STI Hz Vol.10, No.3, Part.2:(ほらいずん)ノーベル賞受賞者の主要研究、年齢等に関する分析STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00380
  • 公開日: 2024.09.10
  • 著者: 川崎 正貴、原 泰史、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
ノーベル賞受賞者の主要研究、年齢等に関する分析

データ解析政策研究室 リサーチアシスタント 川崎 正貴*、客員研究官 原 泰史**
上席フェロー 赤池 伸一

概 要

新たな科学的知見をもたらした基礎研究に与えられるノーベル賞に関し、ノーベル賞受賞者の受賞年齢やコア研究開始年齢、我が国及び諸外国におけるノーベル賞受賞者の変遷とその分野について概観する。受賞の対象となる研究成果が概ね30代前後に集中する一方、近年では受賞までの期間の長期化や受賞者の高齢化がみられる。本稿では研究者の若い時期のキャリアや基礎研究の重要性を喚起すべく、ノーベル賞受賞者の年齢、学位等を整理し、ノーベル賞受賞者について基礎的な情報をまとめる。

キーワード:ノーベル賞,科学技術・イノベーション政策,基礎研究,若手研究者

1. はじめに

研究者のキャリアがどのように形成されるかは、科学技術・イノベーション政策における重要事項の一つであり、これまでの科学技術基本計画や科学技術・イノベーション基本計画においても継続的に取り上げられてきた。また、2024年3月には、文部科学省は「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」を取りまとめ、若手研究者が活躍できる環境整備を充実することとしている。いわゆる研究力を測定するには、論文、特許等の様々な指標があり、その目的に応じて多面的な側面から捉えられるべきである。その中でもノーベル賞は、厳しい審査過程を通じて選考されるものであり、受賞者がどのような属性を持ち、どのようなキャリアを歩んできたか、どのような過程で優れた研究成果を生み出したか等は、政策的にも注目されている。例えば、第2期及び第3期科学技術基本計画では、「ノーベル賞受賞者を50年間で30人生み出す」という目標が示され国内外に大きな反響をもたらした(赤池,原.2017)1)。科学技術・イノベーション政策における「政策のための科学」(SciREX)プログラムの一環として、ノーベル賞の受賞選考プロセスやキャリアについては、原、赤池らがワーキングペーパーとして発表した(赤池,原,中島,篠原,内野.2016)2)。また、これを基にした受賞者の受賞年齢、ポストへの就任年齢、研究活動等の分析結果が平成28年版科学技術白書3)で公表されている。ここで示されたノーベル賞につながる研究業績の発表年齢は自然科学3賞(物理学賞、化学賞、及び生理学・医学賞)とも30代であるという示唆は、第6期科学技術・イノベーション基本計画を始めとする若手研究者に対する支援政策の根拠の一つとなっている。また、最新のデータに基づく更新を行い、本誌上でも公表した(松浦,原,赤池.2022)4)

ナショナルイノベーションシステムにおける政府の関与の在り方を議論する上で、科学者によるファンダメンタルな問いに基づく研究活動(以下、基礎研究)及びその成果の役割を明らかにすることは、学術的な側面からも重要な課題の一つである。また、イノベーションが成立するプロセスの過程で、基礎研究注)それ自体が特許あるいは製品化などに直接的に結びつくことは一般的にまれであり、これを主な理由として、基礎研究の社会的意義や経済的効果はしばしば過小評価されている。しかしながら、基礎研究によるファンダメンタルな科学的発見は、科学領域そのものの進展のみならず、波及的効果を生み出す。また、企業が同業の他社よりいち早く新たなイノベーションを生み出すためには、基礎的な科学的知見を把握かつ理解し、自社の既存資産と結びつけることで新たな財・サービスを生み出す能力(『吸収能力』)が必要不可欠である(Cohen and Levinthal.1990)5)

ノーベル賞は、科学的な卓越性を有する優れた発見を行った発明者あるいは研究者に対して多額の賞金を含む名誉が授与されること、また、そのプロセスを広く一般に公知にすることで、科学への関心及びその発展を促すことを目的とした報奨システムの一つである。100年以上の歴史を経て、ノーベル賞は国際的に広くその価値が確立され、国家間、あるいは地域、大学間における科学的卓越性を示す指標体系の一つとしても捉えられるようになった。もちろん、国・地域単位のノーベル賞受賞者数自体が、国富あるいは国の科学的水準の優越性そのものを意味すると直接結びつけることは極めて短絡的である。しかしながら、国ごとの科学技術・イノベーション政策の動向や変遷が、ナショナルイノベーションシステムの中で研究活動を行う研究者の研究体制や支援制度・施策に直接的あるいは間接的に影響を与え、結果主に研究者により駆動される科学的な発見・進展を促進させる経路は考えうる。ノーベル賞及びその受賞者に着目することは、優れた科学的発見を生み出す苗床としてのナショナルイノベーションシステムの在り方を問う上で、重要な示唆を与えうる。

