4.2特許

ポイント

  • 全世界における特許出願数は、リーマンショックに端を発する不況の影響で2009年には大きな減少を見せたが、2010年以降は再び増加に転じ、2012年には235万件となった。
  • 日本への出願数は2000年代半ばから減少傾向にある。特に、2009年の出願数は2008年と比べて約10%減少した。2012年は34万件である。また、居住者からの出願数の割合は約8割である。
  • 米国への出願数は、ここ数年は横ばい傾向であったが、2010~2012年と連続して増加し54万件となった。また、居住者からの出願数と非居住者からの出願数の割合は、ほぼ半数ずつとなっている。
  • 中国への2012年の出願数は65万件であり、米国への出願数を上回っている。居住者からの出願数は約8割となり、中国国内の出願人からの出願が特に増加している。
  • 日本、米国、中国、韓国からの出願をみると、他国への出願数より、自国への出願数の方が多い。日本の自国への出願数は近年減少しており、2012年で29万件と、ピーク時(2000年)の75%程度の出願数となっている。
  • パテントファミリー数シェアを見ると、米国と日本の順位は1990年代後半に入れ替わり、2000年代は日本のシェアが第1位となっている。これは、日本から複数国への特許出願が増加したことを反映している。
  • 2009年時点の日本の技術分野バランスを見ると、世界全体と比べて電気工学と一般機器の比率が高くなっている。他方、バイオテクノロジー・医薬品とバイオ・医療機器の割合は、世界全体と比べて低くなっている。
  • 日本からのパテントファミリーの出願先は、1981年時点では約90%が米国およびヨーロッパとなっていたが、1990年代に入って中国への出願が増加している。2008年時点では米国への出願が47%、中国への出願が20%、欧州特許庁への出願が13%となっている。

4.2.1世界における特許出願

(1)世界での特許出願状況

 4.2.1節では、2012年11月時点でのWIPO(世界知的所有権機関),“Statistics on Patents”を使用している。図表4-2-1はWIPO,“Statistics on Pa-tents”にデータが掲載されている約230国・地域への特許出願数の推移を示したものである。ここでは、世界における特許出願数を、出願人が、自らが居住している国・地域へ行った特許出願(Resident Applications; 居住者からの出願)、出願人が、自らが居住していない国・地域へ行った特許出願(Non-Resident Applications; 非居住者からの出願)に分けて示している。
 出願数として、各国・地域の特許官庁に、直接なされた特許出願、PCT(Patent Cooperation Treaty)出願によってなされた特許出願の両方をカウントしている。PCT出願については、各国・地域の特許官庁へ国内移行されたものをカウントした。
 全世界における特許出願数は、1990年代半ばから年平均成長率約5%で増加し、2012年には235万件となった。1980年代半ばに約3割であった非居住者からの出願は、居住者からの出願よりも早いペースで増加し、近年は全出願数の約4割を占めている。
 世界の特許出願数は、リーマンショックに端を発する不況の影響で2009年には大きな減少を見せたが、2010年以降は再び増加に転じていることが分かる。


【図表4-2-1】 世界の特許出願数の推移

注:
1)居住者からの出願とは、第1番目の出願人が、自らが居住している国・地域に直接出願もしくはPCT出願すること。
2)非居住者からの出願とは、出願人が、自らが居住していない国・地域に直接出願もしくはPCT出願すること。
3)PCT出願とはPCT(特許協力条約)国際特許出願を通じた出願のこと。
資料:
WIPO,“WIPO statistics database”(Last updated: November 2012)

参照:表4-2-1


(2)主要国の特許出願状況

 次に、主要国への特許出願状況と主要国からの特許出願状況についてみる。ここでは、日本、米国、欧州、中国、韓国、ドイツ、フランス、英国への特許出願状況を対象とした。この8特許官庁への出願で、全世界の特許出願の84%を占める。
 図表4-2-2(A)に、主要国への出願数の内訳を、居住者からの出願、非居住者からの出願の2つに分けて示した。これを見ると日本への出願数は米国に次ぐ規模であるが、2000年代半ばから減少傾向にある。特に、2009年の出願数は2008年と比べて約10%減少した。2012年は34万件である。内訳を見ると日本に居住する出願人からの日本特許庁への出願が84%を占めている。
 米国への出願数は、2007~2009年は横ばい傾向であったが、2010~2012年と連続して増加し54万件となった。また、居住者からの出願数と非居住者からの出願数の割合は、ほぼ半数ずつとなっている。これは米国の市場が海外にとって常に魅力的であることを示していると考えられる。なお、1995年から仮出願制度が導入された。このことも出願数が増加した理由の一つと考えられる。
 欧州特許庁への出願数は、近年は横ばい傾向にあり、2012年は約15万件となった。一方、ドイツ、フランス、英国への出願数は他国と比較すると、大きな変化はなく、ほぼ横ばいか若干減少傾向である。欧州特許条約の締結国における特許出願は、欧州特許庁への出願により一括して行うことができるので、各国への出願数は横ばいもしくは減少傾向にあると考えられる。
 中国への出願数は激増している。この10年(2003~2012年)で中国への出願数は、年平均成長率22%で上昇している。2012年の出願数は65万件であり、米国への出願数を上回っている。居住者からの出願数は2000年代前半では約5割であったのが2012年では約8割となり、中国国内の出願人からの出願が特に増加していることが分かる。
 図表4-2-2(B)にPCT出願数を示した。PCT出願は各国・地域の特許官庁への特許出願の束と考えることができ、一つの出願で一括して指定した国・地域への出願が可能な点が特徴である。PCT出願数は、2000年代後半では横ばいの状況であったが、2012年は2011年と比較して7%増加し約20万件となった。


