STI Hz Vol.8, No.3, Part.7:(ほらいずん)やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00306
  • 公開日: 2022.09.26
  • 著者: 蒲生 秀典、古川 英光
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会
-実現のための科学技術・システム及び留意点-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 特別研究員 蒲生 秀典、客員研究官 古川 英光

概 要

第11回科学技術予測調査では、2050年までの科学技術の将来を展望し、今後の材料・製造の方向性として、「やわらかさ」や「自発的な変化」がキーワードとして示された。今回、ものづくりの将来の方向性に関する深掘り調査として、やわらか3D共創コンソーシアムの協力を得てワークショップを開催し、やわらかものづくりが拓く2050年の社会の姿を描き、その実現のために必要となる科学技術・システムと留意点の抽出を試みた。2050年の衣食住の生活シーンでは、材料・素材の高機能化、デザイン・機能の個別化が進展し、製造・流通コスト低減、環境負荷低減、人の精神的・身体的負担低減にも対応し、マス社会から個人ベース社会へと転換、個人と社会のQOL(Quality of Life)が向上している。その実現のための科学技術として、予測調査で取り上げた26の科学技術トピックが挙げられた。さらに、健康状態・精神状態の把握により形や素材が変わる4Dプリンティング、個人・消費者が備えることでパーソナル・オーダーメイドを実現する3Dフードプリンタ、自在に硬度・表面テクスチャが変更できる建材や、分解、組立て、再利用が容易な資材などが新たなトピックとして抽出された。

キーワード:科学技術予測,やわらかものづくり,3Dプリンティング,4Dプリンティング, デジタルファブリケーション

1. はじめに

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、科学技術の中長期の将来を展望する科学技術予測を実施してきた。第11回科学技術予測調査(2019年11月公表)1)では、2050年までに実現が期待される702の科学技術トピックを設定し、それを基に分野横断・融合領域として注目すべきクローズアップ科学技術8領域を抽出した2)。そのうちの領域4「新規構造・機能の材料と製造システムの創成」では、先端材料やデジタル製造関連の科学技術トピック群がコアトピックとして抽出された。また今後の材料・製造の方向性として、「やわらかさ」や「自発的な変化」がキーワードとして示された3)

今回、ものづくりに関わる領域4の深掘り調査として、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的設計生産技術」の成果として山形大学が立ち上げた、やわらか3D共創コンソーシアムの協力を得てワークショップを開催した4)。主に全国規模で事業を展開するコンソーシアム会員企業に加え、地元企業や山形県関係者にも参加いただいた。山形県は素材産業を中心に発展した地域でもあり、予測調査の結果も踏まえ、今後の材料・製造の方向性である「やわらかものづくり」をテーマにものづくりに関する今後の展望と重要となる科学技術・システムについて検討した。

本稿では、既報4)のワークショップでの議論を基に、生活シーン(衣食住)別に「2050年の社会」を作成し、その実現に必要となる科学技術・システム及び留意点等について、これまでの予測結果も参照し抽出した結果について記す。

2. 2050年未来社会の検討(ワークショップ実施)

2050年未来社会の検討のためのワークショップをやわらか3D共創コンソーシアムとNISTEPとの共催で2021年11月5日に完全オンライン形式にて実施した。コンソーシアム会員企業、山形県関係者及び山形大学から計22名(企業12名、県2名、大学8名)に参加いただいた。ワークショップでは、既にそれぞれ作成済みのNISTEPとコンソーシアムのビジョンを基に2050年の社会像を検討した。次に生活シーン(衣食住)別に「衣(ファッション)」、「食」、「住(建造物)」及び「介護」(介護は住の一面と捉える)の4グループに分かれ、各テーマについてグループディスカッションを行った。2050年の社会像実現のための科学技術・システムの検討には、図表1に示すクローズアップ科学技術領域4を構成するコアとなる科学技術トピック(以下、コアトピック)の社会実装年を記載した年表を提示し議論した。なお、ワークショップの実施概要については既報4)を参照のこと。

図表1 本検討の基となったクローズアップ科学技術領域4のコアトピック年表図表1 本検討の基となったクローズアップ科学技術領域4のコアトピック年表

出典:参考文献2)

