STI Hz Vol.7, No.2, Part.8:(ほらいずん)ハイブリッド型ワークショップ「SDGs 実現に向けた地域の未来を検討する岩手ワークショップ」開催報告STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00257
  • 公開日: 2021.06.25
  • 著者: 浦島 邦子、横尾 淑子、岡村 麻子、黒木 優太郎、今井 寛
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
ハイブリッド型ワークショップ
「SDGs 実現に向けた地域の未来を検討する岩手ワークショップ」
開催報告

科学技術予測・政策基盤調査研究センター フェロー 浦島 邦子、専門職 横尾 淑子、主任研究官 岡村 麻子、
研究官 黒木 優太郎
上席フェロー 今井 寛

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測・政策基盤調査研究センター(以下、当センター)では、地域が目指す社会とその実現に必要な方策の検討を継続的に実施してきたが、コロナ()により地域の状況やニーズにも変化が生じていることから、岩手大学の協力を得て、2040年までに実現したい社会像を検討する「SDGs 実現に向けた地域の未来を検討する岩手ワークショップ」を開催した。その結果、持続可能な岩手を目指して、豊かな自然などの地域資源を生かして着実に取り組む方向性、従来の人のつながりや実体験を重視しつつ、デジタル化など新しい科学技術の利点も取り入れる方向性が示され、それを支える人材育成の重要性が指摘された。

今回は対面とオンラインを併用したハイブリッド型ワークショップを初めて試みたが、今後も引き続き新たな方法の開発に取り組んでいく。

キーワード:地域,未来,ハイブリッド型ワークショップ,SDGs,コロナ禍

1.はじめに

科学技術イノベーションによる地域活性化のためには、地域のニーズや特性を把握した上で、研究開発促進や社会システム構築に向けた施策を検討する必要がある。当センターでは、地域が目指す社会とその実現に必要な方策を検討することを目的として、地域ワークショップ1~5)を2009年から継続的に実施している。本ワークショップの特徴は、当センターの科学技術予測調査6)との関連性を持たせていること、地元の企業・大学・行政・非営利団体(NPO)・金融など多様な関係者が一堂に会して対等な立場で議論すること、及び、行政関係者の参加を通じた当該地域の将来計画策定や施策検討への貢献を目指していることである。

コロナ禍により社会の仕組みや人の価値観・行動様式が変わりつつある現在、地域の状況やニーズにも変化が生じていると考えられる。そこで、2021年3月、岩手大学の協力を得て、今後の地域の在り方について様々な視点から議論いただくことを目的として、2040年までに実現したい社会像を検討するワークショップを開催した。

2.ワークショップの実施概要

2-1 全体概要

当センターでは、第11回科学技術予測調査の一環で、50の未来社会像を得ている7)。本ワークショップの目的は、その社会像がコロナ禍を受けて変化したのか、そしてどのような変化が生じたのかを把握することである。これとあわせて、議論を経て得られた岩手の理想とする社会像と持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)8)との関連付け、及び、社会像の実現に向けたステークホルダーの役割検討を実施した。

本ワークショップの実施概要を図表1に示す。東京都が緊急事態宣言下にある中、初の試みとして、岩手県内の参加者は岩手大学に集合、NISTEPの参加者はオンラインという、ハイブリッド型ワークショップを実施した。エネルギー、社会、環境、経済のテーマを設定し、4グループで各々検討を行った。最後の全体討論では、各グループの検討結果を共有した。

ワークショップ実施風景
ワークショップ実施風景 /(NISTEP撮影)

(NISTEP撮影)

図表1 ワークショップ実施概要図表1 ワークショップ実施概要

2-2 検討手順

検討手順を図表2に示す。ステップ1~3はグループ討論、ステップ4は全体討論である。

まずステップ1では、第11回科学技術予測調査の結果7)の一部である「50の未来社会像」の中から各グループのテーマに関連した3程度の未来社会像を選び、それを出発点として岩手の現状及びコロナ禍の影響について話し合った。続いて、それを踏まえて岩手の理想とする社会像の検討を行った。この際、留意事項がある場合は付記した。

