STI Hz Vol.5, No.3, Part.4:(特別インタビュー)科学技術・学術審議会総合政策特別委員会主査/科学技術振興機構 濵口 道成 理事長インタビュー-科学技術システムの変革と新たな価値の創造-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00182
  • 公開日: 2019.09.25
  • 著者: 赤池 伸一、横尾 淑子、玉井 利明
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
科学技術・学術審議会総合政策特別委員会主査/
科学技術振興機構 濵口 道成 理事長インタビュー
-科学技術システムの変革と新たな価値の創造-

聞き手:上席フェロー 赤池 伸一
科学技術予測センター センター長 横尾 淑子
企画課 課長補佐 玉井 利明

次期科学技術基本計画策定に向け、各所で検討が本格化している。文部科学省では科学技術・学術審議会の下に総合政策特別委員会が設けられ、現在、第10期委員により議論が進められている。

そこで、科学技術・学術審議会総合政策特別委員会主査であり、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の科学技術予測調査検討会座長を務める、濵口道成国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)理事長に、①今後の科学技術イノベーション政策の方向性、②科学技術と社会の関係性、③現在の政策課題と方策、の三つの観点からお話を伺った。

濵口 道成 国立研究開発法人科学技術振興機構理事長1975年名古屋大学医学部卒業、1980年同大学医学研究科博士課程修了。1980年より、名古屋大学にて、医学部附属癌研究施設助手、医学部附属病態制御研究施設助手・助教授・教授、アイソトープ総合センター分館長、大学院医学研究科附属病態制御研究施設長、大学院医学系研究科附属神経疾患・腫瘍分子医学研究センター教授、大学院医学系研究科附属医学教育研究支援センター長、大学院医学系研究科長・医学部長を歴任。その間、1985年米国ロックフェラー大学分子腫瘍学講座研究員。2009年4月から2015年3月まで、名古屋大学総長。2015年4月から、国立研究開発法人科学技術振興機構理事長。

濵口 道成 国立研究開発法人科学技術振興機構理事長
1975年名古屋大学医学部卒業、1980年同大学医学研究科博士課程修了。
1980年より、名古屋大学にて、医学部附属癌研究施設助手、医学部附属病態制御研究施設助手・助教授・教授、アイソトープ総合センター分館長、大学院医学研究科附属病態制御研究施設長、大学院医学系研究科附属神経疾患・腫瘍分子医学研究センター教授、大学院医学系研究科附属医学教育研究支援センター長、大学院医学系研究科長・医学部長を歴任。その間、1985年米国ロックフェラー大学分子腫瘍学講座研究員。
2009年4月から2015年3月まで、名古屋大学総長。
2015年4月から、国立研究開発法人科学技術振興機構理事長。

1. 今後の科学技術イノベーション政策の方向性

- まず、次期科学技術基本計画の方向性についてお考えをお聞かせください。
科学技術の新たな価値

現在、科学技術イノベーション政策は大きな転換点にあると思います。

第一に、科学技術自体の方向性が変わりつつあることです。少子高齢化などの社会変化に加え、AI・IoTなどが科学技術のバックグラウンドを大きく変え、明治以来の「-ology」が付く学問分野の体系は新しい変化に対応しきれていません。従来の延長ではない、科学技術の新たな価値を言語化していく必要があります。

第二に、ブダペスト宣言から20年が経過し、科学の新しい概念を打ち出す時期に来ていることです。ブダペスト宣言は、「知識のための科学」だけでなく、「平和のための科学」、「開発のための科学」、「社会における科学と社会のための科学」が打ち出された画期的なものでした。2019年秋にブダペストで開催される世界科学フォーラム(World Science Forum)では、科学技術のバックグラウンドが変わる中で新しい価値を打ち出していかなければいけないと考えていますし、それと連動する形で次期科学技術基本計画を形作る必要があると思います。

