STI Hz Vol.4, No.2, Part.2:(ほらいずん)2040年の科学技術と社会について考える~ビジョンワークショップ開催報告~STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00125
  • 公開日: 2018.05.25
  • 著者: 矢野 幸子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
2040年の科学技術と社会について考える
~ビジョンワークショップ開催報告~

科学技術予測センター 特別研究員 矢野 幸子

概 要

2018年1月12日、科学技術予測センターは第11回科学技術予測調査の一環で、産学官の各分野から約100名の専門家を集めてビジョンワークショップを開催した。専門分野、所属など参加者のバックグラウンドは多様で、大学、研究機関、企業、学協会、府省、研究助成機関から専門家が集まり、将来社会のビジョンを議論した。ビジョンワークショップでは幸せな生き方、コミュニティ、食糧やエネルギーの確保と災害に強い社会のほか、人間の好奇心に価値が置かれる社会像が明らかになった。

キーワード:科学技術予測,社会ビジョン,理想の社会像,ホライズン・スキャニング,価値観

1. はじめに

我が国では、1971年から約5年ごとに科学技術予測調査が実施されており、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は1992年の第5回調査以来、将来の科学技術発展の方向性に関する大規模調査を実施してきた。特に2000年以降は社会・経済ニーズの明確化や、目指すべき将来社会の実現に向けたシナリオ作成などを意識し、複数の手法を併用して社会課題解決を中心とした科学技術予測調査を実施するに至っている。近年特にビジョニングが重要とされ、科学技術予測センターでは現在、第11回科学技術予測調査(以降、第11回調査)の一環で、社会トレンド・科学技術のきざし情報を基に、理想の将来社会像を描く作業を実施中である1)。本稿ではビジョニングとその準備として実施したホライズン・スキャニング、ビジョンワークショップの概要と得られた社会像を紹介する。

2. ビジョニング

2-1 ビジョンワークショップの位置づけと調査の流れ
(1)前回のビジョンワークショップ

科学技術政策の潮流が社会課題解決とバックキャスト型にシフトした第9回科学技術予測調査からの流れを受け、前回の第10回科学技術予測調査(2013年~2015年)では、社会課題検討から戦略までを一気通貫に検討することを掲げて調査を実施した。その際、第一段階として「想定される将来の社会像を描いた上で将来必須となる科学技術の抽出と評価に反映させること」を目的としてビジョンワークショップを実施した2)。そこでは現状の社会トレンドを把握した上であるべき社会の姿に向けて、取り組むべき課題を抽出する作業をジャーナリストや専門家を交えて議論を行った。

(2)今回のビジョニングとその準備としてのホライズン・スキャニング

第11回調査では、前回までの手法に加え、ビジョニングの前段階としてホライズン・スキャニングの一部要素を採り入れた。

図表1に第11回調査におけるビジョニングの位置づけを示す。ここでは準備段階として社会トレンドの現状把握を試みることから検討を開始している。既存資料から抽出した社会や科学技術政策情報、予測国際会議3)で収集した国際トレンドを整理したトレンド情報(社会トレンド、政策トレンド)として取りまとめ、ビジョンワークショップ資料とした。また、別途実施した地域ワークショップ45)を通じて、日本の地方のトレンド情報を収集した(図表2)。

ビジョニングの2017年度検討工程はビジョンワークショップと後述する学協会ワークショップで構成されている。このうちビジョンワークショップは、収集・取りまとめたトレンド情報を基に、産学官の各分野から専門家を集め、未来の社会像を議論する機会として設定した。

図表 1 ビジョニングの位置づけ図表 1 ビジョニングの位置づけ

図表 2 ホライズン・スキャニングとビジョニング図表 2 ホライズン・スキャニングとビジョニング

(3)ビジョンワークショップの成果の利用

ビジョンワークショップで集めた未来の社会像は、公益社団法人応用物理学会との連携による学協会ワークショップに提供され、社会ビジョンのブラッシュアップ、及びビジョンを実現するために必要な科学技術要素の抽出に利用された6)。2018年度は、ビジョンワークショップの結果を基に引き続きビジョンの検討を進める予定である。

また、第11回調査の中で並行して進めている科学技術動向調査(デルファイ調査)の科学技術トピックの抽出に役立てるとともに、シナリオ・プランニングにも利用し、第11回調査を進めていく。第11回調査としての中間報告を2018年度末に、最終報告を2019年度に行う予定である。

