STI Hz Vol.9, No.1, Part.2:(特別インタビュー)WiL (World Innovation Lab)創業者・代表取締役 伊佐山 元 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00320
  • 公開日: 2023.03.20
  • 著者: 赤池 伸一、川村 真理、西川 開
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
WiL(World Innovation Lab)創業者・代表取締役
伊佐山 元 氏インタビュー
-危機の時代におけるスタートアップの役割と課題-

聞き手:上席フェロー 赤池 伸一
第1調査研究グループ 上席研究官 川村 真理
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 研究員 西川 開

概 要

WiL(World Innovation Lab)創業者・代表取締役であり、内閣官房新しい資本主義実現会議スタートアップ育成分科会の委員も務める伊佐山 元 氏に、危機の時代に求められる起業家の在り方や、日本のイノベーション政策の将来について伺った。

キーワード:新しい資本主義,スタートアップ,イノベーション政策,デジタルトランスフォーメーション(DX)

WiL(World Innovation Lab)創業者・代表取締役 伊佐山 元 氏(WiL提供)

WiL(World Innovation Lab)創業者・代表取締役
伊佐山 元 氏(WiL提供)

経歴:
1995年にウェブデザインとコンサルを行うArch Pacificをスタンフォードの学生と創業。1997年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行に入行。法人営業、及び市場業務に従事。2001年よりスタンフォード大学ビジネススクールに留学。2003年より、米大手ベンチャーキャピタルであるDCMにてパートナーとして、インターネットメディア、モバイル、コンシューマーサービス分野への投資を担当。シリコンバレーと日本を中心に、ベンチャー企業の発掘と育成に注力。日本にベンチャー精神を普及させるため、日経産業新聞、日経電子版、東洋経済オンライン等メディアへも多数寄稿している他、経済産業省や文部科学省をはじめ、多くの政府委員や有識者会議のメンバーとしてもベンチャー振興の提言を続けている。2013年にWiLを創業。

- これまでのインタビューや審議会での御発言等では、伊佐山さんは危機をチャンスに、というよりもむしろ、危機こそがチャンスである、という趣旨の御発言をされています。コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻といった危機は、ベンチャーやスタートアップ、ひいては日本の産業にどのような変化をもたらしたと思われますか。

コロナ禍という2020年に起きたことだけをとっても、我々の働いている時間の過ごし方、消費の仕方、プライベートの過ごし方に大きな変化がありました。まず、基本的に全産業において、リモートワークという今までになかった新しい働き方が導入されました。また、外出制限により、個人の消費行動も、実店舗に行けなくなるのでオンラインで買物をする、レストランに行けないのでデリバリーを頼むといったように、デジタルでの消費に変化しました。これにより、デジタルでも稼ぐというビジネスをどの業界も考えなければならなくなり、DX(デジタルトランスフォーメーション)が必要になりました。余暇の過ごし方にしても、スポーツをしたり、映画館に行ったり、飲み屋に行ったりといったことが全てできなくなったために、オンラインで集まって楽しむ方法を模索する中で、メタバースなども注目されています。

ウクライナ戦争の影響としては、日本のように多くの資源を輸入に頼る国はグローバル経済分業体制の理想が崩れたときにもろいことは明らかで、組織や個人がどのように生き残るかということが新しいテーマとして出てきていると思います。これについてはまだ解答はありません。例えば、エネルギーの場合は石油や天然ガスを供給できなくなった際に新しいエネルギーが必要になります。再生可能エネルギーがそれに該当しますが、日本の場合太陽光パネルはもう国中に張り巡らしていてこれ以上は増やせない。では、風力にするのか、水力か、地熱か、あるいは先日米国で核融合エネルギーのニュースも出ていました。しかし、実験室ではできたとしても、商用化にはあと20~30年はかかると言われている。こうしたときに、日本ももっと国として新エネルギー開発に力を入れないといけないと思います。原子力発電所を稼働させて時間稼ぎをしながら、本当にクリーンな新しいエネルギーを考えなければいけないのではないでしょうか。

- 危機の時代において、様々な問題を解決するためにどのような取組が必要になるのでしょうか。

以上の危機に加えて、そこにとどめを刺すように地球環境問題があります。これは世界中が足並みをそろえて取り組まないと解決できない問題ですが、先進国や日本など人口が減っている国がいくら頑張って取り組んでも、インドや中国を無視しては先に進みません。こうしたアンバランスを解消しつつ、どのようにして環境問題に取り組むか、日本としてどこまで世界に貢献するかということになると、様々なレイヤーの課題があると思います。