第三に、SDGs(国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」)があります。この目標の中には、科学技術との結び付きが強い目標だけでなく、貧困や教育など人間の生存に関わる目標もあります。私たちの幸福や充足感に科学技術がどれだけ貢献できるかという視点で、科学技術を捉え直す必要があります。

生活に寄り添う科学技術

「知識のための科学」は依然として重要ですが、科学技術が日々の生活にいかにして豊かさを生み出すかが問われる時代に入っています。税金を投入するからには、世界の中で競い合える日本の科学技術をいかに維持するかという課題と並行して、日々の生活に寄り添う在り方にも手を伸ばして具体化を考えていかなければなりません。そうでないと、科学技術は国民から遠い存在のままで、温かいサポートは得られないと思います。

科学技術の新たな価値への要求が端的に表れたのが、東日本大震災でした。「想定外」で迷走した従来の科学技術は、国民の信頼を失ってしまいました。その一方、印象深い事例もありました。例えば、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定された高校が実施した福島の放射能汚染対策の事例では、現地で高校生約220人にガイガーカウンターを持たせ、24時間監視を2週間行いました。他の地域やフランスとの比較も行い、高校生が被ばくしないで生活していることを明らかにしました。このように、科学的な分析を行いつつ、日々の不安に寄り添い、地元で教育を受ける権利をサポートする科学技術の在り方があったのです。また、JST復興促進プログラムで採択された事例では、ローテクでも日々の生活に影響を与える例がありました。津波後の磯焼け対策として、鉄板を炭素繊維とともに袋に詰めてカキの養殖用いかだにつるした群馬工業高等専門学校の先生がおられます。鉄板からのミネラルがプランクトンを増やし、カキを大きくふっくらと育てることに成功しました。郷土の名産品が復活し、仕事が生まれたのです。また岩手大学の先生は、そばの滅菌装置に取り組まれました。これまではアルコール殺菌のため日持ちがせず風味も落ちてしまったのですが、高熱瞬間殺菌によって販売地域が広がり、仕事が増え、地元の人たちの生計を立てることができたのです。これからの大学は、こうしたことに本気で取り組むべきではないでしょうか。

2. 科学技術と社会の関係性

- 福島の事例のように、一般の方が科学技術の現場への参加を通じて認識を深め、科学技術と社会の関係性が変化していくのは、とても興味深いです。科学技術と社会との関係性については、どのようにお考えでしょうか。
参加とコミュニケーション

専門家と一般の方の関係性がフラットになり、真偽の微妙なものも含め多くの情報が次々と提供されるようになりました。博士号は信頼の根拠にはなりません。専門家はこの状況を認識し、専門家であることを自覚して自己鍛錬する必要があります。

医療の現場では、社会問題が先鋭化して表れます。例えば、がんの告知です。特定の慢性病は、情報技術の発展のおかげで患者もかなりの知識を持っています。医者は、説得力のあるエビデンスを提示しなければ、患者や家族の納得を得られません。

ステークホルダー間でコミュニケーションをとるプロセスなど、専門家と国民をつなげる作業を丁寧に重ねることが重要になると思います。

研究と社会目標をつなぐ

現代では研究が細分化・専門化し、自分の研究がどこまでSDGsなど社会的な目標に絡んでいるかを感じられる人はほとんどいないと思います。STI for SDGsを実体のあるものにするためには、研究と社会的な目標を補完する方法論が必要となります。

医学は社会と距離が近いため、先取りする形で研究と社会目標とをつなぐ取組が行われてきました。戦後の医学知識を1とすると、現在はその500〜1000倍はあります。これを6年間で教えきることはできませんし、専門特化しすぎて全体が見えない状況になっています。そこで、総合医療、人間の幸せのための医療を目指す取組が始まりました。社会の課題を解決することを通じて学ぶプロブレム・ベースト・ラーニング(problem based learning)が行われています。

