STI Hz Vol.4, No.2, Part.1: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 教授/株式会社バイオパレット 取締役 西田 敬二氏インタビュー-DNA塩基書き換えによる切らないゲノム編集(Target-AID)-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00124
  • 公開日: 2018.05.25
  • 著者: 犬塚 隆志、重茂 浩美、佐藤 博俊
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 教授/
株式会社バイオパレット 取締役 西田 敬二氏インタビュー
-DNA 塩基書き換えによる切らないゲノム編集(Target-AID)-

聞き手:第2調査研究グループ 総括上席研究官 犬塚 隆志
科学技術予測センター 上席研究官 重茂 浩美
企画課 係員 佐藤 博俊

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が「科学技術への顕著な貢献2017」(ナイスステップな研究者2017)に選定した西田氏は、近藤昭彦教授らと共同で、2016年にゲノム編集(遺伝子改変)で安全性を高めた新技術「塩基変換による切らないゲノム編集(Target-AID)」を開発しました。従来のゲノム編集は、DNAを切断して修復される際のエラーを利用して遺伝情報を壊したり、入れ替えたりする方法でしたが、西田氏が開発した方法は、DNAを切ることなく、遺伝子情報を保持する部分(塩基)を酵素で修飾して遺伝情報を書き換えていく方法で、狙い通りの改変のみを得る率が飛躍的に高まりました。西田氏は、この成果を用いて「ゲノム編集」に関するベンチャー企業「株式会社バイオパレット」(2017年2月)の設立に関与し、国産のゲノム編集技術の普及を目指しています。

本稿では、西田氏の研究活動、ゲノム編集の新技術やベンチャー企業設立等についてお話を伺いました。

西田 敬二神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 教授/(株)バイオパレット 取締役

西田 敬二
神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科 教授/
(株)バイオパレット 取締役

- ナイスステップな研究者に選ばれた感想・反響はどうでしたか。

プレスリリースを見た方から問合せが多くあり有り難かったです。また、林大臣への表敬訪問をさせていただき貴重な機会となりました。また、同時に選定された若手研究者とも話ができたので、とても刺激になりました。

ナイスステップな研究者の取組からは、今注目されている研究や技術に着目し、若手研究者を後押ししようとする意図やメッセージ性を感じました。

- 研究に取り組まれる姿勢についてお聞かせください。

基礎研究と応用研究

研究活動の原点は、大学の博士課程に至るまで行ってきた基礎研究です。一方で、近年は、基礎研究の存在意義が問われてきているかなとも思っています。それには、国の予算の状況という話もあれば、私見としては、基礎研究は分野として成熟しすぎてきているというところもあり、いろいろな事情があるかと思います。もちろん、私自身が基礎研究をやめるわけではありません。むしろ自分としては基礎研究の中で培ってきた洞察力、原理を追求する研究力は、基礎研究の外に持っていっても使えると思っており、「何かに役に立つもの」(応用)で成果を上げることで基礎研究の側面的意義を示せるのではないかと、それが自分の中で漠然としたモチベーションとなっています。

「何かに役に立つもの」を思案していた頃、合成生物学という分野が新しくできつつある頃でもありました。合成生物学は、「何かに役に立つもの」と「作ることで基礎を理解する」という両方の方向性が、ある意味同時に満たされるものであったため、興味を持ちました。世界のどこでも研究ができるのが研究者の特権であり、そのとき米国が合成生物学研究の中心であったので、是非その中心で研究したいということで留学しました。

テクノロジーでブレイクスルー

研究を進めるうちに、合成生物学の分野は未熟で、実際にはテクノロジーの部分がボトルネックになっていることに気付きました。他の分野と同様に、テクノロジーがブレイクスルーを起こしていく、テクノロジーでドライブできるところが大きい分野であることに気付きました。