これだけたくさん問題があるとき、大半の人は傍観者になりますが、当事者としてそれを解決する側に回りたいと思うのが、いわゆる「起業家」と呼ばれる人たちです。おそらく今の日本の組織は当事者になりたい人が少ないのだと思います。問題を解決するには苦労もしますし、うまくいく可能性の方が低く、特に日本の場合、失敗したときの社会的な制裁が強すぎるため、誰もやりたがりません。一方で、米国や中国では、大変なことに変わりはないのですが、失敗したときの社会の寛容性が高く、特にシリコンバレーでは、逆に失敗したこともないのはカッコ悪いという価値観があります。

今回日本政府が立ち上げた「スタートアップ育成5か年計画」は、問題解決の当事者となる起業家をどのように増やすかという取組だと思っています。日本人全員が起業家になる必要はありませんが、少なすぎると常に受け身の国になってしまいます。例えばクリーンテックなどは日本には使える技術も技術力もあるにもかかわらず、「日本人には無理だね」といって傍観者で終わるのでしょうか。まだ誰も答えを出している訳ではないので、今やるかどうかだと思います。やりたいという人が100人のうち1人でもいるのであれば、その1人をどうやって応援するかというのが大事なポイントだと思います。そういう人を社会全体で応援できる仕掛けを政府が主導しつつ、最終的には教育現場において新しい課題を解決したいという若い人たちの力も活用していくことが重要です。

今回、政府が実施しようとしているシリコンバレー1000人派遣プログラムでは、ベンチャー経営者だけでなく、高等専門学校の学生や理系学生など技術力を持っている若い人を、スタートアップの現場や海外に連れて行って競わせることも狙いとしています。従来であれば、一流大学を出た頭のいい人たちが海外に行く方が効果も大きいのではないかということをイメージしていたと思いますが、現在は、若い人たちが海外に行った方がはるかに効果が高いと考えています。ただ、若い人は仕事の経験や社会の仕組みが理解できていないなど、いろいろと経験不足の部分もあるので、それをどのように大人や政府がうまく守りながら支援をするかということが大事だと思います。これだけ危機や課題も多く、かといって米国が全て解決している訳でもないといった時代に、日本や日本人がどうありたいかということが問題になっていると思っています。

- 伊佐山さんはこれまで、必ずしも大企業がダメでスタートアップがいいということではなく、むしろ両者をつなぐというコンセプトを出されてきました。この点についてはどのように理解したらよろしいでしょうか。

起業家精神やイノベーションの話をすると、日本ではマスコミが若い経営者に注目しすぎているように思います。シリコンバレーでは、50歳以上の経営者が過半です。50歳というと、日本だといわゆる中年に当たり、どちらかというと管理職になってイノベーションなんてありえない、というイメージがありますが、僕がふだん接している人の中には50歳以上のベンチャー起業家も多くいらっしゃいます。また、ベンチャーというのはITだけではありません。お医者さんや学校の先生、公務員がやっても良いのです。ベンチャーというのは、ITを使ってGoogleのような企業を作ることだけではなくて、自分たちが属しているコミュニティーや職場で見えた課題を解決したいと思うかどうかということだと考えています。ですから、大企業とベンチャーを結びつけると言っても、ベンチャー経営者が20代の若者で、大企業のベンダーがシニアということではなくて、ベンチャーをやる人も、大企業の中で何かしたいという人も、学校の先生で何かしたいという人も、病院の先生だけれども病院の無駄を改善したいと思っている人も含めて僕は起業家だと思っています。

ただ、学校の先生やお医者さんはビジネスや起業のトレーニングは受けていませんよね。また、課題を見つけることはできても、どの技術を使って解決すると一番スムーズなのかという部分で、技術の知識や資金についてのノウハウはなかったりするわけです。その部分について、我々は起業家教育として、政府の制度やお金を使って週末に研修を行って、「この問題を解決するときにはこういったビジネスのフレームワークを使った方がいいですよ」といったことを身につけてもらっています。こうした取組はもっと増やしていかなければいけないと思っています。

