STI Hz Vol.8, No.2, Part.7:(ほらいずん)躍進するインドの科学技術政策の概観STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00296
  • 公開日: 2022.06.27
  • 著者: 栗原 潔
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
躍進するインドの科学技術政策の概観

内閣官房 健康・医療戦略室/内閣府 健康・医療戦略推進事務局 参事官補佐 栗原 潔
(前在インド日本国大使館 科学技術担当一等書記官)

概 要

2022年5月24日に東京を舞台にした日米豪印首脳によるクアッド会合が開催され、あわせて、3月の岸田総理訪印に続いて今年2回目となる日印首脳会談も実施された。日印両国は、新たなインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも共に取り組んでいくことで一致し、首相によるシャトル訪問外交が継続する中で「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」として日印関係は大きく発展を続けている。インドでは、経済成長率が高い水準で推移しているとともに政府の科学技術投資は大きく伸びている。あわせて、多数の科学技術関係機関からなる行政機構の整備、科学技術関連の計画やイニシアティブの策定、高等教育体制の拡充などが進んでいる。2014年からのモディ政権において首席科学技術顧問の下で体制が更に強化され、人工知能、量子科学、宇宙分野等において着実な投資が行われている。それに伴い論文数に代表される科学技術関連の指標も近年大きな増加を見せており、最新の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術指標においては研究の質を示すTop10%補正論文数についても日本を抜いて9位となった。いまだ総研究開発費対GDP比も低く人口等の各種指標が安定的な成長を継続していることからも、引き続き大きな発展が予期されている。日本との間では日印科学技術協力協定の下で、日本学術振興会(JSPS)による各種の科学技術交流、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)や地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)及びさくらサイエンスプログラム(SSP)をはじめとする国際協力事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)による感染症研究国際展開戦略プログラム等による協力、量子科学技術や国立研究開発法人理化学研究所(理研)による人工知能分野等でのワークショップの開催、宇宙・海洋科学での大規模な協力プロジェクト等の各種分野での共同プロジェクトが実施されており、今後の更なる交流の深まりが期待される。

キーワード:科学技術政策,インド,日印科学技術協力,論文数,国際

1. はじめに

2021年8月、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査結果を受け、「影響力の高いTop10%補正論文数について、日本はインドに抜かれ10位に後退」との趣旨の記事1)が国内で大きく報道された。インドは近年急速な成長を見せており、2019年にはGDPは英国を超える2.9兆ドルとなり、購買力平価ベースでは既に日本を超え、中国・米国に次ぐ世界第3位の規模2)となっているが、各種の科学技術に関連する指標においても急速な伸びを示している。躍進するインドの科学技術について、インド政府の体制と関連指標について概説する。

2. インドの科学技術関連行政組織と政策

インド政府の科学技術関係の行政組織を図表1に示した。インド政府は個別の分野ごとの省庁に分かれており、宇宙庁・原子力庁・地球科学省といった個別の科学技術領域を担当する省庁が存在する。これらの科学技術関連省庁を一人の大臣が兼任することも度々あり、2014年に任命されたハルシュ・ヴァルダン科学技術大臣は地球科学大臣を、2019年には保健・家庭福祉大臣も兼任していた。2021年 7月の内閣改造で任命されたジテンドラ・シン現科学技術大臣は、地球科学大臣、原子力・宇宙大臣も含めて、計5つの大臣職を兼務している。

インド政府の科学技術政策の中心となる科学技術省は以下の3つの庁から構成される。

(1)科学技術庁(DST: Department of Science & Technology) 1971年に設置された科学技術活動の組織化・調整・推進のための中核部局。各種の研究機関や研究プログラムに対する支援を実施。

(2)バイオテクノロジー庁(DBT: Department of Biotechnology) 1986年にバイオテクノロジー推進のための組織として設置。

(3)科学産業研究庁(DSIR: Department of Scientific & Industrial Research) 1985年にインド国産技術の促進・開発・利用のための組織として設置。

これらのもとに科学工学研究委員会(SERB)、科学・産業研究会議(CSIR)といった研究資金配分の機能を担う機関や、各種研究所が設置されている。

また、内閣に対する科学技術政策の助言機能を担う組織として、1999年より国民民主同盟連立政権下において「内閣科学諮問委員会(SAC-C)」が首席科学顧問(PSA)を委員長として設置され、その後、2004年のインド連邦下院総選挙の結果インド国民会議政権に移行したことにより、SAC-Cに代わって2005年に「首相科学諮問委員会(SAC-PM)」が新たに設置され、さらに、2014年インド連邦下院総選挙でのインド人民党の勝利を受けてモディ政権が誕生し、その下において、2018年に「科学技術イノベーション首相諮問委員会(PM-STIAC)」が、同様に首席科学顧問を委員長として新たに設置された。