ステップ2では、ステップ1で設定した岩手の理想とする社会像とSDGsとの関連を検討し、続いて優先して実現したい社会像を選んだ。

ステップ3では、ステップ2で選んだ社会像を実現するための戦略・施策についてステークホルダー(個人、NPO等、企業、研究機関、教育機関、自治体、国)別に検討を行った。

最後のステップ4では、各グループからの結果を全員で共有した。

図表2 検討手順図表2 検討手順

科学技術予測・政策基盤調査研究センターにて作成

3.検討結果

3-1 グループ討論の結果
[エネルギーグループ]

エネルギーグループでは、50の社会像のうち「資源不足に不安のない社会」及び「分散型発電が最適化されている社会」を中心に議論が行われた。議論では、インフラの整備不足やビジネスモデルの欠如により現存する資源を十分に生かせていないとの現状が共有され、太陽エネルギーとのバランスも考慮した山の活用(バイオマス)、養殖も含めた食料の地産地消システム、エネルギーシェア(関連する情報の共有を含む)などが、理想とする社会像として提案された。

その社会像に関連するSDGsについては、教育(目標4)、エネルギー(目標7)、イノベーション(目標9)、都市(目標11)、生産・消費(目標12)、気候変動(目標13)、海洋資源(目標14)、陸上資源(目標15)、実施手段(目標17)が挙げられた。

実現に向けた方策としては、様々なエネルギー源をうまく使い分けるための情報提供、蓄電技術等の研究開発の推進、地域ならではのエネルギー事業の支援、規制緩和、情熱を持って困難に挑戦する人材の育成などが挙げられた。

[社会グループ]

社会グループでは、「AND人間(リアルとバーチャルの両空間を活用)の育つ社会」及び「ボーダレス社会」を中心に議論が行われた。議論では、人間が生きていく上でのよりどころをどこに見いだすのか、効率化の更なる進展により人間自身に限界が来るのではないか、信頼に基づく人間関係をどう構築するかなど、バーチャル空間が拡大した将来社会における根源的な課題が提起され、リアルとバーチャルの各々の特徴に合わせて適切にすみ分けを行うこと、多様な文化や価値観を学んで認め合うこと、情報のオープン化を進めることなどが理想とする社会像として提案された。社会像とSDGsとの関連については、時間の都合により検討しなかった。

実現に向けた方策としては、リアルな体験機会の増大、バーチャル空間の活用による生涯教育機会の拡大、リアルな出会いの場・ネットワークの確保、相互理解のための情報発信などが挙げられた。

[環境グループ]

環境グループでは、「野性味社会」、「不確実性の下で持続可能なエネルギー・環境」、「脱GDP社会」、及び「移動と物流の高度化社会」を中心に議論が行われた。議論では、岩手の良さや資産を地元の人が知らず、活用や広報が不足しているとの認識が示され、豊かな自然を維持・活用しつつハイテクも適宜取り入れた内発的発展により、岩手ならではの幸福社会を構築することなどが理想とする社会像として提案された。

その社会像に関連するSDGsについては、教育(目標4)、エネルギー(目標7)、成長・雇用(目標8)、イノベーション(目標9)、生産・消費(目標12)、陸上資源(目標15)、実施手段(目標17)が挙げられた。

実現に向けた方策としては、環境負荷低減を意識した消費・生産活動、地域をベースとしたサプライチェーン構築、アントレプレナーシップの養成、将来社会像の議論と共有などが挙げられた。

[経済グループ]

経済グループでは、「暮らし方多様化社会」、「労働の多様化社会」、「ユビキタス生活社会」を中心に議論が行われた。議論では、農産物のネット販売や都市部で培ったスキルで地元活性化に貢献する事例などが一部で見られるものの、全体としては豊富な地域資源を生かせていないことが課題とされ、良好な人間関係を生かして、地域資源を活用したイノベーションによる地域の自立が理想とする社会像として提案された。ただし留意点として、非効率あるいは魅力に乏しいと見なされ、おいていかれる地域が生じないよう、全体バランスを見た施策が必要とされた。