3. 検討結果

ワークショップで出された意見を基に作成した「2050年の社会」と、その実現に必要となる科学技術・システム及び留意点等について、生活シーン(衣食住)別に以下に示す。また科学技術については、領域4のコアトピック及び関連する前回の予測調査1)の科学技術トピック、それ以外を新規科学技術として抽出し、それぞれ図表2~5(〔 〕内は社会的実現年)にまとめて示す。

図表2 実現のための科学技術・システム〔衣(ファッション)〕図表2 実現のための科学技術・システム〔衣(ファッション)〕

図表3 実現のための科学技術・システム〔食〕図表3 実現のための科学技術・システム〔食〕

図表4 実現のための科学技術・システム〔住(建造物)〕図表4 実現のための科学技術・システム〔住(建造物)〕

図表5 実現のための科学技術・システム〔住(介護)〕図表5 実現のための科学技術・システム〔住(介護)〕

3-1 衣(ファッション)

2050年の社会 「究極のハッピーオーダーメイド近未来ファッション社会~心も体も健康に」

4D衣服(最先端ファッション)、長期間着用可能な衣服(楽なファッション)及び体調管理かつデザイン性に富んだ年齢問わない衣服(健康的なファッション)で、〔技・楽・医〕を考慮したファッションスタイルが実現し、個々人が生産・流通に直接つながる、あるいは自ら生産・流通を行うインフラを容易に持つことができる社会

最先端高機能ファッションの実現

衣服用の素材研究が進展し、匂いを吸着する中空繊維や表面修飾技術、体温を保持できる保護材料、同じ形でも色をかえることができる光学迷彩服、あるいは繊維以外の衣服の素材材料が開発されるなど、衣服の在り方自体も変化している。さらに、スマート材料を3Dプリンティングに適用した4Dプリンティング5)が、フィッティングや製作に適用され、健康状態・精神状態に逐次対応し形や素材が変わるファッションが実現している。

ファッションの個別化と製作システムの変革

急速に進化しリアルに近づいたVR(仮想現実)やAI(人工知能)を用いた採寸も可能となり、先端技術の試着・販売プラットフォームや個人でも始められる仮想ファッションデザインサービス、コンビニエント衣服工場が普及している。デザイナーや衣料メーカーは、デザインや製作をプロに任せたい人向けに特化し、カスタマイズされたニーズへの対応へとその役割を変えながらも存在している。また、介護保険が適用され、介護用の機能性衣服も開発され利用されている。

〔留意点〕

  • ・技術に取り残されてしまう人が出るため、操作性の個人差解消が必要
  • ・マス市場志向の製造業における失業問題
  • ・研究開発人材・メンテナンス人材の不足
  • ・気候変動、健康、環境へのリスク
  • ・人体情報のリアルタイムモニタリングなどにおける個人情報の保護
  • ・スポーツウェアなどに関する競技ルールの構築、改変等が必要
3-2 食

2050年の社会 「フードテックによる持続可能な安全食品での食文化の構築」

フードテクノロジーによって個人や社会のQOL(Quality of life)が向上、環境に配慮した多様で安全な食品及び豊かな食体験によって精神的な満足感も充足されている社会

QOL向上のための食テクノロジー構築

QOLの定量化がなされ、個人や社会のQOL向上のための新たな食テクノロジーが、食に関するアカデミック研究者、メーカー研究員が集結するフードテック研究所を構築することで生み出されている。また、環境に配慮した食品のパッケージングも開発され普及している。地方では、地元食材を用いた新時代の食プロジェクト(完全フードプリンタ製)が進められ、新たな地産地消の食産業が生み出されている。更に多くの消費者が個人で3Dフードプリンタを備えており、パーソナル食品・オーダメイド食品を製作し、豊かな食生活が実現している。

食文明の進化

食テクノロジーと併せて、Body & Soulful/文化文明の視点を持つことで、食文明の進化がなされている。食オタク向けの新たな食体験ラボなども開設されている。

