、日本は非常に素早く対応して変革してきました。現在の状況でも、これからの10-20年を賢く使えば有効に変革できるはずで、約140年のスケールで見直してみると、その中の70年分の変革を10-20年で成し遂げる必要があるかもしれません。この文脈で、科学技術基本計画に書き入れることが不十分だったと思われる点は、KPIについてです。KPIは経営学的には重要ですが、PDCAの回転周期をどう定義するかによってKPIの意味合いが大きく変わります。そして、PDCAを回すサイクルは何年か考えると企業的には長くても3年、できれば1年で回したいと考えますが、例えば、教育の高大接続改革を考えると1年では無理で、大学改革なら1サイクルで4年かかり、小学校中学校が入試改革を前提に準備を始めることを考慮すると1サイクルで10年かかります。したがって、本来の意味でPDCAを回せば改善されるというのは、その実効性を見ることは難しく、しかしながら要所でチェックしながら変えていくことが重要という議論になります。

かつてない早さで変革が進んでいる中、東京大学の改革の中で、知の協創プラットフォームを掲げたのですが、その一番の心は、新しいタイプの学生を育てて世に送り出すだけでは、大学の責任として不十分と考えたからです。教員は既に育てた若者と一緒に活動したことで、彼らをどう育てたかが分かっているので、その人的ネットワークを活用して社会にいる人たちと一緒に活動していきたいのです。そこで、「産学官民の同時改革を駆動する大学」という項目を掲げ、輩出した優秀な社会人を更に鍛えて、新しい価値創造を一緒に行う体制を整えることを狙っています。そのためには、今の大学の仕組みを変える必要があります。例えば、産学連携の仕組みも10年以上の取組の中で実績は出ていますが、まだまだ不十分です。制度を点検しながら直していく必要があります。


五神 真 東京大学 総長

- この点「アカデミアから産業界への人材流動」の観点も含め、インターンシップの充実、独フラウンホーファー型のプラットフォーム創生等による人材の「担い手」の確保、知財戦略の強化、大学発ベンチャーとの連携等を通じた「果実」の充実と持続可能なシステム構築に向けた取組などが考えられます。

双方向の人材の交流を進めるためには、陰りが見えたとは言いながらも国際的に見れば安定している日本型の終身雇用の仕組みがあり、一方で大学の雇用は不安定になっているという状況で、どうやって現実的に交じり合わせるかが課題になります。しかし安定している産業界も次はどこで稼げばよいかのロードマップが見えていません。明確なロードマップが見えていれば、その中で何を大学に頼んだらよいか分かるのですが、それが分からない状況です。企業の多くは、大学が産業展開までを考慮したパッケージとして提案する産学連携を求めており、従来の産学連携とは仕組みが変わっています。

ここで、例えば東京大学の産学連携を見ると、企業との共同研究の件数は多いが額が小規模ということが分かりました。これが何を意味するかというと、産業界ができなくなってきた研究を大学でやってきたならばもっと額は大きいはずで、残念ながら先に述べた閉鎖した企業の基礎研究所の受皿に大学はなっていなかったということになります。なぜならなかったかを考えると、産学連携が始まった15年ほど前の当時の日本は輸出型産業駆動モデルで製品を作り、そのために必要な基礎技術開発をどうするかという考えで、研究開発や知財に関するルールや制度を設計しました。産業開発モデルが変わった今では通用せず、整合しないことがたくさんあります。本来産学連携では、企業と大学がオーバーラップする活動を促進すべきところですが、ずれてしまって、オーバーラップが少ないという状況です。

4期20年の科学技術に関する施策を講じてきた中で、課題解決型、出口指向型の研究開発が増えてきましたが、その原資は税金です。せっかく集中投資を5年で20兆円以上行う中で、産学連携で取り組んだものが産業実装に結び付いておらず、日本の産業駆動に役立っていないのです。そして出口指向型、課題解決型の研究開発の割合が増えていく中で、基盤学術研究が押し出されてしまっています。しかし、この部分は税金で支援するしかないものが多く、第2第3の梶田先生が生まれるようにすべきです。出口指向型の研究が産業に役立っていればよいのですが、それが空回りしているかもしれません。それを防ぐには、情報のセキュリティを整えることや、特許を共願したときの権利のリスクが低くなるような仕組みなど、民間が出資したくなるような大学の仕組み作りが必要となります。現状の産学連携では、特許を取った後の扱いが複雑なために、企業は特許を出したがらないという風潮を変える必要があります。したがってもっと大きなビジョンを掲げた上で、(現代のコンテクストで、かつての基礎研究所の受皿となりうるような)活動をしていく必要があり、「東京大学ビジョン2020」を作成しました。この基本の考えは東京大学に限らないと考えています。