2-2 ビジョンワークショップの開催
(1)参加者

ビジョンワークショップは、社会の変化、科学技術の進展、社会と科学技術の関係性の変化など、様々な変化の可能性を踏まえて、2040年の社会を描くことを目的に実施した。参加者は科学技術に関わる産学官の関係者96名で、各分野の専門家、若手研究者、研究助成機関、政策担当者を含むよう考慮して参加者をリストアップした。学協会からの専門家として、これ まで当センターの予測活動45)で協力関係にあった公 益社団法人応用物理学会、一般社団法人日本機械学会、公益社団法人計測自動制御学会、日本学術振興会水の先進理工学第183委員会を中心とするメンバーを集めた。また、これまでのホライズン・スキャニングや当センターの活動のひとつである「オープンサイエンス」政策に資する調査の過程で協力関係にあり、若手研究者も多く参加している日本学術会議若手アカデミー注1やScience Talks注2の協力により、将来社会を担う若手研究者の参加も得た。

更に文部科学省の部局をはじめとして内閣府、内閣官房に属する行政官、研究助成機関(国立研究開発法人科学技術振興機構、国立研究開発法人日本医療研究開発機構)、大学、研究機関、企業からの参加者も得ることができた。参加者のバックグラウンドは自然科学分野に限らず、人文・社会科学も含み、ライフサイエンス、ナノサイエンス、材料、環境、エネルギー、宇宙、海洋、量子科学、都市計画、科学コミュニケーション、国際政治学など多分野に渡った。参加者の所属について図表3に示す。なお、全体に対する女性比率は17%であった。この割合は日本の科学技術分野における女性研究者の割合(14%)とほぼ同等である。

図表3 参加者の所属(全参加者96名)図表3 参加者の所属(全参加者96名)

(2)「きざしストーリー」の準備

ワークショップ開催に先立って、ビジョニング作業の参考とするスキャニングマテリアル「きざしストーリー注3」を準備した。作成に当たっては、参加者から社会や科学技術の最新情報を様式に沿って提供いただくとともに、当センターの定常的な情報収集7)から得られた情報を基に抽出・整理を行った(図表4、図表5)。得られたきざしストーリーは、「健康・暮らし」「環境・エネルギー」「ものづくり・地方創生」「安全安心・インフラ」「フロンティア・科学基盤」の5 分野に関するものとして、その属性を整理しビジョンワークショップに提示した(図表5)。

図表4 きざしストーリーの例図表4 きざしストーリーの例

図表5 きざしストーリーの分野分類図表5 きざしストーリーの分野分類

(3)ワークショップにおけるビジョン検討手順

ワークショップは2040年の社会を描くことを念頭に置き、作業の流れを検討・設計した。特に社会の変化、科学技術の進展、社会と科学技術の関係性の変化など、様々な変化を踏まえることができるワークショップ設計とした。ワークショップでは約10名ずつのグループに分かれて検討を行った。

まず事前準備したきざしストーリーと、社会トレンド、政策トレンドをグループ内で共有し、各人が複数の理想の社会像を「センテンス」として書き出した。次に各グループで理想の社会像をグループ化した後に、社会像の意味により2次元空間上にマッピングした。マップの軸には科学技術関与度と実現可能性を使い、作成した社会像を位置づけた。ワークショップにおけるビジョン検討の手順を図表6に示す。

図表6 ワークショップにおける検討手順図表6 ワークショップにおける検討手順

3. 理想の社会像の検討結果

ビジョンワークショップの結果、得られた2040年の「理想の社会像」を図表 7に示す。今回の結果では図表 7に示した計53の社会像が現れ、その意味する属性によって更に大きく、以下に掲示する4つの社会像(ビジョン)に分類することができた。

① Humanity 変わりゆく生き方(変わりゆく個人の生き方、変わりゆく暮らし・コミュニティ)

② Inclusive誰一人取り残さない

③ Sustainability持続可能な日本

④ Curiosity不滅の好奇心

一番目の「Humanity変わりゆく生き方」には、人間らしい生き方、社会と人間、自動化、日本人らしさや文化、幸福、コミュニティの価値が高まる社会像が描かれた。二番目の「Inclusive誰一人取り残さない」では、異なる特徴を持つ人が個々の特徴やそれぞれの価値観を理解し、つながることを通じて進歩する社会像が描かれた。三番目の「Sustainability持続可能な日本」では、資源、エネルギー、食糧、環境、循環、災害対策、市民活動が重要視される社会像が描かれた。最後に、「Curiosity不滅の好奇心」では、探究心とともに、活動空間の拡大が重要視される社会像が描かれた。

