STI Hz Vol.11, No.4, Part.7:(ほらいずん)フードテックが拓く未来の食 -料理の未来を設計する: 科学技術と標準化が導く新しい食の産業基盤(前編)-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00420
  • 公開日: 2025.12.22
  • 著者: 古川 英光、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
フードテックが拓く未来の食
-料理の未来を設計する:
科学技術と標準化が導く新しい食の産業基盤(前編)-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 客員研究官 古川 英光、特別研究員 蒲生 秀典

概 要

料理は、感性と経験に根ざした人間の営みでありながら、今正に科学と技術の急速な進展によって新たな再定義の段階に差し掛かっている。調理プロセスの自動化、味覚センサやAIによる調理支援、3D/4Dフードプリンティングによる構造食品、そして粉末化による素材制御といった技術が進展する。一方で、「適量」「頃合い」といった暗黙知注1に支えられてきた伝統的な料理文化の継承と再現には、依然として高いハードルがある。

本稿では、料理と科学技術の歴史を相互に俯瞰しながら、調理という創造行為を形式知注2として設計可能にする試みを紹介する。特に今後重要となるのが、科学と技術を橋渡しする「標準化」と「プロトコル化」の視点である。食の記述言語が整備され、誰もが食を記述・共有・再現できる未来―の実現に向けて、日本が果たすべき役割と新産業創出の可能性を、未来志向で展望する。前編では、フードテックの歴史的背景、近年の技術的転換点、そして社会課題への対応事例を中心に論じていく。

キーワード:フードテック,3D/4Dフードプリンティング,レーザー式3Dフードプリンター,分子調理学,暗黙知

1. はじめに―料理と科学技術の交差点で―

料理は、私たちの日常に根ざした創造的営みであると同時に、文化・記憶・感性の集積でもある。その多くは、料理人の経験や勘といった暗黙知(tacit knowledge)に支えられ、「適量」「頃合い」「火の通り加減」といった定量化し難い判断が日々繰り返されている。こうした非形式知の積み重ねが料理の多様性と豊かさを支えてきた一方で、再現性や継承性の観点からは限界も抱えている。

料理と科学技術の「交差史(異なる歴史を相互に比較する)」から見ると、まず、このような料理の構造を、科学や工学の視点から解きほぐそうとする動きは、1990年代に端を発する。特に1992年、イタリア・エーリチェで開催された国際ワークショップにて、オックスフォード大学(英国)の物理学者ニコラス・カーティ(Nicholas Kurti)と、仏国の化学者エルヴェ・ティス(Hervé This)によって、「分子ガストロノミー注3(Molecular Gastronomy)」という新しい領域が提案された1)。これは、料理の物理化学的側面に焦点を当て、伝統的な料理法を「なぜそうなるのか?」という問いによって読み解こうとする、科学と料理の融合的試みである。

この考え方は、現代フードテックにおける「調理の形式知化」に向けた最初のステップといえる。エルヴェ・ティスはその後、分子調理学を“科学的実験の対象”として位置づけ、「出汁(だし)は60℃で煮るともっとも香りが引き出される」「アイスの氷結晶が35μm以下だと口当たりが滑らかになる」など、職人の経験を裏づける再現可能な指標を提示していった。また、米国の科学作家ハロルド・マギー(Harold McGee)は、調理という日常行為にひそむ物理・化学・生物の現象を一般読者にわかりやすく解説し、多くの料理人や科学者に影響を与えた2)

日本でも近年、分子調理法を応用した実践が進んでいる。例えば、石川伸一教授(宮城大学食産業学群)は、伝統的な和食に分子調理の視点を導入し、科学と感性の融合を目指す新しい潮流を示している3)。ここでは、物理的な温度制御、化学的なゲル化や乳化の技術が、料理人の「技」を補助するツールとして活用されている。こうしたアプローチは、正に料理の再現性・再設計性の基盤を築く動きであり、後のフードテックの発展を支える原動力ともなった。

その後、2000年代後半から現在にかけて、調理技術は更に大きな転換期を迎えている。AI(人工知能)によるレシピ提案、センサ付きスマートキッチン、3D/4Dフードプリンティング45)、ロボティクスによる自動調理6)など、工学・情報科学が料理に介入する領域が一気に広がってきた。同時に、調理プロセスを構造化し、誰もが再現できるようにするための「記述プロトコル」や「調理フォーマット」の整備が、次の課題として浮上している。