【図表4-2-2】 主要国への特許出願状況と主要国からの特許出願状況
(A)主要国への特許出願数
(1991~2012年)
(B)PCT特許出願数の推移
(1991~2012年)

注:
出願数の内訳は、日本への出願を例に取ると、以下に対応している。
 「居住者からの出願」:日本に居住する出願人が日本特許庁に直接出願したもの。
 「非居住者からの出願」:日本以外に居住(例えば米国)する出願人が日本特許庁に直接出願したもの。
資料:
WIPO,“WIPO statistics database”(Last updated: January 2014)

参照:表4-2-2


 次に主要国からの特許出願状況(図表4-2-2(C))を見る。ここでは出願数の内訳を、居住国への出願、非居住国への出願の2つに分けて示している。出願数として、各国・地域の特許官庁への直接出願、国内移行したPCT特許出願の両方をカウントしている。なお、欧州特許庁への出願は、すべての国で非居住国への出願としてカウントした。
 この分析では、複数の出願人がいる場合、第1番目の出願人(applicants又はassignee)が属している国を用いて、各国の出願数を計算している。たとえば、日本(第1番目)と米国(第2番目)の出願人による共同出願の場合、日本のみがカウントされる。
 日本、米国、中国、韓国からの出願は居住国への出願数が、非居住国への出願数より多い。日本からの全出願数のうち、約6割が居住国(日本特許庁)への出願である。
 居住国への出願数の推移に注目すると、日本は近年減少しており、2012年で29万件と、ピーク時(2000年)の75%程度の出願数となっている。中国は増加が著しく2012年で54万件となっている。米国、韓国は2009年以降増加し続けている。ドイツ、フランス、英国における居住国への出願数は、ほぼ横ばいか若干減少傾向にある。これまで居住国の特許官庁へなされていた特許出願の一定数が、欧州特許庁へなされるようになったことが、この要因の一つと考えられる。
 非居住国への出願数に注目すると、日本からの出願数は、2012年では米国を上回り、約20万件となっている。米国からの出願数は近年横ばいである。なお、国内への特許出願を増加させている中国であるが、海外への出願数は、2012年で2.5万件と、まだ少ない。


(C)主要国からの特許出願数の推移(1995~2012年)

注:
1)出願数の内訳は、日本への出願を例に取ると、以下に対応している。
 「居住国への出願」:日本に居住する出願人が日本特許庁に出願したもの。
 「非居住国への出願」:日本に居住する出願人が日本以外(例えば米国特許商標庁)に出願したもの。
2)各国ともEPOへの出願数を含んでいる。
3)国内移行したPCT出願件数を含む。
資料:
WIPO,“WIPO statistics database”(Last updated: January 2014)

参照:表4-2-2


4.2.2パテントファミリーを用いた特許出願数の国際比較

 特許出願数の国際比較を困難にしている点の一つが、特許は属地主義であり、発明を権利化したいと考える複数の国に対して出願がなされる点である。このため、ある国Aからの特許出願を数える際、複数の国への特許出願を重複してカウントしている可能性がある。また、ある国Aへの出願を考えると、国Aからの出願が最も大きくなる傾向(ホームアドバンテージ)がある。
 これらの特許出願の特徴を踏まえ、国際比較可能性を向上させるために、ここではパテントファミリーによる分析を行う。分析には、EPO(欧州特許庁)のPATSTAT(2013年10月バージョン)を用いた。また、パテントファミリーの分析方法の詳細については、テクニカルノートに示した。パテントファミリーとは優先権によって直接、間接的に結び付けられた2カ国以上への特許出願の束である。通常、同じ内容で複数の国に出願された特許は、同一のパテントファミリーに属する。したがって、パテントファミリーをカウントすることで、同じ出願を2度カウントすることを防ぐことが出来る。つまり、パテントファミリーの数は、発明の数とほぼ同じと考えられる。
 また、パテントファミリーをカウントすることで、特定の国への出願ではなく、世界中の特許庁への出願をまとめてカウントすることが可能となる。特許出願数の国際比較の際に、PCT出願数が利用されることが多いが、PCT出願はある国から海外への出願の一部を見ているに過ぎない。各国から生み出される発明の数を、国際比較可能な形で計測するという点で、パテントファミリーを用いた分析は、各国の技術力の比較を行う上で有用な指標と考えらえる。
 以下では、2つの値を示す。一つはパテントファミリー数(2カ国以上への特許出願)に1カ国のみへの特許出願数(単国出願数)を加えた数であり、もう一つはパテントファミリー数である。ここでは前者を「パテントファミリー+単国出願数」、後者を「パテントファミリー数」と呼ぶ。パテントファミリーは、発明者や出願人が居住する国以外での権利化を目指して、2カ国以上に出願されていると考えられ、単国出願よりも価値が高い発明と考えられる。
 図表4-2-3にパテントファミリー+単国出願数とパテントファミリー数の時系列変化を示す。1981年に40万件程度であったパテントファミリー+単国出願数は徐々に増加し、2010年には約98万件となっている。パテントファミリー数は1981年に5.7万件、2009年には約20万件となっている。パテントファミリー+単国出願数に占めるパテントファミリー数の割合は、1980年代は15%以下であったが、その比率は徐々に増加し、近年では20%を超えている。