- 新しい大学改革における取組についてお聞かせください。特に、若手の研究環境、研究力の確保に関して、人材の流動化と雇用の安定化を両立するための取組についてお聞かせください。特に制度設計の部分で、卓越研究員制度などについてもお話しいただければと思います。

第5期科学技術基本計画を5年で26兆円規模を国費で投入していこうとする中で、投資先として人に直接投資する部分がもっとあってよいのではないかと考えます。結果としては人材に振り分ける部分が多いのですが、もう(科学技術基本計画を)20年進めて国民の理解がある程度得られているのだから、パーマネントの雇用にどのくらい振り分けられるかといった議論から生まれたのが卓越研究員制度です。新たな財源は必要なく、機関としての間接経費を手当するなど、機関としてのスケールメリットを生かせば、競争的資金を原資としても経営判断でパーマネント雇用を回復することができますし、個々の機関では無理でも国家の判断でできるのではないかということで検討しました。現在パーマネントで雇用されている人が、どういう雇用形態でどこに何人いるかという全体の規模を捉えた上で再設計していく、競争的資金を活用してきた部分を(パーマネントに)移すだけでなく、雇用改革の中で実現しましょうということです。それぞれの機関で雇用されている人が動ける仕組み、動くことを奨励するようなスタートアップ支援を全体設計として作っていくということです。全体規模で26兆円のうち何%を財源に向ければ、どのくらいの研究者雇用ができるのかという大きな議論から入りたかったところではあります。果たして、文部科学省の科学技術・学術政策局が一生懸命苦労してプログラムまで仕上げましたが、補助金事業年10億円で、5年間順調に続いても50億円という形となりました。26兆円のうちの50億円にすぎないので、当初の期待には届いていません。いずれにせよ、資金投入額が上がっているにも関わらず国際的地位を落としているという状況を踏まえたときに、1番大事にしなければならない「人」に対して投入できるように舵を切らなければなりません。1番最初に私の言説が読売新聞に掲載されたときに、国家雇用研究員制度という名前が出て、それが誤解を招いてしまったようです。本来国のスケールでセクターを超えてという意味でしたが、なぜ研究員ばかり優遇しなければならないかと案じた人も少なからず見られました。

そもそも企業の経営者は外国資本による株主プレッシャーを感じながらも、パーマネント雇用するという経営判断を毎年着実に行っています。一方の国立大学では、経営責任を任されたと言っても、運営費交付金が減らされているからパーマネント雇用を減らしましょうと言って減らし続けており、これは東京大学も例外ではありません。先に述べたように財源を多様化して安定的な経営として定着させることができるかが鍵です。真水の税金支出を過度に増やさない唯一の方法です。

(卓越研究員が学位取得後の支援ですが、最近特に博士課程学生への支援も強く言われます。東京理科大学ではいち早く博士課程学費を無料化しました。)

今、東京大学の博士課程の学生は生活費相当(180万円ほど)の支援を全体の20%くらいがもらっています。日本全体では10%程度、アメリカでは20%くらいです。科研費は不安定ですし、直接経費で学生を支援できなくても、それを全学のマネージメントで安定的に支援することできるかもしれません。また、社会のビジョンがはっきりして、個々のライフプランが設計できるならば、ローンを組んでも進学しようということになります。今は大学に対する信頼も決して高くなく、社会ビジョンも明確でないので、借りろと言っても無理があります。現在は研究費、学振DC、育英会、リーディング大学院やグローバルCOEなどの組合せで支援するしかない状況です。優秀な学生から見て、東京大学であれば安定して学べ、リスクがなく支援してもらえるという環境が大切です。私たちの卓越大学院制度は全員ではないが、支援を保障するという形で募集すること考えています。