レーザーで料理を“描く”
―レーザー式3Dフードプリンター―

筆者(古川)らの研究室では、食材を一層ずつ積層して立体的な料理を形成する「3Dフードプリンター」の開発を進めている(図表1)。その中でも特に独自性が高いのが、波長450 nmの青色レーザーを熱源として用いるレーザー式3Dフードプリンターである4)。ペースト状やスラリー状の食材にレーザーを照射し加熱することで、立体的に造形しつつ焼き色や食感の違いを加えることができる。加熱位置や時間、強度はプログラム制御され、従来のIH(電磁誘導加熱式)調理器やオーブンなどとは異なり、精密かつ局所的な加熱が可能であるため、「外はパリッと、内はやわらかく」といった食感を再現することができる。また、火や油を使わずに加熱できるため、衛生面・安全性にも優れている。

この技術は、飲食店に限らず、医療・介護・災害・宇宙空間など、従来の調理が困難な環境でも応用が期待される。さらに、大阪・関西万博で注目された冷凍パウダー(低温凍結粉砕で加工された含水ゲル粉末注4の革新的長期低温保存技術)7)と組み合わせることで、高機能な食インフラの実現も可能となる。

本稿では、こうした「料理と科学技術の交差史」を概観しながら、今後ますます必要となる調理プロセスの標準化と科学技術による社会実装の可能性について検討する。料理を「設計」し、「再現」し、「共有」できる未来のために―その鍵は、暗黙知を形式知へと変換し得るプロトコル設計と、日本ならではの科学・技術・文化の融合的知見にある。前編では、フードテックの歴史的背景、近年の技術的転換点、そして社会課題への対応事例を中心に論じていく。

図表1 山形大学が開発を進めるオリジナルの3Dフードプリンター3種図表1 山形大学が開発を進めるオリジナルの3Dフードプリンター3種

出典:山形大学 古川研究室

2. 2017年以降―調理技術に焦点が当たる―

2017年、米国発のフードテック・カンファレンス「Smart Kitchen Summit(SKS)」の日本開催が始まり、調理とテクノロジーの融合が一つの潮流として明確に認識されるようになった。当初は、スマート家電注5やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)調理器具といったガジェット寄りの話題が中心であったが、次第に議論は「調理プロセスそのものをデジタルで再設計・制御する」という本質的な問いへと深化していく(図表2)。

この動向を象徴する事例の一つが、米国のスタートアップ企業Suvie Inc.の開発した調理ロボットである6)。Suvie社は、冷蔵・湯煎・オーブン・スチームといった複数の加熱モードを1台に統合した自動調理機器であり、冷蔵状態の食材をユーザーが朝セットしておけば、帰宅時間に合わせて自動的に温かい料理を仕上げるというコンセプトを提示した。異なる食材に対して個別に最適化された加熱プロトコル(温度・時間・手順を定めた標準的な加熱手順)を適用し、「すべてが同時にちょうどよく仕上がる」という、料理人が経験に基づいて行ってきたタイミング調整をシステムとして再現している。

このようなアプローチは、Kurti & Thisが提唱した「調理を物理・化学の現象として再定義する」1)という分子ガストロノミーの思想とも重なる。彼らは、泡立ち、乳化、加熱、冷却といったプロセスを制御可能な現象と捉え、調理を“分子の変化を扱う再現可能なプロセス”として位置づけた。この考え方は、今日のレシピデータ構造化や調理ロボティクスの根底にある。

日本においても、2017年以降、調理のデジタル化に向けた取組が進展している。代表的なものが、クックパッド株式会社の「OiCy」構想8)である。OiCyは、スマートレシピ・プラットフォームとして、構造化されたレシピデータを調理家電に送信し、ユーザーが「操作せずに料理を完成させる」というライフスタイルを実現するものだ。2018年にはパナソニック株式会社の生活OS「HomeX」注6との戦略的連携が発表され、レシピとIoT家電のシームレスな連携を通じて、調理そのものを再設計する社会実験が始まった9)

さらに、AIによるレシピ提案、味覚センサによる味のプロファイリング(味の特徴を数値化・分析すること)、画像認識を用いた焼き加減の自動判別など、マルチモーダルセンシング技術の応用も急速に広がっている。ソニーグループ株式会社が2024年に発表した「録食」プロジェクトでは、従来の「レシピ=材料と手順」という常識を根本から見直し、音楽や映像が“録音・録画”によって感動を再生・共有してきたように、調理も“録食”されることで、感動や技術が再現可能な情報として時空を超えて伝達されるという新しい視点が提案された10)。調理が単なる加熱操作ではなく、多層的な情報処理プロセスと再定義されつつある。

