STI Hz Vol.8, No.1, Part.3:(ほらいずん)研究力と国際化について-国際頭脳循環から脱落しないために-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00280
  • 公開日: 2022.03.01
  • 著者: 岡谷 重雄
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
研究力と国際化について
-国際頭脳循環から脱落しないために-

総務研究官 岡谷 重雄

概 要

近年、我が国の研究力は低下しているが、OECD(経済協力開発機構)スコアボードの論文分析によれば、研究力と国際頭脳循環とに相関関係があることから、国際頭脳循環に日本がしっかり組み込まれていくことが重要。日本の若手研究者を海外に派遣してこの循環の輪に入れていくことは重要だが、そのためにも、我が国の研究環境の国際化を進めることが肝要。これまでの現場での様々な経験を踏まえて研究環境の国際化を促進していくことが求められている。また、特に海外の優秀な若手研究者、日本に少ないデータサイエンティストなどを積極的にマーケティングしていく柔軟な戦術が必要であろう。

キーワード:研究力,国際化,研究環境,国際頭脳循環,若手研究者

我が国の研究力を測るために、注目度の高い論文数に着目した議論があり、日本は2000年代半ばから低下傾向にある。例えば、2005年から2018年の間に、日本のTOP10%で世界ランク4位から10位、TOP1%で4位から9位に低下している。この変化には様々な要因が考えられるが、ここでは、国際頭脳循環という観点から議論する。

1. 国際頭脳循環と研究力

論文からの分析による、2017年のOECD(経済協力開発機構)スコアボードを参照すると、

1)国際流動している研究者の方が、被引用数が多いジャーナルへの掲載論文が多い傾向。

2)日本の研究者の流動性は流入・転出共に低調。

ということがわかる。(図表1、図表2参照)

歴史を振り返ると、第2次世界大戦以前は英国に大勢の海外からの研究者が集まり、そこで研究が進み、英国の研究力を向上させた。第2次世界大戦以降は米国がその中心地になり、米国の研究力の向上がその国力の大きな源の一つになっている。

多様かつ優秀な研究者が世界中を飛び回る今日において、そのネットワークの中に入ることは研究者本人の研究力を高めるとともに、そのネットワークのハブになっている研究機関には様々なアイデアと情報が、研究者のタレントとともに集まってくる。上記1)のように、自国にとどまる研究者より国際流動している研究者の方が、研究力が高いという傾向があるため、世界各国で研究者の国際交流、頭脳循環を促進する施策をとっている。

我が国も様々な施策を展開して国際頭脳循環を後押ししてきたが、残念ながら現状は上記2)の通りである。

我々が最近発表したディスカッションペーパー(新型コロナウイルス感染症による日本の大学における研究活動への影響)1)では、国際的な論文注1を多く出している大学群(第1・第2グループ)の回答の特徴として、特に学生や若手研究者が国際的な研究交流の機会を制限されることに対する懸念がより多く示されている。(図表3参照)国際的な論文の生産と国際研究交流の相関、さらにはそれが研究者のコロナ影響の意識にもうかがえるのが興味深い。

図表1 論文著者の流動性と論文掲載ジャーナルの被引用インパクトの関係(2016年)図表1 論文著者の流動性と論文掲載ジャーナルの被引用インパクトの関係(2016年)

出典:OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2017

図表2 論文著者からみた国際流動性(2016年)図表2 論文著者からみた国際流動性(2016年)

出典:OECD Science, Technology and Industry Scoreboard 2017

図表3 大学グループと「主な懸念事項」頻出語の対応分析図表3 大学グループと「主な懸念事項」頻出語の対応分析

出典:西川開,新型コロナウイルス感染症による日本の大学における研究活動への影響,NISTEP DISCUSSION PAPER No. 204,文部科学省科学技術・学術政策研究所,2022年1月

