- PDF:PDF版をダウンロード
- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00418
- 公開日: 2025.12.22
- 著者: 西川 洋行、松本 泰彦
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.4
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ほらいずん
地域に根差すプロジェクトマネジメント
-岩手地域での新産業創出事業の分析-
第2調査研究グループ 上席研究官 松本 泰彦
岩手地域で実施された2つの産学官連携事業を調査し、事業の経緯・変遷並びにマネジメントの実像の解明を試みた。2事業に共通する特徴として、(1)事業の構想・立ち上げ段階では地域の歴史・伝統・文化等が深く関わっていたこと、(2)研究計画や資金調達について一貫した伴走支援を行っていたこと、(3)想定する製品・市場や実施企業等の再検討を柔軟に行っていたこと、(4)それらを統括するキーパーソンがいたこと、などが明らかとなった。事業のマネジメント体制もこうした特徴にかなり特化しており、主観的判断に沿った運営が可能で、様々な内部及び外部環境の変化に対応して柔軟に、時にはマネジメント体制自体の変更すら可能な仕組みを構築していた。地域産学官連携事業のマネジメント手法の一つとして、主体的判断を軸とするマネジメントモデルとして位置づけるのが妥当である。
キーワード:地域産学官連携,地域性,マネジメント体制,キーパーソン
1. はじめに
産学官連携の草創期より、岩手地域は独自の取組で成果を出しているとして全国的に注目されてきた。それは岩手ネットワークシステム(以下「INS」という。)1)を中心とした地域の多様な人々が組織の垣根を越えて結びつき、自由闊達な交流・議論を重ねて新たな取組への挑戦を促進する2)ものであるが、それでは具体的にどのような成果が見られたのであろうか。単に産学官連携のマッチング等の妙技に帰結するものなのか、それとも岩手地域の特徴ある取組や地域性と結びついたものなのであろうか。本稿では、INSの特徴的な機能2)と岩手地域の地域性との結びつきによる、地域に根差した産学官連携事業3)を取り上げ、事例研究としてその実態とメカニズムを明らかにし、事業のマネジメントについて考察する。
2. 事例研究-事業化事例が示唆するもの
INSから産まれた成果は多岐にわたっているが、その中でも地域の人たちが長期にわたって関わり、その成果が地域内で実用化・社会実装された事例として、[1]新合金の実用化4)、[2]硫黄化合物の高度化5)、の2つの事業を取り上げる。調査は各事業の中核を担った人物(キーパーソン)へのインタビューにより行い、事業の経緯やその時々の考え等を把握している。それぞれの事業について時系列を追って説明する。
[1] 新合金の実用化4)
コバルトを主成分とし、ニッケルを含まない(若しくは極低濃度)合金を用いた医療用の金属材料の開発及び製造販売を目指した事業で、岩手大学での非鉄金属材料研究の成果を基に始められた。当初は、岩手大学が岩手県工業技術センターと共に研究開発体制を構築して研究を進めていたが、同時に公的資金等の獲得活動等も行っていた。その結果、いずれも文部科学省の「都市エリア産学官連携促進事業(一般型、2004年から3年間)」、「都市エリア産学官連携促進事業(発展型、2007年から3年間)」、「地域イノベーション戦略支援プログラム(グローバル型、2010年から3年間)」の採択(計9年間)を受けて研究開発は本格化し、加えて経済産業省が所管する「即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業」、「地域新生コンソーシアム研究開発事業」や、厚生労働省が所管する地域の産業育成による雇用創出を支援する事業等の様々な国の支援を得て研究成果の実用化が進められた。岩手県も新産業創出に係る助成(夢県土いわて戦略的研究推進事業、2003年)を行い、また個別の製品等の開発や販路獲得等については、全国中小企業団体中央会の「ものづくり中小企業製品開発等支援補助事業(2009年)」の採択を受けて、岩手県及びいわて産業振興センターからの支援の下で事業が進められていた。研究開発の段階に応じて適切な研究者・組織に資金が行き渡るように研究開発マネジメントがなされており、マネジメントに携わった者の証言によれば、「支援を切らさない」、「金(研究資金)の切れ目を作らない」ことを最優先に考えたとのことであった。
