STI Hz Vol.5, No.3, Part.7:(ほらいずん)ST Foresight 2019(速報版)の概要-人間性の再興・再考による柔軟な社会を目指して-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00185
  • 公開日: 2019.09.25
  • 著者: 横尾 淑子、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
ST Foresight 2019(速報版)の概要
-人間性の再興・再考による柔軟な社会を目指して-

科学技術予測センター センター長 横尾 淑子、上席フェロー 赤池 伸一

概 要

科学技術予測センターでは、科学技術基本計画など科学技術イノベーション政策の検討に資することを目的に第11回科学技術予測調査を実施しており、2019年秋に最終結果報告を予定している。本稿では、これに先立ち7月に公表した速報版について概要を示す。

本調査は、2040年をターゲットイヤーに見据え、社会の未来像と科学技術の未来像を検討し、それらを統合して科学技術発展による社会の未来像を描くものである。社会の未来像検討では、専門家による分野融合的なワークショップにより50の未来像と4つの価値を抽出した。科学技術の未来像検討では、702の科学技術トピックを設定し、約5,300名の専門家の見解を収集した。また、これらの科学技術トピックを自然言語処理によりクラスタリングした結果を基に分野の枠を超えた専門家の議論を経て、推進すべき16領域を抽出・選定した。これらを踏まえ、社会の未来像と科学技術の未来像を統合して目指す社会の姿を描き、「人間性の再興・再考による柔軟な社会」としてまとめた。

キーワード:科学技術予測,ワークショップ,デルファイ,分野横断,シナリオ

1.はじめに

科学技術予測センターでは、科学技術基本計画など科学技術イノベーション政策の検討に資する基礎的な情報を提供することを目的として、「科学技術予測調査」をおよそ5年ごとに実施1)している。2017年には11回目となる調査を開始した。

前回調査(第10回)では、「ビジョン」「将来科学技術」「シナリオ」の3部構成で検討を行った。一連の検討を通じて、科学技術や社会の急速な変化をいち早く捉え対応することが今後の課題として挙げられた。そこで、第11回科学技術予測調査(以下、「本調査」という)では、前回調査の構成を踏まえつつも、変化の兆しを把握する工程を取り入れ、併せて科学技術と社会との関係性により留意した設計とした。2019年秋に調査報告を取りまとめる予定であるが、これに先立ち7月に速報版2)を公表した。図表1にその概要を示す。

本調査の特徴は、ICTの積極的な活用と多様なステークホルダーの参画である。具体的には、ICTを活用して、変化の兆しに関する情報収集を行うとともに、既存の分野の枠にとらわれない調査・分析を試みた。また、様々なバックグラウンドの参加者によるグループ討論を行い、複雑な科学技術と社会の関係性を捉えることを試みた。

図表1 速報版の全体概要図表1 速報版の全体概要

2.調査の枠組み

2-1 基本方針

本調査は、科学技術の発展による社会の未来像を検討するものである。社会の未来像検討の視点には、国家レベルでは産業、労働、社会保障、教育、医療、交通、食料、エネルギー、安全保障など様々な視点が考えられ、また、国際的にはSDGsや地球環境などの視点があり得る。科学技術はそれぞれの未来像実現に様々なレベルで関与するが、いずれも科学技術以外の要素の議論が不可欠である。本調査は、社会の未来像の中で科学技術が貢献する部分に焦点を当てたものであり、産学官の様々な場で行われている未来像を描く取組3)の中で各々の目的に応じデータが活用されることで補完的な役割を果たすことを意図したものである。

2-2 調査の構成

本調査は、図表1に示すように、科学技術や社会のトレンド把握(ホライズン・スキャニング)、社会の未来像検討(ビジョニング)、科学技術の未来像検討(デルファイ調査)、科学技術の発展による社会の未来像検討(シナリオ)から構成される。

「科学技術や社会のトレンド把握」では、科学技術や社会のトレンドや変化の兆しを収集し、「社会の未来像検討」及び「科学技術の未来像検討」に提供した。「社会の未来像検討」では、ワークショップ形式で2040年に目指す社会の姿を検討した。「科学技術の未来像検討」では、実現が期待される702の科学技術トピック(以下、「トピック」という)について多数の専門家の見解を収集した。あわせて、類似するトピックをグループ化し、分野の枠を超えて推進すべき領域である「未来につなぐクローズアップ科学技術領域」を選定した。「科学技術の発展による社会の未来像検討」では、「社会の未来像検討」で得られた50の未来像と「科学技術の未来像検討」で得られた702のトピックを統合して社会変化の基本的な方向性(以下、「基本シナリオ」という)についてまとめた。

