5.4研究開発とイノベーション

ポイント

  • プロダクト・イノベーションの実現割合は、研究開発活動を実施しなかった企業より、実施した企業の方が高い。
  • 主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合の全体を1として、企業規模別の状況を見ると、ほとんどの国で大規模企業における数値が高い傾向にある。この事は中小規模企業より大規模企業においてイノベーションが起こっていることを示唆している。
  • 産業別のイノベーション実現の状況を見ると、情報通信サービス業において、イノベーション実現割合が高い傾向にある。
  • 日本の大学における知的財産権収入は2016年度では36億円である。英国では2016年度で160億円であり、日本の最新年度と比較すると約4倍の規模を持っている。
  • 日本は開業率、廃業率共に、他の主要国と比較して低い。また、起業無関心者の割合は他の主要国と比較して高い水準で推移している。

5.4.1主要国における企業のイノベーション実現状況

 イノベーションの定義は、オスロ・マニュアル(イノベーション・データの収集と解釈のためのガイドライン)に基づいている。ここでいうイノベーション実現企業とは、「自社にとって新しいものや方法を導入すること」、「他社が導入していても、自社にとって新しければ良い」ことを前提にし、4つのイノベーション(①プロダクト、②プロセス、③組織、④マーケティング)を導入した企業を指す(図表5-4-1)。
 この節では、プロダクト・イノベーションに着目し、主要国における企業のイノベーション実現状況を紹介する。


【図表5-4-1】 イノベーションの内容

資料:
文部科学省科学技術・学術政策研究所、「第3回全国イノベーション調査報告」


(1)企業のプロダクト・イノベーション実現割合

 研究開発は、イノベーションの実現と関連している可能性が高い活動である。しかし、企業によっては研究開発を実施しない戦略を取る企業もあるだろうし、また、研究開発を実施している企業でもイノベーションを実現しているとは限らない。
 そこで、研究開発活動の実施の有無別にプロダクト・イノベーションを実現した企業の割合を見ると(図表5-4-2(A))、全ての国において、研究開発を実施した企業の方が、プロダクト・イノベーションを実現した企業の割合が高い。最も高い国はフランスであり77.9%、次いでドイツ73.5%、日本65.3%、英国64.7%、韓国58.9%となっている。
 研究開発を実施しなくとも、プロダクト・イノベーションを実現した企業もある。ドイツは、研究開発を実施しなかった企業のうち、20.1%がプロダクト・イノベーションを実現しており、他国と比較すると高い数値である。最も低い国は韓国であり、3.4%と研究開発を実施しなかった企業は、ほぼプロダクト・イノベーションを実現しなかったことがわかる。
 なお、当該国の企業部門において、研究開発活動を実施した企業の割合を見積もると、日本は14.8%、ドイツは26.8%、フランスは29.0%、英国は26.2%、韓国は24.0%である。ドイツ、フランス、英国において、国全体としてのプロダクト・イノベーション実現企業の割合が高いのは、このように企業の研究開発実施割合が高いことも要因の一つと考えられる。また、研究開発実施割合が比較的低い韓国においても、研究開発を実施した企業であればプロダクト・イノベーション実現割合が高くなる傾向にある。


【図表5-4-2】 研究開発活動別主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合 
(A)研究開発活動実施別実現企業割合
(B)研究開発を実施した企業の割合

注:
1)日本は年度である。
2)韓国は製造業を対象としている。その他の国はCIS2010が指定した中核対象産業のみを対象としている
3)(B)研究開発を実施した企業の割合は推計値である。
資料:
OECD,“Innovation indicators 2017”

参照:表5-4-2


 次に、主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合について各国全体を1として、企業規模別、製造業、サービス業、情報通信サービス業の状況を見る。
 企業規模別に見ると、ほとんどの国で大規模企業における数値が高い傾向にある。この事は中小規模企業より大規模企業においてイノベーションが起こっていることを示唆している。日本は他国と比べて中小規模企業と大規模企業におけるイノベーション実現割合の差が比較的大きいことがわかる。
 サービス業全般ではいずれの国でも1を下回っており、製造業と比べて、イノベーション実現割合は小さい。但し、情報通信サービス業のイノベーション実現割合は製造業より大きい国が多く、情報通信サービス業において、活発にイノベーション実現がなされていることが分かる。