本事業は、岩手大学工学部(現理工学部)のC教授を中心としたコバルト合金研究の成果を医療用材料分野に応用し、医療用材料のニーズに適合する高強度で生体適合性の高いニッケルレスのコバルト合金を作り出し、商品化することであった。しかし、岩手県には医療用材料等の製造・販売に関わる企業はほとんどないため、県の支援機関や公設試験研究機関(産業振興センター等)が市場調査や潜在的な顧客と想定される県外企業の調査・交渉を担当している。次いで岩手県内での実用化を目指し、釜石地域を念頭に実用化の模索を開始した。図表1に本事業の概要と経緯を示す。
釜石地域が受入れ地域となった背景には、古くから鉄鋼の街として知られた地域の歴史と地域住民の想いや誇りが関わっていたようである。その歴史は江戸時代にまで遡り、いち早く西洋の製鉄技術が導入された地域でもあったが、「鉄の街・釜石」の製鉄業が衰退し、人口減少と併せて街自体の衰退が進んでいた。そうした現状への危機感が本事業の受入れを後押ししたのではないかと推察される。2001年には岩手県釜石市(以後「釜石市」と表記)に「コバルト合金生体材料開発研究会」が設立され、経済産業省「即効型地域新生コンソーシアム研究開発事業」(2002年)の採択を皮切りに、岩手県「夢県土いわて戦略的研究推進事業」(2003年)、文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(一般型)」(2004年から3年間)経済産業省「地域新生コンソーシアム研究開発事業」(2006年から2年間)と継続的に採択され、「金の切れ目を作らない」事業マネジメントがなされていた。
2007年には「コバルト合金生体材料開発研究会」から発展した「生体材料事業化研究会」(2005年設立)の中からE社が事業化を進める企業に選定され、文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(発展型)」(2007年から3年間)に加え、全国中小企業団体中央会の「ものづくり中小企業製品開発等支援補助事業」(2009年)の採択を受けて、事業化に向けた大型の真空溶解炉等の設備導入が行われた。2010年には本格的に事業化を進めるべくE社内に金属事業部を設立し、釜石市内の高台に事業用地を取得して設備等を移設した。この判断は翌年の3月に発生した東日本大震災の被害を奇跡的に回避することにつながり、津波により本業が大きな被害を受ける中で、この新事業は着実な進捗を見せることになった。文部科学省「地域イノベーション戦略支援プログラム(グローバル型)」(2010年から3年間)の採択もあり、釜石市内外の企業が参加するコバルト合金クラスター化研究会(釜石市)が形成され、震災翌年(2012年)には大手医療機器メーカーへの製品(Co-Cr-Mo合金ASTM規格材)初出荷にこぎつけている。現在(2024年、調査時点)では人工股関節用素材(材料)をはじめとする医療用素材の他、装飾品等の一般産業用素材としても流通しており、ニッケルを含まず金属アレルギーを起こす心配が少ない材料として注目されている。

[2] 硫黄化合物の高度化5)
岩手地域での硫黄を用いた化学工業は戦前から始まっており、戦後、岩手大学を中心に硫黄化学の研究並びに技術開発が行われ、硫黄化合物の研究開発が進められていた。そうした研究に端を発する応用技術が硫黄化合物を用いた分子接合技術であり、この技術を様々な用途に応用展開することが本事業の目的である。図表2に本事業の概要と経緯を示す。