合成生物学の分野では、いかに思い通りにゲノムを設計するかという、ツールの部分が一番のボトルネックになっていました。研究といっても大部分はDNAを切ったり貼ったり(DNAを切断したりつないだり)というところに労力が割かれてしまっている状況で、ゲノムをデザインするところの自由度がかなり制限されていると感じていました。逆に言えば、そこが解決できれば非常に大きな展開が生まれてくるだろうという感覚は持っていました。

ゲノム編集技術の出遅れに危機感

そんなときに、帰国前年の2012年に米国で「CRISPR/Cas9」の研究が発表され、これは生命科学、医療を含めてあらゆるところに波及し、ブレイクスルーが起こるに違いないとひしひしと感じました。

同時に、日本はかなり出遅れているという危機感もありました。この分野では、米国も欧州もそうですし、アジアの国々に対しても日本は出遅れている状況だと感じており、帰国したらこのゲノム編集という新しいテーマで研究し、日本の存在感を示していかなければという思いが生まれました。

研究者としてのキャリア形成

このゲノム編集という新しいテーマに挑戦することは、研究者のキャリアを形成するという考え方でも合理的な方法でした。未発達な分野に飛び込むことはリスクがありますが、リターンがより大きいという選択になるだろうと思います。ある程度成熟した分野であれば、先行研究を追いかける形になり大変苦労をしますが、未熟な分野では、最初からトップと肩を並べて競争ができます。それを実際に実施できたのが、神戸大学のバイオ生産工学研究室(近藤昭彦研)でした。

新しい分野に飛び込むに際し、最初は実績がない状態でしたが、近藤先生の文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の「バイオプロダクション次世代農工連携拠点」という事業に参加する貴重な機会を得ることができました。ゲノムを操作する技術は、工学的にみても非常に重要な基盤技術です。その事業の中で、最初は小規模ではありましたが、新しい分野の研究をスタートすることができました。

このことは、近藤先生のゲノム編集の研究に対する理解があったことで成り立っていますし、最初に幾つかのポジティブな結果がでてきたとき、近藤先生はその重要性を理解され、各方面に私の研究テーマの推進を働きかけてくださいました。その後、経済産業省の「革新的バイオマテリアル実現のための高機能化ゲノムデザイン技術開発」事業に加わり、今では、分野が多岐にわたりますが、例えば植物関係では内閣府 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」にも参画していますし、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の新しい技術開発事業にも参加しています。

近藤先生のおかげで、ゲノム編集に関して自分の論文がまだでていない状態で、第三者からはなかなか評価されにくい中でも、国の大型の研究開発プロジェクト、コンソーシアムに参画できたのは、大変有り難かったです。

いよいよゲノム編集に関わる重要な基盤技術ができ、この研究成果を論文として世に出したいというフェーズに入り、私は多くの研究者からの反響が得られ、また、次の研究フェーズへの展開のチャンスを拓くことが期待できるトップジャーナルで勝負をしたいという思いで論文を投稿しました。国際競争の激しい当該分野で一筋縄ではいかない状況もあり、思いのほか時間がかかりましたが、最終的に2016年8月5日(日本時間)にサイエンス誌電子版に掲載されました。

- 研究成果の社会実装に向けた取り組みについてお聞かせください。

流れの中で起業へ、それを支える環境

論文発表から大きな反響と引き合い(投資の提案)があり、研究として事業化に値するものができたわけですが、大学の中でという形では社会実装や国際戦略に対応できないと感じ起業を選択することになりました。

同時に、半分は偶然ではあるのですが、神戸大学における科学技術イノベーション研究科の存在も巡り合わせとして重要でした。科学技術を社会に出していくにはビジネスというスキームの構築が必要であり、同研究科ではビジネス化までをミッションとして内包しています。経営、金融の現場を経験してきた方々が教員として入っていて、実際にベンチャーを設立し、資金調達するところまでを完全に任せることができました。半分は偶然ではあったのですが、ベンチャー設立時に必須のピースであったと感じています。