これらの社会像の中で特に興味深いものを挙げてみると、健康寿命が平均寿命とイコールになる社会であるP2K(ぴんぴんコロリ)社会、誰もが活躍できる総活躍社会、エネルギーや食糧問題が解決する循環型社会といった社会像があった。また、第5期科学技術基本計画で述べられている社会像と重なるものや、それ以外にも非常に興味深い社会像が挙げられた。例えばバーチャル社会とリアリティ社会を行き来する多重人格の概念、デジタル社会が主な活動場所になりつつも人間をメインに考えるコミュニティの進展を表すHumaine 6.0などはSociety 5.0の次に掲げるべき新たなビジョンとも言える。

またAIやロボットのサポートを通じてフィジカル、サイバー、メンタルが融合し一体感のある幸福社会になってほしいという幸福感6.0という社会像もあった。日本文化の良さを海外に主張するJapan as platformといった社会像も出された。超生物社会という社会像では、人間の人格と同様に「AI格」が付与され、AI家族が登場している社会もあった。最先端技術により超生物的な機能を持つロボット生物と従来の生物の違いについてどう見分けるべきか、ロボットをパートナーにしたり、遺産相続人にしたりというロボット人権についての論点も出された。

「不滅の好奇心によって新世界を目指す」という社会では、月で資源開発やエネルギー産生が可能になっており、太平洋が外洋牧場化されるなど、宇宙・海洋に関する社会像が出た。

全体的にみると、エネルギー、食糧など人間が生きていくために必須の条件が満たされ、すべての人が幸せに生きるための平等の扱いを保証し、より良く生きるための個人とコミュニティ活動の活動が尊重された上に、好奇心によるフロンティア開発が重要視される社会が描かれていた。

図表7 2040年の日本の理想の社会像(ビジョン)図表7 2040年の日本の理想の社会像(ビジョン)

(注)このビジョンは、2018年1月12日に開催した「ビジョンワークショップ」の結果を取りまとめたものである。

4. 考察

第11回調査では、ビジョニングの準備段階のホライズン・スキャニングを国際的・地域的視点も交えて実施している。このホライズン・スキャニングの結果をビジョニングに生かし、産学官の多様な科学技術の専門家の視点から2040年の理想とする社会像をワークショップ形式で議論したことに本調査の大きな特徴がある。

2000年代前半から言われている科学技術と社会との関係の深化に加えて、不確実な社会情勢や急速な科学技術発展の中、研究・技術開発の方向性を探るために変化の可能性を織り込んだ社会ビジョンの検討が必須となっている。今回実施したビジョンワークショップは、参加者96名という多人数のワークショップとなった(図表 8)。この参加者数は専門家の技術と社会の関係への関心の高まりとも関連がありそうである。また社会との関係性を認識した上で研究開発に取り組む姿勢が重要だということが科学技術の専門家の中でも重要視されていることを表していると解釈することができる。

世界の人口推計が表すように世界人口は増える一方、日本では少子高齢化が進み、労働力人口の減少が予想される。世界的には発展途上国の経済発展に伴う環境・社会問題の解決を世界共通のアジェンダとした持続可能な開発目標(SDGs)により開発における共通目標が設定され、日本でもSDGsに準じて目指す目標が設定されている。実際、当センター以外でも、予測活動は盛んである。多くの府省において、2030年の世界のGDP予測、エネルギー・食糧・水の状況等のデータにより現状を把握し、種々のデータ分析、有識者へのヒアリング及びグループワークを行うことによって予測活動がなされており、検討経緯と結果が府省のビジョン検討結果報告書として多数公開されている。それらの一例として紹介すると、知的財産戦略本部 知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会8)では「人」の将来(働き方・生き方・価値観)、「産業」の将来(イノベーション、競争力、教育)、「社会」の将来(仕組み・ルール、格差)等、目指す将来社会像が述べられている。図表 7に示したように、当センターで実施したビジョンワークショップで得られた結果でも類似の社会像(ビジョン)が得られている。これらのことから、機械化、コネクト化によって便利になった社会で次に目指すのは、幸せな生き方、食糧やエネルギーの確保、災害に強い社会という共通のビジョンが明らかになったと言える。一方で、今回我々が集約した理想の社会ビジョンには「ぴんぴんコロリ」等の興味を引くキーワードが出たという特徴以外に、「不滅の好奇心」といった知的好奇心を基に、人類の活動領域と知識欲をフロンティアへと拡大していく活動が出現したことに特徴があると言える。このフロンティア分野については第5期科学技術基本計画に社会課題として明示された「健康・暮らし」「環境・エネルギー」「ものづくり・地方創生」「安全安心・インフラ」という社会問題ベースの分野区分には表れにくい。ここに「フロンティア」分野が表れたことを特記したい。