歴史的には明治期より「東洋一の硫黄鉱山」とうたわれた松尾鉱山があり、そこから産出される硫黄を用いた産業が興っていた。岩手大学では、岩手県の支援を受けて工学部応用化学科(当時)が設置された経緯もあり、硫黄化学の研究は連綿として続いていた。1990年代に入ると、科学技術庁(当時)「生活・地域流動研究」や岩手県「岩手県創造技術研究開発」等事業の採択を受けて実用化を指向した研究開発が進み、また各教員が科研費(科学研究費助成事業)等の採択を受けて基礎研究を進めていた。それらの研究からは、ベンチャー企業(株式会社いおう化学研究所、2007年設立)が誕生するなど、研究成果の事業化が実現していた。一方、2000年代以降、経済産業省や国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の支援(新規産業創造技術開発補助事業や中小企業地域新生コンソーシアム研究開発事業、地域イノベーション総合支援事業)を受けて、岩手地域内外の民間企業等が研究成果を製品等に活用する事例(電子機器関連製品への応用等)が増加し、基礎研究から応用研究までを含めた硫黄化学を基礎とした技術(分子接合技術)の研究開発が盛んに行われるようになっていた。2019年度より5年間、文部科学省「地域イノベーション・エコシステム形成支援プログラム」の採択を受けて、この分子接合技術のエレクトロニクス実装分野への包括的な応用を目的とした研究開発を進めてきた6)。微細配線・3次元配線技術や高速伝送材料・高信頼性封止材料・接合技術の開発を進めるとともに、バイオ・医療分野への応用や人材育成に関する取組もなされている。2022年には、これらの研究開発の拠点となる「岩手大学分子接合技術研究センター7)」を設置し、2023年には産学官連携で社会実装を目指す「i-SB事業化プラットフォーム8)」を設立して、岩手地域において主体的・自律的に研究開発並びに事業化・社会実装を目指す体制を構築している。
分子接合技術は様々なトリアジンチオール化合物から発展してきた分子接合材が中核となる技術であり、開発された分子接合材を用いた固体材料の接合技術の総称を「i-SB法」と命名し、当該技術の普及(社会実装)を推進するために設立したのが、先述の「i-SB事業化プラットフォーム」である。先端技術や長年のノウハウ等が蓄積された技術等は、当該技術の利活用に必要な習熟期間が長く、かつ前提となる技術等のレベルが高くなることが多い。本プラットフォームでは技術開発と並んで地域企業等を対象とした技術の伝授・社員教育にも注力しており、参加企業に向けた技術説明会や技術導入セミナー等の開催を通じてそうした技術の普及(社会実装)の課題を緩和し、迅速な利活用の推進を図っている。こうした取組は、産学官連携等で問題となる実用化の壁、更に言えば新技術の普及の過程における「死の谷」の克服に向けた一つの試みと言える。これらの取組は現在(2024年、調査時点)も続けられており、岩手地域のみならず同様の課題を抱える地域等にとっても有用であると考えられる。

3. 地域事業のマネジメント:地域の「想い」と合理性の両立
この2つの事業を遂行するに当たって鍵となるのは事業マネジメントであり、その手法である。いずれの事業も最初から事業目標や目的が明確に定まっていたわけではなく、事業の進捗や外部環境の変化に対応しながら徐々に定まっていったというのが実態である。そしてマネジメント対象や方針が逐次変化するとともに、マネジメント体制そのものも変化していた。新合金の実用化事業を例に、事業の概要とマネジメント体制及びその方針等の変化について説明する。図表3に示すように、岩手大学の教員の研究テーマとして始まった本事業は次第に岩手大学と岩手県の研究所の協働による研究となり、やがて研究コンソーシアムのような組織形態へと発展している。その時点で、事業化を念頭に釜石地域が参画しはじめ、やがて事業化プロジェクトへと発展している。図表4にその際のマネジメント主体、研究開発資金等、及び主な研究(事業)内容の変遷をまとめた。これから分かることは、事業参画者が拡大するにつれてマネジメント体制も変化していることである。それは、マネジメント対象の変化だけではなく、研究開発資金や研究、時には事業自体の内容も変化し、それらの変化に対応するためであると考えられる。図表4のマネジメント主体の変遷をみると、大学の研究者が独自に研究を行っている段階ではマネジメントも研究者自らが行っているわけであるが、大学以外の事業参画者(例えば公設試験研究機関)が増え、様々な補助金・助成金等を獲得して応用・実用化を目指した研究が始まると、それに呼応するように大学当局等の組織的なマネジメントが始まっている。そして地域のステークホルダ(例えば、市町村や事業化候補となる地域企業)の参画が始まる実用化・社会実装を見据えた段階では、県の財団等の公的機関が地域を束ねる組織としてマネジメントを担い、より事業化を目指した補助金・助成金等を獲得し運用している。このように、事業に関わる人や組織、資金等の拡大・変化に伴いマネジメント体制も柔軟に変化させている様子が見て取れる。