- 最後に、アジアのハブという話が出ましたが、今、学生の内向き志向が強いと言われ、文部科学省全体で「飛び立てJAPAN」などのプログラムもあります。一定期間海外で武者修行して、また日本に戻ってくるという国際人材還流の流れに乗ることが重要です。しかし一方で、最近、高校の中で東京大学への人材の送り手であった、例えば日比谷高校などはスーパーサイエンスハイスクールですが、その中でも優秀な層がバカロレアを使ってオックスブリッジやハーバード大に進学し海外で活躍して日本には帰ってこない、ということが起こりつつあると言われています。

東京大学は毎年3,000人の学生を取っていて、TOP100人を見たときにどのくらい流出しているのかを考えると、規模感のある数字としてのデータは今のところないです。ただ10人くらいそういう人がいるということは事実だと思うし、また、もともと東京大学に来ないようなタイプもいる。そういった多様な学び自体は日本としてもっと奨励すべきです。東京大学に来る3,000人のTOP10%=300人で本当は600人、1,000人の多様で優秀な人材のプールがあって、そのうち300人が来るというのが健全で、そうなると東京大学に来る学生は更に優秀になります。囲い込むという方向性は明らかに間違っています。

産業界はこれだけグローバル化していて親の海外勤務に伴い中高で海外に行く学生も多いのですが、子供の将来の進学を考えると単身赴任する人が多くなりました。東京大学の帰国子女枠は若干名ですが、今後、海外駐在して海外経験している子女を東京大学で受け入れやすくするよう環境を改善することは、外国人を呼び込むこと以上に重要です。国際化はそういうところからも進みます。

もう一つは日本の教育システムが国際的に見て非常に価値があるものだということです。特に数学です。駒場に授業参観に行って、PEAK(英語だけで卒業できる学部プログラム)の学生と話したときに、PEAKの理系の学生はとても優秀だが、一般入試の普通の学生と比べると数学に差がありすぎて理数系科目がものすごく大変になっている。それでPEAK生向けの優しい数学の講義を用意していると言うのです。

これは逆に言うと、日本の数学教育は小中を含め国際的には高いレベルにあるということです。駒場の1、2年生の数学教育や、3、4年生の工学部での共通数学教育のレベルは高く設定されています。ベンチマーキングをすると、米国のバークレーなどのTOP大学と比べても修士レベルです。これは中高大で全てそろった優れた高等教育の仕組みを持っているということです。指導要領に沿って高3までマスターすれば数学のレベルは国際的には非常に高くなり、東京大学はそういう学生しか取っていないのです。この教育システムを海外発信すれば、この独自の仕組みで学びたい学生を吸引できるはずです。

大学の経営力強化というのは、私はそういうことだと思っています。下手なもうけ話をするのではなく、オーソドックスな研究教育活動の中に市場価値が高いものを見いだし、それをきちんとパッケージ化、可視化して、国際的に発信し、付加価値につなげていくことが重要で、そのための準備を始めています。アジアの優秀層はベトナム、ミャンマー、中国、韓国などに大勢いますので、彼らはそういう日本の文化にとても興味を持っています。教育システムを他国展開し、多様性を生み出せばよいわけです。

また、なぜ大正期に理論物理学者による教育が整備されたかというと、東京大学は工学部を明治時代に総合大学として世界で初めて取り入れたということに端を発し、歴史的な優位性、必然性があるからです。しかしそれを現代的に再体系化することも必要です。先ほどのかつての4力学を単に続けるだけではなく、時代の変化をとらえてこれからの学理体系を構築する必要もあります。先ほど説明した日本が強い数学は物理数学モデルで、戦後の高度経済成長を牽引した半導体エレクトロニクス技術等では、大変役立ちました。ここに情報、統計、幾何学等、現代的なものを加味してより多様に発展、展開させていくということが戦略的には重要です。イギリスでは高等教育は輸出産業で、GDPの10%くらいを占めていると聞いています。日本も理工系教育においてそうなる可能性があります。


今回インタビューをお願いした五神総長(中央)と聞き手(右から小林、松澤、斎藤、林)