STI Hz Vol.3, No.3, Part.9:(ほらいずん)“ポストトゥルース”時代のエビデンスと科学コミュニケーション-米国科学振興協会(AAAS)年次総会及び科学技術政策フォーラムにおける科学への理解増進と社会への働きかけに関する議論-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00093
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 白川 展之、矢野 幸子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
“ポストトゥルース”時代のエビデンスと科学コミュニケーション
-米国科学振興協会(AAAS)年次総会及び科学技術政策フォーラムにおける科学への理解増進と社会への働きかけに関する議論−

科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之、特別研究員 矢野 幸子

概 要

2017年1月のトランプ政権発足後半年以上が経過したが、まだ米国の科学技術政策局の幹部の任命は行われていない。こうした中、トランプ政権に抗議するためのMarch–for–Science注1など、政策と社会において科学の役割を守るための研究者側からの自発的な活動も見られるようになっている。本稿では、米国科学振興協会(AAAS)の2017年年次総会や科学技術政策フォーラムにおいて筆者らが直接見聞したことをもとに、研究者、学協会、政策関係者の間でなされていた議論を紹介することを通じて、米国における科学的発見に基づくエビデンスが重視されにくい社会風潮の中での、科学コミュニケーションや政策的な働きかけ(アドボカシー)の今後の方向性について、筆者らの予想を示す。

1. 米国における科学の重要性を訴える活動「March-for-Science」

2017年1月のトランプ政権発足後半年以上が経過し、6月22日にはホワイトハウス科学技術政策局主催で、起業家やベンチャー投資家が集まり、超高速5Gインターネットと無人機関連技術などの新興技術が米国の産業労働者に及ぼす潜在的な影響について話し合われている注23が、まだ、科学技術政策局長の任命は行われていない注2。客観的な事実よりも個人の感情や信念に訴えかけることが世論形成に影響を与える「ポストトゥルース(Post-truth)」の風潮の中、トランプ現政権では、2017年3月と5月に、2018年度(2017年10月~18年9月)の「予算教書」を示した。その中では、一部の科学研究に対する削減姿勢が見られ、地球環境分野で地球温暖化や再生可能エネルギーに関する予算削減率が突出して目立つ1)ことから、米国の科学コミュニティの反発は強いとされている2)

こうした状況に対して、コミュニティを構成する研究者の草の根活動として、研究者個人の専門領域を超えて科学の重要性を直接社会に訴える活動「March-for-Science」が開始された。この活動は、2017年4月22日の「アースデー」にデモ行進が世界各地で行われ、政策と社会において科学の役割や科学研究を守るための抗議として、日本でもデモ行進の様子はニュース注4となった。

研究助成機関や科学技術政策に詳しい政策関係者によれば、特定の科学技術分野の専門家の集合体である学協会などからのボトムアップによる意思決定が一般的な米国では、科学者・技術者個人によって分野横断的・草の根的なこうした行動が開始することは珍しいという。このため、活動組織の構造は単純ではない。研究者が個人の立場で参画する環境関連の市民団体の活動に相乗りする形で、科学技術政策に関するステークホルダーの関連組織が支援する形で活動が広がっている。個別の研究分野の大学・学協会はもとより、非営利組織米国科学振興協会(AAAS)のような学協会等の組織が活動への支援を表明している。活動を支える組織の源流には、サイエンス関連誌総編集長のRush Holt氏注5が創始したBe a Force for Science注6、活動推進を標ぼうした組織としては、米国における科学者・技術者の政策形成への参画を進めることを目的とした運動組織Engaging Scientists & Engineers in Policy Coalition注7(ESEP)などがみられる。

2. 科学への公衆理解のための科学者・技術者の意識改革

筆者らは、政権交代後約半年の間に複数回訪米し、トランプ政権下での科学コミュニケーションや政策的な働きかけに関する議論をかいま見る機会を得た。そこで筆者らは、米国では、公衆の理解があって研究資金が配分され、研究が可能になることを研究者も自覚し、特に科学者・技術者側から外部に発信することに関しての意識改革を進めようとする、科学への公衆理解に関する議論が政権交代後の数か月の短期間で進む様子に驚いた。我が国においても、「国民との科学・技術対話」の推進について(基本的取組方針)(平成22年6月19日、科学技術政策担当大臣 総合科学技術会議有識者議員)注8により、1件当たり年間3,000万円以上の公的研究費(競争的資金又はプロジェクト研究資金の配分を受ける研究者等に対して、「国民との科学・技術対話」に積極的に取り組むよう求められている。したがって、こうした議論は、日本においても科学コミュニケーションにとどまらず、科学技術・イノベーション政策の推進にとっても国民からの理解増進・支援を得る上でも示唆をもたらすものと考えられる。