それは主たるマネジメント対象となる事業主体が変化するためであり、事業進捗の各段階で最適なマネジメント主体注1に移り替わっていると理解できる。少数の研究者で始まった事業が様々なステークホルダの参画を経て事業が拡大していく過程で、そうしたステークホルダ全体のマネジメントに適した組織にマネジメント主体が移行していくというのは理にかなっていると言える。こうした分析・解釈は硫黄化合物の高度化事業の経緯にも当てはまり、産学官連携といった様々なステークホルダが参画する事業では半ば必然なのかもしれない。これらの結果が示唆することは、一つは研究開発や事業化等の進捗に合わせて適切な研究資金の選択・獲得等の研究開発マネジメントが重要であるということと、もう一つは事業の進捗(に伴う事業主体の変化・拡大)に合わせてマネジメント主体を逐次変化させることが重要であるということの2点であり、柔軟なマネジメントの重要性を示している。
しかし、これは一般的なマネジメントのセオリーに当てはめると、前者の適切な資金の選択や獲得等については、ハードルは高いもののマネジメントの原則には沿ってはいる。しかし、後者のマネジメント主体の逐次変更となるとそのセオリーに反することになる。一気通貫のマネジメントが重要で右往左往しないことが重要と言われることが多いが、マネジメント主体を逐次変更するというのは一般的には混乱をもたらす可能性が高く、好ましくないと考えられる。今回取り上げた2つの事業は共にマネジメント主体を逐次変更しており、時には事業化の方針等を大胆に変更注2してもいる。この一見矛盾した手法についてはまだ検討中ではあるが、事業期間の相違が理由の一つではないかと考えている。この2事業の事業期間は大学教員の個人研究の時期から数えれば20年を超える長期間のものであるのに対し、一般的なビジネスベースのマネジメント案件の多くは数年程度の期間であり、10年を超えるものはそれほど多くはない。比較的短期間の事業が多いがゆえに一気通貫のマネジメントが主流となっているのではないかとも考えられる。逆に長期間にわたるビジネスマネジメントでは、市場の変化等を加味して定期的に事業環境を見直し、状況に合わせた抜本的な見直しも時には必要であると言われており、そうした点からは矛盾した結論ではないと考えている。図表3、4からは事業全体が3つの段階に分かれていることが分かるが、各段階内では一気通貫のマネジメントがなされており、別の段階への遷移に伴ってマネジメント主体の遷移も行われていると解釈できる。大学教員から企業の研究者、事業担当者へとマネジメント対象が変化し、事業環境やステークホルダも様々に変化しているために、マネジメント主体の変更による最適化が必要であったからだというのが現時点での仮説である。言い換えれば、学術的成果創出を目標とする研究マネジメントから金銭的利得を追求するビジネスマネジメントへの転換には、マネジメント主体の変更が望ましいと判断したものと考えている。地域産学官連携事業の適切な進捗管理のためには、マネジメント主体の変更をも伴う劇的な変更が求められ、一般的なビジネスマネジメントに比してかなり難易度の高いものになっている可能性が高い。地域産学官連携事業の成果創出と実用化・社会実装を達成するためには、こうした複雑で難易度の高いマネジメントが求められ、その原理やメカニズムに対する理解がより重要であると言える。


4. 地域の歴史・伝統・文化に根差すことの意味
この2つの事業の経緯を振り返ると、いずれも岩手の産業発展の歴史や、そうした産業に関わる伝統に根差していることが分かる。鉄をはじめとする金属産業の歴史や、地元地域で産出される硫黄を使った技術開発の伝統といった、地域の歴史や伝統が広く地域の人々に共有され、地域の文化として人々の意思決定や行動様式を左右しているとも言える。こうした地域の歴史、伝統、文化等に基づく独特の特徴すなわち地域性は、岩手地域のみならず全国各地で見られ、その地域の独自性の源泉ともなっている。例えば岩手を含む東北地方各地の地域性は東京を中心とする関東地方の地域性とは大きく異なっており、岩手は東京に比べて保守的で純朴、真面目な人が多いなどと言われる注3ことが多い。全国の各地方・地域には様々な地域性が存在し、それら軽視した画一的な施策を実施することは、地域の人々の関心や参画意志を低下させ、事業等のキーパーソンやステークホルダの主体者意識の低下をもたらしかねない。地域の歴史・伝統・文化に根差す地域性に沿うことは、地域の人々の関心を高めて参画を促し、主体者としての意識を高めるという意味で地域振興・活性化を目指す様々な施策の立案・設計にとってとても重要な要素である。この2つの事業はそれを如実に示していると言える。