2. 若手の海外派遣

1980年代後半、日米科学技術協力協定を改定したときには、基礎研究ただ乗り論というのがあり、日米のシンメトリカルアクセス(日米科学技術協力協定1条1項Bに記載されている「相応な機会」)というのが問題になった。それくらい、米国での日本人研究者の多さと影響力があった。1990年代初頭、私がスタンフォード大学に留学した際も日本人の数は多く(ビジネススクールに1学年15人はいたが現在は1人いるかいないか。)、また90年代末にワシントンに駐在したときもNIHには日本人研究者が300人程度はいたと記憶している。確かに海外に出ることは個人にとっては絶大な効果があり、ネットワークができる。これを推奨して、日本人の研究者に世界のネットワークにどんどん参画してもらうことが望ましいのは論を俟たないことだ。

しかし、あの頃と今では大きく事情が異なっている。中国、韓国、インドを始め多くの国の若手研究者は海外、特に米国に行くようになった。2007年からの比較で、米国の大学院(科学工学分野)に行く外国人の数でも日本人は低下傾向にあり(図表4参照)上記の国だけではなくイラン、サウジアラビア、ナイジェリアにも抜かれて6位(注:図にトルコは表示されていない。)から18位に転落している。海外の有名な大学院に行くにも優秀な外国人との競争は激化している。また、海外の研究機関でポスドクなどの研究員になるためにはそれなりの推薦状が必要だが、そもそも国際的な頭脳循環のネットワークに入っていないと有力な海外の研究者に推薦状を書いてもらえない。内向き志向が強くなっている昨今の日本人研究者にとってますますバリアは高くなっている。

ならば、国内で海外からの人材が多数集まりネットワークができるという拠点を作り、そこに若い人たちが参画することにより、バリアを超えて世界へ飛び立っていけるのではないだろうか。

図表4 米国における外国人大学院生(科学工学分野)の状況図表4 米国における外国人大学院生(科学工学分野)の状況

出典:文部科学省科学技術・学術政策研究所,科学技術指標2021,調査資料-311,2021年8月

3. WPIなど日本国内にある国際拠点

私は世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の初期のころ担当させていただいた。

研究機関の中に特別区を創設し、海外からの優秀な研究者が多数存在する世界レベルの研究拠点を作るという事業である。海外からの研究者が30%を超え、事務部門を含めて公用語が英語、採用の国際公募を原則とし、国内外のレビューアーの参画等による厳格な評価に基づくテニュアトラック制度を徹底、毎年実施する拠点研究評価を内輪でなく国内外のレビューアーを参画させるなど、随分当時としては画期的な拠点を次々と形成していった。

総合科学技術・イノベーション会議で検討されていた世界と伍する研究大学の在り方についての議論においてもWPIの拠点が参照され、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の元拠点長の村山先生が、大学ファンドによる支援金の使途の柔軟性について、ホワイトリスト(研究機関が予算を執行できる事例集)の共有を徹底すべきと主張していたが、そこにはWPIの経験に基づく国際化の知恵が多く含まれている。

国際化された研究拠点はWPIに限らない。例えば先端融合領域イノベーション拠点創出形成プログラムの大阪大学フォトニクス先端融合拠点は産学連携拠点なるも、海外からの研究者も多く、英語で若手研究者の間で議論され、スタンフォード大学、マックスプランク研究所など世界のフォトニクス拠点との連携関係があった。拠点連携により、学生を含め若手に自然と国際的なネットワークに参画する機会が提供されていた。イノベーションは出口と研究現場との往来が必至であることから研究機関が国際化することにより出口市場をグローバルにとらえることができ、稼ぐ力をより提供できるイノベーションハブになるということをここでは留意したい。

また、私が副センター長を務めた国立研究開発法人理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター(AIP)では毎月行われるPI会議(60名以上参加)で事務的なこと、予算などの戦略的なことなどを英語で話し合い、事務方も総力で議論に参加した。海外からの若手研究者も多数存在し、勉強会、交流会あらゆるものが英語で行われた。インド人、カナダ人、フランス人、中国人、ポーランド人など様々な国から若い外国人研究者が大勢来ていたので、組織が活性化する一方、対応の多様化が必要で、同質社会日本の文化と異なる研究環境だった。