歴代首席科学技術顧問は、2002年より2007年までインド第11代大統領を務めたアブドゥル・カラム初代首席科学顧問、元インド原子力委員会委員長を務めたラジャゴパラ・チダンバラム第2代首席科学顧問に続き、元国立生物科学センター所長、元科学技術庁・バイオテクノロジー庁次官であり、沖縄科学技術大学院大学理事として日印の科学技術協力に関する深い理解を有しているクリシュナスワミ・ヴィジェイラガバン博士が第3代首席科学顧問を務めている。

「科学技術イノベーション首相諮問委員会(PM-STIAC)」については、科学技術に関する戦略や省庁間の連携・調整を推進し、様々な科学分野の相乗効果をもたらしイノベーションを推進する政策イニシアティブを実施するための首相直属の機関とされ、

  • ・科学技術の新興領域における未来への準備
  • ・社会経済課題の解決に向けた技術革新の推進
  • ・技術主導イノベーションと起業家精神のエコシステムの構築
  • ・効果的な官民連携の促進

を目的としている。なお、PM-STIACは、「PMスティック」と発音されモディ首相の描く力強いインドを実現するための魔法の杖との意である、とヴィジェイラガバン首席科学顧問自身が棒を振るジェスチャーをしながら著者に説明してくれた。2019年3月にPM-STIACはインドの主要な科学的課題として、以下の9つの国家ミッション3)を特定し、これに基づいてAI4)や量子科学5)をはじめとする複数の国家プロジェクトが開始された。

(1)自動翻訳技術
インド固有言語での教育・研究へのアクセスを、全ての人に実現すること

(2)量子のフロンティア
国家安全保障、量子計算機、量子暗号、量子通信での卓越性を構築

(3)人工知能
医療、教育、農業、スマートシティ、スマートモビリティ、輸送などの社会的ニーズに焦点

(4)生物多様性
インドの全生命体のカタログ化とマッピング、データベース化により、農業生産や社会全体の幸福、及び、生物多様性経済の確立

(5)電気自動車
インドの要件に適合する車両サブシステム・コンポーネントを開発

(6)健康医療
インド人固有のライフスタイルによる疾患への影響についての研究

(7)廃棄物利用
スマートシティのための循環経済モデルを構築

(8)深海探査
生物資源及び鉱物資源の開発のための、探査技術、ロボット技術

(9)AGNIi([A]ccelerating [G]rowth of [N]ew [I]ndia’s [i]nnovations)プログラム
イノベーションの商業化支援施策を実施

また、科学技術政策に関する政府全体の基本計画として、首席科学顧問と科学技術省により過去の「科学技術政策2003」、「科学技術イノベーション政策2013」の後継となる新たな科学技術イノベーション政策文書として検討された「科学技術イノベーション政策2020(STIP2020)」6)ドラフトが2020年末に公表され、

  • ・今後10年間で、インドを世界の科学技術3大国(top three scientific superpowers)の一つとすること。
  • ・5年ごとに、インドの研究開発総支出額(GERD)を倍増させ、FTE換算研究者数を倍増させること。
  • ・今後10年間で、卓越した個人と組織により、世界最高レベルの賞を受けること。

等といった野心的なビジョンが述べられ、自立したインドのための強固な科学技術・イノベーションシステムの構築を目標とした計画となっている。

また、2020年7月には人的資源開発省を教育省に改組すると同時に、1986年から実に34年振りの改訂となる「国家教育計画(NEP2020)」7)が策定された。2040年までに実行する長期的な計画であるが、学校体系を10+2年制から5+3+3+4年制へ大きく変更するとともに、大学については一機関当たり3,000人以上の学生を有するよう大学を再編する方針を示している。

さらには、種々の大学の単位を電子的に管理して相互に利用できるようにし、学位証明書を電子的に保管して個人番号制度(インドでは既に人口の9割を超える12億人以上の登録がなされている生体認証個人識別番号)と紐づけること、研究学士(Degree with Research)や研究学士課程修了者向けの1年制修士課程を整備するとともに5年制の学士・修士一貫課程を導入する点についても記載され、インド国内に世界トップレベル海外大学を誘致することも示された。