〔留意点〕

  • ・食品製造業は利益率が低いため、生産する側も幸せになれる仕組み・儲かる仕組みの構築
  • ・食に関する法律は古いものも多く食品製造に制約も多いため、時代に合わせた食品提供に関する法整備
  • ・大企業が邪魔することもあるため、スタートアップ段階で様々な企業を巻き込むこと
  • ・食メーカー・食産業の新製品開発に対するモチベーションの低さ
  • ・新たな食(あるいはその体験)を作ることで引き起こされる健康被害
  • ・人間の基本的欲求へのアプローチなので慎重さも必要
3-3 住(建造物)

2050年の社会 「自分の理想を追い求めて、どこでも、何度も簡単に変えられる、やわらかトランスフォーム(家×庭)」

住まい・室空間の機能化・高度化(医療・介護との連動、気候に左右されない)がなされ、状況に応じて変化(日々の生活に合わせて変更)できる住宅、容易に移動可能な住(空間)でリサイクル可能となっている社会

住まい・室空間の機能化・高度化

分解や組立て、再利用が容易な資材、構築が容易でリサイクル可能な建築材、安全担保のためのセンシング可能な建材及び3Dプリンタブルな高断熱材や太陽光パネルなどが開発され、安全かつ環境に優しい住まい・室空間が提供されている。さらに、シニア層が住みやすいユニバーサルデザインや、個人所有のヘルスアイテム造形用3Dプリント技術が普及し、個々人にあった住環境が整備されている。

変幻自在な住まいの構築

自在に硬度や表面テクスチャーが変更可能な建材が利用可能で、3Dプリントで安価で簡単で丈夫な組立て住宅(3Dでコンクリート製品をまぜて、500年耐久)や、素人でも建築可能な組立ブロック型住宅、変形によって容積を変えて冷暖房にかかるコストを下げられる3Dプリンタブルな建築物、あるいはリユースできる「やわらか家」(テントとか、キャンプ用品側からのアプローチ、災害対応にも寄与)が増えている。一方で、土地の所有(権)制度や住民票制度を見直す動きや、住宅取引を気軽にできる市場環境整備も進められている。

〔留意点〕

  • ・移動や引っ越し、外観や庭の変化等を許容する合意形成
  • ・家具の再利用、シェア等の高度な進展による産業構造の変化
  • ・特定企業、団体への特許の集中
  • ・住宅は長期に活用するものであるため安全性の担保が必要
  • ・災害対策
3-4 住(介護)

2050年の社会 「介護を受ける側・介護する側の「楽」を目指した近未来介護実現に向けた持続可能な社会」

精神的/身体的負担のない介護デバイス・システム、介護者が笑顔で受け入れられる衣食住医システム、パーソナルモビリティにより、要介護者の移動が容易になっている社会

介護システム構築のための基盤技術

ロボットやAIの急速な高度化と高性能・低消費電力の半導体、安全で大容量・長寿命の電池及び超高速・大容量の通信ネットワークが技術開発され普及したことで、精神的/身体的負担のない介護システムが構築され、利用可能となっている。

介護関連技術・サービスの進展

要介護者のリハビリや病状改善のための研究開発や健康情報のモニタリング技術が進展している。また、介護に関する医療やパーソナルモビリティなどの各種の法改正が進むとともに、国の補助などにより介護に必要な介助機器(やわらかデバイス・システム)の低額提供が可能となっている。さらに、個々人が要介護に至る前に症状を改善できたり、リハビリテーションしたりすることを支援できたりするようなパーソナライズされたサービスや、体力低下を改善する在宅リハビリサービスが普及している。

〔留意点〕

  • ・介護するあるいは介護される側の視点や考え
  • ・介護が必要な症状の発症メカニズムの理解
  • ・社会的な意義の高い事業、サービスであるので、安易な収益性を目的とする企業などが現れることへの懸念
  • ・健康保険料、介護保険料からだけでなく、資金を集めるような仕組みの必要性

4. まとめ

検討の結果得られた、やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会の概要を図表6に示す。

2050年の衣食住(介護含む)の生活シーンでは、材料・素材の高機能化、デザイン・機能の個別化が進展し、製造・流通コスト低減、環境負荷低減、人の精神的・身体的負担低減にも対応し、マス(大量生産大量消費)社会から個人ベース(個別化)社会へと転換、個人と社会のQOLが向上している。