本稿では、前述のSciREXワーキングペーパー及び本誌の先行記事を基に、ノーベル賞受賞者の年齢や研究機関の変遷について整理し、ノーベル賞受賞者について基礎的な情報をまとめたもの(松浦,原,赤池.2022)4)を、最新のデータを踏まえて更新するとともに、ノーベル賞受賞者の学位取得状況について基礎的な情報をまとめる。

2. ノーベル賞に関する先行研究

ノーベル賞受賞者の特性に着目した先行研究として、橋本は1901年から1998年までのノーベル賞受賞者の分析を行っている(橋本.1999)6)。1998年の段階では、米国が国籍である受賞者が247名と全体の43%であるのに対して、日本人の受賞者は僅か8名であったことを議論の出発点としている。こうした状況が生まれた原因として、日本及び米国の教育システムの違い、奨学金制度の違いなどに理由を求めている。小林は日本出身のノーベル賞受賞者である小林誠、益川敏英及び南部陽一郎に着目し、第二次世界大戦以後における日本の物理学の経緯を概括することで、名古屋大学の物理学教室に存在した研究風土が、創造的かつ自由闊達な研究環境を生み出しノーベル賞受賞に至る研究を生み出したと主張している(小林.2009)7)。一方、Luは、ノーベル賞を受賞するに至った科学的発見の歴史を概括することで、より良い科学技術及びイノベーションを生み出す方法を検討している(Lu. 2002)8)。科学的戦略ビジョンを有する経営リーダーを育成すること、科学技術に係るエコシステム及び科学技術イノベーション政策を整備することで、研究開発プロセスと成果物の市場化を促進すること、研究環境を整備することで、優れた人材を海外から誘致することの3点の重要性を説いている。

ノーベル賞受賞者の個人に着目した研究として、 MannicheとFalk は、生理学・医学賞では受賞までに比較的年数を要するとしている(Manniche and Falk. 1957)9)。岡本は、湯川秀樹教授が日本出身の科学者として初めてノーベル物理学賞を受賞するに至った中間子理論への評価の推移を、1939年以前、1940年から1948年まで、受賞年の1949年の3段階に分割し、これらの時期ごとに推薦状の提出状況を分析することで、日本の物理学が国際的評価の対象となるまでの過程を明らかにした(岡本.2000)10)。ここでは、同時代の日本出身の物理学者に対する推薦状が、日本の研究者からのものであるのに対して、湯川の場合、推薦状の大半は他国の研究者により提出されていることを示している。

同様に、岡本は、戦前の日本の医師会とノーベル生理学・医学賞について推薦状の分析を行っている(岡本.2002)11)。Francesco らは、自然科学3賞における受賞とそのコア研究の時期とのタイムラグについて分析しており、科学者の人数・平均寿命の増大、研究に対する政策の変化、学習時間の増加など、様々な要因が考えられるとした上で、この傾向が続けばノーベル賞受賞者の平均年齢が平均寿命を上回ってしまい、本来受賞できるはずであった人物が受賞前に死亡してしまう恐れがあることを指摘する(Francesco et al. 2014)12)。Jichao Li らは、科学者の研究が最も評価されるタイミングは研究年数に関係なくランダムである、という仮定の下、ノーベル賞受賞者とその他の研究者との間で研究成果への評価の違いを分析している(Jichao Li et al. 2019)13)。実際、ノーベル賞受賞者の受賞理由となった研究は研究者としてのキャリアのうち早い段階で行われており、受賞の決め手となった論文を除く場合、研究が最も評価されたタイミングは、ノーベル賞受賞者以外の研究者と同じく上記の仮定に則していることを明らかにした。

3. ノーベル賞受賞者の全体的傾向

ノーベル賞受賞者にどのような特徴があるのかを明らかにするため、1943年から2023年までにノーベル賞における自然科学3賞を受賞した518人を対象として、以下の項目について調査した。

  • (1)ノーベル賞受賞者の生年、没年
  • (2)賞の受賞割合(賞への貴献割合)
  • (3)ノーベル賞を受賞するに至る主な研究の開始年
  • (4)受賞時の所属機関及びその変遷
  • (5)国籍及びその変更の有無
  • (6)最高となる学位の取得機関及び取得時期