なお、図表1に示した以外にも、環境・森林・気候変動省、伝統医学省、電子IT省、新エネルギー再生エネルギー省、繊維省、国防省も研究開発予算を有しており、従来5か年計画を策定してきたインド計画委員会の後継組織であるインド行政委員会NITI Aayogも科学技術政策に関わる政府の計画を策定している。

図表1 インド連邦政府科学技術関係行政組織図表1 インド連邦政府科学技術関係行政組織

出典:インド政府公表情報を基に筆者作成

3. インドの研究開発支出や論文・人材指標等

上述したインド政府の各科学技術関係主要省庁について、2018~2021年度の各年度当初予算を図表2に示した。当初予算で前年比100%を超えるものを赤字で示したが、110%を大きく超える増加を見せる年もあり、各科学技術関係主要省庁は着実に予算を増大させていることがわかる。

図表3に示したのは、政府だけでなく民間も含むインド国内研究開発総支出額(GERD)であるが、2010年―2011年の約6000億ルピーであったものが、2017年―2019年には1兆2000億ルピー(約2兆円)を超え8年間で2 倍以上となるような大きな伸び率で安定的に推移している。

こういった研究開発支出の増大に伴って輩出される成果である論文数も飛躍的に増大しており、図表4に示したとおりNISTEP科学技術指標202110)によれば、2017年~2019年の3年間での自然科学系論文(分数カウント法)では「63,435」と日本及び英国と同一水準の論文数となっていたが、インドは毎年「3,000」程度安定的に論文数を増大させている一方で日独英の伸びが非常に低い傾向であり、これが継続しているならば、既に2020年に米中に次ぐ世界第3位の地位となっているものと考えられる。

また、質の高い論文数を示すTop10%補正論文数については、2017年―2019年に日本を超える第9位の「4,082」となっており、インドが毎年400程度Top10%補正論文数を増大させている現在の傾向が続くとするならば、質の高い論文数の面でも2030年を待たずして米中に次ぐ世界第3位となることも推測できる。

分野別に質の高いTop10%補正論文数(2017年~2019年、分数カウント法)を見てみると、日本を上回っている分野が「化学」(4位)、「材料科学」(6位)、「計算機・数学」(4位)、「工学」(3位)、「環境・地球科学」(10位)、の5つの分野であり、国際的にも大きな存在感を有している。

「工学」分野における世界全体に占める論文数シェアと被引用数シェアの日印2か国の推移を図表5に示したが、この「工学」については、とりわけ高いTop10%補正論文数シェアを示したインドに対して、1997年~1999年に3位から2017年~2019年には16位にまで大きく落ち込んだ日本との間で相違が対照的である。特に2010年代に入ってから工学でインドはその論文数シェアと被引用数シェアを大きく伸ばし、30年前1980年と現在2021年で日印がその地位を逆転させた過程が如実に示されている。

こういったインドの科学技術分野の急激な成長を支えている大きな要因の一つとして、近年人材の供給源たるインド国内高等教育機関数が急速に伸びており、2000年に243校であった大学(Universities, Institutions, Deemed Universities)は2018年には1,117校と実に18年間で約4.6倍にまで増加8)している。大学数が増加するとともに学位取得者数も順調に伸びており、図表6のとおり、科学系分野での学士号取得者数では毎年200万人を超え、世界第一位となっている。

特に米国については、移民を通じて結び付きが強くキャリア形成にもつながることから、留学希望が強くあり、米国国立科学財団(NSF)のデータによれば米国大学への留学者数において中国に次ぐ第2位、コンピュータ科学系に限れば中国を超えて第1位となっている。

なお、国連人口基金(UNFPA)が発表した2022年のデータにおいてインドは中国の14.5億人に次ぐ14.1億人の人口を誇っているが、年間出生数では2,500万人を超え9)ており、中国の1,060万人の倍以上で世界一となっている。年間出生数100万人を大きく割り込んでいる日本との比較では約30倍となる、この毎年新たに加わる若年人口が、今後も継続してインドの科学技術分野での存在感を高めていくであろう。

図表2 インド連邦政府科学技術関係主要省庁の各年度当初予算推移図表2 インド連邦政府科学技術関係主要省庁の各年度当初予算推移

出典:インド政府財務省資料を基に筆者作成

図表3 インド国内研究開発総支出額(GERD)及び対GDP比率図表3 インド国内研究開発総支出額(GERD)及び対GDP比率

出典:「Research and Development Statistics」Government of INDIA
Ministry of Science & Technology December 2020