地域振興・活性化に係る様々な施策には地域の住民、市民の参画を前提としているものも多く、主体的参画者も含めて地域住民、市民といった「民」セクターの人々が多く参画している。一般的に「民」セクターの参画者は自由意志で参画していることが多く、気軽に参加・参画する一方で距離を置き始めるのも早いと言う特徴がある。さらに産学官連携のような組織横断的な取組では組織の束縛が緩くなりがちで、組織単独の場合に比べて参加と離脱のハードルが低くなりがちなところがある。昨今の地域振興・活性化施策にはこうした参加と離脱のハードルが比較的低い産学官民の連携・協働をうたうものが増えており、なおさら参画意識、主体者意識の醸成と維持が求められる。この2事業に限らず他地域で評価の高い事業においても、地域に対する責任感や帰属意識に基づく主体者意識、すなわち自分事としての使命感が感じられるキーパーソンがいる。そうしたキーパーソンの動機付けもまた地域の歴史・伝統・文化によるところが大きい注4。事業に主体的に参画する人々から彼らに協力し支援する人々に至るまで、そのモチベーションの源泉には事業を自分事として捉える地域の一員という責任感や帰属意識があり、そうした意識を醸成するのが歴史・伝統・文化に根差した地域性ではないかと考えている。それが地域振興・活性化に係る地域事業の成功の秘訣ではないだろうか。
5. 人々が主体的に参画する地域の振興・発展に向けて
最後に、こうした地域事業を実施する上での今後の課題や展望について述べる。課題の一つは、その主体性を強調する余り、ともすれば客観的合理性を欠いてしまう可能性が高いことである。例えば新合金の実用化事業では、鉄製品の新用途・市場開拓といった方向性を選択する可能性があった。それは鉄の街を復活させるという釜石市の歴史・伝統・文化に根差した強い願いであり、市民がそうした想いを有していることは事業のキーパーソン(事業統括者)も理解していた。しかし、結果的には岩手大学の研究シーズ(コバルト合金)を採用して事業化に至っており、これは高付加価値化の可能性がある素材を選択するという客観的合理性と、鉄をはじめとする金属産業の歴史・伝統・文化に沿うという主観的合理性の折衷案注5であった。同様に硫黄化合物の高度化事業についても、新たな産業ニーズに適した素材・技術を開発するという客観的合理性と、地域資源である硫黄を再び地域の産業にしたいという主観的合理性の折衷案と言える。こうした折衷案は事業を統括するキーパーソンのバランス感覚に依存し、キーパーソンの能力や個性が事業の成否を左右する可能性は否定できない。主観的な判断をどの程度重視すべきかや軽視してもよい客観性と無視できない客観性を峻別することにこそ、キーパーソンの腕の見せ所があると言った方が良いかもしれない。2つの事業の経緯を見る限り、市場性や技術的な可能性については両者とも客観的合理性を重視している注6ように思われる。もう一つは、マネジメント主体の変更を含む柔軟な事業運営は、一方でステークホルダや場合によっては主導的な主体者の離反が不可避であるという点である。地域社会においてはステークホルダを含めて地元地域への関心や愛着が強いため、参画者の離反は当事者だけではなく地域全体に心理的な悪影響を及ぼす可能性がある。そうした主観的、心理的な悪影響も考慮して対応を検討する必要があり、修正や変更に伴う客観的な利点と主観的な悪影響の大きさを比較すると言ったマネジメントが求められ、そのための手法やノウハウの蓄積が必要であろうと考えている。
地域性というマネジメント的には新たな要素が加わったことで、その手法やノウハウも更新・発展させる必要があると考えられる。地域性の重視や主体者の意思の尊重といった要素は、地域の人々にとって耳あたりの良い言葉かもしれないが、客観性を軽視すれば必然的に失敗に終わる可能性は高まってしまう。それは過去の失敗事例の多くにも見られることであり、主観的判断に依拠しすぎた計画には、客観的には市場での競争力や事業化の実現性等で合理性を欠いているものが少なくない。今回の2事業ではキーパーソンが絶妙のバランス感覚による折衷案により事業化が達成されたのであって、地域性を重視しさえすればうまくいくというものでは決してない。こうした名人芸のようなマネジメントを可能にしたノウハウを言語化し、地域のキーパーソンが培ってきた暗黙知を多くの人が知りうる形式知に翻訳し、マネジメント手法に取り込むことではないかと考えている。そうした地域マネジメント手法の確立が今後の地域の包括的かつ実効的なエコシステムの構築につながっていくものと期待している。
