3. 科学技術政策研究所国際シンポジウム'02

(21世紀における科学技術システムの再構築と科学技術政策の新しい役割)

  • 開催期間 : 平成14年2月28日 (木) 〜 3月1日 (金)
  • 会場 : 科学技術振興事業団 東京本部 大会議室 (東京都千代田区四番町 5 - 3 )
  • 参 加 者 : 海外招待講演者10名、国内発表者8名他 (計約200名)
  • 開催体制 : 社会技術研究フォーラム (共催) 、 (財) つくば科学万博記念財団 (後援)

本シンポジウムは、最近20年ほどの間に進んでいる、冷戦下の科学技術システムから新たな科学技術システムへとの大きな転換が主題である。産学官の各セクター及びその相互関係の組織的・機能的な変化、それをもたらす科学技術自身の変質、科学技術政策やイノベーション・ポリシーの役割の変化、といった問題について理論的検討を行うとともに、世界各国の事例について検討を行い、新しい科学技術システム像を描出することを目的としている。

キーノートスピーチ

小林 信一 (科学技術政策研究所 第2研究グループ 総括主任研究官)

科学技術システムは、社会・経済のあり方とともに変化してきている。例えば、スピンオフ企業の増加、セレラ社のような基礎研究を実施するベンチャー企業の出現、政策のための科学技術や社会のための科学技術を指向する傾向といった変化が挙げられる。

21世紀に入り、科学技術システムはさらに大きく変化してきている。科学技術活動を支えるアクターやアクター間の相互関係の変化、中間組織・境界的組織の登場、科学技術に関わる機能の分化とその再編成の進展等が起こってきており、科学技術政策の変化も必要とされている。

講演 1 『科学の再考:不確実性時代の知識と市民』

ヘルガ・ノボトニー (スイス連邦工科大学教授)

新しい知識生産は、制度の再編成や新しい形態のマネジメントを必要としている。研究の商業化の進展による官民の立場の変化、研究者間の連携の増大、知的財産権の重要性の増大、等が顕在化し、また、欧州に見られるように、積極的な研究の優先順位付けといった研究体制の方向性も生じてきている。さらに、社会的なアカウンタビリティをどう定義するかが重要な問題となっている。

「科学の再考」には、科学と社会の相互関係、文脈化、モード2は基礎科学の単なる寄生ではないこと、Agora (公共的な場) の概念、という4つのポイントがある。

講演 2 『大文字の第2次科学革命 : 大文字パラダイムの六つの転回』

吉田 民人 (日本学術会議副会長 / 中央大学名誉教授)

17世紀に起こったとされる近代科学の誕生 (大文字の科学革命) に比肩する「大文字の第二次科学革命」が今日、必要かつ可能となっている。「文系科学」を正規の科学として受け止めないような科学内の分断は見直されなければならず、「理系」科学と「社会人文系」科学の実質的な統合を可能にする新しい科学観が求められている。また、「科学のための科学」でなく「人間と社会のための科学」に相応する科学論の構築も課題であり、認識科学に対置・並置される設計科学、及びディシプリン科学に対置・並置される自由領域科学の導入は、その回答となる。地球環境 (科) 学は新しい自由領域科学の例である。さらに、相互連関する自由領域科学の総体である「人工物システム科学」が人間と社会のための科学を代表することが出来る。

セッション 1 [産学関係の変化と新しい機能、組織の出現]

(1) 『知識の商業的利用 : 産学の制度的な収斂に向けて』
アンドリュー・ウェブスター (英国 ヨーク大学教授)

科学技術における産と学の収斂の可能性について、大学における特許とスピンオフカンパニーの観点から論じることは意義がある。現在、企業と大学における制度上の構造の収斂が始まる一方で、サプライヤーとユーザー間の関係の解明を導き出さなければならないという複雑な状況にあり、これらの構造はKnowledge constituenciesの中で構成されている。

(2) コメンタリー
伊地知 寛博 (科学技術政策研究所 第1研究グループ 主任研究官)

ウェブスター氏の発表のキーワードとして、1) Knowledge constituencies、2) Convergence、3) Public and Private、の三つを挙げた。また、大学教授が有する特許件数、産学協同と大学発ベンチャーの現状等について、コメンテータ自身によるものも含むいくつかの調査結果を示し、日本の大学におけるパブリックとプライベートの関係、及び知的財産権について言及した。