【図表4-2-3】 パテントファミリー+単国出願数とパテントファミリー数の変化

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-3


 図表4-2-4に、主要国のパテントファミリー+単国出願における単国出願と複数国出願の割合を示す。日本に注目すると1980年代の前半は約95%が単国出願であった。1980年代半ばから複数国出願の比率が徐々に上昇し、2009年時点では約80%が単国出願、約20%が複数国出願となっている。
 米国については、単国出願と複数国出願の比率がともに約50%となっている。このバランスは、1990年代後半から、大きくは変化していない。
 ドイツ、フランス、英国については、いずれの国も、長期的に複数国出願の比率が上昇傾向にある。この3カ国のなかで、複数国出願の比率が一番高いのはフランスであり、2009年時点で62%が複数国出願である。
 中国と韓国における複数国出願の割合は、日本と同じく、それほど高くない。年によって比率に揺らぎがあるが、2009年時点で中国は約7%、韓国は約16%となっている。


【図表4-2-4】 主要国におけるパテントファミリー+単国出願の出願国数別割合の推移
(A)日本
(B)米国
(C)ドイツ
(D)フランス
(E)英国
(F)中国
(G)韓国

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-4


4.2.3国・地域ごとのパテントファミリー+単国出願数、パテントファミリー数

 図表4-2-5は、整数カウント法で求めた国・地域ごとのパテントファミリー+単国出願数(A)、パテントファミリー数(B)である。
 日本のパテントファミリー+単国出願数は、3時点とも第1位である。2008-2010年時点では、これに中国、米国、韓国、ドイツ、台湾がつづく。アジアの各国については、ここ20年で急激に順位を上げた。
 パテントファミリー数に注目すると、1980~1990年代は米国が第1位、日本が第2位であったが、2000年代に入り日本が第1位、米国が第2位となった。1997-1999年~2008-2010年にかけて、日本のパテントファミリー+単国出願数は減少しているが、パテントファミリー数は増加している。これは、図表4-2-4でみたように、日本からの複数国への特許出願が増加したことを反映した結果である。
 第3位以降に注目すると、2007-2009年時点では、ドイツが第3位であり、これに韓国、フランス、中国、台湾がつづく。中国からのパテントファミリー+単国出願数は著しく増加しているが、図表4-2-4でみたように、現状では出願の多くが中国国内で行われている。このため、パテントファミリー数における順位は、米国、ドイツ等よりも下位となっている。


【図表4-2-5】 国・地域ごとのパテントファミリー+単国出願数、パテントファミリー数:上位25か国・地域
(A)パテントファミリー+単国出願数
(B)パテントファミリー数

注:
オーストラリア特許庁を集計対象から除いているので、オーストラリアの出願数は過小評価となっている。パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-5


 図表4-2-6(A)では、各国の特許出願の量的状況を把握するため、パテントファミリー+単国出願数の各国シェアを整数カウント法で比較した。
 まず、パテントファミリー+単国出願数シェアを見ると、日本は1980年代から1990年代初めにかけて、他国を大きく引き離している。1990年代の前半には、日本のシェアは60%近くに達したが、1990年代半ばから急激に減少しており、2009年(2008-2010年の平均)時点では29%となっている。
 この間、1980年代後半から米国、1990年代前半から韓国、1990年代後半から中国が、パテントファミリー+単国出願数を大きく伸ばしている。
 中国が急速にパテントファミリー+単国出願数シェアを増加させるのに伴い、2000年代に入ってから、韓国をのぞいた全ての主要国でパテントファミリー+単国出願数シェアは低下傾向にある。2009年時点において、上位3国は日本、中国、米国となっている。
 次に、質的な側面を加味したパテントファミリー数の変化を見る(図表4-2-6(B))。まず、パテントファミリー数シェアを見ると、米国は1980~1990年代にかけて25%以上を保っていたが、2000年代に入ってからシェアは低下傾向にある。米国と日本の順位は1990年代後半に入れ替わり、2000年代は日本のシェアが第1位となっている。2008年時点では29%である。
 ドイツは1980年代前半には、日本と同じ程度のシェアを持っていたが、その後、パテントファミリー数におけるシェアは漸減している。ただし、2008年におけるシェアは米国に次ぐ第3位となっている。
 韓国のシェアは、1980年代後半から増加しはじめ、1990年代の後半に一時的な停滞を見せたのち、2000年代前半から再び上昇に転じ、近年は横ばいに推移している。
 中国のパテントファミリー数におけるシェアは、2000年代前半から増加をみせつつあるが、その勢いはパテントファミリー+単国出願シェアと比べると鈍く、2008年時点における中国のパテントファミリー数におけるシェアは5%となっている。