科学技術・イノベーション政策ではイノベーション共創の考え方の議論に伴って価値観、サービスデザインの考え方の議論が必須である910)。ビジョン作成に当たって、我々人間が認識する価値がより高次へと変化していることを認識する必要がある。また、今回のビジョンワークショップで得られた理想の社会像を実現するため経済活動についても忘れてはならない。理想の社会を実現するには科学技術・イノベーションを起こすような研究力、そのための投資と経済力の維持は当然必要である。

経済、科学技術の変化のスピードが速く、将来社会を予測しにくい時代に、トレンドを十分把握した上で専門家の英知を集約し、政策立案のベースとなる調査結果を政策担当者にタイミング良く提供できるポテンシャルを持つ予測活動の価値は大きい。この第11回調査で実施したビジョニングの結果を、第6期科学技術基本計画を始めとする科学技術・イノベーション政策等の検討に資することを目指している。

図表8 ビジョンワークショップの様子図表8 ビジョンワークショップの様子

5. 今後

今回作成した社会ビジョンを実現するための科学技術要素の抽出を行い、科学技術動向調査(デルファイ調査)を実施していく。これらの調査結果と合わせて、シナリオ・プランニングを行っていく予定である。

謝辞

本調査を進めるに当たり、ワークショップに参加くださいました公益社団法人応用物理学会、一般社団法人日本機械学会、公益社団法人計測自動制御学会、日本学術振興会水の先進理工学第183委員会、日本学術会議若手アカデミー、Science Talks及び各分野の専門家としてワークショップでの議論に参加くださいました参加者の皆様に感謝いたします。


* 所属はインタビュー当時

注1 日本学術会議若手アカデミーは日本学術会議が、若手研究者の発想を社会の諸課題の解決に生かし、将来の学術界を担う若手研究者を育成するために設置した組織である。http://www.scj.go.jp/ja/scj/wakate/

注2 Science Talks(サイエンストークス)とは個人が集まって作った、有志メンバーによるイニシアチブである。
http://www.sciencetalks.org/about/

注3 「きざしストーリー」とは現在、起こり始めた/きざしの見える、社会や科学技術の新しい動き・変化であり、将来社会的に大きなインパクトをもたらす可能性のある事象を記述したもの。

参考文献

1) 赤池伸一.科学技術予測の半世紀と第11回科学技術予測調査に向けて.文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2 :http://doi.org/10.15108/stih.00130(2018年6月発行予定)

2) 科学技術動向研究センター調査資料No.248 第10回科学技術予測調査 科学技術予測に資する将来社会ビジョンの検討~2013年度実施ワークショップの記録~. 2016:http://doi.org/10.15108/rm248

3) 栗林美紀. 第8回予測国際会議「未来の戦略構築に貢献するための予測」の開催報告. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00131(2018年6月発行予定)

4) 科学技術予測センター調査資料No.259 地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の「高齢社会×低炭素社会」~. 2017:http://doi.org/10.15108/rm259

5) 科学技術予測センター 予測・スキャニングユニット.持続可能な「高齢社会×低炭素社会」の実現に向けた取組(その3 地域の未来を創造する科学技術・システムの検討). 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2017. Vol.3 No.2, p.18-24:http://doi.org/10.15108/stih.00079

6) 蒲生秀典,浦島邦子. 2040年ビジョンの実現に向けたシナリオの検討~応用物理学会連携ワークショップより~. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2018. Vol.4 No.2:http://doi.org/10.15108/stih.00133(2018年6月発行予定)

7) 矢野幸子.科学技術予測活動におけるウェブメディア双方向性機能強化の検討. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所 STI Horizon. 2017. Vol.3 No.2, p. 32-35:http://doi.org/10.15108/stih.00081

8) 「社会」の将来像、知的財産戦略本部 知的財産戦略ビジョンに関する専門調査会(第2回)平成30年2月2日資料1-2第1回会合の議論のまとめ. 2018:
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/senryaku_vision/dai2/siryou1-2.pdf

9) 上田完次. 研究開発とイノベーションのシステム論-価値創成のための統合的アプローチ-. 精密工学会誌. 2010. Vol.76 No.7, p.737-742

10) 吉川弘之. サービス工学序説-サービスを理論的に扱うための枠組み-. Synthesiology. 2008. Vol.1 No.2, p.111-122