セッション 2 [科学技術と市民 : 新しい公共空間の創出]

(1) 『経済市場とテクニカルデモクラシーの台頭』
ミシェル キャロン (フランス パリ高等鉱山学校教授)

現代社会で支配的になりつつある「質の経済」は、製品のカスタム化、消費者・ユーザーの関与の増大、科学技術の動員、という特徴を持ち、そこでは市場がネットワークを産み出し、科学技術にある種の不可逆性が生まれ、多様なオプションが失われる。新しい制度の枠組みを考える必要がある。非専門家が真の研究といえる知識生産を行った事例や、制度外の研究類似活動が制度内の研究と類似していることは、専門家とレイパーソン (非専門家) を二項対比的に捉える見方に疑問を投げかけており、むしろ、専門家と制度外の研究者との協力の必要性を示唆している。テクニカルデモクラシーのための「公共空間」と社会科学の役割が重要である。

(2) コメンタリー
小林 傳司 (南山大学教授)

キャロン氏はSTS研究者としては例外的に経済学的な議論にも踏み込んだ研究を行ってきた。氏は、科学技術知識が市場化されると不可逆化 (ロックイン) され多様性が失われるが、その多様性を供給するのが公共科学技術の役目であるとしている。キャロン氏はリサーチ・イン・ワイルド (制度外的研究) を肯定的に扱っているが、リサーチ・イン・ワイルドが品質管理されずに社会に流れることに危険はないか、等の議論が必要であろう。

セッション 3 [科学技術とガバナンス]

(1) 『政策と科学の狭間で : 境界組織と科学政策』
デビッド・ガストン (米国 ニュージャージー州立ラトガース大学・公共政策プログラム主任)

科学と政治の間には緊張関係や境界の不安定さがあるが、そのなかで安定的に存在したいくつかの組織 (主として米国の事例) は、政治と科学の間にある境界組織 (Boundary organization) の概念によって論じることができる。それらについての考察は、科学と政治の関係を明らかにする上で有用であり、また、将来の科学政策に対しても示唆に富んでいる。

(2) コメンタリー
富澤 宏之 (科学技術政策研究所 第2研究グループ 主任研究官)

科学と政治の関係についてのガストン氏の議論は、米国の文脈に依存しており、そのまま日本に適用できないが、適用できない理由の考察や、日本学術会議のような例の検討によって、日本の科学の特性が明確になる。ただし、日本の状況は大きく変化しつつある。

ケーススタディセッション 1 [科学技術政策の新展開]

(1) 『中国の科学技術政策の市場性と国際化』
高 志前(中国 科学技術促進発展研究中心主任研究員)

中国は世界経済の中に組み込まれ、グローバリゼーションが中国を発展させている。反ダンピング法等の制約のため、低賃金を武器にした戦略からの転換が必要である。そのために後追い模倣型から独自創造型への移行が至上命題であり、基礎研究とハイテク研究の強化が求められている。世界の知識を共有しつつ、世界とともに世界のために科学技術を発展させることが目標である。

(2) 『人々の声を聞く : 韓国科学技術政策の新しい方向性』
李 恩京(韓国 科学技術政策研究院研究員)

1990年代以前の韓国では、科学技術政策は産業化推進が目的であった。1997年に経済発展と生活の質向上を目的とした科学技術イノベーション特別法が制定され、2001年制定の科学技術基本法では経済発展と生活福祉が強調された。そこではNGOの政策検討への参画が可能となった。しかし、韓国科学技術省は、科学技術推進と規制を同時に行うという矛盾を抱えることとなった。

ケーススタディセッション 2 [多様なコラボレーション]

(1) 『汚染問題へのアプローチ : イタイイタイ病における専門家と市民の協力』
梶 雅範 (東京工業大学助教授)

わが国における四大公害の一つである「イタイイタイ病」に関しては、被害者団体が公害発生源企業を汚染防止策に積極的に取り組ませるようにした経緯がある。ここから、市民と企業の協力のあり方について、被害者団体に対する専門家の粘り強い協力の重要性等の示唆が得られる。