【図表4-2-6】 主要国のパテントファミリー+単国出願数、パテントファミリー数シェアの変化
(全技術分野、整数カウント法、3年移動平均)

注:
全技術分野でのパテントファミリー数シェアの3年移動平均(2008年であれば2007、2008、2009年の平均値)、パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-6


 特許システムは、国によって異なることから、発明者や出願人の居住国のみへの出願も含むパテントファミリー+単国出願数は、各国の特許システムへの依存度が大きいと考えられる。
 他方、パテントファミリーは、発明者や出願人が居住する国以外での権利化を目指して、2カ国以上に出願されていると考えられ、パテントファミリー+単国出願の中でも相対的に価値が高い発明と考えられる。そこで、以降の分析では、パテントファミリーを用いた分析を示す。


4.2.4主要国の特許出願の技術分野特性

(1)全世界の技術分野バランス

 ここでは、技術分野毎にパテントファミリー数の状況を分析した結果について述べる。技術分野の分類には、WIPOによって公表されている技術分野と国際特許分類(IPC)の対応表を用いた。WIPOの技術分野は、図表4-2-7に示すように、35の小分類に分類されているが、ここでは、これらをまとめた9技術分野を用いる。


【図表4-2-7】 技術分野

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
WIPO, IPC - Technology Concordance Tableをもとに、科学技術・学術政策研究所で分類。

参照:表4-2-7


 まず、図表4-2-8では、全世界における各技術分野のパテントファミリー数割合の推移を示す。1981年と2009年を比べると、機械工学は10ポイント、化学は7.3ポイント減少している。一方、情報通信技術は14ポイント、電気工学は6.1ポイント割合を伸ばした。とくに1990年代に入って、情報通信技術の占める割合が急速に増加した様子が分かる。


【図表4-2-8】 全世界の技術分野別パテントファミリー数割合の推移

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-8


(2)主要国内の技術分野バランス

 次に主要国の内部構造をみるために、図表4-2-9では、主要国内の技術分野バランスの変化を示す。
 2009年時点の日本の技術分野バランスを見ると、世界全体と比べて電気工学と一般機器の比率が高くなっている。1981年と2009年を比べると、電気工学の割合は7.8ポイント上昇している。情報通信技術についても10.6ポイント上昇しているが、全技術分野に占める割合は、世界全体の割合とほぼ同じである。他方、バイオテクノロジー・医薬品とバイオ・医療機器の割合は、世界全体と比べて低くなっている。
 米国は、世界全体と比べて、バイオ・医療機器、バイオテクノロジー・医薬品、化学の比率が高い。1981年と2009年を比べると、バイオ・医療機器の割合は4.8ポイント、バイオテクノロジー・医薬品の割合は2.0ポイント増加している。電気工学と一般機器の割合は、世界全体と比べて小さい。
 ドイツは、輸送用機器、機械工学、化学の比率が世界全体と比べて高い。1981年と2009年を比べると、輸送用機器は1.9ポイント増加している一方で、機械工学は5.7ポイント、化学は4.8ポイント減少している。情報通信技術は4.7ポイント増加しているが、その割合は世界全体における情報通信技術の割合の半分程度(2009年時点)となっている。
 フランスは、輸送用機器、バイオテクノロジー・医薬品、化学の比率が世界全体と比べて高い。1981年と2009年を比べると、バイオテクノロジー・医薬品は4.3ポイント増加している。他方で、機械工学は9.8ポイントの減少をみせている。情報通信技術の比率は8.9ポイント増加しているが、ドイツと同じく、その割合は世界全体における情報通信技術の割合と比べると小さい。
 英国は、バイオテクノロジー・医薬品、化学、バイオ・医療機器の比率が世界全体と比べて高い。1981年と2009年を比べると、バイオテクノロジー・医薬品は3.6ポイント、バイオ・医療機器は3.0ポイント増加している。機械工学は12.1ポイント、化学は4.7ポイント、輸送用機器は3.9ポイント、その割合を減少させている。情報通信技術の比率は13.9ポイントと大幅に増加しており、世界における情報通信技術の割合と同程度となっている。英国は欧州の中では、パテントファミリー数における情報通信技術の比率が高い国といえる。
 中国と韓国は、ともに情報通信技術と電気工学の割合が、世界の平均と比べて高くなっている。