2-3 調査の時間軸

本調査の時間軸を図表2に示す。将来展望の期間は2050年までの約30年間、社会の未来像を描くターゲットイヤーは2040年、と設定した。

この時間軸の下で、ありたい社会の実現に向けてどのような科学技術が必要かを考えること(ここでは「バックキャスト」という)と科学技術がどのように発展し、社会に何をもたらすのかを考えること(ここでは「フォーキャスト」という)の双方向からの検討を行った。

図表2 調査の時間軸図表2 調査の時間軸

3.検討結果

3-1 科学技術や社会のトレンド把握

文献調査、専門家・有識者からの情報収集、及びクローリングにより、科学技術や社会の最新トレンド情報を収集・整理し、社会の未来像や科学技術の未来像の議論に供した。図表3に情報の種類と情報源を示す。

図表3 収集した情報図表3 収集した情報

3-2 社会の未来像

社会の未来像の検討においては、図表4に示すように、世界の未来像と地域の未来像を参照しつつ、日本社会の未来像を描出するアプローチを採った。世界の未来像については、14か国・国際機関約60名の参加によるワークショップ、地域の未来像については6地域のべ約340名の参加によるワークショップにおいて議論を行った。続く日本社会の未来像の検討では、人文・社会科学者や若手研究者など多様な専門家・有識者約100名によるワークショップを開催して議論を行った。

図表5に検討結果を示す。10グループから50の未来像が提案され、その中から未来社会において重視すべき事柄として4つの価値が抽出された。Humanityの下では、AIやロボットなど機械と人間が共存する中で、人間らしさや人間同士の新しいつながりに価値を見いだす社会が描かれた。Inclusionの下では、人間も機械も各々の特徴を生かして有機的につながることにより進化する社会が描かれた。Sustainabilityの下では、エネルギー制約、食料需給、地球規模の環境など、様々な課題への対応が進んだ持続可能な社会が描かれた。Curiosityの下では、探求心・好奇心が十分に発揮される社会が描かれた。詳細は、報告書4)及び本誌記事5)を参照されたい。

図表4 社会の未来像の検討方法図表4 社会の未来像の検討方法

図表5 4つの価値と50 の未来像図表5 4つの価値と50 の未来像

3-3 科学技術の未来像
(1)専門家アンケート

科学技術の未来像検討のため、デルファイ法による専門家アンケートを実施した。具体的には、計74名の委員から成る分野別分科会での検討を経て7分野計702のトピックを設定し、2019年2月~6月に、トピックの重要度や実現見通し等に関するウェブアンケートを実施した。最終回答者は、5,352名である。実施に当たっては、関係機関の協力を得て幅広い回答者群を設定するとともに、回答しやすさに配慮してアンケートサイト上でのトピックの一覧性を高めた。

アンケート結果例として、重要度が高いトピックを図表6に示す。災害関連、人口減・高齢化対応など、今後深刻化すると見込まれる社会的な課題への対応を図るトピックが多く挙げられている。

図表6 重要度の高いトピック(各分野上位3件)図表6 重要度の高いトピック(各分野上位3件)

(2)未来につなぐクローズアップ科学技術領域

分野の枠を超えて今後推進すべき研究開発領域を抽出するため、702のトピックを基にした新興・融合領域の検討を行った。具体的には、自然言語処理により類似トピックをクラスタリングし、専門家の議論・判断を経て、分野横断・融合のポテンシャルの高い8領域並びに特定分野に軸足を置く8領域を選定した。

図表7に分野横断・融合のポテンシャルの高い8領域の概要を示す。これらは、社会課題解決に資する領域と基盤的・共通的な領域とに二分され、社会の未来像の検討で抽出された内容との重複も多く見られる。図表8には、分野横断性は低いが重要性が高いと判断された8領域を示す。詳細は、報告書6)及び本誌記事7)を参照されたい。

図表7 分野横断・融合のポテンシャルの高い8領域図表7 分野横断・融合のポテンシャルの高い8領域

図表8 特定分野に軸足を置く8領域図表8 特定分野に軸足を置く8領域

3-4 科学技術の発展による社会の未来像

「社会の未来像検討」で得られた50の未来像と「科学技術の未来像検討」で設定した702のトピックを基に、科学技術発展による社会の未来像を描く「基本シナリオ」を作成した。「基本シナリオ」は、目指す社会の姿、関連する科学技術トピック群、並びに望ましい社会を実現するに当たっての留意点から構成される。