受賞者の生年、没年、受賞割合に関してはノーベル財団が運営するNobelPrize.org14)より取得した。ノーベル賞受賞に至る研究の開始年については、次のように特定した。(1)NobelPrize.org 上に記載されている、受賞内容の科学的背景を説明した Scientific Background にて受賞者の研究論文が記載された Reference 情報のうち、受賞内容に最も関連しており、かつ最も早く発表された論文の公開年を同定。あるいは(2)ノーベル賞受賞者の自伝に記載された、主要な研究を開始した年あるいは最も関連する論文を最初に刊行した年、(3)ノーベル賞受賞者の研究内容や受賞理由などをサーベイした先行研究に記載された主要研究の開始年、(4)ノーベル賞受賞者本人あるいは所属機関が運営するWebサイトに記載された、主要研究の開始年を収集した。

これらの情報を用いることで、1.ノーベル賞受賞時の年齢、2.ノーベル賞に至る重要な研究(以下、「コア研究」とする)を開始した年、3.コア研究から受賞までに必要とした年数を算出できる。また、2.を用いることで特に優れた業績を残した研究者がどのようなタイミングで主要な業績を収めたのか測定することができ、また3.はノーベル賞に値するような主要な研究成果が、学術的あるいは社会的な理解及び支持を得るまでに要した年数と捉えることができる。

3-1 ノーベル賞受賞者の最高となる学位取得の状況

ノーベル賞受賞者の最高学位を種類ごとにまとめ図表1に示す。1940年代以降のノーベル賞受賞者(N=518人)のうち、500人が博士号(Doctor of Philosophy)又は医学博士号(Medical Doctor)の学位を取得しており、ノーベル賞受賞者の約97%が高等教育機関で博士号又は医学博士号を取得している。また、最高学位が修士号(Master)の受賞者は6人、学士号(Bachelor)の受賞者は11人、いずれの学位も取得していない受賞者は1人である。このように、修士号や学士号のみ取得している受賞者は非常に少数である。

近年では、学士号のみ取得でのノーベル賞受賞者には、2002年に化学賞を受賞した田中耕一(東北大学,1983年)や2015年に生理学・医学賞を受賞したYouyou Tu(北京大学,1955年)がいる。唯一の学位未取得者として、Godfrey Hounsfieldが挙げられる。同氏は、Faraday House Electrical Engineering College(日本でいう専修学校専門課程に近い教育機関)を卒業したのち、EMI社でのコンピューターを用いた断層撮影技術の開発により、1979年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

図表1 1940年代以降のノーベル賞受賞者の最高学位取得状況図表1 1940年代以降のノーベル賞受賞者の最高学位取得状況

*博士号を最高学位とする者には併せて医学博士号を取得している者も含むため、内数として( )書きで明記した。医学博士号の欄は博士号(PhD)を持たない者のみを示している。
3-2 ノーベル賞に至るコア研究の開始年

ノーベル賞受賞者がコア研究を行った年齢について、その平均年齢の変遷を賞ごとに図表2に示す。ただし、2020年代のデータは2020年から2023年までの4年分しかないため、注意が必要である。

賞分類でトレンドを確認すると、物理学賞は1940 年代では平均 31.71 歳で取り組んだコア研究が後のノーベル賞につながるが、年代を経るごとにコア研究の平均年齢は上昇し、2020 年代においては平均年齢が 41.00歳まで上昇している。また、化学賞はコア研究に取り組む平均年齢は1940年代には36.22歳であったのに対し、2020年代には41.30歳と、若干高年齢化していることが確認できる。同様の傾向は生理学・医学賞にも見られ、コア研究に取り組む平均年齢は1940年代には40.71歳であったのに対し、2020年代には44.25歳と、若干高年齢化していることが確認できる。

図表2 ノーベル賞に至る重要な研究(コア研究)を行った平均年齢の変遷図表2 ノーベル賞に至る重要な研究(コア研究)を行った平均年齢の変遷

(括弧内は標準偏差を示す)
3-3 ノーベル賞受賞までに要する平均年数

次に、ノーベル賞受賞者がコア研究に着手してからノーベル賞を受賞するまでの平均年数の変遷を見る。図表3は年代別ノーベル賞受賞者のコア研究平均年齢(A)、コア研究に着手してからノーベル賞を受賞するまでに要した平均年数(B)、ノーベル賞の平均受賞年齢(A+B)を示したものである。1940年代と2020年代を比べると、コア研究平均年齢は37.27歳から4.70歳上昇した41.97歳となっている。一方、コア研究からノーベル賞受賞までに要する平均年数は17.13年から27.60年と、10.47年上昇している。そのため、ノーベル賞の平均受賞年齢は1940年代では54.40歳であったのに対し、2020年代には69.57歳まで上昇している。