参考文献・資料
1) 岩手ネットワークシステム ホームページ https://www.iwate-network-system.org/(参照 2025.10.7)
2) 西川洋行、松本泰彦,産学官の連携が織り成す地域のエコシステム-岩手地域の産学官連携システムの分析-,STI Horizon,Vol.11, No.3, pp.12-17, 2025 https://doi.org/10.15108/stih.00408
3) 西川洋行、松本泰彦,官学連携主導の地域活性化-岩手県の産業育成事例の分析から-,地域活性学会第17回研究大会 研究発表予稿集,pp.135-138, 2025
4) 都市エリア産学官連携促進事業(一般型)【いわて県央エリア・釜石エリア】自己評価書 https://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2015/04/15/1253328_024.pdf(参照 2025.10.7)
5) 八甫谷明彦、森邦夫,分子レベルで接合する21世紀の革新的ものづくり技術,J, Jpn. Soc. Powder Powder Metallurgy Vol.63, No.5, pp.323-327, 2016
6) Innovation Ecosystem Iwate ホームページ https://www.ccrd.iwate-u.ac.jp/ecosystem/about/(参照 2025.10.7)
7) 岩手大学分子接合技術研究センター ホームページ https://mbt.ccrd.iwate-u.ac.jp/(参照 2025.10.7)
8) 岩手大学 i-SB 事業化プラットフォーム ホームページ https://i-sb.ccrd.iwate-u.ac.jp/(参照 2025.10.7)
9) 活きる学び 3.生活に関する情報 日本各地域の県民性を詳しく紹介!47都道府県、地域ごとに解析しました。
https://heqat-life.com/jpn-character/(参照 2025.10.7)
注1 ここではマネジメント業務等を行う組織等を指し、担当者はマネジャー等と呼称される。逆に、マネジメントを受けて研究開発等の業務を直接実行するのが事業主体であり、事業に参画する研究者や企業経営者も事業主体である。
注2 新合金開発事業は当初医療用途の特化した材料開発を行っていたが、事業の進捗過程で一般産業用途向けの材料開発も視野に入れる変更がなされた。また硫黄化合物の高度化事業でも、当初半導体関連産業向けが主であったものが医療分野やライフサイエンス分野に拡大し、それに伴って参画者の業種等も拡大した。
注3 険しい地形に阻まれて地域間の交流が比較的少なかった日本では、地域ごとに独自の歴史や文化が育まれ、それに応じて様々に住民の気質も変化してきた。例えば、寒い気候の東北地方の人は忍耐強くて真面目な一方、無口で控えめな傾向があり、逆に東京(江戸)の人は威勢が良くてけんか早い一方気前が良い傾向があると言われている9)。人口の流動性が高まった現代ではこうした地域差は徐々に薄れてきてはいるものの、特に地方ではこうした特性(地域性)が強く残っていることも多い。
注4 インタビュー調査でお話を伺った方々からもそうした責任感ないし使命感を持っているように感じる場面が少なくなかった。この発言の端々に責任感、使命感を醸し出しているところが、地域で主体的に様々な取組を行っている人たちに共通する特徴であった。
注5 鉄ではないが同じ金属材料という点で地元との親和性がある程度は期待できる。
注6 例えば、釜石地域に「鉄」の伝統があるにもかかわらず、「鉄」の付加価値等を勘案して選択してはいない。一方で、「鉄」ではないが付加価値の見込める新合金を選択した点に伝統へのリスペクトを感じることができる。