その将来像に関連するSDGsについては、保健(目標3)、教育(目標4)、成長・雇用(目標8)、イノベーション(目標9)、都市(目標11)が挙げられた。

実現に向けた方策としては、科学技術を活用した生活や仕事の自由度向上、多様な人と交流し理解する機会の提供、地域資源活用の支援、イノベーションを起こす人材育成・確保などが挙げられた。

図表3 各グループの検討結果図表3 各グループの検討結果

3-2 総括

最後に、グループ討論及び全体討論を踏まえて、特に地域の視点に着目して以下の総括がなされた。

一点目は、当センターが第11回科学技術予測調査の一環で得た未来の社会像、あるいは、国が掲げるSociety 5.0に対する地域からの視点である。コロナ禍によりオンラインの打合せや会議、業務の自動化などが広がりを見せたが、こうした効率化やSociety 5.0に向けた推進の中で取り残される地域が出ることのないよう配慮が必要、との指摘があった。

二点目は、自然資源活用の可能性である。地域には、その存在や価値が十分に認知されておらず、未利用の状態にある資源が埋もれている。多様な人が関与することにより新しいビジネスが生まれるのではないか、との指摘がなされた。

三点目は、人間・社会と科学技術の関係である。バーチャル空間の活用が広がる中で人間はどこによって立つのか、人間は効率性をどこまで受け入れられるのかなどについて、各自の経験を踏まえた意見が交わされた。様々な立場の人がこうした議論を引き続き行うことの重要性が認識された。

3-3 まとめ

グループ討論では、各グループから、岩手の良さや豊かな地域資源を十分に活用できていないことが現状として挙げられ、オンライン化の普及は様々な効果をもたらした一方で、人と人とのつながりの弱体化や効率一辺倒の弊害が危惧されるとの課題も指摘された。

各グループから挙げられた理想とする社会像については、持続可能な岩手を目指して、豊かな地域資源を活用した内発的発展に向けて、地域の特性に合わせて着実に取組を進めること、とまとめることができる。具体的には、多様なエネルギー源の特徴に合わせた利用や分散電源などを進めること、新しい発想と技術で豊かな自然などの地域資源を持続可能な形で利用すること、資源の域内循環(地産地消)を進めること、人のつながりや実体験をよりどころとしつつ、デジタル化など科学技術の利点も併せて活用することにより、新しい幸福の形を築く、などである。そして、それらを進めるためには、困難な課題に果敢に挑戦し、イノベーションを起こせる人材の育成や地域の未来について考える教育など、人を育てることの重要性が多く指摘された。

SDGsとの関連性については、強弱はあるものの、17目標のうち11目標が紐づけられた。特に、教育:質の高い教育をみんなに(目標4)、イノベーション:産業と技術革新の基盤をつくろう(目標9)が多く挙げられた。

4.方法論からの考察

当センターでは、前述の通りこれまで多くのワークショップを実施しているが、本ワークショップにおいて二つの新たな試みを行った。

4-1 予測調査の結果をベースにした議論

調査結果を出発点として様々な立場からの議論を喚起するという、科学技術予測調査の普及・展開フェーズを設けた。これまでの地域の未来像検討は、科学技術予測調査における将来社会像検討に多様なステークホルダーの視点をインプットするという位置づけで実施されてきた。しかし、目指す社会とそれに寄与する科学技術や社会システムなどの検討を実践に移すためには、もう一度ステークホルダーの視点に戻し、自分事として具体的な方針を議論する必要があり、普及・展開フェーズは、科学技術予測調査の重要なフェーズの一つと考えられる。本ワークショップにおいては、実際に、国レベルの議論では見落とされがちな地域の抱える課題や地域の実情に見合った方向性などが提案されている。さらに、こうした議論を次の科学技術予測調査にインプットするというループを構築することは、今後の科学技術予測調査に資するものと考えられる。

