第5章 科学技術とイノベーション

 科学技術の成果を、イノベーションを通じ、新たな価値創造に結びつける取組が、近年、強く求められている。そのため、科学技術がイノベーションに及ぼす影響を示す指標が重要になっているが、そのような影響を把握することは困難を伴い、現時点での定量データは少ない。
 この章では、技術の国際的な競争力を示す技術貿易と研究開発集約産業の全体的な状況を見るハイテクノロジー産業貿易及びミディアムハイテクノロジー産業貿易についての指標を示し、次に商標のデータとパテントファミリーのデータにより、各国のイノベーションの性格を考察する。また、日本と米国の民間企業のイノベーション調査結果に基づき、企業のイノベーション活動の日米比較を試みる。さらに、イノベーションのアウトカムを示す代理指標として用いるケースが多い全要素生産性(TFP)の長期的な変化を示す。

5.1技術貿易

ポイント

  • 日本の技術貿易収支比は1993年に1を超えた後、継続して増加傾向にあり、2012年の値は6.1と、高い数値を示している。
  • 系列会社間の取引を差し引いた技術貿易を見てみると、日本の技術貿易収支比は2012年で2.0であり、2006年以降出超である。一方、米国は4.0である。

5.1.1技術貿易の国際比較

 一般に、技術等を利用する権利(1)を、対価を受け取って外国にある企業や個人に対して与えることを技術輸出といい、逆に、対価を支払って外国に居住する企業や個人から権利を受け取ることを技術輸入(技術導入)という。これらをあわせて技術貿易と呼ぶ。技術知識の国際的な取引状況を示す技術貿易額は、一国の技術水準を国際的に測る指標としても用いられ、特に技術輸出額(受取額)の技術輸入額(支払額)に対する比(技術貿易収支比)は技術力を反映する指標として用いられる。各国の技術貿易の状況や条件は異なるので単純には比較できないが、ここでは国毎の技術輸出額と技術輸入額の相互の関係や経年変化に注目して考察する。
 主要国の技術貿易額(図表5-1-1(A))を見ると、各国の傾向は一様でないが、概して増加の傾向がある。国別に見ると、日本は、技術輸出額が技術輸入額を上回っている。2012年の技術輸出額は2兆7,210億円、技術輸入額は4,486億円である。なお、技術輸入額は2007年度をピークに減少していたが、2012年は増加した。
 米国は技術輸出額が世界の中で圧倒的に多く、2012年で比較すると日本の約5倍である。また、推移を長期的に見ると、技術輸出入ともに増加している。技術輸入額は技術輸出額に比べると小さい。
 ドイツは、技術輸出額、技術輸入額ともに日本を上回っている。経年変化を長期的に見ると、技術輸出入額はともに増加している。
 フランスは、図に示した国のなかでは、技術輸出額、技術輸入額ともに小さい国に属する。経年的に見ると、技術輸出額が1990年代から増加傾向にあり、技術輸入額は横ばいに推移している。なお、フランスについては2003年が最新年である。
 英国については1996年、2009年に統計の取り方が変更されており、経年変化を見るのは注意が必要であるが、技術輸出額は近年横ばいに推移している。
 韓国については技術輸出と比較して技術輸入額がかなり大きい。
 技術貿易収支比(技術輸出額/技術輸入額)について見ると(図表5-1-1(B))、日本の技術貿易収支比は1993年に1を超えた後、継続して増加傾向にあり、2012年の値は6.1と、高い数値を示している。
 米国は長期的には減少傾向にあり、2002年から日本を下回り、2011年では1.4の出超となっている。
 ドイツは2003年に技術貿易収支比が1を超え、その後は漸増で推移している。
 フランスは2000年になって初めて1を超え、それ以降出超となっている。その後は高い数値を示しており、2003年では1.6である。
 英国は1990年代に入ってから、順調に伸びて、1996年以降の技術貿易収支は一貫して出超となっている。ただし、2000年代後半に入ると、その伸びは失速し、近年は横ばいに推移している。韓国については入超が続いている。


【図表5-1-1】 主要国の技術貿易
(A)技術貿易額の推移

(B)技術貿易収支比の推移

注:
<日本>年度のデータである。
技術貿易の種類は以下のとおり(商標権は除く)
 ①特許権、実用新案権、著作権
 ②意匠権
 ③各技術上のノウハウの提供や技術指導(無償提供を除く)
 ④開発途上国に対する技術援助(政府からの委託によるものも含む)
<米国>2000年まではロイヤリティとライセンスのみ。2001~2005年では研究、開発、検査サービスを加え、2006年以降は無形資産(本、レコード、テレビ、フィルム等は除く)コンピューター、データ処理サービス等が加わった。2011年は暫定値。
<ドイツ>1990年までは西ドイツ。1985年までは、特許、ライセンス、商標、意匠を対象とする。1986年からは、更に技術サービス、コンピューター-サービス、産業分野の研究開発を含む。 2011年は暫定値。
<英国>1996年から特許、発明、ライセンス、商標、意匠、技術に関連したサービス及び研究開発を含む。2009年は前年までのデータとの継続性が損なわれている。2011年は暫定値。
<韓国>2009年は暫定値。
購買力平価換算は参考統計Eを使用した。
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国、ドイツ、フランス、英国、韓国>
OECD,“Main Science and Technology Indicators 2013/2”