この社会の実現において、高機能材料・やわらか素材からなる個別化対応のファッションスタイル、3Dプリンティング・フードプリンタの活用による介護食も含めたパーソナル・オーダーメイド食品、低コストでリユース可能な3Dプリント住宅、災害対応のやわらか家、ソフトロボティクスによる精神的/身体的負担のない介護システム、さらに、利用状況に変幻自在に適応可能なスマート材料・4Dプリンティングなどの科学技術が、2050年のQOL向上に大きく寄与することが期待できる。

それらを支えるプラットフォームとして、製品の設計、製造、流通、アフタケア及びリサイクルのデジタル統合が可能なデジタルファブリケーション6)は、デザイン・機能の個別化を低コストで実現でき、省資源・資源循環の視点からも最小限の材料とプロセスで製造を可能とするポテンシャルを有する。さらに、VR、AR(拡張現実)、AI、ロボット技術、それらを支える高度ICT、高速ネットワーク、半導体及び電池技術が重要となる。

ワークショップでは、前回の予測調査で取り上げた科学技術トピックから、コアトピックをはじめとして関連する計26トピックが挙げられ、これらはすべて2050年までの社会的実現が予測されている。また新たに、健康状態・精神状態の把握により形や素材が変わる4Dプリンティング、個人・消費者が備えることでパーソナル・オーダーメイドを実現する3Dフードプリンタ、自在に硬度や表面テクスチャーが変更可能な建材や分解・組み立及び再利用が容易な資材などが挙げられた。やわらかものづくり社会の実現には、これらの科学技術の研究開発にも注力する必要がある。

また、留意点や懸念されるリスク等の意見から、環境や気候変動への配慮、災害対策、人や社会の安全・安心の担保、研究者や技術者の人材不足への対応、産業構造の変革及び時代にあったルールや法整備の必要性などが指摘されており、やわらかものづくり社会の実現に当たってはこれらを十分考慮する必要がある。

図表6 やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会(概要)図表6 やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会(概要)

謝辞

ワークショップ開催及び本稿取りまとめに当たり、多大なる御協力を賜った、やわらか3D共創コンソーシアムの関係者、会員企業、山形大学及び山形県関係者の皆様に心から感謝申し上げる。


注 「材料30年から材料3ヶ月へ」という想いのもと、3Dプリンターに関心のある複数の企業がシナジー効果を生み出して「やわらかものづくり」のオープンイノベーションを加速しようと、2018年4月に発足したコンソーシアム。 https://soft3d-c.jp/

参考文献・資料

1) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 総合報告書」、科学技術・学術政策研究所、NISTEP REPORT No.183、2019年11月:https://doi.org/10.15108/nr183

2) 重茂浩美、蒲生秀典、小柴等、「第11回科学技術予測調査 2050年の未来につなぐクローズアップ科学技術領域―AI関連技術とエキスパートジャッジの組み合わせによる抽出・分析」、科学技術・学術政策研究所、調査資料-290、2020年6月:https://doi.org/10.15108/rm290

3) 蒲生秀典、ほらいずん「デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:マテリアル・デバイス・プロセス分野-材料科学分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速に向けて-東京大学大学院工学系研究科榎学教授インタビュー」、STI-Horizon Vol.6, No.4: https://doi.org/10.15108/stih.00235

4) 蒲生秀典、横尾淑子、浦島邦子、ほらいずん「やわらかものづくりが拓く2050年の未来社会-山形ワークショップ開催報告-」、STI-Horizon Vol.8, No.1: https://doi.org/10.15108/stih.00285

5) 古川英光、蒲生秀典、ほらいずん「3Dプリンティングから4Dプリンティングへ-デジタルファブリケーションの新たな展開-」、STI-Horizon Vol.7, No.2: https://doi.org/10.15108/stih.00258

6) 蒲生秀典、「デジタルファブリケーションの最近の動向―3D プリンタを利用した新しいものづくりの可能性―」、科学技術動向、No.137、P.19-26、2013年8月: https://hdl.handle.net/11035/2416