- 日本と米国の起業家教育の違いについて、お考えをお聞かせください。

日本で起業家が増えない理由のトップ3は、1番目は失敗したくない、2番目は周りに起業家がいない、3番目は起業家教育で、教育の部分が一番遅れています。日本で教育というと、例えばお金の教育をしようとすると、すぐ為替や投資の話を教えよう、ということになるのですが、そうではなくもっと日常生活の中で学べることがあると思います。例えば米国の公立学校では、補助金が十分ではないので機材が買えないといったときに、親子でクッキーを焼いてそれを1個50セントとか1ドルで売ることで、税金に頼らずに新しい機材を買うといったことを実際にみんなやっています。些細なことかもしれませんが、こうした経験を通じて子供はいろいろなことを学んでいます。まず自分の手足を動かして、自分の得にはならなくても店員をやって、収益を得て学校に寄附するということを日常的にやっている訳です。

日本人であれば大学を卒業して二十歳を過ぎてこうした経験をするのですが、米国では子供のころから経験している訳です。一方で米国では、起業とはどういうもので、ベンチャーキャピタルから出資を受けてというような、財務や会計の授業はやっていません。そういう知識から教えるのではなく、身近な生活の中で、社会への貢献の方法や、そのためのお金の集め方などを自然に身に着けていく。これが教育だと思うのです。こうした経験を経て大学に進み、そこで会計や政策を学んで経験と知識が結びつくから勉強に意味がでてくるのであって、日本でやろうとしている財務教育やIT教育、ベンチャー教育というのはちょっと順番が違うのではないかと思っています。もう少し日常生活の中で社会との接点を増やして、それを通じて子供が興味をもったらそれを活かすというのが重要で、日本に求められているのはそうした生活や興味に根ざした教育なのではないかと思っています。

また、現在のように世の中が大きく変わっていくときに「学ぶ」とはどういうことなのか、というのは大きなテーマだと思っています。今の時代は実はいろいろな学び方があるのですが、大学まで閉じ込めて教科書を勉強して社会人になるというやり方では、社会で通用せず海外に行っても何の競争力もない。大学を卒業した二十代の社会人が米国の中学生に負けるわけです。これでは給料も上がらないですよね。こういう実態を知っている人が、文部科学省などでも増えてほしいと思います。コロナ禍やウクライナ戦争といった危機に、今の日本の教育は対応できていないと思います。米国が全て良い訳ではないけれども、現在のような混乱期には、米国のサバイバル型の教育の方が強いと思っています。

- 内閣府の会議などでも起業家教育プログラムについて議論されていると思いますが、具体的にはどのようなプログラムが日本に必要だと思われますか。

企業側の会議ではいつも話しているのですが、やはりもっとインターンを受け入れてほしいと思っています。大学1年生なんて使い物にならないし、何もできません。それでも企業の中で、お茶汲みでもいいから働くとはどういうことかを大学1年生、2年生、3年生の夏に経験してから就職先を決めるというふうにした方がいいと思います。今までは、4年生までアルバイトやサークル活動をして、4年生のときに就職活動をして、給与の高いところやイメージの良い会社に就職する、といったパターンが基本でした。これはもったいないと思います。米国だと、1年生の夏からインターンをやって、これは違うなと思ったら2年生の夏にまた別の所でインターンをして、という経験を経て仕事を決めます。日本では民間でこうしたサマーインターンを余りやっていないので、社会貢献として、2週間でもいいから誰かが面倒を見てあげるということを義務にしませんか、ということを会議ではお話しています。

社会との接点をもっと持たせるという意味では、ボランティアも大事だと思っています。小学校、中学校、高校くらいのときにもう少し社会との接点があるといいと思っています。ボランティアはお金にはなりませんが、感謝されるんですよね。若いときにどれくらいそうした感謝されて気持ちいいという体験をするかによって、公共的な気持ちをどれだけ持てるかが決まるのではないかと思います。こういう体験のない人は、給与の高いところに就職したいとか、有名な所に行きたいとかいった権威主義になる。米国で子供を4人育ててみて、一番いいと思ったのがボランティアです。学校の勉強もいいのですが、ボランティアを通して社会のことを考えることによって、すぐにメリットはなくても、功利主義に陥らない人生がその後に待っているし、社会への関心度も高まります。

ボランティアもインターンも、日本でもできることだと思うのですが、ボランティアする時間があったら塾に行きなさいとか、インターンやる時間があるならアルバイトで稼ぎたいとか、そういう部分をどう変えるかですよね。恐らく何らかのインセンティブがあればボランティアもインターンも増えると思います。地元の公立高校だと、4年間の間にボランティア数十時間というのが卒業要件になっているので、みんな必死にボランティアをします。日本でも、卒業要件などにボランティアを加えるのは一つの手段かもしれません。

インタビュー中の様子
インタビュー中の様子 (NISTEP撮影)

(NISTEP撮影)