【図表4-2-9】 主要国の技術分野別パテントファミリー数割合の推移
(A)日本
(B)米国
(C)ドイツ
(D)フランス
(E)英国
(F)中国
(G)韓国

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-9


(3)世界における主要国の技術分野バランス

 図表4-2-10では、世界における主要国の技術分野バランスを示す。具体的には、主要国のパテントファミリー数の技術分野毎のシェア(1997-1999年と2007-2009年、整数カウント法)を作成し、比較を行なった。
 日本は電気工学、一般機器、情報通信技術のシェアが高く、バイオテクノロジー・医薬品、バイオ・医療機器のシェアが低いというポートフォリオを有している。図表4-2-9では、1981年と2009年を比べると、日本国内のパテントファミリーに占める情報通信技術のシェアは増加している様子が見られた。しかしながら、世界におけるシェアは、31.6%から28.1%に減少している。これは、中国と韓国が急激に世界シェアを増加させているためである。
 2007-2009年のパテントファミリー数におけるシェアに注目すると、米国はバイオ・医療機器、バイオテクノロジー・医薬品、化学で世界シェアが25%を超えている。ドイツは輸送用機器、機械工学、化学、その他において世界シェアが15%を超えている。フランスは輸送用機器、バイオテクノロジー・医薬品、化学で、世界シェアが7%を超えている。これらの国については、1997-1999年と比較すると、多くの技術分野で世界シェアは漸減傾向もしくは横ばいにある。
 中国や韓国は急激に世界シェアを伸ばしている。とくに韓国については、2007-2009年時点で、電気工学、情報通信技術において、世界シェアが10%を超えている。

4.2.5パテントファミリーの出願先

 つぎにパテントファミリーの出願先(自国への出願分は除く)をみることで、主要国からの特許出願の国際的な広がりの時系列変化を見る(図表4-2-11)。
 日本からのパテントファミリーの出願先は、1981年時点では約90%が米国およびヨーロッパとなっていたが、1990年代に入って中国への出願が増加している。2008年時点では米国への出願が47%、中国への出願が20%、欧州特許庁への出願が13%となっている。ヨーロッパ各国の特許庁への直接出願については、年々その割合が減少し、2008年時点では、5%となっている。
 米国からのパテントファミリーの出願先は、1981年時点では約半分がヨーロッパ、20%が米国以外の北米・中南米、18%が日本となっていた。1990年代に入って日本以外のアジアの国への出願が増加し、2008年時点ではアジアへの出願が全体の43%を占めている。また、アフリカへの出願も一定数存在している。
 2008年時点に注目すると、ドイツについては20%がアジア、24%が米国を含む北米・中南米、43%が欧州特許庁に出願されている。フランスについてはアジアが21%、米国が22%であり、34%が欧州特許庁に出願されている。英国については24%がアジア、30%が米国、26%が欧州特許庁に出願されている。
 これらの国についてアジアにおける出願先をみると、日本の比率が相対的に下がり、中国や韓国の比率が上がっている。米国とおなじく、アフリカへの出願も一定数存在している。
 中国からの出願は1980年代後半時点では、欧州への出願が約半数を占めており、それにアジア、米国がつづいていた。その後、米国への出願の割合が大幅に増加する一方で、欧州への出願の割合は減少している。2008年時点では47%が米国、25%がアジア、15%が欧州特許庁となっている。韓国からの出願は1980年代後半時点では、米国、欧州、アジア(主に日本)への出願が、ほぼ1/3ずつであった。その後、米国への出願の割合が大幅に増加し、2008年時点では54%が米国、31%がアジアとなっている。アジアにおける出願先をみると、日本の比率が相対的に下がり、中国の比率が上がっている。

【図表4-2-10】 主要国の技術分野毎のパテントファミリー数シェアの比較
(%、1997-1999年と2007-2009年、整数カウント法)

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-10


【図表4-2-11】 主要国におけるパテントファミリーの出願先
(A)日本
(B)米国
(C)ドイツ
(D)フランス
(E)英国
(F)中国
(G)韓国

注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)をもとに、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-11


テクニカルノート: パテントファミリーの集計

 特許出願数の国際比較可能性を向上させるために、科学技術指標2014では、パテントファミリーによる分析を実施している。
 パテントファミリーとは優先権によって直接、間接的に結び付けられた2カ国以上への特許出願の束である。通常、同じ内容で複数の国に出願された特許は、同一のパテントファミリーに属する。したがって、パテントファミリーをカウントすることで、同じ出願を2度カウントすることを防ぐことが出来る。また、パテントファミリーをカウントすることで、特定の国への出願ではなく、世界中の特許庁への出願をまとめてカウントすることが可能となる。
 しかしながら、パテントファミリーの分析結果については、利用したデータベース、パテントファミリーの定義の仕方、パテントファミリーのカウント方法に依存する。
 そこで、以下では、他の分析との比較の際の参考とするため、科学技術指標2014のパテントファミリーの分析に用いた手法をまとめる。なお、説明の中で、「tlsXXX」として参照しているのは、PATSTATに収録されているテーブルの名称である。