本稿では、2017年2月に開催されたAAASの年次総会と同年3月に開催されたAAAS科学技術政策フォーラム(政策フォーラム)での科学コミュニケーションと科学的なエビデンスに関するセミナー等の様子を紹介する。これら議論の一端を示すことを通じて、科学への公衆からの理解を確保するために科学コミュニケーションの取り組みを伝統的な活動の範囲にとどめることなく拡大して推進しようとしている米国における議論の状況について紹介することにしたい。

3. AAAS年次総会及び政策フォーラムにおける議論

(1)年次総会:科学コミュニケーションに関するセミナーの概要

AAASは学術雑誌Scienceを発行していることでも知られる、世界最大級の学術団体で、会員は全世界で12万人を超える。AAASはワシントンD.C.(米国)に本拠地を置き、科学の振興を活動目的とし、米国の科学技術予算の分析と提言をも行う法人格を持つ非営利組織である。科学に関する分野横断的で包括的な会合である年次総会では科学、技術、教育の各分野で分科会やセミナー等が幅広く企画され、数千人規模の先導的科学者、技術者、教員、政策立案者、ジャーナリストが集まり最近の科学技術の発展状況について議論される。ところが、2017年2月15日~20日に米国のボストンで開催された第183回年次総会では、会場外部でトランプ政権の姿勢に抗議する環境保護団体等によるデモ行進注9などが実施され、例年にない光景も見られた3)

こうした中、科学コミュニケーション関連のセミナーでは、センセーショナルな批判やデモ活動とは異なり、科学コミュニケーションと市民参画の関係を、オープンサイエンス、大学や研究の評価、ソーシャルメディアの活用といった観点から議論されていた。これらのセミナーの様子を写真1に、講演者と演題を図表1に示す。

最初のセミナー「Who’s Your Audience?(誰が聴衆か)」では、オープンサイエンスと市民参画によって研究成果の受け手の範囲が拡大しつつあるという問題意識を研究計画・研究活動に反映する具体策が議論された。次いで、「Scientist Motivations, Support, and Challenges for Public Engagement(科学への市民参加のための科学者のモチベーションと支援とチャレンジ)」と題したセミナーでは、オープンサイエンスと科学コミュニケーションの関係について、研究評価と市民科学(シチズンサイエンス)の推進の観点からの議論があった。このセミナーではまず、科学への市民参画の推進には、研究者側へのインセンティブが必要なこと、具体的にはアイオワ州立大学における米国科学財団(NSF)が基礎研究の幅広い社会的・経済的インパクトの評価基準として定めた「ブローダーインパクト基準45)」を機関評価に導入する事例が紹介され、研究者が無理なく参加できる制度とその活動成果が適正に評価されることが重要だとする論点が提起された。さらに、連邦航空宇宙局(NASA)が衛星観測プロジェクトでハッカソンを実施し新たな衛星データの活用方策を探ったオープンサイエンスの実践事例をもとに、科学者が市民参画を促進しオープンサイエンスを推進するメリットとして、新たな研究課題を発見でき、専門の研究の進捗にとっても有用であるとの論点が示された。

3番目のセミナー「The Online Scientist: Social Media and Public Engagement(オンライン上の科学者:ソーシャルメディアと市民参画)」では、ソーシャルメディアと科学コミュニケーションの関係が議論された。ここでは、研究者自身の社会的な役割と使命の自覚と、研究推進上のソーシャルメディア利用6)の意義が強調された。議論では、Facebook、Twitter、Instagram、YouTubeといったソーシャルメディアの利用は、研究の透明性を確保することにもなり、オープンサイエンス、市民参画をも推進することになるとされた。また、自身の研究内容を可視化し平易な言葉で説明することは、研究を通じてできる社会貢献であるとともに、自身の研究を客観的にとらえ科学コミュニティ内外で相互理解を促進し研究体制の構築上もメリットがあるとされた。

