STI Hz Vol.2, No.1, Part.3: (特別インタビュー)産学連携推進機構 妹尾 堅一郎 理事長STI Horizon

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  • DOI: http://dx.doi.org/10.15108/stih.00011
  • 公開日: 2016.03.25
  • 著者: 斎藤 尚樹,七丈 直弘, 相馬 りか
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.02, No.01
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


特別インタビュー

産学連携推進機構
妹尾 堅一郎 理事長インタビュー
イノベーションを加速させる異分野コラボレーションの展開

聞き手:総務研究官 斎藤 尚樹
科学技術動向研究センター 上席研究官 七丈 直弘、相馬 りか

SF作家に代表されるクリエイティブ人材は、通常と異なる視点からの示唆を与える等、ホライズン・スキャニングを行う上で重要な役割を果たすと考えられ、その役割が注目されている。

そこで、2015年11月にお台場で開催されたサイエンスアゴラにおいて「サイエンス・コンテンツ・イノベーションの可能性 ~ 先端科学者とクリエーターの交流を加速する ~」と題したパネルディスカッションを企画・実施された妹尾氏に、異分野コラボレーションによるイノベーションの可能性についてお話を伺った。

- サイエンスアゴラでは、科学者、SF作家、投資家といった全く異なる立場の参加者が共にイノベーションの可能性について議論を行ったと聞きます。まず、このような取組の契機をお聞かせください。

この取組の発端は、2007年に内閣の知的財産戦略本部で私が「『科学技術』と『コンテンツ』の知財創出の相乗効果施策」という提案を行ったことにあります。それが認められて、「知的財産推進計画2008」の中で、科学技術とコンテンツ創造の融合を促進するための場の構築や人材育成支援が明記されました注1

ここではコンテンツ主体になっていますが、当然、科学技術者にもクリエーターの想像力は大きな刺激になるはずです。ところが、この議論からもう10年がたちましたが、なかなか実施されない。そこで、自らこの取組を具現化しようと考えました。タイミングよく科学技術振興機構(JST)や企業の賛同を得て、サイエンスアゴラ10周年を記念するキーノートセッションとして実現したわけです。

- 異分野コラボレーションという立場から見ても面白い組合せですね。AAAS(全米科学振興協会)の年次大会でも多様な参加者が見られます。

異分野の連携は、イノベーションを加速する上で、重要な役目を果たすでしょう。ダイバーシティ(多様性)が企業にも社会にも必要だということです。その理由は二つあります。第一は、かつてアシュビーがシステム論で唱えた「最小多様性の法則(The Law of Requisite Variety)」です。これは、多様に変化する外部環境下において、あるシステムが生き残るためには、その内部に外部と同等以上の多様性を持たなければならない、というものです。第二は、異質の発想と触れあうことにより、新たな考えが触発・創発されるというものです。科学技術者が想像力豊かなコンテンツクリエーター、SF作家と触れあえれば、そこで何かが創発される可能性がグンと高まります。ちなみに、この「創発(emergence)」という概念も元々はシステム論から来たものですね。

- 具体的には、どのような研究者とコンテンツクリエーターのコラボレーションを企画されようとしているのですか?

いろいろなセッティングがあり得ると考えています。例えば、理化学研究所、産業技術総合研究所、農業・食品産業技術総合研究機構などのような日本の先端的な研究所ごとにクリエーターの方々とセッションを行うことが考えられます。加えて、非常に面白い研究をされている国立科学博物館、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、深海を探っている海洋研究開発機構(JAMSTEC)なども良いのでは、と考えています。

また、生物系、バイオ系、人工知能系などのように、研究領域ごとに多様な参加者を集めて議論するという方法もあります。

さらに、テーマごとというのもあり得ます。例えば、「攻殻機動隊」注2が好きな科学者・技術者とクリエーターに「この指とまれ」と声をかけても面白いのではないでしょうか。というのも、異分野連携を成功させる上では、参加者同士の議論の盛り上がりが非常に重要なのです。その意味で、共通のコンテンツ体験を契機とした議論を行うことに効果があるのではないかと考えています。

研究者でも世代によって、コンテンツ体験が大きく異なります。現在、大学の研究者の平均年齢を調べてみると、学長は68歳、教授58歳、准教授47歳、助教38歳と、ほぼ10歳違いなんですね。そういった研究者が鉄腕アトム、仮面ライダー、ウルトラマン、宇宙戦艦ヤマト、ガンダム、ドラゴンボール、エヴァンゲリオン、攻殻機動隊等のコンテンツの影響を受けて子供時代から青年期を過ごしているわけです。世代を超えて親しまれている例もあります。