(2) 『環境研究 : 大学とコンサルタントの比較』
ミカエル・グーゲンハイム(スイス連邦工科大学助手)

スイスでは、かつて大学における自然科学の研究として捉えられていた環境研究が、最近では社会科学組の要素を多分に取り入れたコンサルティング活動と見なされつつある。多くの研究者やエンジニアが環境研究のコンサルタントを名乗っているが、経済の専門家が非常に少なく、社会への経済的インパクトに関する分析が弱い。こうした中で、単なる科学的な基準でなく「どういう環境研究が優れているのか」といった基準の設定が求められている。

(3) 『安全政策と環境政策から企業の社会的責任に至る道筋』
ランハイルド ソルベルグ (ノルウェー ノルスクハイドロASA副社長)

100年近い歴史 (1905年設立) を持つノルウェーの化学会社Norsk Hydro ASA社の環境問題への取り組みについて紹介した。1970年代以降、環境に対する社会の関心が高まるにつれ、従業員の安全性、汚染物質の削減、環境保護等を考慮し始めた。最近では、同社の発展にとって、CSR (Corporate Social Responsibility) 重視が不可欠であると考えている。これを企業が実現するには、大学や研究機関の研究者、NGO等、様々な専門家の協力が不可欠である。

セッション 4 [21世紀の科学技術と政策]

(1) 『ポストモダン科学技術政策』
アリ・リップ (オランダ ツウェンテ大学教授)

「モダン」な政策に対して、けっして完全でもなく成文化もされていない知識の生産という複雑性を考慮し、科学技術政策が科学技術システムの内生的要素であるという「ポストモダン」科学技術政策について論じた。その変化の趨勢の先にあるのは、「モード2」や「戦略的科学」、「トリプル・へリックス」といった概念で示されるような、科学と社会あるいは産学官のあいだのインタラクションや知識生産における異種混交である。

(2) 『科学技術とグローバル秩序の制定』
シーラ・ジャサノフ (米国 ハーバード大学教授)

科学技術がますます政治化・グローバル化しているにもかかわらず、科学技術政策自体は、国あるいは地方によるものであり、その制度的空隙による不十分性がある。兵器研究、バイオテクノロジー、知的財産権等現在山積する科学技術のグローバルな局面の議論が重要である。そのための課題として、信頼可能な知識の獲得、広範に必要とされる専門的知識や利益相反への対応、広範かつ深淵な議論を踏まえた技術アセスメントの実施、グローバル企業の権力の制限を図る制度化、各国間の全体一致の原理の確保等を挙げることができる。

(3) コメンタリー
藤垣 裕子 (東京大学助教授)

リップ教授の発表の要点はアクターの多様化とそれに伴う知識の共進化であると述べ、またジャサノフ教授の発表につき、科学技術政策においては多様なアクターが議論するための公共空間が重要になっていると整理した。その上で、新しい科学技術システムの特徴を記述する概念として、例示的にコメンテータ自身による「妥当性境界」の概念を援用して信頼可能な知識を生成するしくみを述べ、さらなる論点を示した。

パネルディスカッション

中島 秀人 (座長、東京工業大学助教授)
ジャン=マリー カデュー (EC 未来技術研究所長)
ミシェル キャロン
藤垣 裕子
シーラ・ジャサノフ
アリ・リップ
下田 隆二 (科学技術政策研究所総務研究官)

座長が、これまでの発表、議論において欠けていた点について以下のように指摘した。

第一に、モード1の知識生産 (伝統的なディシプリンの枠組みでなされる知識生産) がどこに行くのか、という議論がほとんどなかった。第2に、科学技術の側から市民の重要性が述べられたものの市民そのものについての言及がほとんどなかった。第3に、科学技術の「文脈化」の議論はあったが、我々が現在、どのような文脈に位置付けられるかの議論はほとんどなかった。第4に、「市場」という語が共有されているように見えたが、この語は実は米国流の考え方に強く依存しているのではないかという疑問がある。また、国による社会構造の違いが十分に言及されておらず、基本的な言葉の多くが共有されているようでいて、共有されていなかった。

以上の諸点を題材に、登壇者による積極的な議論がなされた。また、会場からの質問に対して、登壇者がコメントした。