写真1 セミナー会場の様子

図表1 2017年AAAS年次総会における科学コミュニケーション関連のセミナー一覧

2017 年年次総会プログラムから、Communicating Science に関するSeminar を全て抜き出し、科学技術予測センターにて作成。

(2)科学技術政策フォーラムにおけるエビデンスと政策的な働きかけに関する議論

2017年3月27~28日、AAAS科学技術政策フォーラム(政策フォーラム)の年次会合が開催された。政策フォーラムは、科学・工学関係の連邦政府予算と計画の現状認識と将来見通しを得ることを目的に、AAASの本拠地ワシントンD.C.において毎年開催されている政策関係者向けの会合である。例年、連邦政府の科学技術予算、研究助成機関の重点事業、最近ではゲノム編集に代表されるホットトピックを中心にした科学技術のセッションなど、研究者や学協会、高等教育機関が直面する政策課題の最新情報が得られる。

毎年1月末に一般教書演説が行われると、その3~4か月後に開催されるのが通例だが、2017年は例年よりも早い2017年3月末の開催となった。2017年政策フォーラムのテーマは、「ASK-FOR-EVIDENCE(エビデンスを希求する)」で、“ポストトゥルース”時代の科学技術と政策の在り方を踏まえた統一論題のもとに実施された。参加者は、在ワシントンの学協会や政府機関、在外公館、コンサルタント等の関係者を中心に300名程度であった。

図表2に、政策フォーラムのプログラム概要を示す。プログラム概要を見ると、トランプ政権における研究開発関連予算の動静注10や主要な研究助成機関の施策注1112、などの例年の内容、科学研究の公正性注13、国際連携と科学的助言などの科学技術政策上の関心事項、さらに海面上昇注14やゲノム編集、米国における麻薬性薬物の流行への対策注15といった技術テーマが並んでいる。2017年はこれら以外に、科学的エビデンスを尊重される環境づくりに向けた科学者・技術者個人レベルの活動から、グローバル化のもたらす問題、民間財団の活動紹介注16、科学のための政策的な働きかけ(アドボカシー)などに関するセッションから構成されていた。このように、科学技術振興に関する喫緊の課題意識が反映されていることが見て取れる。

以下では、大会テーマの科学的なエビデンスをめぐるセッションの議論の概要を紹介する。

全体セッションの基調講演「科学を守り進歩を触媒すること:将来のための超党派的な打開策Defending Science and Catalyzing Progress: A Bipartisan Formula for the Future」では、デラウエア州選出の上院議員Hon. Christopher Coons氏は、トランプ政権下の科学技術政策をめぐる過去にない情勢についての見解注17を述べた後に、科学研究の成果としてインターネットやスマートフォンを例に挙げて、日常生活の身近なところで成果が利用されていることを伝えることで、科学技術の意義をわかりやすく一般市民に伝える日々の努力が重要だと述べた。この際に重要なのは、「オープンデータ」と「オープンマインド」だと述べ、科学技術への理解増進と共感を喚起するストーリー・テリングを行っていくべきだとした。さらに、科学技術の予算確保等に関しては、議会における超党派的な働きかけが重要であると結んだ。

昼食時のサイエンス関連誌総編集長のRush Holt氏のスピーチでは、“ポストトゥルース”時代の科学コミュニケーションとエビデンスの意味を再考させる踏み込んだ発言が印象的であった。Holt氏は、大会テーマ「Ask-for-Evidence」を説明する中で、「科学研究によって示される“エビデンス”の意味を再考する時期を迎えている」として、科学コミュニケーションの意味を、アインシュタインのエッセイの一節を引用しながら述べた。氏によると、エビデンスとは、単なる知識の発見というより、何らかの気づきを与えるという意味で相手に利得(となる情報)をもたらすものだとし、専門分野で共有される科学的知識という意味合いではなくなってきていると述べた。つまり、エビデンスとは、相手に受け止められ相手を理解させて初めて意味を持つとし、専門分野外への多方面からの働きかけが重要となるとの見解を示した。こうした従来の科学コミュニケーションを超えた発言は、筆者らには科学を振興する立場からの強い決意表明のように感じられた。