株式会社科学技術アントレプレナーシップと神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科

技術のビジネス化に際して、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科のほかにもお世話になった組織があります。(株)科学技術アントレプレナーシップ(2016年1月設立)は、神戸大学の基金を基にして設立され、シードアクセラレーターの機能を持っています。神戸大学からベンチャーを起こしていくための実務、資金面、ネットワーク等の必要な支援を行っており、神戸大学の科学技術イノベーション研究科のミッションを達成するために作られたものです。基金は、主導されている山本一彦先生の寄附金が一番大きく、あとは各教員の寄附金で成り立っています(資本金:2,625万円)。私が設立に携わった(株)バイオパレット(2017年2月設立)は、この会社の支援を受けた会社の第1号になります。

(株)科学技術アントレプレナーシップは、ネットワークを通じて必要な人材を支援してくれます。(株)バイオパレットの代表取締役の村瀬祥子氏は、ライフサイエンス、バイオテクノロジーを専門とするベンチャー・キャピタリストとして、複数のベンチャー企業の起業に携わっており、(株)科学技術アントレプレナーシップからの紹介でした。

資金面では、実際最初のスタートアップの段階ではそれほど大きな金額は必要ないのですが、その後のファイナンシング(資金調達)で投資家とつながる際に大きな支援を受けました。また、会社を設立するに際しての事務的な作業等のバックオフィスの機能を担ってくれました。これらの環境と支援により、私自身は安心して研究に専念することができました。

米国からの資金調達

1つ難しかったのは、技術はあるのに事業モデルがない状況で、投資のプランが書けない状態であったことです。

必ずしも米国から資金調達したかったわけではなく、また、実際に日本の投資家からの引き合い(投資の提案)もあったのですが、日本の投資家は、どれだけのゲイン(収入)があるのかわからない状態では手が出せないようでした。また知財面の評価ができず、興味を持って話を聞きに来られるのですがそれだけで終わってしまうことが多かったです。一方、米国では、既にゲノム編集技術でベンチャーが幾つもできていて、ゲノム編集技術に非常に大きな価値があることが投資家にも認識されており、我々が開発した「塩基変換による切らないゲノム編集(Target-AID)」そのものを高く評価してくれました。さらに、米国の投資家は、ネットワークを使って事業の進展に必要な知財があればやり取りするし、必要であればアライアンスを組むようにすることが可能です。

(株)バイオパレットは、日本のベンチャーとして世界と戦っていくのですが、競合者全員を敵にまわすことは得策ではないと考えています。米国の投資家は、ほかのゲノム編集のベンチャーにも投資している関係性もあり、お互いに良いものは融通しあって高めていくという戦略がこの分野では現実的ですし、せっかくの技術や人材を潰しあうのは社会的にも不利益なことだと思います。最初から国際舞台で勝負しないといけないという中で、単にお金だけではなくネットワークといった強みも持っているのは、結局は米国の投資家だということになりました。これらの強みを考慮して、米国の投資家と契約をしました。その契約締結に際しては、(株)科学技術アントレプレナーシップが大きな役割を果たしてくれました。

国際的な舞台の中で

米国の投資家の方々は、できるだけ自分たちが投資しているベンチャー同士で争って消耗してほしくないという考えを持っており、むしろネットワークの形成に力を入れているようです。最終的には2つぐらいのアライアンスに分かれてしまうのかもしれませんが、バイオパレットは少なくともどちらかには入り込むことが必要と考えています。

また、このTarget-AIDに係る研究は、我が国の国の事業(予算)で始まり、進めてきたものなので、日本に還元できる形で投資家として参加してほしいということはお願いしました。それを含めて、ラボは日本に作り、日本の人材を雇用して研究開発を実施し、技術を世界に売っていくことを進めたいと考えています。

そもそも米国、海外の投資家を入れるかどうかについて議論がありました。最終的に我々の技術を簡単に海外に売却しない条件で契約をし、また、最初の段階で我々が50%以上の経営権をキープしてコントロールするという条件をつけ、合意できました。米国の投資家の方々もそれぞれの国との関係性も重要であることをよく理解してくれたので、そこを含めての判断でした。