- 今度は少し方向を変えて、政策と制度に関して質問させていただきます。スタートアップ政策を進めていく上で、政府が果たすべき役割や日本の制度が現在抱えている課題についてお聞かせください。

今回、新しい資本主義実現会議スタートアップ育成分科会でも委員として議論し、その結果が政策に盛り込まれてよかったと思っています。やはり、スタートアップ経営者が具体的に直面している課題は何なのかということを理解した上で政策策定をしてほしいと思います。これまでの政策は、例えばエンジェル投資に対して減税するとか、スタートアップのトークイベントを開催するとかいったマクロなものが多かったのですが、今回はもう少し個別に取り組むことになりました。

現在ベンチャー経営者が悩んでいることとして、日本のストックオプション税制や会計基準などが非常に使いづらい仕組みになっていることが挙げられます。それから、政府調達にしても、米国ではベンチャーが積極的に受けていますが、日本の場合は委託要件に創業10年以上、売上げ200億円以上、自己資本比率70%以上などといった大企業に合わせた条件が設定されていて、ベンチャー企業が参加できる制度にはなっていません。このように個別論で見た場合に、スタートアップに関するこれまでの政策はとても中途半端なものでしたので、現場の人たちに徹底的にリサーチして、インプットをもらって一つずつ課題を消していくということをしています。

それから資金にしても、毎回政府がベンチャーに資金提供するという訳にもいきませんから、もっと民間のお金をイノベーションに結び付けないといけないかもしれません。本来であれば企業年金などは、金融理論にのっとって一部資産は分散させて、国債だけでなく、株やリスクの高いベンチャーなどにも分散投資すると長期的にはプラスになると証明されているのに、誰もできていないのです。これも、例えば2%はリスクマネーに投資するなどのルールを策定すれば、何百兆、何千兆というお金がイノベーションに回ることになります。

それから、海外に日本のベンチャー企業や技術をPRするということをもっと政府が進めていく必要があると思います。国内市場だけを相手に仕事していても企業は大きくなりません。上場しても売上げが100億円に達しないような、そもそも上場する意味がないような会社ばかりになってしまいます。これからの政府のスタートアップ政策では、もう少し海外志向を打ち出してほしいと思います。過去には、海外に専念しすぎると日本のいい人たちが海外に出てしまうので、日本にとって損失になるという声が強くありました。しかしそれは違います。海外に住んでいる日本人こそ、日本に対して恩返ししたいと考えている人も多いのが事実だと思います。これまでは日本のイノベーション政策は国内で閉じていたので、これからはもう少し海外のリソースを巻き込んで、海外にいる人たちも味方にして、日本人が海外にどんどん出ていくこともよしとしていく必要があると考えています。

そういう意味では、今回のスタートアップ政策の方向性は正しいと思います。あとはこれをどこまできちんと実践できるかだと思います。

- 最後に、WiLという会社について、今後どういったビジョンを持って展開されていくのか、お考えをお聞かせください。

僕らのやりたいことは、究極的には誰でも起業家になれるような仕組みを作ることです。現在取り組んでいるベンチャー活動にかかわっている人たちを応援して大きな会社にする、ベンチャーキャピタルと言われる活動は、僕らの根幹としてこれからも続けていきます。一方で、大企業の人たちの間に、資金や人や技術がなくてもやっているところがあるのだから、資金も人も技術もブランドもある我々にも起業はできるはずだという雰囲気を醸成することも僕らの仕事だと思っています。このようにして、イノベーションを日本国内に普及するような組織を目指しています。ですから、政府と「始動」のようなプログラムもしますし、民間企業に対して研修も行っています。起業家精神を普及する方法はいろいろあって、仕事を通じて教えるという方法もありますし、米国の起業家の情報を提供することで刺激するという方法もあります。日本というなかなか変わらない国に、時に外圧も使いながら起業家的なマインドをもう少し社会全体に浸透させていくというのが究極的な目標だと思っています。全ての人が会社を興す必要はないと思いますが、もっと多くの人が起業家精神をもって、当事者として課題を見つけて解決しようとするマインドをもってほしいと思っています。そういう人が多いコミュニティーほど経済は活性化するはずです。まだ時間はかかると思いますが、政府の制度も含めて様々な人の力を借りながら進めていきたいと思っています。

(2022年12月14日インタビュー)

インタビューを終えてインタビューを終えて (左から)赤池、伊佐山氏、川村、西川(NISTEP撮影)

(左から)赤池、伊佐山氏、川村、西川(NISTEP撮影)