また、フォーラムの最終セッション「エビデンスを創り守る科学者の役割 The Role of Scientists in Producing and Defending Evidence」では、AAASのTom Wang氏注18をモデレーターに、エビデンスが軽視される社会の風潮の中、エビデンスが尊重されるにはいかにすべきか、気候変動などグローバルイシューに科学的知識がいかに活用されるようにするかが議論された。南カロライナ大学のKirstin Dow教授注19は、気候変動に関するシナリオ(カリフォルニアの温暖化・海岸線の消失の事例)を述べ、どうすれば政策決定者が科学的知識を意思決定に用いることができるか、科学的エビデンスに基づいた意思決定となるかの論点提起があった。ここでは、エビデンスベースの意思決定が行われるには、研究と出版(成果の公開)、さらに科学者や市民が政策決定者の意思決定に関与するプロセスが必要と論じ、このプロセス自体が社会により大きなインパクトのある研究成果をもたらす有効な方策ともなるとした。続いて、Amy Luers女史注20からは、ポストトゥルース時代のエビデンスとは何かについて講演があり、エビデンスとは、現象を説明し証明する専門的なものと、計画を進めるためにステークホルダーを説得することに使われるものとに分かれると述べた上で、地球温暖化にも懐疑的な人々が増えていることを引き合いに、エビデンスを示す専門家への信頼が揺らぐ「ポスト専門家社会」になっていると述べた。こうした状況への対応策としては、決して現状にパニックにならず、限られた資源を重要な課題に集中させることが重要だと述べ、また、エビデンスを示すことにより、科学をトランプ政権で重視している防衛と同じ程度に重要だと認識させることが目標になると述べた。また、研究活動では、持続的な科学の活動にとって研究者とその他のステークホルダー間の協働のもとでの知識の共同生産(コプロダクション)が必要だと述べ、市民科学やオープンサイエンスを推進していく必要性についても言及があった。例えば、環境関連の研究分野において公的研究予算が削減されるのであれば、民間セクターの財団等が主要な役割を担うことが期待されるとし、政府と民間セクターと非営利セクターにおいて、グローバルで新しい知識生産と科学コミュニケーションが行われるようになるとも述べた。最後に、海外事例としてLSE(London School of Economics)の Bob Ward教授は、EUからの英国の離脱(Brexit)の国民投票、クライメートゲート事件などを基に、温暖化懐疑論などの反科学・反グローバル的姿勢の論者には典型的なパターンがあることを示し、科学コミュニティとしての対処方策を議論した。

この他、「根拠に基づく政策形成:NGOとフィランソロピーセクターの拡大する役割と貢献 Evidence-Based Policymaking: Expanding Roles and Contributions of NGOs and Philanthropy」では、米国自治体におけるエビデンスベースの政策を推進する非営利組織の支援の取り組みを、科学技術政策でも取り入れて学ぶ趣旨のセッションも開催された。ここでは、エビデンスベースの政策の立案能力の構築を評価するための自治体へ専門家(フェロー)を派遣し研修等を行うマッカーサー財団の事例、自治体間の政策実現状況や業績の可視化・比較が可能な評価枠組みの構築支援を行う「Results for America」の事業が紹介された。

また、パラレルセッションの一つではESEPが主催した「科学のためのアドボカシー:一日だけの活動を超えてAdvocating for Science: More Than a One-Day Activity」では、Sarah Rovito女史注21から、科学者・技術者の専門分野での研究活動、住む地域(下院選挙区)や所属機関、研究者個人の3つのレベルで政策的な働きかけを行う枠組みが示されるなど、論点整理がされた後に、今後の科学への理解確保のための持続的活動の在り方が議論されていた。

図表2 AAAS科学技術政策フォーラムによるScience & Technology Policy Forum 2017概要
※本文で取り上げたセッション

4. “ポストトゥルース”時代の科学コミュニケーション

ここまで記載した議論の内容からは、米国の科学コミュニティでは、冒頭に挙げたデモ行進などのような一過性のイベントや政治的な一方的な主張にとどまらない、科学への公衆理解を確保するための継続的な活動を模索する議論がなされている注22ことがわかる。そして、専門分野における研究成果の社会還元・科学的知見の政策への反映、地域レベルでの議員・政治家への働きかけ、さらに個人としての科学コミュニケーション活動のいずれをも一体的に行う必要があると意識されているようである。特に、ソーシャルメディアなどを利用した個人レベルでの働きかけの重要性が科学コミュニケーションと政策的な働きかけの一環として位置付けられ、さらに、議論の中で、科学コミュニケーションの中で科学の重要性を伝えるストーリー・テリングの重要性が議論されることが多かったことは注目される。これらは、昨今の“ポストトゥルース”とも呼ばれる社会情勢を如実に反映したものといえ、「エビデンス」の意味が社会で変化しつつある中、科学コミュニケーションの在り方が変化してきていることを示したものとも言えよう。