図表3 受賞年代別ノーベル賞受賞者の属性図表3 受賞年代別ノーベル賞受賞者の属性

(括弧内は標準偏差を示す)

4. 今後に向けて

研究力の強化や研究環境の改善は引き続き重要な政策課題であり、ノーベル賞をはじめとする優れた科学者を表彰する制度及びその受賞者の分析は定量的な書誌情報分析や個別のケーススタディを補完しうるものとして主要な役割を果たす。一例として、若手研究者が創造性を発揮する研究環境がいかなるものか、その際研究助成等の政府の関与がどのような役割を果たしてきたか等である。こうした分析をより深めることにより、具体的な政策への示唆が得られるものと考えられる。


*筑波大学システム情報工学研究群博士後期課程

**神戸大学経営学研究科准教授、政策研究大学院大学・一橋大学・早稲田大学・関西学院大学客員研究員

注 OECDや日本の政策文書において、基礎研究は様々な定義がされているが、ここでは当面の実用化を必ずしも想定していない研究者の関心に基づく研究全般を指す。

参考文献・資料

1) 赤池伸一,原泰史(2017)「日本の政策的な文脈から見るノーベル賞」,一橋ビジネスレビュー65,1,pp.8-25.東洋経済新報社.

2) 赤池伸一,原泰史,中島沙由香,篠原千枝,内野隆(2016)「ノーベル賞と科学技術イノベーション政策一選考プロセスと受賞者のキャリア分析」,SciREXワーキングペーパー,SciREX-WP-2016-#03,2016年5月.

3) 文部科学省(2016)「平成28年版科学技術白書」.

4) 松浦幹,原泰史,赤池伸一(2022)「ノーベル賞受賞者のキャリアに関する分析」,STI Horizon,Vol.8,No.3,Part.1,pp.24-29. https://doi.org/10.15108/stih.00305/.

5) Cohen and Levinthal (1990)“Absorptive Capacity: A New Perspective on Learning and Innovation”, Administrative Science Quarterly,35,1,pp.128-152. https://doi.org/10.2307/2393553.

6) 橋本貞雄(1999)「ノーベル賞受賞者統計分析の試み ―特に日米の比較に重点を置いて―」,横浜商大論集,33,1,pp.269-303.

7) 小林昭三(2009)「南部・小林・益川のノーベル賞受賞とその源流(解説)」,物理教育,57,1,pp.19-25. https://doi.org/10.20653/pesj.57.1_19

8) Lu, Yongxiang. (2002)“Law and Inspiration-The laws of S&T Innovations of Originality as Reflected by Noble Prize Laureates in Natural Sciences and Major Scientific Accomplishments in the 20th Century”, BULLETIN OF THE CHINESE ACADEMY OF SCIENCES,16,4,pp.192-203.

9) Manniche. and Falk. (1957)“Age and the Nobel Prize”, Behavioral Science,2,4,pp.301-307. https://doi.org/10.1002/bs.3830020407

10) 岡本拓司(2000)「日本人とノーベル物理学賞:1901年-1949年」,日本物理学会誌,55,7,pp.525-530. https://doi.org/10.11316/butsuri1946.55.525

11) 岡本拓司(2002)「戦前期日本の医学界とノーベル生理学・医学賞:推薦行動の分析を中心に」,哲学・科学史論,4,pp.21-57. https://doi.org/10.15083/00035933

12) Francesco Becattini, Arnab Chatterjee, Santo Fortunato, Marija Mitrovic, Raj Kumar Pan, Pietro Della Briotta Parolo. (2014)“The Nobel Prize delay”. Physics Today,27 May 2014. https://doi.org/10.1063/PT.5.2012

13) Jichao Li, Yian Yin, Santo Fortunato and Dashun Wang. (2019) “Nobel laureates are almost the same as us”, Nature Review Physics 1, pp.301 -303. https://doi.org/10.1038/s42254-019-0057-z

14) NobelPrize.org. NOMINATION AND SELECTION OF NOBEL PRIZE LAUREATES. 2024 [2024.06.06 閲覧]. https://www.nobelprize.org/nomination/.