【図表5-4-3】 主要国のプロダクト・イノベーション実現企業割合
(全体を1として企業規模別、製造業、サービス業、情報通信サービス業)

注:
<日本>年度である。
資料:
OECD,“Innovation indicators 2017”

参照:表5-4-3


(2)市場にとって新しいプロダクト・イノベーション実現企業割合

 前述したように、プロダクト・イノベーションには「自社にとって新しいもの」も含まれている。ここでは、プロダクト・イノベーションの内容をより詳しく見るために、「市場にとって新しい」プロダクト・イノベーション活動の実現割合を見ることとし、図表5-4-4にその状況を示した。
 日本のイノベーション実現企業の割合のうち、市場にとって新しいプロダクト・イノベーションを実現した企業の割合は49.7%と比較的高い数値を示している。
 ドイツは38.6%と他国と比較すると低い数値である。フランスは66.8%が市場にとって新しいプロダクト・イノベーションを実現した企業であり、主要国中最も高い。英国は40.5%とフランスと日本に次いで高い。韓国は14.2%と他国と比較すると最も低い数値となっている。
 このように、プロダクト・イノベーションの実現といっても、市場にとって新しいとなると国によって異なることがわかる。


【図表5-4-4】 主要国のプロダクト・イノベーションを実現した企業のうち市場にとって新しい
プロダクト・イノベーションを実現した企業の割合 

注:
プロダクト・イノベーションを実現した企業を対象としている。その他の注は図表5-4-2と同じ。
資料:
図表5-4-2と同じ。

参照:表5-4-4


(3)国全体でのプロダクト・イノベーションの経済効果の測定

 この節では、国全体でのプロダクト・イノベーションの経済効果を測定する2つの指標を示す。一つ目は①「国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno)(4)」である。これは、国内企業全体による、企業にとって新しい(市場にとって新しいは問わない)プロダクト・イノベーションによる総売上高である。この場合、市場には既に、他社によるプロダクトが存在する可能性があり、「二番手」や「模倣品」も含まれた売上高を指す。従って、この指標は国全体の経済に占める企業によるイノベーションの取り組みの規模を表していると考えることが出来る。
 二つ目の②「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno)(5)」とは、国内企業全体による、市場にとって新しいプロダクト・イノベーションによる総売上高である。この場合、企業によって「市場」の指す範囲が異なるという点で、留保はあるものの、国内の企業の視点に基づいて、市場において、未だ他社によるプロダクトが存在していなかったプロダクト・イノベーションによる売上高を指す。従って、この指標は国全体の経済に占めるイノベーションの実現の範囲の大きさを表していると考えることが出来る。
 図表5-4-5に「国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno)」を縦軸に、母集団企業数を横軸に示した。これを見ると、各国の中では米国(170.6兆円)が最も多い。これに、ドイツ(94.3兆円)、英国(89.7兆円)、日本(83.9兆円)と続いている。
 図表5-4-6に「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno)」を縦軸に、母集団企業数を横軸に示した。これを見ると、各国の中では米国(83.6兆円)が最も多い。次に多いのは日本(36.6兆円)であり、英国(35.9兆円)と同程度である。その後はフランス(22.2兆円)、ドイツ(20.6兆円)と続く。
 日本は、国全体の経済に占める企業によるイノベーションの取り組みの規模は、欧米に次ぐ規模を持っており、イノベーションの実現の範囲の大きさは、米国に次ぐ規模の大きさを示している。


【図表5-4-5】 国民総企業新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTFInno):国際比較(2014年)