このため、以下では、これら議論を基に、米国における“ポストトゥルース”の風潮の中での科学コミュニケーションの将来的な方向性について、筆者らの予測を示したい。今後の科学コミュニケーションは、次のような研究、地域・機関、個人のそれぞれのチャンネルでの活動を明確にシンクロさせることを意識して一体的に進められるようになると予想される。

(1)研究活動:科学的知見の政策への反映とデータに基づく意思決定

研究活動では、科学者にとっては研究が第一の使命であることには変わりがなく、科学的に得られたエビデンス(研究成果)を政策の意思決定に科学的助言として活用し、データに基づく意思決定を促すよう、それらに関与するプロセスが、科学コミュニケーションの基礎になる。

(2)地域・機関の活動:超党派の政治家に向けた働きかけ

地域・機関では、地域のステークホルダーとして、科学研究の意義を超党派の政治家に向けた働きかけを主権者(有権者)として行うことが重要となる。すなわち、地域の一員としても研究者・技術者等も地域の中での役割を果たす自覚が求められる。

(3)個人の活動:科学の重要性を伝えるストーリー・テリング

研究者個人では、科学の重要性を印象的な体験談やエピソードなどの“物語”として一般の人々にわかりやすく伝えるストーリー・テリングを行うことが、研究者の活動として重要だとみなされるようになる。具合的には、ソーシャルメディアや地元の会合などの機会をとらえ、日常の生活が科学研究の成果に支えられていること(例えば、スマートフォン関連の技術など)や自身の研究の面白さや意義を自分自身の言葉で語ることにより、科学技術に理解を示さない、若しくは科学研究に興味がない人々に理解と共感の輪を広げることで、科学研究の推進の重要性に関する問題意識などが共有される。加えて、市民の持続的な参画を得て知識の共創による市民科学(シチズンサイエンス)の実践を通じて、研究を推進するに当たり、受け止められ、理解を得るサイクルが働くことにもつながる。

5. 終わりに:日本への示唆

筆者らは、それぞれ研究者として科学技術の理解増進、理科教育のための科学コミュニケーション活動と、エビデンスベースの政策に向けた調査・政策研究を行ってきた。2017年の年明けから複数回訪米する機会を通じて、米国の科学コミュニティが、トランプ政権の発足に伴って感じる危機感から、具体的な対処方策を短期間の間に議論し、社会に働きかける具体的な行動にまで進む過程をかいま見ることができた。

従来の日本では、エビデンスベースの政策の推進について語られることはあっても、政策的な働きかけ(アドボカシー)に関する議論は少ない。しかし、科学研究の発展を振興する側としては、政策的な働きかけの重要性は、論をたないのも確かである。日本でも、科学技術への公的資源配分が、少子高齢化などにより、年金や医療費など他の政策課題と相対的に重要性が比較されて決まる趨勢すうせいが強まることはあっても弱まることは避けられない。草の根からの科学技術への投資の理解が科学技術・イノベーション政策の推進にとってこれまで以上に重要になる。

政権の批判や現状の分析・批評にとどまらず、科学コミュニティ全体の課題として具体的な行動につなげようとする米国の姿勢は、学ぶところが多いように思われる。特に、米国では、科学コミュニケーションとエビデンスの関係から、科学技術のための政策的な働きかけを一体的に考えていくべきだという当事者意識を共有して関係者の議論が行われていることは注目に値する。加えて、市民との対話や地域のコミュニティへの参画など、科学コミュニケーションを通じた相互理解を追求することで、新たな研究課題を発見することにもなるという視点は、オープンサイエンスを通じた新たな科学技術への参画・協働の場の創出につながる良い機会でもある。

ただし、英語の文献が十分にない兆しの段階の推移を執筆することとしたため、本文の記載には筆者らの予測も含まれている。また、AAASのイベントにおける議論は科学を振興する立場の見解に偏っている可能性もある。このため、記載の方向のとおりに今後事態が進展することを筆者らが必ずしも保証できるわけでもない。科学技術・イノベーション政策の中で、オープンサイエンス、市民参加、研究評価といったばらばらに議論され、つながりや関連性についての理解を得にくいこれらイシューに関して、それぞれをシンクロさせることを意識して一体的に進めながら発展していく兆しがあることについて、読者に伝わるきっかけとなれば望外の幸せである。