- ベンチャー企業の役員と大学職員の両立についてお聞かせください。

利益相反(COI)は、大学教員として気をつけないといけないポイントであり、(株)バイオパレットの私と大学教員としての私は別人格でなければなりません。教員として国のプロジェクトで行っている研究開発内容には秘密保持が課されていますので、(株)バイオパレットでの活動において、国のプロジェクトとして行っている研究開発内容については知らない振りをしなければなりません。とはいえ、研究者としては同一人格なのでコントロールするには難しい状況もでてくるのですが、例えば特許をライセンスする契約の際に、大学側としての立場と会社側の立場とでライセンス条件が正反対となります。その際には、大学の知財部と会社の担当者の間で交渉し、私は交渉現場にも居合わせず、一切タッチしないことにしています。

私はベンチャーの技術顧問という立場ですので、大学の教員との両立はできています。一般的には、ベンチャーをやることは現在の仕事を辞めて専念することになるというリスクがありますが、大学教員の場合は仕事を辞めなくても技術顧問としてベンチャーに関わることができるため、大学教員が一番ベンチャーを活用することに適している立場だと思っています。そのようなリスクをとれる立場でもありますし、開発した技術の社会実装という意味でも最も合理的なやり方だと思っています。忙しさは別としてやりやすい立場だと思っています。

- 研究ファンドの評価についてお聞かせください。

私も、様々な公的研究資金で研究してきて、研究の評価もされてきましたが、正直言ってどこを評価されてきたのかわからない面もあります。研究する側の立場で考えると、新しい研究を評価する、それも統一した基準などを設けて評価することは難しいのではないでしょうか。本当に最先端の研究は、それを評価できる人がいない場合もあるかと思います。また、基礎研究の場合には成果が見えにくい、あるいは、時間がたった後に成果が見えてくるというところもあり、一応評価をされても、果たしてその評価が十分であるのかと問われる場合もあると思います。

研究成果は、論文や特許の数などに基づいて評価されがちですが、国の研究開発事業では、定量的・客観的に示すことができる内容で評価せざるを得ないのかもしれません。本来、研究の特性を考慮したきめ細やかな評価方法があればいいと思いますが、では具体的にどうやったらよいのか、なかなか解決策がないのではないかと思っています。

一方、産業化できる技術であれば、民間企業が自身のリスクで研究開発の成果と能力の評価をするので、ある意味合理的と言えるのかもしれません。

- 最後に若手研究者へのメッセージをお願いします。

若手研究者に頑張ってほしいと感じるところは、リスクの取り方を考えるところだと思います。何をするにしても、しないにしてもリスクは発生するということを考え、自身の状況を客観的に捉えて有意義なリスクの取り方を考えていれば、自身にとってそのときに意義ある仕事に巡り合えると思います。よく海外から日本に戻ったらポストがないとの懸念があると聞きますが、自分が成長できるポジションが将来的にも一番いいポジションだと思います。

西田 敬二 経歴

1997年 灘高等学校 卒業

2001年 東京大学 理学部生物科学科 卒業

2003年 東京大学大学院 理学系研究科 修士課程生物科学専攻 修了

2003年 日本学術振興会特別研究員(DC1)

2006年 東京大学大学院 理学系研究科 博士課程生物科学専攻 修了

2006年 立教大学 理学部 博士研究員

2006年 日本学術振興会特別研究員(PD)

2008年 ハーバード大学 医学部 博士研究員

2009年 日本学術振興会海外特別研究員

2013年 神戸大学 自然科学系先端融合研究環重点研究部 特命准教授

2016年 神戸大学 科学技術イノベーション研究科 特命准教授

2016年 神戸大学 科学技術イノベーション研究科 教授


注 掲載論文:“Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems.”
http://doi.org/10.1126/science.aaf8729

参考文献

1) 科学技術への顕著な貢献(ナイスステップな研究者) http://www.nistep.go.jp/activities/nistepaward

2) 神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 http://www.stin.kobe-u.ac.jp/

3) 株式会社科学技術アントレプレナーシップ http://www.ste-kobe.co.jp/