注:
1)2014年の中核産業を対象としている。中核産業については、表の資料である報告書P.31を参照のこと。http://doi.org/10.15108/rm277
2)日本の母集団は中核産業に含まれる常用雇用者10人以上の企業である。
3)米国の母集団は中核産業に含まれる従業者5人以上の企業である。
4)EU及びEFTA加盟国の母集団は概ね各国とも中核産業に含まれる従業者10人以上の企業である。
5)売上高は購買力平価を反映した値である。
資料:
池田 雄哉・伊地知 寛博、文部科学省科学技術・学術政策研究所、「国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高:新プロダクトの市場への導入の経済効果に関する新たな指標の提案と試行的推計」

参照:表5-4-5


【図表5-4-6】 国民総市場新規プロダクト・イノベーション売上高(GTNTMInno):国際比較(2014年)

注:
図表5-4-5と同じ。
資料:
図表5-4-5と同じ。

参照:表5-4-5


(4)研究開発とイノベーション実現の関係:日米比較

 この節では研究開発費の使用額において、イノベーションの実現割合の状況を見る。日本と米国の企業のうち、研究開発を実施した企業については、研究開発費使用額の規模別に分類し、イノベーションを実現した企業の割合を示したものである。ここでいう研究開発費は、内部使用と外部支出を合わせた研究開発支出である。イノベーションを実現するための活動は、社内、社外に関係なく行われているため、それに合わせて、研究開発費についても同様に計測したものを使用した。イノベーションについては、プロダクト・イノベーションのうち①製品等に関するもの、②サービスに関するもの及び③プロセス・イノベーションの3つに分類したものを示した。
 日本のイノベーション実現状況を見ると(図表5-4-7(A))、いずれのイノベーションであっても研究開発費を実施しなかった企業よりも実施した企業の方が、イノベーション実現割合が高い。また、プロダクト・イノベーションの中でも製品等とサービスを比較すると、製品等の方が研究開発実施の有無による実現割合の差が著しい。
 日本では、研究開発費使用額が大きい企業ほどイノベーションの実現割合が高く、小さい企業ほどイノベーションの実現割合が低い傾向にある。特に、「プロダクト・イノベーション:製品等」では研究開発費1千万ドル未満の企業(39.6%)と1億ドル以上の企業(95.2%)の差が50ポイント以上もあり、研究開発活動とイノベーション実現の関係が深いと考えられる。「プロダクト・イノベーション:サービス」については、「プロダクト・イノベーション:製品等」及び「プロセス・イノベーション」と比較すると、いずれの研究開発費規模においてもイノベーションの実現割合が低い傾向にある。
 米国では(図表5-4-7(B))、いずれのイノベーションであっても研究開発費を実施しなかった企業よりも実施した企業のほうが、イノベーション実現割合が高い。「プロダクト・イノベーション:サービス」は、「プロダクト・イノベーション:製品等」及び「プロセス・イノベーション」と比較すると、いずれの研究開発費規模別においてもイノベーションの実現割合が低い傾向にあるが、日本ほど他の種類のイノベーションとの差はない。
 また、米国は研究開発費規模で分類した企業のイノベーション実現割合の差が少ない傾向にある。比較的研究開発費の規模での差が見える「プロダクト・イノベーション:製品等」では、イノベーション実現割合が最も低い1千万ドル以上5千万ドル未満の企業(43.9%)と最も高い1億ドル以上の企業(60.7%)を比較すると16.8ポイントの差があるが、「プロセス・イノベーション」では9.1ポイント、「プロダクト・イノベーション:サービス」では、9.8ポイントの差である。


【図表5-4-7】 日本と米国の企業のイノベーション実現状況:研究開発費規模別 
(A)日本(2012-14年度)
(B)米国(2014-16年)

注:
<日本>常用雇用者10人以上の企業を対象としている。
<米国>従業員5人以上の企業を対象としている。購買力平価換算は科学技術指標2017の参考統計Eにおける2014年値を使用。
資料:
<日本>第4回全国イノベーション調査(2015年実施)データに基づき、科学技術・学術政策研究所が集計。
<米国>NSF, “Business R&D and Innovation Survey, 2016”

参照:表5-4-7



(4)“Gross National Turnover from New-to-Firm Product Innovation (GTNTFInno)”
(5)“Gross National Turnover from New-to-Market Product Innovation (GTNTMInno)”