注4 例えば、「コスプレでトランプ政権に抗議。「科学を守って」と全米各地で訴える」(ハフィントンポスト日本版) http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/23/ms-frizzle-the-march-for-science_n_16200012.html

注5 Rush Holt, Chief Executive Officer, AAAS; and Executive Publisher, Science family of journals

注9 当該示威活動と同時刻には、当研究所は、セミナー「Serving Aging Society Globally Through Science, Technology, and Innovation Policies」(オーガナイザー・総務研究官斎藤尚樹)を主催し、日本が世界に先駆けて直面する超高齢社会における様々な課題を科学技術で解決する方策について日本、米国、英国、タイからのパネリストを交え国際的な観点から議論した。

注10 講演の内容は、下記の記事と同内容。The Trump Administration’s Science Budget: Toughest Since Apollo? The Reagan Administration also sought to cut R&D, but the Trump Administration is far more willing to scale back even basic science. https://www.aaas.org/news/trump-administrations-science-budget-toughest-apollo

注11 NIH Director Collins: Confident about Future of Biomedical Research https://www.aaas.org/news/nih-director-collins-confident-about-future-biomedical-research

注13 Agencies Must Uphold Scientific Integrity, Data Access, Say Experts https://www.aaas.org/news/agencies-must-uphold-scientific-integrity-data-access-say-experts

注14 Coordinated Action Needed to Face Sea-Level Rise, Experts Say https://www.aaas.org/news/coordinated-action-needed-face-sea-level-rise-experts-say

注15 The Nation’s Opioid Epidemic Keeps Death Toll Rising, Experts Say https://www.aaas.org/news/nation-s-opioid-epidemic-keeps-death-toll-rising-experts-say

注16 Chan Zuckerberg Initiative Seeks New Path to End Disease, Bargmann Says https://www.aaas.org/news/chan-zuckerberg-initiative-seeks-new-path-end-disease-bargmann-says

注17 スピーチのその他主要なポイントについては下記を参照のこと。 Coons Outlines Policy and Advocacy Priorities in Support of Science https://www.aaas.org/news/coons-outlines-policy-and-advocacy-priorities-support-science

注18 Tom Wang, Chief International Officer; Director, Center for Science Diplomacy, AAAS

注19 Kirstin Dow, Professor, University of South Carolina; and Fellow, AAAS Leshner Leadership Institute for Public Engagement with Science

注20 Amy Luers, Director, Climate Change, Skoll Global Threats Fund

注21 Sarah Rovito, 公立・ランドグラント大学協会(Association of Public and Land-grant Universities)のResearch Policy担当の Assistant Director

注22 政策フォーラム後の継続的な活動の様子については、次の記事を参照のこと。Time to Focus on the Power of Science Locally and Beyond, Experts Say https://www.aaas.org/news/time-focus-power-science-locally-and-beyond-experts-say

参考文献

1) 白川 展之.米国トランプ政権における科学技術政策と在ワシントンの関係者の認識.STI Horizon.2017年.Vol.3 No.2, p.36-39:http://doi.org/10.15108/stih.00082

2) 遠藤 悟,米国のアカデミックコミュニティーからトランプ政権に向けられた要望,そして懸念,科学 87(5) (通号 1017) 2017-05 p.486-494

3) 春日 匠,トランプ政権下アメリカの科学・技術と科学者 : 全米科学振興協会(AAAS)年次総会での議論を中心に,科学 87(5)(通号 1017) 2017-05 p.495-500

4) 遠藤 悟,米国国立科学財団(NSF)の評価基準の改訂 : 基礎科学研究活動が潜在的に持つ社会的インパクトに関する新たな理念の提示,科学技術動向(134)2013 p.13-19

5) 堀田 のぞみ,研究とアウトリーチ活動─米国における大学・科学コミュニティの取組み─,国立国会図書館 調査報告書「国による研究開発の推進」,2012 pp243-251

6) 矢野 幸子.科学技術予測活動におけるウェブメディア双方向性機能強化の検討.STI Horizon.2017年.Vol.3 No.2, p.32-35:http://doi.org/10.15108/stih.00081