参照:表5-1-1


 技術貿易に関するデータを見る際、国外の系列会社間との技術貿易など企業グループ内での技術移転が、国家間の技術貿易のかなりの部分を占めていることが往々にしてある。系列会社間での技術貿易は、技術知識の国際移転の指標ではあるものの、技術の国際的な競争力を示す指標という性格は薄い。各国の技術力の指標として技術貿易を用いる際には、企業グループ内での技術移転は除外して考えるほうが自然である。そこでデータが利用可能な日本と米国の技術輸出額・輸入額について、系列会社間とそれ以外の技術貿易を比較する。
 日本(2)の調査では「親子会社」を、技術輸出先または技術輸入元との資本関係について、出資比率が50%を超える場合と定めて、親子会社間及びそれ以外の技術貿易を調査している。
 図表5-1-2(A)を見ると、2012年度の日本の親子会社以外の技術輸出額は7,043億円であり、全体の25.9%である。2001年度では、全体の43.3%であったのと比較すると、17.4ポイントと、親子会社以外の輸出額の割合は減少している。一方、技術輸入額については、2012年度の親子会社以外の技術輸入額は3,446億円、全体の76.8%であるが、2001年度より5.8ポイント減少している。
 米国のデータでは「関連会社」を、直接または間接に10%以上の株式あるいは議決権を保有している会社等と定義して、関連会社間とそれ以外の技術貿易を示している。
 米国の2012年の関連会社以外の技術輸出額は、4兆9,777億円であり、技術輸出額総額の38.3%である。
 技術輸入額については、2012年の関連会社以外の技術輸入額は1兆2,508億円であり、全体の30.0%を占めている。
 次に、親子会社以外あるいは関連会社以外の技術貿易収支比を見ると(図5-1-2(B))、日本は1前後で推移していたが、2012年では2.0にまで上昇している。これは、相対的な日本の技術競争力が高まってきたことを示すと解釈できる。ただし、技術輸出額の増加というよりも、技術輸入額の減少による面が大きい。
 また、米国は4前後で推移しており、2012年では4.0である。
 日本、米国で親子会社あるいは関連会社の定義が異なるため、単純な比較はできないが、このデータは米国の技術力が日本を上回っていることを示すと解釈される。(日本と米国の親子会社の定義については図表5-1-2(C)を参照のこと)


【図表5-1-2】 日本と米国の技術貿易額の推移(親子会社、関連会社間の技術貿易とそれ以外の技術貿易) 
(A)技術貿易額

(B)技術貿易収支比
(親子会社、関連会社以外の技術貿易)

(C)資本関係による親子会社(関連会社)の定義と技術貿易額

注:
日本と米国の親子会社(系列会社)については定義が違うので国際比較する際には注意が必要である。両国の違いについては以下のとおり。
 ①日本の親子会社とは出資比率が50%超の場合を指す。
 ②米国の関連会社とは直接または間接に10%以上の株式あるいは議決権を保有している関連会社等を指す。
<日本>技術貿易の種類については図表5-1-1と同じ。
<米国>技術貿易の種類はロイヤリティとライセンスのみ
資料:
<日本>総務省、「科学技術研究調査報告」
<米国>U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, U.S. International Services

参照:表5-1-2


 図5-1-3は貿易額全体に対する技術貿易額の割合である。物やサービスの貿易額全体と比較することにより、技術貿易額の水準を見る。以下では、技術輸出額が、輸出総額に占める割合を「技術輸出割合」と呼び、また、技術輸入額が輸入総額に占める割合を「技術輸入割合」と呼ぶ。
 技術輸出割合をみると、英国が最も高く、2012年で6.3%、2001年でも5.5%と高い。比較すると0.8ポイント増加である。次いで高いのは米国であり、2012年で5.5%、2001年(4.6%)と比較すると、0.9ポイントの増加である。
 日本の技術輸出割合は2012年で3.9%、2001年(2.4%)と比較すると1.5ポイントの増加である。
 技術輸入割合を見ると、ドイツ(2012年、3.5%)、英国(2012年、3.2%)が高い。2001年と比較すると英国が増加しているのに対して、ドイツは横ばいである。米国は2012年では3.1%であり、2001年(1.4%)と比較すると約2倍、増加している。
 日本の技術輸入割合は2001年で1.1%、2012年で0.6%と約半数になるほどの減少である。


【図表5-1-3】 貿易額全体に対する技術貿易額の割合

注:
技術輸出入額は表5-1-1と同じ。
資料:
<技術輸出入額>図表5-1-1と同じ。
<全輸出入額>OECD,“ Aggregate National Accounts”