このように、2017年以降のフードテックは、料理という行為を「一回性の経験」から「再現可能なプロトコル」へと変換しようとする試みに舵を切った。Kurti & Thisが指摘したように1)、かつては科学と料理の接続に対して懐疑的な意見も多かったが、AI・センシング・ロボティクスといった技術が日常の調理に入り込む現在、その接続はむしろ必然的な社会要請となりつつある。「感覚を科学し、技術で再現する」という構図は、今や現実の調理システム設計の中核に位置づけられている。

図表2 2017年以降の調理技術の進化と課題図表2 2017年以降の調理技術の進化と課題

3. 2020年の転機―社会課題としての「食」再考と官民協議会―

2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大は、食の在り方を根本から問い直す転機となった。外食機会の減少、物流の混乱、食品ロスの拡大など、食を巡る供給・消費プロセスにひずみが表れ、「食をどう持続可能かつ公正に維持するか」が社会的・政策的に重要な課題となった。

この環境下、社会の要請がフードテックに対して「便利さ」から「必須性」へと変化した。代替肉(植物由来の肉様食品)や培養肉(動物細胞を培養して作る肉)、保存技術などに加え、食の安全性・栄養保障、とりわけ高齢者や災害時の食が重要な焦点となった。

政策面では、2020年10月に農林水産省、経済産業省などが参画するフードテック官民協議会が設立され、食と科学技術を結びつける国家的議論が始まった11)。この協議会では、食料安全保障、高齢者福祉、環境持続性といった課題が中心に据えられ、フードテックは単なる技術革新ではなく社会基盤の強化としての位置づけを獲得した。

NASAの宇宙食 3D/粉末栄養研究と民間応用

国内の取組を紹介する前に、NASA(米国航空宇宙局)による宇宙食・3Dプリンティング食の研究事例を整理することは、未来予測を立てる上で有益である。NASAは、長期宇宙ミッションでの食料供給・栄養最適化のため、粉末の栄養素材と油や水等を使った3Dプリント食品システムに投資し、「Deep-Space Food Science Research(深宇宙食科学研究)」によって、乗組員の栄養を粉末原料から即座にプリントによって再現する技術を開発している12)。この技術は、地上の家庭や非常時食など、粉末素材を用いた保存性・再現性のある食提供のモデルケースとなり得る。

また、NASAは2013年に、Systems & Materials Research Corporation(SMRC)に対して125,000ドルのSmall Business Innovation Research(SBIR)補助金を出し、「nutritious and flavourful foodを、粉末を基にプリントする」プロトタイプの開発を支援した。この補助金は、「宇宙食プリントピザ」を含むコンセプトに着想を与え、将来的な応用可能性を検討するものだった13)。このような研究は、「食を粉末ベースで設計・出力する」という未来像と厚い関連がある。

国内における嚥下食(えんげしょく)/災害食の事例

高齢化社会の進展に伴い、嚥下食や介護食の質の向上は緊急の課題となっている(図表3)。日本国内では、国立大学法人山形大学が中心となって3Dプリンターを活用した嚥下食の開発を進めており、単なるペースト食ではなく、見た目を再現し、形状・色・硬さ・栄養を制御可能な「美味(おい)しく安全なソフト食」の社会実装に取り組んでいる14)。この研究では、粘度や硬さを計測しながら、食材ごとに適切なプリント条件(温度・ノズル径・充填率など)を調整し、“食感の見える化”と“食べやすさの個別最適化”を図っている15)

災害対応という点でも、日本国内では新たな動きが始まっている。静岡県が主導する「完全栄養非常食」開発プロジェクトでは、災害時でも1食で必要栄養素を満たす保存食を目指し、2026年の発売を目標に実証実験が行われている16)。さらに、株式会社サン・クロレラの「クロレラ粒」などは、少量の水で飲み込め、長期保存可能な災害食として認証を取得しており17)、日清食品ホールディングス株式会社の「完全メシ」シリーズも栄養バランスと味を備え、レジリエントな非常食として普段使いも視野に入れて商品展開されている18)

国内事例と並行して、NASAの研究は「宇宙での長期間ミッションにおける栄養・保存性・再現性」という極限環境での課題解決から始まっており、その成果や技術コンセプトは地上の非常食・保存食・粉末原料食の設計に直接応用可能である。地球上での高齢者福祉・災害対策・健康管理に対する要求は、これら宇宙技術の技術基盤を多く取り込むことで、より強固で創造的な産業発展を実現できる。

図表3 2020年以降に顕在化した食と社会課題の接点(国内・国際事例を含む)図表3 2020年以降に顕在化した食と社会課題の接点(国内・国際事例を含む)