4. 研究環境の国際化のチェックリスト

英語化や外国人の存在だけが研究環境の国際化ではない。以下のような観点で研究機関の環境を検討してみるのも一案と思われる。

  • ・海外からやってくる研究者が競争的資金をスムーズに申請、獲得できる体制になっているか?
  • ・優秀な研究者はそもそもサバティカルなど数か月単位でしか来日できないが、このような対応を可能せしめるクロスアポイント制度などが用意されているか?
  • ・様々な共用施設に関し、海外からの研究者がスムーズに申請、利用できる体制になっているか?
  • ・研究機関内部での開かれた交流の場が用意されて、隔てなくかつ頻繁に開催されるようになっているか?
  • ・異文化から生じるトラブルや問題にフレキシブルかつスムーズに対応できる体制と経験の蓄積機能があるか?
  • ・研究機関の評価に論文至上主義ではなく、分野の特性に応じその他の指標(プロシーディング、グーグルスカラー、国際会議でのプレゼンスなど)を的確に導入し、国際的な評価とマッチングさせているか?
  • ・研究室レベルで固有な文化(例えば人間関係など)が既存のものとして存在し、外部者に疎外感を与えていないか?

5. 海外の若手頭脳のマーケティング

競争の激しい先端分野では優秀な若い頭脳の獲得は競争である。そのためには日本に既に来ている留学生だけではなく、国外でのマーケティングが必要だ。

AIP杉山センター長はNeural Information Processing Systems (NIPS)など大きな国際会議で若手に声をかけてリクルーティングしていた。海外で発表するPIなどが若手をリクルーティングできるように、枠を(あらかじ)め用意するなど、事務方も連携準備するのは戦略的に有効だ。

理研時代、富岳の開発にもかかわったが、開発を進めるに当たり米国エネルギー省(DOE)とフランス原子力・新エネルギー庁(CEA)と協力取決めを結び、頻繁にこれらの傘下の研究機関及びそこに来ている若い研究者と理研及び関連の若手研究者との間に交流があった。このように機関間協力は海外の若手を我が国の研究機関に引き付けるよい手法だと思われる。

昨今、ライフ系や材料系も含めて様々な分野で需要が大きいデータサイエンス人材は日本に圧倒的に少ない注2。他方、彼らは民間でも引く手あまたである。またこの分野は進歩も速く、人の回転率も速い。海外の大学院生を短期でインターンとして雇用し、貢献してもらうというのが現実的な対応であり、AIPはこれを実施しようとしている。この際、研究環境に加えて、生活環境への柔軟な配慮も大変重要となる。例えば、コロナ禍ゆえに海外からのオンライン参画を可能にすることや短期(半年以内)滞在するインターンなどに十分な手当を用意することと振り込める銀行口座を銀行側と調整しておくことが必要である。(昨今、マネーロンダリング防止のため短期滞在外国人に対する銀行の規制が厳しい。)

6. 終わりに

今から10数年前に日本人のノーベル賞受賞者が多数輩出されたとき、私は新聞記者に「海外で研究する日本人のノーベル賞受賞者が多かったのはうれしいことだが、残念ながらそれでは日本国にとっては余り裨益(ひえき)することがない。日本国としては日本の研究機関で外国人が研究したことによってノーベル賞を受賞することの方がメリットは大きい。研究は属人主義ではなく属地主義。海外の優秀な研究者が闊歩(かっぽ)するだけでその周囲は啓発される。」と述べたことがある。今もそれは変わらない。


注1 クラリベイト社のWeb of Science (SCIE)に収録されている論文

参考文献・資料

1) 西川 開,新型コロナウイルス感染症による日本の大学における研究活動への影響,NISTEP DISCUSSION PAPER No. 204,文部科学省科学技術・学術政策研究所,2022年1月(https://doi.org/10.15108/dp204