参照:表5-1-3


5.1.2日本の技術貿易

ポイント

  • 2012年度での技術輸出額が多い産業は、「輸送用機械器具製造業」であり、1兆4,961億円と全産業の半数を占めている。
  • 技術輸入額が多い産業は、2012年度で見ると、「情報通信機械器具製造業」であり、1,578億円、全産業に占める割合は4割弱である。
  • 技術貿易額を親子会社間と親子会社以外に分類し、その状況を見ると、技術輸出では、ほとんどの産業で親子会社間の方の割合が大きいが、「医薬品製造業」については親子会社以外での取引の割合が半数以上を占めている。技術輸入では、ほとんどの産業で親子会社以外の方の割合が大きく、変化も少ない。
  • 日本の技術輸出の相手先国を見ると、米国が最も大きく、2006年と比較すると増加している。一方、技術輸入の場合でも相手先としての米国は大きいが、2007年と比較すると減少している。

(1)産業分類別の技術貿易

 日本の技術貿易について産業分類別に見ると(図表5-1-4(A))、2012年度での技術輸出額が多い産業は、「輸送用機械器具製造業」であり、1兆4,961億円と全産業の半数を占めている。これに続くのが「医薬品製造業」(3,057億円)、「情報通信機械器具製造業」(2,707億円)である。
 2007年度と比較すると、最も多くを占めている「輸送用機械器具製造業」が増加しており、「医薬品製造業」、「情報通信機械器具製造業」も増加した。
 一方、技術輸入額が多い産業は、2012年度で見ると、「情報通信機械器具製造業」であり、1,578億円、全産業に占める割合は4割弱である。これに続くのは「医薬品製造業」(590億円)であり、次いで「情報通信業」(536億円)である。
 2007年度と比較すると「情報通信機械器具製造業」の技術輸入額は極めて減少している。「医薬品製造業」は増加したが、「情報通信業」では若干減少した。
 産業分類別の技術貿易額を親子会社間と親子会社以外に分類し、その状況を見る(図表5-1-4(B、C))。特に親子会社以外の技術貿易については、技術の国際的な競争力を示す指標と考えられる。
 技術輸出では、ほとんどの産業で親子会社間の方の割合が大きい。「医薬品製造業」については親子会社以外での取引の割合が半数以上を占めており、2007年度と比較しても大きくなっている。また、「情報通信機械器具製造業」も同様である。なお、技術輸出額の大きい「輸送用機械器具製造業」は親子会社以外での取引の割合が小さい。
 技術輸入では、ほとんどの産業で親子会社以外の方の割合が大きい。


【図表5-1-4】 日本の産業分類別の技術貿易
(A)技術貿易額


(B)親子会社間とそれ以外の技術貿易額(2007年度)

(C)親子会社間とそれ以外の技術貿易額(2012年度)

注:
1)項目名は最新年の科学技術研究調査の項目名を使用している。
2)2006年度の産業分類は日本標準産業分類2002年改訂版(第11回)に基づいた科学技術研究調査の産業分類を使用している。
3)2011年度の産業分類は、日本標準産業分類2007年改訂版(第12回)に基づいた科学技術研究調査の産業分類を使用している。
4)技術貿易の対象は、特許、ノウハウや技術指導等。
5)親子会社とは、出資比率が50%を超える場合。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表5-1-4


(2)相手先国別・産業分類別の技術貿易

 この節では技術貿易統計を日本の相手先国別に見ることにより、日本と他国との技術に関する関係を明らかにする。
 図表5-1-5は、日本が主要国と、どの程度技術貿易を行っているか、また、その相手先企業が親子会社か、それ以外か、を示したものである。
 図表5-1-5(A)は日本の技術輸出額、すなわち対価を受け取った額を相手先国別に示したものである。米国が群を抜いて大きく、その他の国は中国、タイといったアジア諸国が多いが、英国やカナダといった欧米諸国も姿を見せている。2007年と比較すると、米国の額は増加し、中国やタイといったアジアの国への技術輸出額も増加しているのが見える。いずれの国でも親子会社間での技術輸出額が大きいが、中国や英国については親子会社以外での技術輸出額が大きい。
 図表5-1-5(B)に、日本の技術輸入額、対価を支払った額を相手先国別に示した。技術輸入額も米国が最も大きく、その他の国は欧州諸国が多い。2007年度と比較すると、米国の技術輸入額がかなり減少しており、その他の欧州諸国も減少している。
 なお、米国については親子会社以外の技術輸入額の減少が著しいが、親子会社間の技術輸入は若干増加している。


【図表5-1-5】 日本の相手先国別技術貿易額(2007年度と2012年度)
(A)相手先国別技術輸出額
(a)2007年度

(B)相手先国別技術輸入額
(a)2007年度

(b)2012年度
(b)2012年度

注:
図表5-1-4と同じ。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表5-1-5



(1)特許権、実用新案権、商標権、意匠権、著作権等の法律に基づいて与えられる知的財産権および設計図、青写真、いわゆるノウハウ等の技術に関する権利を含む。
(2)平成14年調査より、総務省「科学技術研究調査」が、日本の企業等の技術貿易データについて、親子会社間の技術貿易額とそれ以外の技術貿易額を区別して調査するようになった。