4-2 オンラインを併用したハイブリッド型ワークショップの試み

東京都が新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言下にあった中での開催であったため、本ワークショップは、現地は対面による参加、NISTEPからはオンライン参加というハイブリッド型とした。感染拡大状況によっては現地でもオンラインとなる可能性があったことから、通常ワークショップで用いる付箋やホワイトボードを原則使用せず、あらかじめ用意した様式を埋める形で議論を進めた。岩手県内の参加者は岩手大学に参集し、NISTEPの参加者は各グループのディスカッションを聞きながら、用意した様式に記録するという形式で参加した。こうしたハイブリッド型により、コロナ禍の中でもワークショップを開催し、結果を得ることができた。しかし、様式に落とし込む前の自由で発散的な議論を図示して共有し、類似事項をグループ化したり、相互の関係性を検討したりという従来の手法がオンラインでは十分できなかったことや、時間制限により議論が不十分のまま終わったことも否定できない。対面・オンラインの各々の得失を振り返り、参加者にストレスのかからない新しいワークショップの在り方について引き続き検討する必要がある。

5.おわりに

当センターでは、地域が目指す社会とその実現に必要な方策の検討を継続的に実施してきたが、コロナ禍により地域の状況やニーズにも変化が生じていることから、岩手大学の協力を得て、2040年までに実現したい社会像を検討する、対面とオンラインを併用したハイブリッド型ワークショップを開催した。

ワークショップでは、当センターの調査結果を出発点として、現状やコロナ禍の影響を踏まえた上で岩手の理想とする社会像を検討した。その結果、持続可能な岩手を目指して、豊かな自然などの地域資源を生かして着実な取組を進める方向性、また、従来の人のつながりや実体験を重視しつつ新しい科学技術の恩恵も享受する方向性が示され、それを支える人材育成の重要性が指摘された。地域ならではの課題や長所・短所も挙げられた。

このように、未来社会像を国レベルから地域レベルまで検討することにより、より具体的な施策を検討することができた。また、通常の人流が困難な中でも、日々進化するオンラインツールを活用することによって、ワークショップを開催できた。本ワークショップでの経験をもとに、今後も引き続き新たなワークショップの方法開発に取り組んでいく。

謝辞

本ワークショップ開催に当たっては、全体設計から当日運営まで全般にわたり、岩手大学の高木浩一教授並びに今井潤教授に多大なる御尽力を賜った。中島清隆准教授(岩手大学)並びに木場隆夫教授(岩手県立大学)には、事前検討への御参加及び当日のグループ討論進行を頂いた。当日は、グループ討論を進行いただいた三上昌也特任准教授(岩手大学)並びに御参加の皆様方に活発な議論を頂いた。また、岩手大学研究支援・産学連携センター事務局の方々には会場設備に関わる業務を担っていただいた。ここに、御協力いただいたすべての方々に心より感謝申し上げる。


* 役職はワークショップ開催当時

参考文献・資料

1) 科学技術動向研究センター、「将来社会を支える科学技術の予測調査 地域が目指す持続可能な近未来」、NISTEP REPORT No.142(2010):http://hdl.handle.net/11035/687

2) 科学技術予測センター、「地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の『高齢社会×低炭素社会』~」、調査資料-259 (2017):http://doi.org/10.15108/rm259

3) 予測・スキャニングユニット、持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その1~4)、STI Horizon Vol.2 No.4 (2016)~Vol.3 No.3 (2017):
https://doi.org/10.15108/stih.00057; https://doi.org/10.15108/stih.00070;
https://doi.org/10.15108/stih.00079; https://doi.org/10.15108/stih.00088

4) 予測・スキャニングユニット、「2035年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップ in しずおか」活動報告、STI Horizon Vol.4 No.1 (2018):https://doi.org/10.15108/stih.00118

5) 河岡将行・蒲生秀典・浦島邦子、「理想とする2050年の姿 ワークショップin 恵那」活動報告、STI Horizon Vol.4 No.4 (2018):https://doi.org/10.15108/stih.00154

6) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査S&T Foresight 2019 総合報告書」、NISTEP REPORT No.183 (2019):http://doi.org/10.15108/nr183

7) 科学技術予測センター、「2040 年に目指す社会の検討(ワークショップ報告)」、調査資料-276 (2018):
http://doi.org/10.15108/rm276

8) 国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所、持続可能な開発目標:
https://www.jp.undp.org/content/tokyo/ja/home/sustainable-development-goals.html