欧米では、バックキャスト、コンバージェンス、ソリューションオリエンテッドなどの研究手法が提唱されていますが、これは時代の流れに合ったものだと思います。

- 社会的価値をもたらす科学技術には、最初のアジェンダ設定から最終段階まで通して人文・社会科学が関わる必要があるのではと思いますが、今後の人文・社会科学の役割についてはいかがでしょうか。
人文・社会科学的な視点

人文・社会科学の役割は今後増大すると思います。個別分野にとどまらず幅広に、次の時代をどう設計するかについて自然科学の専門家と一緒に議論してほしいと思います。科学が「社会のための科学」へと広がるのと同時に、人文・社会科学もこれまでとは違うものが必要になるかもしれません。

人文・社会科学の実践的アプローチも参考になります。岩手県釜石市では、日頃の防災訓練のおかげで子供たちの命が助かり、「釜石の奇跡」と呼ばれました。一方、マニュアルを作っただけの地域では残念ながら適切な行動がとられませんでした。単に知識として教えるのではなく、判断して実行できるような科学技術の伝え方は、日々の生活に科学技術がコミットする上で重要なことだと思います。

現在、科学技術と社会との距離が遠くなってしまっており、近づけるための作業を具体的に議論する必要があります。そうでないと、実体を伴わない形式的な議論の堂々巡りで終始するおそれがあります。明治時代から築き上げてきた日本のシステムが根底から壊れるかもしれないという危機感を持って、どうすべきかを考えなければいけません。今の豊かさが将来的にも続くという意識で科学技術の将来を展望してもはかない議論になります。腹をくくったリスク管理も頭に入れながら、科学技術をどう展開するかを考えなければいけません。

3. 現在の政策課題と方策

- 科学研究のベンチマーク1)を見ると、ほとんどの分野において米国か中国がトップになっており、この二大大国の中でどうポジショニングしていくのか、現実的な解をシビアに議論する必要があるように思います。今後取り組むべき政策的課題についてお聞かせください。
科学技術のメタ分析

現代は、知識量が膨大になっています。論文数も膨大で、科学技術進展の全体状況を把握できる人はいないのではないでしょうか。こうした時代には、科学技術そのもののメタ分析が重要です。イノベーションを起こすのは、既存の「-ology」が付く学問分野ではなく新しい辺縁の分野です。世界の中で競い合えるアカデミアを作るには、この予兆を見いだす必要がありますが、これは相当難しいことです。まさにNISTEPがなすべきことではないでしょうか。

日本は、限られた資源の中で活動しなければなりません。全てトップを目指すだけの余裕はありません。成功している分野がどのようなメカニズムを作り上げたのか、陰りを見せる分野で何が起こっているのかなどの分析も重要です。例えば、成功した分野の一つと言えるがん研究では、多分野が関わるコンバージェンスに1980年代から取り組んでいました。そして国費もしっかり投入されていました。

長期的視点のグランドデザイン

日本は単年度会計の制約があり、中長期の視点が弱いと思います。科学技術基本計画は中長期的な視点を入れるために策定されているのですが、いまだに弱点を克服しきれていません。一方中国は、2050年までの計画を立て、人材を投入しています。それにより優位性を持つ分野も出てきています。日本においても、長期的目標を置いた上で今後5年間を考え、グランドデザインを描く必要があります。

日本の科学技術力をメタ分析し、例えば、ミッションオリエンテッドな取組にはどの科学技術分野が必要か、そしてその分野に研究者はいるのかなど、現実感のある分析と計画が必要と思います。現状では、文言が文言のままで終わってしまうおそれがあります。

ファンディングの力

今の科学技術システムの構造からすると、研究者は自らの好奇心を動機(curiosity driven)として動きます。社会課題解決のための科学技術システム構築には、ファンディングまで含めた議論が必要です。

欧米ではファンディングを利用して大胆に切り込んでいます。欧州のHorizon 2020ではミッションオリエンテッドがうたわれ、環境や貧困など様々な社会課題に新しいアプローチで取り組んでおり、ファンディングの力で社会科学者と自然科学者をつないでいます。米国国立科学財団(NSF)では、コンバージェンステクノロジーという概念を打ち出し、社会課題を解決するために幅広い科学技術分野の英知を集めて成果を出すという設計をしています。日本は欧米と比較してこうした取組が非常に弱いと思います。