4. 「料理の再定義」が拓く未来の技術と社会実装

料理は今、分子ガストロノミーやスマートキッチン、AIレシピ、3D/4Dフードプリンティングなどの技術によって、科学・工学・情報技術が交差する新たな営みへと進化している。特にCOVID-19以降は、フードテックが「便利」から「必須」へと価値転換し、食料・福祉・災害・宇宙といった社会課題とも密接に関わるようになった。このような技術を社会実装するには、調理の標準化とプロトコル化(手順の体系化)が鍵となる。誰もが料理を記述・共有・出力できる“食の言語”の整備が求められている。

後編では、こうした構造化された調理技術に基づく新しい社会モデルを紹介し、食の再現・分配・民主化の未来像を展望していく。

謝辞

ここで紹介した研究成果の一部は、3Dプリンターやフードテックに関する研究費の支援によるものであり、ここに感謝の意を表する。

参考文献・資料

1) Kurti, N. & This, H. (1994). “Chemistry and in the Kitchen.” Scientific American, 270(6), 66-71.

2) McGee, H. (1997). “The Curious Cook: More Kitchen Science and Lore.” North Point Press.

3) 石川伸一、石川繭子、桑原明(2021). 「分子調理の日本食」. Make: Japan Books.

4) Fujiwara, K., Igeta, Y., Toba, K., Ogawa, J., Furukawa, H., Hashizume, M., Noji, T., Teratani, K., & Ito, N. (2025). “Laser Cook Fusion: Layer-Specific Gelation in 3D Food Printing via Blue Laser Irradiation.” Food and Bioprocess Technology, 18, 6265-6281.

5) 古川英光, 蒲生秀典(2021年6月). 「3Dプリンティングから4Dプリンティングへ-デジタルファブリケーションの新たな展開-」, STI Horizon 7(2), 35-40. https://doi.org/10.15108/stih.00258

6) The Spoon. (2018). The Founder of Reviewed.com Wants to Reinvent Cooking With This Robot Cooking Appliance. https://thespoon.tech/the-founder-of-reviewed-com-wants-to-reinvent-cooking-with-robot-cooking-appliance/

7) ニチレイフーズ株式会社(2025). 未来の冷凍テクノロジー~冷凍パウダーでなにつくる?.
https://www.nichireifoods.co.jp/expo2025/future-of-frozen/

8) クックパッド株式会社(2018年5月8日). スマートキッチン構想「OiCy」発表資料.
https://info.cookpad.com/news/press_2018_0508

9) パナソニック株式会社(2018年12月6日). パナソニックの「HomeX」とクックパッドの「OiCy」が戦略的パートナーとして共同開発を開始. https://news.panasonic.com/jp/topics/163745

10) ソニーグループ株式会社(2024). 料理の感動は再現できる | 録食 | ソニーグループポータル.
https://www.sony.com/ja/rokushoku/

11) フードテック官民協議会 https://food-tech.maff.go.jp/.

12) NASA Spinoff (2019). Deep-Space Food Science Research Improves 3D-Printing Capabilities.
https://spinoff.nasa.gov/Spinoff2019/ip_2.html

13) The Guardian (2013). Home-baked idea? NASA mulls 3D printers for food replication.
https://www.theguardian.com/technology/2013/jun/04/nasa-3d-printer-space-food

14) 堀内真美, 赤地利幸, 川上勝, 古川英光(2021). 「3Dフードプリンターによる介護食の造形および造形物評価」, 日本食品工学会誌, 22(1), 12-16.

15) ShareLab (2024).介護食品製造に革命をもたらす3Dプリンター技術の開発―山形大学.
https://news.sharelab.jp/cases/food/yamagata-nursing-care-food-240404/

16) PR TIMES (2025). 2026年発売を目指す「静岡発 完全栄養非常食」プロジェクト始動.
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000024.000149138.html

17) 株式会社サン・クロレラ(2022). サン・クロレラ、日本災害食認証を取得.
https://www.sunchlorella.com/wp-content/uploads/2022/02/202202091.pdf

18) 日清食品ホールディングス株式会社(2025). 「完全メシ カレーメシ 欧風カレー」がカップライス初の「日本災害食認証」取得. https://www.nissin.com/jp/news/13348/


* 山形大学大学院 理工学研究科 卓越研究教授

注1 経験や勘に基づく言語化されていない知識

注2 文書や数値で明文化された知識

注3 料理を物理・化学の視点から科学的に解析する学問分野

注4 含水ゲル粉末;水分を含んだゼリー状物質を粉末化したもの

注5 インターネットに接続し、遠隔操作や自動制御が可能な家電製品

注6 家庭内の各種機器を統合制御するオペレーティングシステム