まず、二つの軸(無形・有形、個人・社会)を設定し、50の未来像を4グループに分類・整理した。「社会の未来像検討」あるいは「科学技術の未来像検討」に参加した専門家・有識者22名によるワークショップを開催し、科学技術起点の発想と社会起点の発想を統合させる試みを行った。図表9に目指す社会の姿を示す。

一連の議論の結果、2040年に目指す社会は、人間を中心に据え、様々な変化に対応できる「人間性の再興・再考による柔軟な社会」とまとめられた。これは、「人間はより良い在り方を模索して自分らしく生きる、社会は多様な人間が緩やかにつながり共生する環境を提供する、そして科学技術は、人間や社会の営みに優しく寄り添い支える」社会である。詳細は、本誌記事8)を参照されたい。

図表9 目指す社会の姿図表9 目指す社会の姿

4.今後に向けて

科学技術の急速な発展、政治・経済情勢の不透明性の増大など、将来の不確実性の高まりを受け、社会の未来について様々な議論が行われている。また科学技術・イノベーション政策においては、将来的に主流となる可能性のある新領域探索への期待も大きい。本調査では、科学技術に視点を置き、専門家の想定による平均的な未来像について検討を行った。本調査の結果を基に、関係者により発展的な議論がなされることが期待される。

当センターでは、アンケート結果の詳細分析や専門家の見解等を加え、2019年秋に報告書を取りまとめる予定である。また、公表済みのビジョンワークショップ報告4)、クローズアップ科学技術領域方法論6)に続き、デルファイ調査、クローズアップ科学技術領域の内容分析、基本シナリオについて取りまとめることとしている。あわせて、関連する詳細分析や方法論も適宜取りまとめる予定である。

また今後の調査として、「基本シナリオ」と「未来につなぐクローズアップ科学技術領域」の関係性を踏まえ各論に関するテーマを設定し、科学技術発展による社会の未来像について深掘りすることを検討していく。


注 回答を収れんさせるため、同一回答者に同一設問を繰り返すアンケート(本調査では2回繰り返し)。2回目には、1回目の集計結果を提示し再考を求める。

参考文献・資料

1) 科学技術・学術政策研究所の研究領域「科学技術予測・科学技術動向」ページ;
https://www.nistep.go.jp/research/science-and-technology-foresight-and-science-and-technology-trends

2) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 ST Foresight 2019(速報版)」(2019年7月);
http://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.101

3) 例えば、経済団体連合会「Society 5.0-ともに創造する未来-」、経済同友会「Japan 2.0」、日立製作所(シリーズ-未来を創る- 日立京大ラボの描く未来、 STI Horizon Vol.5 No.2 (2019年6月): http://doi.org/10.15108/stih.00174)、理化学研究所(シリーズ-未来を創る- 理化学研究所 未来戦略室のイノベーションデザイン、STI Horizon Vol.5 No.1 (2019年3月): http://doi.org/10.15108/stih.00165)、総務省「未来をつかむTECH戦略」、経済産業省「新産業構造ビジョン」など。

4) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 2040 年に目指す社会の検討(ワークショップ報告)」、調査資料 No.276(2018年9月);http://doi.org/10.15108/rm276

5) 矢野幸子、「2040年の科学技術と社会について考える~ビジョンワークショップ開催報告~」、STI Horizon Vol.4 No.2(2018年5月);http://doi.org/10.15108/stih.00125

6) 重茂浩美・蒲生秀典・小柴等、「第11回科学技術予測調査[3-1] 未来につなぐクローズアップ科学技術領域-AI関連技術とエキスパートジャッジの組み合わせによる抽出の試み」、DISCUSSION PAPER No.172(2019年7月);http://doi.org/10.15108/dp172

7) 蒲生秀典・小柴等・重茂浩美、「未来につなぐクローズアップ科学技術領域-AI関連技術とエキスパートジャッジを組み合わせた抽出-」、STI Horizon Vol.5 No.3(2019年9月);https://doi.org/10.15108/stih.00179

8) 黒木優太郎・河岡将行、「基本シナリオ-科学技術の発展により目指す社会の姿-」、STI Horizon Vol.5 No.3(2019年9月);https://doi.org/10.15108/stih.00186