- 第3期科学技術基本計画の終わり頃から、他の政策とのバランスや財政的な文脈での議論など、科学技術の経済・社会における意義を厳しく求められるようになってきました。こうした政策論の観点からはいかがでしょうか。
説明責任

科学技術の在り方についての意思決定に国民が影響を及ぼすようになっています。様々な情報を入手できるようになり、国民の認識レベルは高くなっています。政策には、透明性、公平性、説明責任が求められます。これまで説明してこなかった部分も言語化する必要があります。国の資金力が下がってきている中でもやるべき分野なのか、未来のために投資すべき分野なのか、社会的な部分も含めて説明しきれるかどうかが厳しく問われます。これは、これから10年を考えたとき大きな課題です。

- 最後に科学技術イノベーション推進の主要プレーヤーである大学の在り方について、お考えをお聞かせください。
大学の生き残り戦略

18歳人口が減少し、あと10年もすると、東京と沖縄を除いて18歳人口より大学の募集人口の方が多くなります。地方大学は地域社会に大きな影響を与えていますから、人口減の下で地方大学の成功例をどう導くかを真剣に議論する必要があります。

大学には、縮小の時代でも生き残れる強い足腰が必要です。オリジナルな個性を各大学が持たなければいけないのですが、成功例が少なすぎます。大学の自己判断・自律性を伸ばすことを怠ってきたツケかもしれません。大学の運営をどのように設計していくかが重要です。しかし、国立大学時代の意識のままで、運営費交付金が足りないと言って思考停止しているおそれがあります。かつては機能していた大学の縦割り体制が、今は弱点になっています。また、研究と現場が離れ、実社会を知らない大学人が多くなっていることも問題です。

大学については、大学病院という成功事例があります。大学病院は借金をかなり抱えた段階で法人化しましたが、10年経過して、収益を上げ、安心して働ける環境を実現させています。きちんと経営すればやっていけるのです。ただしそれには、規制を外し、収益事業を可能にする、収益を上げても交付金を減額しない、などの制度設計が必要です。あるいは、企業の事例も参考になるかもしれません。工場閉鎖など規模が縮小する中でも収益を上げている楽器メーカーがあります。過去の事例で言えば、アジアではオートバイのほとんどが日本製でした。京都のオーナー企業は、オンリーワンの商品を持ち、コアな技術は非公開、ユニコーン的に展開し手を広げない、などのやり方で収益を確保しています。こうした実例を学び、人口減少時代に大学がどう生き残るかの戦略を考えなければいけません。

大学のネットワーキング

大学の規模も問題です。日本の国立大学では、運営費交付金が100億円以下の大学が6割と規模が小さく、そうした小さな大学が散在しています。ピンポイントに取り組む小さな集団があるだけで、統合的なエコシステムができていません。一つの集合体としてコンバージョンができていないことが問題で、広域で考え、ネットワーキングで補完し合い乗り切れるところはどこなのかをシビアに見ていく必要があります。

一方米国では、例えばミシガン大学(U-M)は1兆円規模です。中国の大学キャンパスは巨大です。フランスでも巨大なアカデミアが形成されていますし、ドイツでもエクセレンス・イニシアティブというプログラムで特定の大学に巨額の投資が入っています。これでは、日本の大学はスーパーカーの競争に自転車で挑んでいるようなものです。

ここでもメタ分析して問題点を洗い出し、ファンディングを通じてシステムを変えていく必要があります。

/左から、赤池、濵口理事長、横尾、玉井

左から、赤池、濵口理事長、横尾、玉井

参考文献・資料

1) 村上昭義・伊神正貫、科学研究のベンチマーキング2017-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-、科学技術・学術政策研究所、調査資料-262、2017年8月、http://doi.org/10.15108/rm262