コラム4:デジタル技術の可能性とその活用を進める上での課題: コロナ禍の前後での人や情報の流れの変化とコロナ禍前のデジタル化の状況から

 本コラムでは、新型コロナウイルス感染症のような危機下において、社会的レジリエンスを高めるための手段としてのデジタル技術の可能性とその活用を進める上での課題の提起を行う。そのために、まず、新型コロナウイルス感染症の前後での、実空間の人の流れとデジタル空間における情報の流れを概観する。つぎに、OECDの統計をもとに、日本や主要国のデジタル化の状況を示す。
 図表4-1(A)は国土交通省の航空輸送統計調査による旅客数の月次推移である。2019年は国内定期旅客数が月平均890万人、国際旅客数が月平均200万人であった。2020年については、国際旅客数は2月から、国内定期旅客数は3月から大きく減少している。5月には前年と比べて、国内定期旅客数は93%減、国際旅客数は98%減となっている。このデータから、航空による日本と海外の人の流れは、ほぼ消失したことが見える。
 図表4-1(B)は国土交通省の鉄道輸送統計調査による旅客数量の月次推移である。2019年は全国旅客数量が月平均21.3億人であった。2020年については、全国旅客数量は3月から減少している。5月には前年と比べて、全国旅客数量は47%減となっている。
 図表4-1(C)には、デジタル空間における情報の流れを示すデータとして、JPNAP(Japan Network Access Point)におけるトラフィック量を示す。JPNAPは、大容量トラフィックの安定した交換を可能にするインターネット相互接続サービスの1つであり、東京と大阪に拠点を持つ。図表4-1(C)は、JPNAP東京と大阪の最大トラフィック量の2019年1月~2020年5月にかけての日次推移である。トラフィック量については、定常的に増加傾向が見られる。月ごとに見た1日の平均最大トラフィック量に注目すると、2019年1月から2020年2月には毎月2.0%の増加であったが、2020年2月から5月には毎月5.9%の増加となった。
 新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、日本では4月7日に、緊急事態宣言が発出され、外出自粛、学校の休校、施設や店舗の使用制限や停止が要請された。ここで示した3つのデータは、緊急事態宣言の下、実空間の人の流れは減少したが、デジタル空間における情報の流れ(職場においてはテレワーク、学校においては遠隔講義、施設や店舗では電子商取引)が盛んになったことを示唆している。

【図表4-1】 旅客数(航空)、旅客数量(鉄道)、インターネットトラフィック量の変化

注:
旅客数(航空)、旅客数量(鉄道)は月次データ、インターネットトラフィック量は日次データ。
資料:
(A) 国土交通省航空輸送統計調査を基に科学技術・学術政策研究所が作成。国際旅客数は、本邦航空運送事業者による運航のみを対象として集計したものである。
(B) 国土交通省鉄道輸送統計調査を基に科学技術・学術政策研究所が作成。
(C) インターネットマルチフィード株式会社(https://www.mfeed.ad.jp/)からの提供データを基に科学技術・学術政策研究所が作成。

参照:表4-1

 

 先に見たように、コロナ禍においてデジタル空間は、実空間を一部、代替する役割を果たした。以下では、OECDのGoing Digital Toolkitをもとに、諸外国と日本のデジタル化の状況を示す。Going Digital Toolkitは、デジタル化の進展の状況を評価し、それに応じた政策戦略とアプローチを策定するためのツールとしてOECDが提供している統計データであり33の指標が掲載されている。
 Going Digital Toolkitの33指標は、Access、Use、Innovation、Jobs、Society、Trust、Market opennessの7つに分類されている。ここでは、日本のデータが存在し、デジタル技術の活用(Use)や仕事上のスキル(Jobs)に関係する4つの指標に注目した(図表4-2)。比較対象国は、科学技術指標の主要国に加え、33指標の合計値が高いスウェーデン、フィンランド、オランダとした。中国と韓国は、欠損値が多いため、比較対象国からは除いた。なお、いずれの指標も新型コロナウイルス感染症発生以前の値である。
 まず、デジタル技術の活用に関連した指標として、「インターネットユーザーに占める、過去12か月間にオンラインで購入した者の割合」や「16~74歳人口に占める、過去12か月間にインターネットを利用して公共機関のウェブサイト経由で書類申請をした者の割合」を見る。他国と比べて、日本の指標の値は小さいが、公共機関のウェブサイト経由での書類申請(7.3%)については、スウェーデン(76.6%)の1/10程度となっている。
 つぎに、仕事上のスキルに注目し、「雇用全体に占める、ICTタスク集約型職業の割合」と「雇用全体に占める、研修を受けている労働者の割合」を見る。ICTタスク集約型職業とは、ICTを活用した業務を行う傾向が高い職業を指す。研修を受けている労働者の割合は、その国の労働者が、企業の研修から、どの程度恩恵を受けているかを示す指標である。各種の研修は、デジタル化への適応や再教育に不可欠な要素といえる。ここで示した8か国の中で日本の値は、「雇用全体に占める、ICTタスク集約型職業の割合」では最も小さく、「雇用全体に占める、研修を受けている労働者の割合」はフランスに次いで小さい。
 新型コロナウイルス感染症のように、特に人の物理的な移動が制限される状況下において、デジタルツールは社会活動を維持するための不可欠なインフラとしての役割を果たす。他方で、新型コロナウイルス感染症以前の状況を見ると、日本は日常生活におけるデジタル技術の活用や、産業におけるデジタルスキル活用やスキル取得のための取組が、諸外国と比べて低調であったといえる。社会的レジリエンスを高めるために、デジタル技術の活用、デジタルスキルの活用・取得を進めていく必要がある。
(伊神 正貫)


【図表4-2】 デジタル技術の活用やデジタルスキルの活用・取得についての状況
(新型コロナウイルス感染症発生以前の状況)

注:
1)「インターネットユーザーに占める、過去12か月間にオンラインで購入した者の割合」や「16~74歳人口に占める、過去12か月間にインターネットを利用して公共機関のウェブサイト経由で書類申請をした者の割合」の年齢範囲は日本のみ15~74歳、他国は16~74歳。また、「インターネットユーザーに占める、過去12か月間にオンラインで購入した者の割合」については、米国のみ過去6か月の値。
2) ICTタスク集約型職業の具体例は、情報通信技術サービスの管理者(133)、電子工学技術者(215)、ソフトウェア・アプリケーション開発者、アナリスト(251)、データベース・ネットワークの専門職(252)、情報通信技術オペレーション・ユーザーサポート技術者(351)、電気通信技師、放送技師(352)、電気通信機器の据付・修理工(742)である。それぞれの職業の後の3桁の数字は、国際標準職業分類を示す。
3)主要国のうち中国と韓国については、欠損値が多いため、比較対象国からは除いた。
4)()内の数字は各国のデータの年である。
資料:
OECD, Going Digital Toolkit, https://goingdigital.oecd.org/en/ (2020年6月8日アクセス)

参照:表4-2