コンテンツを核として異なるバックグラウンドを持った参加者を集め、コンテンツの意味を再考察することから始めると、話が一気に進むと思います。

- それは面白いですね。世代間での交流という視点もあり得ますね。

その通りです。分野間と世代間のどちらもあり得ると思います。幾つかのやり方を試し、その中から有効なセッションモデルを探そうと考えています。こういうことは、仮説検証的にではなく、探索学習的に進めるべきではないかと思います。サイエンスアゴラでの取組を契機として、このような試みに関心を持つ人が多くいることが分かりました。資金調達が次の課題です。

- 秋葉原の再開発でも活躍されましたね。

2000年頃から秋葉原の再開発のプロデュースを行っており、その経験を『アキバをプロデュース』(アスキー新書)に書きました。その頃から、秋葉原をテクノロジーとコンテンツを融合する街にしようと考えていました。

アキバの街の4段階説という持論があります(『アキバをプロデュース』に所収)。

第1期はラジオ街です。その後、電気街を経てパソコンの街になったわけです。その後はどうなるのか? 私は「ロボット&フィギュア」というコンセプトを出しました。ロボットは先端科学技術の象徴、他方、フィギュアはサブカルチャーの象徴です。アキバは世界で唯一、先端科学技術とコンテンツやサブカルが融合し得る街なのです。

また、秋葉原は基本的にユーザーイノベーションの街です。ここに新技術を持ち込んだらユーザーがどう使うのかが非常に面白い。そこで、秋葉原をイノベーションのテストベッドにしようということで、「秋葉原実証フィールド協議会」を立ち上げました。

例えば、スマホの販売現場で、どれが買われたかだけでなく、どれとどれが見比べられたのかを、センサー等を使って調べる手法を開発しました。これはIoT(Internet of Things)のはしりとも考えられるでしょう。このデータを解析することで、それまで得られなかった詳細なマーケティングに関する洞察が得られるようになりました。

ところで、秋葉原の店頭に何台パソコンがあるか御存じですか? 実際に電源がONとなっているものが、一時期は数万台あったと言われています。しかし、これでは省エネにならない。そこで、これらをグリッドとしてつないで、店頭展示の裏側で並列計算をさせました。つまり、アキバのパソコン全体でスパコン以上の計算を行う実証実験です。

- 秋葉原を舞台にいろいろなイノベーションの試みをされていたのですね。

実は、私は「アキバロボット運動会」の創設者でもあります。私は、メインフレームからオフコンを経てパソコンが出現し、結局はパソコンが世界を変えたのと同様に、産業用ロボットから生活支援ロボットを経てパーソナルロボットが浸透し、それが世界を変えるのではないか、と見ています。

実際、アクチュエータとコンピュータとセンサーが三位一体化すれば、それはロボットです。そう考えると、アキバで売っているものの7割以上の製品が、今やある意味でのロボットです。

要するに、メカは全てメカトロニクス化する。IoTは、それを更にネットワーク化して、全てをリアルとバーチャルの融合状態にしていくでしょう。また、ロボットスーツの創始者である筑波大の山海先生にも御協力いただき、神田明神の大神輿を女性4人で担がせる、ということもやろうとしました。

さらに、手乗りサイズのドローンができたとき、最初に私が発した言葉は「サリン積むなよ」でした。一方で、秋葉原の歩行者天国で400人の子供の手に乗せてドローンを一斉に飛ばす実験を行おうとしました。子供全員が喜び、あれを作ってみたいと考える。それこそが実践的な教育だろう、と。しかし、残念ながら、秋葉原で悲惨な殺傷事件が起こり、これらの企画もロボット運動会も頓挫してしまいました。是非復活させたいのですけどね。

- ところで、かつてSF小説やコンテンツで描かれた世界が実際に具現化されていますね。

攻殻機動隊が昨年25周年を迎えました。あの中で、「義手」「義足」「義体」といったコンセプトが登場していますが、それらは既にスポーツの分野で現実化されています。スポーツの「シンギュラリティポイント」と呼んでいますが、いつパラリンピックの記録がオリンピックの記録を抜くか、という関心も高まっていると思います。

このようにSFが科学技術を刺激すると同時に、科学技術もSFを刺激します。良い形で相互刺激をしてほしいものです。というのも、ともすると悪い形での刺激になってしまうリスクもあるからです。

科学技術とは、いわば鉄人28号の操縦機注3と同じです。テーマソングの二番の歌詞を御存じですか? 「あるときは正義の味方、あるときは悪魔の手先、良いも悪いもリモコン次第」。三番は、「手をにぎれ正義の味方、たたきつぶせ悪魔の手先、敵に渡すな大事なリモコン」です。

そのあたりを巧みに描きながらも、明るいポジティブな方向に持っていくのが、今回サイエンスアゴラのイベントで登壇いただいた、藤井太洋さんの一連の作品注4でしょう。SFの作品は、希望にあふれる物語的なものと悲観的なものに二分されますが、彼の作品は、ギリギリのところで良い方向に向かっています。そこが共感を呼ぶところではないでしょうか。

- 非常に面白い連携が既にあり、その上で今回の取組が行われたことがよく分かりました。ところで、このような異分野連携を行う場合、得られた成果の権利の点で問題が発生することはありませんか?