図表4 国・地域別論文数、Top10%補正論文数上位10か国・地域(自然科学系、分数カウント法)図表4 国・地域別論文数、Top10%補正論文数上位10か国・地域 (自然科学系、分数カウント法)

出典:NISTEP「科学技術指標2021(調査資料ー311)」

図表5 工学分野における世界全体の論文数に占める論文数シェアと被引用数シェアの
1980年~2021年の推移(日印比較)図表5 工学分野における世界全体の論文数に占める論文数シェアと被引用数シェアの1980年~2021年の推移(日印比較)

注)1.各国の論文数シェア(論文数が世界全体の論文数に占める割合)を横軸に、各国の被引用数シェア(各国の被引用回数が世界全体の被引用回数に占める割合)を縦軸にとっている。
2.論文数は1980年から2021年までの各年(単年)に出版された論文を対象としている。
3.複数の国の間の共著論文は、それぞれの国に重複計上されている。
4.クラリベイト・アナリティクス社、“InCites Benchmarking(Nov 2021)”における19分野のうち、「工学」分野を対象として文部科学省で試算。
出典:クラリベイト・アナリティクス社、“InCites Benchmarking(Nov 2021)”を基に筆者作成

図表6 科学系分野の学士取得者数の比較(2018年)図表6 科学系分野の学士取得者数の比較(2018年)

出典:「S&E first-university degrees, by selected region, country, or economy: 2000–18」
Science and Engineering Indicators, NSF

4. おわりに

著者は2018年7月から2021年7月まで3年間にわたって在インド日本国大使館に科学技術担当一等書記官として勤務し、日印首脳会談における成果や、日印科学技術協力合同委員会、日印宇宙対話を含む多数の調整に関わった。

本稿は紙幅の都合で個別の詳細に立ち入るデータを紹介できず日印科学技術協力の具体的案件まで扱うことがかなわなかったが、日印科学技術協力協定の下において、日印科学技術協力合同委員会がこれまで10回開催され、JSPSによる科学技術交流・共同研究、SICORP・SATREPS・さくらサイエンスをはじめとするJSTによる協力、AMEDによるワークショップの実施、日印共同での月極域探査計画をはじめとする宇宙航空研究開発機構(JAXA)による協力、理研、国立研究開発法人物質材料研究機構、国立研究開発法人海洋研究開発機構、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構等の研究機関や各大学間の覚書に基づく共同研究をはじめとする各種分野での協力が実施されている。各種分野での協力が実施されている。2022年3月19日には岸田総理が訪印しての日印首脳会談が実現し、5月24日には東京を舞台に日米豪印首脳によるクアッド会合が行われ、今年2回目となる日印首脳会談も実施された。新たなインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも共に取り組んでいくことで一致し、首相によるシャトル訪問外交が継続する中で「日印特別戦略的グローバル・パートナーシップ」として両国関係が発展する中、本年の日印国交樹立70周年も契機として両国の人的交流・科学技術交流が更に深まることが期待される。

参考文献・資料

1) 「影響力高い」論文数、日本はインドに抜かれ10位…中国が米抜きトップに
https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20210810-OYT1T50138/

2 https://www.imf.org/external/datamapper/NGDP_RPCH@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD

3) The nine missions under PM-STIAC https://www.psa.gov.in/pm-stiac

4) AI For All https://ai-for-all.in

5) Quantum Enabled Science and Technology (QuEST)
https://dst.gov.in/dst-secretary-highlights-importance-industry-participation-quantum-technology-science-india-assocham

6) Draft 5th National Science, Technology, and Innovation Policy, MOS, Department of Science
https://dst.gov.in/draft-5th-national-science-technology-and-innovation-policy-public-consultation

7) National Education Policy 2020, Ministry of Education
https://www.education.gov.in/sites/upload_files/mhrd/files/NEP_Final_English_0.pdf

8) RESEARCH AND DEVELOPMENT STATISTICS 2019-20, MOS, Department of Science
https://dst.gov.in/sites/default/files/Research%20and%20Deveopment%20Statistics%202019-20_0.pdf

9) World Population Dashboard, United Nations Population Fund
https://www.unfpa.org/data/world-population-dashboard

10) 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 調査資料-311 「科学技術指標2021」 https://doi.org/10.15108/rm311