A)分析に用いたデータベース
 欧州特許庁のPATSTAT(2013年10月バージョン)を使用した。PATSTATには、世界80か国以上、7,800万件以上の特許統計データが含まれている。

B)パテントファミリーの定義
 パテントファミリーの定義にはさまざまなものが存在するが、科学技術指標2014では欧州特許庁が作成しているDOCDBパテントファミリー(tls218_docdb_fam)を分析に用いている。

C)パテントファミリーのカウント
 パテントファミリーのカウントの際には、OECD Patent Statistics Manualに準拠し、ファミリーを構成する出願の中で最も早い出願日、発明者の居住国を用いた。国を単位とした整数カウントを行った。

D)発明者情報の取得方法
 PATSTATの発明者情報や出願人情報には欠落が多いことから、各パテントファミリーと国の対応付けは以下のように行った。発明者情報および出願人の情報は、tls206_person、tls207_pers_appln、tls227_pers_publnを用いて取得した。
  ① パテントファミリーを構成する全ての特許出願を検索し、発明者が居住する国の情報が入っている場合は、それを用いた。
  ② 発明者が居住する国の情報が入っていない場合は、パテントファミリーを構成する全ての特許出願を検索し、出願人が居住する国の情報が入っている場合は、それを用いた。
  ③ 上記の手順でも国との対応付けが出来なかった場合は、最初の出願は、出願人が居住する国に行うと仮定して、最も早い出願の出願先の国の情報を用いた。

E)パテントファミリーの同定
 DOCDBパテントファミリーのうち、1つの特許受理官庁に出願されたものを単国出願、2つ以上の特許受理官庁に出願されたものをパテントファミリーとした。

F)技術分野の分類
 国際特許分類(IPC)を用いた技術分野の分類には、WIPOが公表しているIPC - Technology Concordance Table [http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/technology_concordance.html] (January 2013)を用いた。
 一つの特許出願に複数の技術分野が付与されている場合は分数カウントにより各分野に計上した。

G)パテントファミリーの最新年
 パテントファミリーは、2カ国以上に出願されて初めて計測対象となる。PCT国際出願された特許出願が国内移行するまでのタイムラグは30カ月に及ぶ場合がある。したがって、パテントファミリー数が安定し分析可能な最新値は2009年である。なお、出願先の分析については2008年を最新値とした。パテントファミリー+単国出願については、2010年を最新値とした。

H)その他の留意点
 ・PATSTAT中に出願情報は収録されているが(tls201_applnにレコードはある)、公報等が出版されていない出願(tls211_pat_publnに該当するレコードがない)については、出願が取り下げられたと考え分析対象から外した。
 ・オーストラリア特許庁への出願データについては、集計値が異常値と考えられたので、分析対象から外した。
 ・短期特許、米国のデザイン特許や植物特許は分析対象から外した。


コラム:特許出願からみる企業規模別・業種別の研究開発動向
~NISTEP企業名辞書を利用した特許分析の深化に向けて~

 科学技術・学術政策研究所(以下、NISTEPと略す)は、文部科学省の「政策のための科学」推進事業におけるデータ・情報基盤整備の中で、産業セクターに関する研究開発やイノベーションの分析・研究への活用を想定した「NISTEP企業名辞書(以下、企業名辞書と略す)」をWebサイト(1)で公開している。
 企業名辞書は、国内営利企業(以下、企業と略す)に関する変遷名称・合併等の沿革や所在地、緯度経度、規模、業種など多岐に渡る企業情報を含むデータベース(以下、DBと略す)であり、特許データ、財務データ、各種企業調査データなど他のDBと接続して利用することができる。
 特許データとの接続は、IIPパテントDB(2)との接続テーブルを公開しており、これを利用することで、以下のような企業の特許出願に関する分析を容易に行うことが出来る。
 IIPパテントDBは特許庁の整理標準化データ(3)に基づき作られるが、同一出願人の異なる表記(表記揺れ)が多数存在している。企業名辞書と接続するためには、表記揺れを修正し、さらに同名異企業を誤認しないよう同一性の判別や企業の名称変更・合併など沿革を考慮した「名寄せ」作業が必要になる。NISTEPでは、地道な作業ではあるがそれらを実施し接続情報の生成を行っている。
 図表4-2-12は、1970年以降の企業の特許出願について、企業を出願数の少ない順に並べ、企業数の累積比を横軸に、出願数の累積比を縦軸として描いたローレンツ曲線である。ジニ係数0.96が示す通り、企業の特許出願状況は大きな偏りがあり、全出願企業の1.6%に過ぎない100件 以上の出願実績を持つ企業(3,134社)の特許が、全企業出願特許の90%以上を占めている。


【図表4-2-12】 企業別特許出願数分布
(ローレンツ曲線)