科学の側では知的財産権、クリエーターの側では著作権など、得られる成果の性質が異なると思います。

確かに、そこは悩ましい。ただ、問題が生じないようにするために一番大事なのは、セッションを行う前に取決めを行うことです。参加者のバックグラウンドによって、期待される成果やその保持の方法について意識が異なるのは事実ですので、ある程度自由度を設けておく必要があります。さらに、「クリエーター」といっても、活動のメディアが異なるとかなり考え方が違っているので、そこにも配慮が必要です。また、企業のR&Dの方が加われば、より複雑になっていくかもしれません。このあたりは、やりながら学習していくしかありません。場合によってはNDA(秘密保持契約)を結んだ上で連携を行う必要もあるでしょうね。

- 最初からNDA前提でやる場合と、自由に行う場合と二つがあり得ますね。

これは連携のステージによって変えていくべきものだと考えています。いつも協議会を立ち上げる際に私が言うのは、これは一種の「集団お見合い」だということです。セッションの議論が進む中で、複数の組織が連携の場を出て、独立したより深い連携を開始してもかまわないようにせねばなりません。ただし、そのようなステージに進む場合には、お互いに契約等をきちんと結んで実施することが重要です。

- 今後の発展が大変楽しみです。最後に、今後異分野コラボレーションを深めていくべき分野や、コラボレーションの方向性等について御意見をお聞かせください。

コラボレーションに当たって、最近強調することがあります。それは、農林水産業・食品産業が一気に工業・製造業等と同様になって従来と様変わりしていることです。それに当該分野の方々が追い付いていないので、大いに交流を深めるべきでしょう。他方、工業的な産業は、一気にメタファー(比喩)が機械的なものから生物的なものへ変容を始めている。例えば、IoTの進展などは、機械メタファーだった工業世界を、動的平衡、混沌と自己組織性、進化といった生物学的メタファーに変えさせるものではないでしょうか? そういうメタファーを検討していくと、次のイノベーションが見えてくると思います。

最後に、そもそも知の創出が従来どおりでよいのか、それについても指摘させてください。

第一は、異なる知の融合です。科学技術的な知に、コンテンツのような文系的・デザイン的な知、さらには社会的・ビジネス的な知も融合させるときに来ているのではないでしょうか?

第二に、知の創出の領域の多様化です。既存の学術分野の先端を開くアドバンス(先端知)だけではく、インター(学際知)、ニッチ(間隙知)、フュージョン(融合知)、トランス(横断知)、メタ(上位知・俯瞰知)といった創出の領域があり得るでしょう。

第三に、科学技術が発達させてきた論理実証主義に基づく「仮説検証」的な方法論だけではなく、現象学的解釈主義に基づく「探索学習」的な方法論ももっと取り入れるべきではないでしょうか。イノベーションのアイデアやシナリオは、仮説検証的な発想から出てくるわけではない。むしろ、現象をどんなコンセプトやモデルで捉えるのか、定性的な探索学習の方が大胆な創発を引き出します。

第四は、科学技術側からの進展のみならず、社会問題・課題からのアプローチをもっと強調できないかと思います。目先の問題解決・課題達成に既存の科学技術を活用するという話ではなく、正にSF的な想像力で未来の論点を先取りして、それに向かい得る科学技術の基盤を形成していく、という話です。

これらの意味で、SF的コンテンツを科学技術の先導的テーマの発見や異分野コラボレーションの分野開拓のリソースとして見なし、イノベーションの起点にしたいわけです。そこで、科学技術とコンテンツのコラボレーションを行う「サイエンス・コンテンツ・イノベーション・スタジオ」という我々の企画が意味を持つのだと考えています。


今回インタビューをお願いした妹尾理事長(右)と聞き手の斎藤総務研究官(左)


注1 「知的財産推進計画2008」(知的財産戦略本部 2008年6月18日)p.97

注2 士郎正宗原作による漫画作品。科学技術が飛躍的に高度化した近未来の日本社会を舞台としている。

注3 ここでは、操縦者の意図次第で善にも悪にも動くという意味。

注4 藤井氏はソフトウェア開発に従事しながら小説を執筆。『Gene Mapper-full build-』(2013)『ビッグデータ・コネクト』(2015)などがあり、先端技術を題材とした作品で知られる。