資料:
特許庁、「IIPパテントデータベース(20110331版)」
科学技術・学術政策研究所、「NISTEP企業名辞書」

参照:表4-2-12


(1)100件以上の出願実績を持つ企業

 企業名辞書は、5,616社(変遷名称を含めた数は7,430社(4))のデータを保有し、前述の100件以上の出願実績を持つ企業も含んでいる。IIPパテントDB(20110331版)における1970年以降の特許出願データは1,145万件存在するが、図表4-2-13に示すように、うち、925万件(80.8%)が出願人に企業を含む特許である。企業名辞書は、このうち860万件(企業出願特許の92.9%)と接続がなされている。


【図表4-2-13】 IIPパテントDBと企業名辞書における特許出願数の構成

資料:
図表4-2-12と同じ。

参照:表4-2-13


 図表4-2-14は、100件以上の出願実績を持つ企業について、企業規模別構成比と業種別企業数・特許出願数を示している。上段の構成比から、大企業だけでなく中小企業も約40%含まれていることが判る。それら中小企業の構成比率の高い業種は生産用機械器具製造業であり、60%を超える。化学工業も中小企業数は多いが、大企業も多く存在することから比率は約40%に止まる。下段の業種別特許出願数では所謂、電気・情報系企業が頭抜けているが、近年はその様相に変化が生じている(図表4-2-15参照)。


【図表4-2-14】 100件以上の出願実績を持つ企業の企業規模と特許出願状況

注:
1)企業規模の判別は中小企業基本法による。
2)「不明」は、倒産、生産等で存在しない企業であり、規模別データが取得できなかった企業を指す。
資料:
図表4-2-12と同じ。

参照:表4-2-14


(2)上場企業

 さて、近年事業会社から持株会社に移行する企業が多数ある。日本標準産業分類に準拠した出願数の算出では、それら企業の主事業とは別の業種に算出される。そこで、ここでは証券コード協会の業種データ(企業名辞書に掲載)を使って、上場企業を対象に分析を行う。
 図表4-2-15(A)は、2013年1月末現在の上場企業(3,544社)を対象に、各業種の1970年の出願数を基準に年ごとの出願数の伸びを示している。電気機器は1990年をピークに伸びが減少し、1994年以降はほぼ横這いの状況にある。鉄鋼についても1990年代半ばを境に右肩下がりの一方である。逆に、伸びの目立つのは輸送用機器であり、バブル崩壊後の停滞はあるが、2000年代のデフレ期において伸びが加速している。対して、医薬品は今日に至るまで伸びが全く見られない。但し、ここには2000年以降設立の若い企業が7社含まれているが、所謂、創薬ベンチャーといわれる企業の多くは含んでいない。
 図表4-2-15(B)は、ある業種の前年からの出願数の増減が企業全体の出願数合計に対してどれだけ増減させたかを表す寄与度を示している。業種iの寄与度はΔPi/P×100で表し、Pは前年の企業全体の出願数合計とする。なお、各業種の寄与度の合計は、企業全体の出願数の伸びと一致する。


【図表4-2-15】 上場企業の主要業種別特許出願の状況
(A)出願数の伸び(指数)
(B)出願数の変化に対する業種の寄与度

注:
1)IIPパテントDB(20110331版)における出願特許の収録状況から2009年以降は表示していない。
2)主要業種のみ表示している。
資料:
図表4-2-12と同じ。

参照:表4-2-15


 1990年代半ば以降電気機器の出願数が頭打ちの状況にあるとはいえ、上場企業全体の出願数の伸び(マイナスも含む)に大きく寄与している図式は変わっていない。他の業種は、僅かに輸送用機器の寄与が垣間見えるが、それ以外は軒並み±3%の寄与度幅に収まっている。
 電気機器の出願数減は、研究開発費の削減、事業又は技術の成熟等の要因による発明数自身の減少や半導体・ソフトウェア事業などの分社化による出願の異業種分散など様々な要因が考えられるが、今後の分析課題とする。

(中山 保夫)


コラム:大学発特許の質について

 文部科学省大学技術移転推進室は、「大学等における産学連携等実施状況について」という資料を毎年発表している。これは、文部科学省が全国の大学等における産学連携等の実施状況を調査し公表しているもので、共同研究や受託研究、特許出願数や実施許諾件数・収入などがほぼもれなく集計されているものと考えられる。
 しかし、この資料のみからは大学発特許の質にかかわるような詳細な分析を行うことができない。そこで、特許データベース(IIPパテントデータベース)から独自に大学発特許を抽出し、いくつかの指標を組み合わせて大学発特許と民間企業の特許の質の比較を試みた。なお、ここでいう大学発特許とは、特許出願人の名称あるいは住所中に日本国内の大学名、学校法人名、承認TLO名の文字列を含むか、もしくは発明者住所中に日本の大学名の文字列を含むものを指す。すなわち、大学教員が個人の住所を記して発明者に名を連ね、民間企業が出願人となっているような特許は把握できていない(1980年代~1990年代にはそのような特許が相当数出願されていたことが知られている)。また、民間企業とは、特許出願人名称中に「株式会社」、「(株)」、「有限会社」、「(有)」、「合資会社」、「技術研究組合」、「協会」、「協同」などの文字列を含むものを指す。
 図表4-2-16に示すように、大学発特許はTLO法が施行された1998年頃から急速に増加し、国立大学が法人化された翌年である2005年以降は、年間ほぼ6,000~7,000件で推移している。2004年以降の出願件数は、上述の文部科学省公表の集計データとほぼ等しく、大きなデータの漏れはないものと考えられる。ここで注目してほしいのは、大学発特許のほぼ半数が、民間企業との共同出願になっている点である。はたして、民間との共同出願は大学発特許の質にどのような影響を与えるのだろうか、また2000年代に大量に出願された大学発特許の質はそれ以前の特許に比べて変化があるのだろうか。
 特許の「質」には様々な側面があることが知られている。そこで以下の4種類の指標を利用した;
 発明者引用: 後発特許の発明者によって引用された回数(5年間累積)
 審査官引用: 後発特許を拒絶するために審査官により引用された回数(5年間累積)
 ファミリーサイズ: 日本国内のみならず海外に出願したかどうか(出願国数)
 ジェネラリティ: 汎用的な技術かどうか(引用先の技術分野の広さ)
 図表4-2-17にこれら指標に関する回帰分析の結果を示す(データや分析結果の詳細については元文献(5)を参照のこと)。
 その結果、2000年以前の大学発特許の質は民間の特許に比べてほとんどの指標で見て相対的に高いことがわかった(ファミリーサイズは民間の特許よりも低い(係数の符号がマイナス)が、これは質が悪いというよりは大学やその代理出願機関の資金制約が主な理由であろう)。
 特に「技術的な知識」としての質の代理指標であると考えられる発明者引用や、「知識のスピルオーバー」の代理指標であると考えられるジェネラリティは、民間の特許よりも高い。また、審査官引用は、技術知識としての質というよりも後発特許をブロックするというビジネス上の価値の代理指標としての性質が強いが、大学発の共願特許では2000年以前はこの指標で見ても、民間の特許と比較して高かったことがわかる。
 しかし一方、問題は2001年以降の特許の質である。大学発の特許の質は、2001年以降はいずれの指標で見ても相対的に大きく低下しており、審査官引用に至っては、大学の単独特許であっても共願特許であっても、民間の特許よりも低い値になってしまっている(係数の符号がマイナス)。
 上記の分析結果から示唆されるのは、TLO設置や国立大学法人化等の一連の制度変更の結果、あまり質の高くない特許が大量に出願されるようになったのではないかということである。民間企業との共同出願特許自体は、パートナーの企業側から見れば共同研究の成果の専有可能性を高め、イノベーションの実現に貢献するとの見方がある。もともと審査官引用が大学の単独特許よりも共願特許の方が高いのはその現れであろう。
 しかし、その一方で2000年代に全般的な質が低下しているのだとすると、「量×質」で計られるべき一連の制度改革の効果が、必ずしもポジティブなものであるのかどうかはわからなくなってしまう。それに加えて、公共的な知識の源として大学の果たす役割を考えた場合、大学のパテントポリシーは再考を要する時期に来ているのではないだろうか。

(鈴木 潤)


【図表4-2-16】 大学発特許出願数の30年間の推移

注:
民間の定義は出願人名称中に次の文字列を含む。「株式会社」、「(株)」、「技術研究組合」、「有限会社」、「(有)」、「合資会社」、「協会」、「協同」、「株式會社」
資料:
IIPパテントデータベースを基に、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-16


【図表4-2-17】 大学発特許の質に関する回帰分析の結果(単独/共願および、2000年以前/以降)

注:
1)回帰分析は4種類の指標を被説明変数とし、「大学発特許」や「共願特許」、「2001年以降」の説明変数(ダミー変数)と各種のコントロール変数を用いた。
2)「大学発の単独特許」は「民間企業の単独特許」に対する比較、「大学発の共願特許」は「民間企業同士の共願特許」に対する比較である。なお、「大学発の共願特許」とは「大学」と「民間企業」との共願を指し、大学同士や国研との共願などは分析対象としていない。
3)それぞれの図表の縦軸は各ダミー変数(交差項を含む)の係数から計算した総合効果を表している。4種類の指標は単位や推計のモデルや有効サンプルがそれぞれ異なるため、各指標間の比較はできない。**は5%有意水準、***は1%有意水準を示す。
資料:
IIPパテントデータベースを基に、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表4-2-17



(1)https://www.nistep.go.jp/research/scisip/rd-and-innovation-on-industry
(2)(一財)知的財産研究所より公開される特許庁の整理標準化データをもとに特許統計分析用に開発されたデータベース
(3)特許情報の提供のために、SGML形式又はXML形式に整理標準化したデータ
(4)数字は2014年5月現在公開している版であり、次期公開を予定する版では、変遷名称を含めた数は約15,000社となる見込みである。
(5)Suzuki, Tsukada and Goto,” Innovation and Public Research Institutes: -Cases of AIST, RIKEN, and JAXA-”, 2014, RIETI Discussion Paper Series 14-E-021